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397 花咲く小島で目覚めの咆哮

 宙を浮く小島と小島の間をドラゴンで飛ぶ、榎本が背に乗っていて、ガルドはその手に掴まり、ドラゴンの脇腹へ足を引っかけ横乗りしていた。高いところが苦手な榎本は前を見ているが、ガルドは下をじっと見つめた。足の下はどこまでも空が続いていて海もない。ウユニ塩湖を思い出す。

「よっと」

 少し高いうちから榎本が手を放し、ガルドは重い音を立ててずっしりと着地する。

「ジョー」

 血に見えたのはやはり勘違いだった。ガルドは安堵しながら眠るジョーの脇に膝を付き、まず息を確かめる。息が出入りする訳ではないのだが、呼吸音はボイスのような形で聞こえる。ガルドはそっと耳を近づけた。

「……無音だ」

「オフラインなのか?」

 大きなドラゴン姿のインフェルノを座らせ、榎本がジョーを挟んだ反対側に膝をつく。

「オフならこの動きはあり得ない」

 ガルドは横たわるジョーの胸と腹を指さした。うっすら上下している。動きは少し早い。

「どういうことだ?」

「ボイスだけ切ってるのかも」

「いや、俺らだって肩で息すりゃあ見えるけどな。こんな脊髄反射、脳波コンで取ってきてもゲームサーバーに出力しないだろ?」

「あ」

 ガルドはすっかり失念していた。脳波コンがどれだけ大量にデータを収集したところで、ゲーム上に不要なものは使われないのだ。外装に関わる筋肉の動きは指の一本から胴体までしっかりアップロードされるものの、呼吸で使われる肺や横隔膜の動きはゲームには使われない。榎本の言う通り、肩で大きく息をする様子が肩の動作として表示されるだけだ。

「こりゃ、フロキリのアバター被った別ゲーのアバターだな」

「別のゲーム……」

「おう。V(ヴァーチャル)シュミ(シュミレーション)系の全身アクションゲームじゃないか? 寝るだけの」

「ジョーはここで『眠るシュミレーションゲーム』をしてる、と?」

「それ以外に選択肢がないゲームなんざ……いや、今まではともかく俺らが来たからには違うぞ」

「ああ。選択肢は一つ増える」

榎本が優しくジョーの肩を叩いた。

「起きろ、助けに来たぞ」

 とんとん、とんとんと何度も呼びかける。しかし起きる気配はない。

「……けみけっこと一緒に、すぐそばに居た。自分もマップで見た。一度目を覚ましているはず……それも、ついさっき」

「そうだよなぁ。眠るにしても浅いだろ。でもこの熟睡具合。っつーことは……」

「こっちの声も接触感覚も再現されてない」

 榎本と顔を見合わせ、憶測が合っているだろうと頷き合う。ガルドは続けて、頭の奥側に向かって状況確認を求めた。

<ハイバネーションラインの感受システムにハッキングは?>

 Aの返事はすぐ来る。

<それは簡単だがね。サーバーが違うといっても、それはゲーム内の話でね。こちら、つまりリアル側から接続先を変更するだけなのでね。ああ、いやだからさっきも言ったが、キミにくっついた悪いコードを綺麗に落とすのが先でね。ちょっと待ちたまえね>

<分かってる>

<まぁ、心配いらないんだがね。ボクより『誓い合いの二極』がウズウズしてるのでね>

 突飛な単語が出てきたが、Aの訳の分からなさには随分と慣れたものだ。そのままスルーし、ガルドは榎本へ顔を向けた。

「榎本」

 顎を他の小島へ向けてしゃくると、榎本は立ち上がってインフェルノを指で呼んだ。まだ大型化の時間内で、あと一分もあれば隣の島も見に行ける。ガルドは他の三十人がこの島一つ一つに寝かされているのだろうと予想していた。

「三橋は、あとまだ三十人くらいいると言っていた」

「あー、そうだったな……これ全部か……」

「けみけっこはここには呼ばない方が良い。また眠られても厄介。自分たちでやるぞ、榎本」

「時間かけてでも、な!」

「ああ」

 巨大なインフェルノが風を吹かせながら浮き上がり、ガルドは合わせるようにジャンプしてドラゴンらしい爪へ指を掛ける。武器を構える感覚に近い補助ツールが働き、ガルドが落ちないよう指と爪とをゆるくくっつけた。

「スクショは?」

 そういえば撮っていない。だが肩の鳥が一声鳴く。

「ぐわあー」

<無論、撮影済みでね>

「コイツが撮った」

「ええっ!? それ便利だな! 後でインフェルノにも仕込むか」

 えっ、と思わずガルドは声に出かかった。出来るのか。今のインフェルノは臨時でコンタクターが中に潜り込んでいるが、出てきてしまえば元の低クオリティAIに逆戻りだ。

「確か対話インターフェイスでそういうの仕込めるんだよな? ショートカットってやつ」

<そうなのか?>

<そうだがね、仕込む必要はないがね。スクショの撮影指示はデフォルトで入ってるはずでね。「写真撮って」でも通じるのでね>

 ガルドはなるほどそうなのかと内心感心しながら、まるで知っていたかのようにこくりと頷いた。

「つくづく便利だよなぁ、こいつら」

「ああ」

「あ、一応分かる限りで名前もスーツ組に共有しとこうぜ。人数把握して、すぐ起きるとしたらジョーだから戻ってきてアイツなんとか起こして、そいつら連れてとりあえずどっか別のリスポーンポイントまで行くぞ。そこから先はそのあと考える」

「ん」

 頷いてひっついている爪から手を意図的に離す。落下していく先を見ると、ナチュラルガーデンの中に犬の顔をしたプレイヤーが眠っていた。

「コボルト種のソロ……えっと」

 名前が思い出せない。地味な茶色の犬ヘッドに、汎用性の高いイエローオーカーカラーの革鎧を着ている。

「もしもし」

 肩を叩いて起こそうとするが、名前が分からず呼びかけにくい。ガルドはインフェルノを小さく格納し首に巻いている榎本へ、じっと目で訴えかける。

「ん? ああ、ソイツ見たことあるな。名前、名前……うーん」

 榎本も首をかしげている。

「ハンドシェイクでフレンド登録……ならない」

 眠る男の手を取り、無理やり勝手にフレンド申請をしようと試みる。しかし手のすぐ上に出るはずのフレンド申請ポップアップは現れず、ガルドはそっと手を放し、コボルトの手を元の姿勢へ戻してやった。アバターが別のゲームシステムで動いているせいだろう。フレンド登録方法も違うはずで、ガルドとは永遠にフレンドになれない。

「困った」

「とりあえず、顔と装備スクショして城の奴らに共有かけとこうぜ」

起きる気配のない茶色のコボルト種の隣に榎本が座り込んだ。首元のインフェルノが再度ドラゴン型へ巨大化できるまで待つつもりらしい。

「一変身ごとに小島三ケ所は回れそうだ」

「そうだな。ざっと見、三橋が言った三十ってのは合ってそうだ。全部回ってもそんなに時間掛からないだろ」

「ん。あとは起こす方法だけ」

 口ではそういいながら、ガルドはAの返事を待っている。Aは出来る、むしろ簡単だと断言した。ならば榎本と一緒に悩むふりをしつつ、時間の経過を待てばいいだけだ。

 しかしいつになるか分からない。自分自身では見えない謎のHライン特性バッドステータスを剥がすのに、この調子ではまだかかるだろう。ガルドはこの地の底の空の上で一泊することも覚悟しながら、榎本へ目覚めさせる方法が分からないという嘘を共有する。

「どうすりゃ起きるんだ? そもそもけみけっことジョーが三日前に起きたってのも、理由が訳分からん。なんでだ? 外で何か操作されたっての?」

「多分」

「ペットの実装と同時くらいか? お前らソロ探索班が地下迷宮の卵見つけたのがトリガーだったりして」

「ありえる」

 ありえない。ガルドは自分で言った発言を脳裏で否定した。

 今回のハイバネーションラインに関してのごたごたは、リアル側、ガルドが認知できない外側での事件によるものだ。何があったのかは分からないが、海外と日本とで何かあったのかもしれない。その構図もガルドが想像しているだけだ。

 オーナーとAが呼ぶ人物と、ハイバネーションが必要な外国との、実験場での覇権争いのようなものだろうか。

<精査完了。怪しいデータはビット一つもないのでね。引き続き、未監修危険パラメータを除去。みずきには指一本、どこの馬とも知れぬ人間に触れさせやしないのでね>

<過保護か>

<BJ02には不可能だろうがね、こんな守り方は。ボクの有用性をいかんなく発揮するのでね。02には負けないのでね>

<だから、過保護か。揃いも揃ってどいつもこいつも>

<……除去完了>

 Aが待ち望んだ言葉を言い、肩に乗ったアバターの黒いアヒルが愛らしく「くわわ」と鳴いた。

<早いな>

<ボクだけでないのでね、怒っているのは>

<そうか? そうなのか……>

 ハイバネーションラインとオーナーとの間柄が共闘ではなく、ライバルか仮想敵同士なのかもしれないとガルドは思い始めていた。

「あ? 鈴音もヴァーツも全員知らない、だぁ? 誰かしら居るだろ、顔広い奴にもう一回確かめさせろって。え? 俺? いや、マジ名前出てこなくてよ」

 榎本が仲間たちに連絡を取り、眠るコボルト種の名前を聞きまわっている。ガルドはその隙にAとの通信に集中した。

<行けるか?>

<無論、だね。いや、感受システム用のゲームエンジンをオンにするのは出来るのだがね、そのあとに刺激を与えなければ意識は覚醒しないのでね>

 刺激とはつまり、先ほどもコボルトの男へ掛けたような声や、手を触るなどといった感触のことだろう。一つ一つ島を回る必要があるのは変わらないらしい。ガルドはがっくりと肩を落とす。

<……一人一人起こすのは決定事項か>

<方法はさておき、注意事項が一点。バイタルの管理はHラインでね、心拍数の管理がボクらの側では出来ないのでね。あまり驚かせたり混乱させたりするのはお勧めしない。外界刺激が強い状態で混乱状態に陥ると、いわゆる『めまい』や『かゆみ』のような症状をきたすのでね。キミたちBJグループには細心の注意を払って、外界刺激ゼロから段階を踏んでのフルダイブユニット接続を実行したのでね>

 ガルドは静かに深呼吸した。



 怒るべきか感謝すべきか分からない。導入とは一番最初のころのことだろう。真っ暗闇で仲間の声も聞こえなかった段階から、声だけ聞こえる時期を経て、阿国やディンクロンと会話出来ていた時期から落ちるようにして、つぎはぎのようにあべこべなゲームへ無理やりログインさせられた。

 そういえばAは犯人の一味なのだ。だが、最新の注意を払ってもらったことも事実。「ぐ、ううん……ぐぬぬ」

 怒るべきだろう。だがAを怒るのはお門違いだ。Aは働いているだけで、本当に悪いのはもっと上の者たちだ。分かっている。だがガルドは唸るほど悩んだ。怒りたい。

「どうした?」

「なんでもない……その、どうすればいいのか考えてる」

「そうだなぁ。全く、困ったもんだ」

「ああ」

 榎本がゴロリと転がり、コボルトに背を向けて横になる。チャンスだ。

<今だ、みずき>

 ガルドはすかさず手を伸ばした。眠る茶色のコボルトの手を、先ほどと同様握手の形で握る。

<刺激はそれで十分だがね。誓い合いの二極が動くようだから、そのまま任せるといいがね>

<さっきからその、二極? って誰だ>

<見ていたまえね>

 ふわふわの毛で覆われている手がピクリと動いた。ガルドはすぐに手を離し、榎本にバレないよう音もなく少し離れる。

 その時、クールタイム中で小さかったドラゴンのインフェルノが勝手にふわりと宙へ浮いた。羽を広げ、指示にない動きでコボルトを見ている。

<……なるほど、Aとは違って名前があるのか>

<オーナーに与えられたコードネームだがね>

<お前にも?>

<いいや、ボクはボクでね。キミが呼ぶAがぼくの名前でね>

 やはりインフェルノには「誓い合いの二極」が入っているのだ。彼もしくは彼女が怒っているのは事実らしい。羽の開き方は乱暴で、牙を剥き、ドラゴンらしい瞳を赤く光らせながら上を見上げた。

 そして息を吸い、大きく吐く。

「ギャオウウンッ!」

「どぉわっ!? なっ、おいどうした!?」

 榎本が振り返るより早く、インフェルノが巨大化し榎本とガルドの頭を足で掴みかかった。

「ゲェッ!?」

「う」

<誓い合いの二極が目覚めの低刺激をして回るそうでね。時間を置いて、一人一人回収するといいがね>

<低刺激……いや鳴き声全然、刺激、強……>

「ギャオーウ! ギャオオウン!!」

「ちょ、おい! インフェルノー!?」

 空を宙ぶらりんになりながら、ガルドと榎本はインフェルノの暴挙に目を見張る。ガルドはこうなった流れを知っているが、耳にして言葉として知っているだけだ。まさか大声で鳴きながら、小島と小島の間を飛び駆け抜けて眠っているプレイヤーたちを起こそうとしているなど。

<やりすぎ>

<二極は怒っているのでね>

「ひぎゃあああ! 高いッ! 落ち、落ちるって! バカ!」

 榎本が足を振って暴れている。

 遠く下に見えるほど離れた小島を見ると、茶色のコボルトが頭を掻きながら腰から上を起こしている様子が見えた。

<起きた……>

 男は目を開け、小島の風景を眺めている。刺激は少ないだろう。目覚めて視界いっぱいに花と緑が広がっているのだから、心地の良い夢を見ていると思っているかもしれない。ストレスなどないに違いない。

<一人一人起こすより、良いかもな>

 ガルドは頭をドラゴンの爪に鷲掴みされながら、諦めることにした。


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