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40 そこは絶壁の崖の如く

「そういえば、妹から聞いたんですけどね?」

「出た、妹の自慢話。可愛がりすぎだろ、このシスコンが」

「いやいや、今度のは妹が仕入れてきた先輩の話でして。なんでも、付き合って四年になる彼氏がアメリカに転勤になってしまってるらしいんですよ」

「ん? 妹の先輩って、だとしても高校生でしょう? 高校生の彼氏が海外転勤って、随分年の差あるのね」

「彼、二十六歳らしいです。それでね、面白いんですよ。遠距離だからって、あのフルダイブ型のVRゲームを一緒にプレイしてデートしてるらしいんですよ」

「ヴァーチャルデート!? すごい時代になったものねぇ」

「未来的な恋愛だな! すごいな、今時の高校生。恋愛にもずいぶんと金を掛けるもんだ」

「……そうね。フルダイブって相当高額なんでしょう?」

「下手な車より高いらしい」

「しかも、脳に直接電波受信機を埋め込むとかで……いくら科学が進歩したからといって、ちょっと、ねぇ?」

「うんうん」

「第一見たことないわ、埋め込んでるって人」

「開発特区にうじゃうじゃいるらしいですよぉ? 頭開いて機械埋め込んでるとか。手術ですよ、手術!」

「臨床試験も甘くて安全性も信頼できないとか、外国の思惑が絡んでるとか、なんか怪しいらしいじゃん」

「なにそれ、危なっ」

「ちょっと先輩方、古いですよ。脳波感受型コントローラなんて、そんな何も怖いものなんてないですって。そういうので新技術を忌避するの、逆に良くないですよ」

「お前らの世代はそうかもしれんが、俺たちの世代はそういうの怖いんだよ。整形手術で死亡した例、知らないだろ? 昔はアジアの発展途上国とかでよくあったんだよ」

「日本じゃないじゃないですか……」

「日本でもあったの」

「やー、恋愛脳って怖いねー。リスクと天秤にかけたところで、なんでも恋人優先になっちまうんだから」

「そもそもまず年の差恋愛はダメね。同級生とか、離れても二個上の先輩とかとが普通じゃない? 甘酸っぱい恋愛するのが学生よ」

「そうだな。登下校とか一緒にしてみたりな」

「ランチ一緒にしてみたり、バレンタインとかチョコを手作りしたり! いいわぁ~」

「ですねぇ!」

 後輩ハルの兄は、心の中で妹と佐野みずきに謝った。誘導するどころか、どうやら悪い方向に持って行ってしまったらしい。その事を妹にメッセージで伝えると、話題を強引にフルダイブの話からチョコレートの話にすげ替える。そして、みずきのことはすっかり忘却の彼方に追いやった。



「ただいま」

 後輩の兄との邂逅から数日、母とみずきは見事にすれ違っていた。まず時間がずれている。母はここ数日が締め切りのラッシュで、みずきは世界大会対策にダイブする時間が伸びていた。今日もいないらしい。帰宅してみてもヒールの高い母の靴はなかった。電気も暗く、しんと静まり返っている。みずきはため息をつきながら手を洗いに洗面所へ寄る。

 かざすとお湯が出る蛇口をぼんやり見つめながら、憂鬱なカミングアウトについて考えた。ギルドメンバーに打ち明ける時より鬱々としている。解決しても、その成果が現れるのは数ヶ月先の話だった。

「ん」

 冷蔵庫を開ける。

 みずきの作戦は大きく変更を余儀なくされた。だが最初の導入が変更された程度で、大筋は変化していない。母親に自分から「彼氏がいて、会いにハワイに行ってくる」ことを伝え、彼氏の安全性を友人との電話を盗み聞かせることでアピールし、榎本がネット通話で自己紹介と安全性を保証し、ハワイ行きを承諾してもらう。

 承諾されなくても、ゴリ押しで行く予定ではあった。切り札の父はしばらく帰らない。長期出張は半ば単身赴任のようで、長らく会えていない。

 さっと食事——先日まとめてふかしておいたジャガイモと、余り物の牛肉を赤ワインで軽く煮込み、固形ルーを溶かした簡易版ビーフシチュー・市販バケットをトーストしたもの——をプレーヤーでネットサーフィンしつつ完食すると、すぐに眠れるよう歯磨きや洗顔を前もってしておき、階段を駆け上る。

 あの世界でガルドになる時間を一分でも長く取りたい、という小さな願いのために急いでいた。

「みずきさん」

 数日聞いていなかった、冷たく抑揚の少ない声が響く。玄関にいつの間にかPコートを羽織ったスーツ姿の母が立っていた。今日は随分と早い。

「……おかえり」

「ただいま。ちょっといい?」

「ん」

 母がいるとなると、言わねばならない。

「……自分からも、話がある」

 みずきは断崖絶壁のような階段を、一歩ずつゆっくりと降りていった。

横浜ジャーナル職員の平均年齢は、佐野家の母と同等あるいは少し上の年代です。その世代とハルの兄とではゲームに対する考え方がかなり違います。詳細は今後もこのような形で、各年代層の反応として表現させていただきます。

分かりにくい場合は「実名登録のフェイスブックが危険だからと怖がる大人」みたいな感じだと思っていただければ……なおさら分かりにくいですかね……

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