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4 リアルな夢と去った者

 ガルドは無感情でメッセージをスルーした。いつもの過剰なリアクションだ。慣れている。

 ガルドでもある女子高生のみずきは、朝食をとりながら右目だけで映像を見ていた。榎本が持っているプレーヤーはヘッドマウントディスプレイ型だが、みずきのものはモノアイ型だ。スカウターという呼ばれ方もするが、ネーミングの由来をみずきは知らなかった。

 ヘッドマウントディスプレイ型と比べて安く、学生の間では「エア勉強会」のためだと親を騙して中国製のものをねだるケースが多い。カメラが付いているモデルが人気で、自分の視界を送信しつつ動画を見る「視界共有」が売りだ。

 片目のため、ヴァーチャルに没入するというVRの機能はほとんどない。むしろ現実拡張としてのARが強みだ。だが特殊なコントローラーを持つみずきにとって、没入感の有無はさほど問題ではない。フルダイブできないときに向こうの映像が簡易的に見れればよかった。それに、高価なHMDを買う女子高生はそうそう居ない。

 脳波感受型コントローラーと身体の電気信号をプレーヤーにコネクト。右目の信号のみ映像優先、その他の信号はリアルを優先。音声は最大音量で感受に設定。

 視界が二重になる。リアルのものと、見ている動画の視点だ。

 VR上級者はマルチタスクという()()()()が出来るようになる。リアル側はかって知ったる我が家のダイニングテーブルで、注視しなくても朝食くらいならば難なく食べられた。

 動画に集中しながら、半分無意識にパンへバターを塗る。マグカップに直接注ぐタイプのコーヒーメーカーのもとまで歩き、注がれたブラックコーヒー入りカップを持ち、席へ戻った。この数分間にみずきは榎本にメッセージとスクショを送信している。

 怒り状態のはずの敵モンスターが、眠り属性の魔法攻撃で通常化したのだ。その前後で動画中のプレイヤーが全滅しかけていたため、回復に注視した撮影者も視聴者も気付いていない。映像の画面はデフォルトで味方のみ映るアングルになっていた。コントローラーがないと、敵を観ることさえ出来ない。

 攻略サイトを巡回したときも、怒り状態キャンセルの報告はなかった。さてこれが魔法でしか出来ないのか、それとも属性攻撃のハンマーで再現できるのかは、調べないとわからない。榎本には<お前試せ>とだけ送った。これで問題なく伝わるだろう。

 ポコン、とメッセージが届く。

<じゃあ壁頼む>

 検証のために囮になれと短い一文で伝えてくる榎本に、お安いご用だと返事をする。みずきは食器を流しに運びながら、大剣プレイヤーのパリィシーンを集めた動画を開いた。


 フロキリはコンスタントなバージョンアップに定評のある狩りゲーだ。そのため新規の情報を能動的に得ていかなければ、ずっと勝利し続けるというのは不可能だった。だが公式が明かした情報がアップデートの全てとは限らない。二人のように、サイトに頼りながら時に自分達でリサーチを行えることこそ、トッププレイヤーに必要なスキルである。

 ガルドと榎本は、仕事や勉強中でもそれを欠かさない。

「何て言うか知ってるか?」

「何がだ」

 一度目の挑戦は敵HPの四割を削るに留まった。

 潔く三度のリスポーン後に撤退した二人は、青椿亭でいつも通り飲んでいた。もちろんガルドは頑なに酒類を拒否して、黙々とジンジャーエールを飲んでいる。

「ゲーム廃人っていうんだそうだ」

 榎本は、どこか人を馬鹿にしたような声で言った。大方、リアルの人間にそう言われたのだろう。ガルドは経験のない悪口に同情する。仕事以外の時間をほぼ全てゲームに当てている彼を理解できない人間は、彼をそう呼ぶらしい。仕事中も隙をみてサイトを巡回し、取引先に打っているように見せかけてギルドメンバーにメッセージを送っている。定時には颯爽と帰宅し、オンラインの海に潜る。

 それは普通ではない、とガルドは分かっている。だからこそ自分はゲーマーだと隠し、榎本に同情を寄せた。その上で、自分なりの考えを口にする。

「ゲームとリアルと、そう大差ない。なら、ゲームが人生のメインでいい……変か?」

 ガルドは炭酸の弾ける様子を見つめながら、そう静かに問いかけた。

「ガルド?」

「こんなに現実(リアル)なのに」

「そりゃあ……」

 いい淀みながら榎本は、酒場のランタンに照らされたガルドを見た。一瞬困った顔をした後、笑って答えを出す。

「フルダイブだからまるでリアルなのは確かだけどよ。そう言っても、ここはVRゲームだ。仮想現実、作り物、夢の中……ってな」

 ヒラリと酒場を手で指しながら、榎本は語った。

 リアルを中心に考える一般人に反論を示したガルドは、榎本が言いたいことも理解できる。リアルで金を稼ぎ、生きて行くこと前提の遊戯世界だ。その前提を踏まえると、榎本をはじめこの場にいるプレイヤーはほぼ全員、ゲーム廃人で間違いない。

「夢の中……」

 ガルドは榎本の言葉を繰り返した。

 確かに夢の中のようだ。不可能が可能になる世界で、確かな友を得た。理解しあい、背中を預け合う仲間ができた。これは全て夢の中なのだろうか。

 今こうして酒場で語り合う時間は夢のようだ。ガルドという名前の体で榎本を見つめていると、向こうの彼を感じることがある。彼の存在も夢の中なのだろうか。

「ずっとここでいい」

 それはガルドの本心であった。

「だなぁ。会社爆発しねぇかな。で、金だけ振り込まれる!」

「夢物語だ」

「はぁ。もしくは金が降って……くるわけないか」

 榎本は相変わらず夢を語り、ガルドは話に合わせて相槌を打つ。その間、ガルドは夢を現実にした人物を思い出した。パッとしないモブ顔をしたアバターを好んでいたが、そのわりに声が特徴的だった。

 天性のカリスマを持ちながらあえて平凡であることを望んだその人は、そうなれる場所を自分で作り出した。それこそが初期の、ガルドが今在籍しているギルド(プレイヤーチーム)だ。榎本は初期からのメンバーで、あの人と榎本がガルドを誘ってきたという経緯がある。

 しかし、あの人はもういない。

 カリスマだったあの人に惹かれたのではなく、彼が望む関係性を構築することに魅力を感じたメンバーしか入れないギルドだ。入りたくても、彼を慕っていても、あの人を特別扱いするプレイヤーは入れなかった。

 誰にでもフラットでいられる場所、権力を皆均等に持っている場所、貶められることも、崇め奉られることもない場所。そして、意図的にそれら「しがらみ」を弾糾し排斥できる、その自治こそがギルドだ。その人はいつもそう言って、ギルドマスター権限で狼藉者を追い払っていた。

 当時中学生だったみずきはその話がよく理解できなかった。今でも、当時のギルドマスターが何を言いたかったのか全て理解できたわけではない。だがそのギルドには「自由」があった。みずきがとうとう現実で手に入れることを諦めた、見かけに惑わされない自由だ。

 ギルドマスターであったベルベットは、夢だった自由を手に入れたのだ。そしてそれに榎本やガルドも乗り、ベルベットがいない自由の場所を守っている。

 夜は更けていった。

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