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395 隠されている何かを察知

 すり鉢状に雪山が削れている。砂地ならば自然だっただろうが、ガルドと榎本が踏んでいた大地は岩と雪が覆う高い山だ。そうそう削れるような素材ではない。だがここはゲームだ。ガルドはそういうものなのだろうと納得する。

 長年続けてきたゲームセンスが根底にあるガルドは、世間一般の一般常識を超えた光景を見ても全く動じない。隣で騒ぐ榎本もそれ自体というよりも、突然下からやって来たモンスターのデザインに驚いていたらしい。

「狙いすぎだろ! ホラーかよ、最悪だっての!」

<狙ってるのか?>

 ガルドは懐に聞く。黒い鳥はまん丸の身体をぶるりと震わせ、羽をぴっと広げてシークレットチャットで返事をした。

<狙っている、と言えなくもないがね。管理者用の管理タグには『punching bag』とあるね。つまりサンドバッグ……キミ達のストレスのはけ口として設定した、一種の叩かれ役なのだろうね>

<バカだろう>

 ガルドは本気で罵った。センスが悪い。ベビー(赤ん坊)などという名前を付けるな。ヒト型のモンスターを実装する時はもっと慎重になるべき。そうあれこれ言いたい文句はあったが、Aに言ったところでどうにもならないだろう。

「っと」

 榎本が片手でハンマーの柄をひねり、真下に向かって振り下ろしている。洞窟に居た僧侶を相手にしていたならば、続けてガルドもコンボを引き継ごうと大きな剣を腰だめにして振るっているところだ。だが事前の情報で聞いた雑魚ということ。そしてAが言ったサンドバッグの意味を考え、武器の構えを解いて次の行動へ向けて考え始める。

 ドラゴンに掴まったまま下の雪山を見れば、少しずつ謎の穴が開き始めていた。クレバスとも違う形だ。斜めの地面に突然現れた陥没は円形をしていて、真下に向かってすとんと縦に穴が開いている。

「ジョーはこの先か」

 ガルドが呟くと同時に、榎本のたった一撃を喰らった人形が氷の粒になって四散した。

「え、弱っ!」

「榎本、回って広範囲」

「おうよ!」

 榎本が両足を頭より高く上げ、インフェルノの足の爪に引っ掛けた。ガルドは念のため片方の足首を掴む。

「曲芸師だな、こりゃ」

「ふ」

 空中ブランコのように逆さま状態になった榎本がハンマー投げの要領で柄を両手で握り、自分自身を中心点にして横方向へ回転し始めた。スキルツリーがハンマースキル・プルートウを選び、エフェクトが榎本のハンマーにまとわりつく。星のような輝きと闇夜のような黒が合い混ぜになりながら、次々と飛んでくるオートマタ・ベビーにぶつかり粉砕していった。

 電化製品を落下させたような耳障りな音が幾重にも被って聞こえる。

「おー、ドロップ旨いな! コイツはクセんなるぜ!」

 撃破するたびに落ちる白銀の球体を吸収していく榎本の目にのみ、ドロップアイテムがなんなのか表示されている。ガルドには見えないが、さぞかしコスパの良いラインナップなのだろうと頷く。それなりの高クオリティアイテムを使いきれない程保有しているはずの榎本が喜ぶ程なのだ。回復関係の消耗品やインスタントスキルアイテムなどだろうか。もしくは装備作成に必要なレアドロップ素材だろうか。

 しかしガルドは自分を律した。Aと会話できる自分だけが知る裏事情を元に榎本を引っ張って行かなければならない事実が、ガルドを能天気なゲーマー意識から自律した「ガルド」へと引き寄せていく。

<行くぞ、A。ジョーを探す>

<この下へ落ちるのかね? この下のエリアはまだ開発中でね。今戦闘中の敵性体同様、BからEまでのグループを包括した『搭乗員』のストレッサーのために用意されるのでね。ポピュレーション・アプローチといってだね……それはさておき、ハイバネーションラインが主導する計画はオーナーが倫理違反だと思っているのでね>

 元々Aの言っていることは断片的でよく分からないことが多いのだが、今の言葉は特によく分からない。ガルドが無反応のまま続きを聞いていると、Aは気を利かせたのか簡潔に言葉を締めた。

<簡単に言うとだね。パトロンの希望で末端組織が開発を代行した、というような区画なのでね。細部は秘匿されていてボクの情報コントロールは十分に発揮出来ないのだがね>

<なるほど。敵陣、と>

<キミにとっては全て敵の陣地だろうがね>

 そんなことはない、とガルドは内心否定した。Aがガルドを守ると言っている以上、忠告のない区画は中立地帯だ。そして事実、ここから先は完全な敵の陣地だ。

 ガルドはドラゴンの足を握る手を緩めた。

「先に行く」

「あっ、おい! ずるいぞ! 行くぞ、インフェルノ。そのまま羽畳め」

「ぎゃう!? がう、ぎゃう!」

 自由落下していくガルドのすぐ後ろを榎本とドラゴンが追い、穴へと落下していく。

 Aは開発中だと言っているが、その開発スタッフこそ犯人たちの中で「Aが敵対もしくは仲良くない間柄」ということだろう。Aの敵は自分の敵だ。ガルドはまだ闇の中の敵勢力図で確実な事実だけを拾い上げる。少なくともAは契約違反を行なうほどガルドの味方をしていて、そのAが敵だというのならばガルドの敵だ。

<やれるなら計画をぶち壊してやる。ハイバネーションも気に食わない>

<それは心強いのだがね、キミ自身の安全が最優先なのでね>

 Aは囁くような優しい声で、甘やかすような言葉を口にした。最近すっかり立場的には犯人側なはずのAにほだされていることを自覚しているガルドは、ツンと目を鋭くさせて問い詰める。

<フン……そもそも、なぜジョーを下に? その開発中の新エリアに誘い込む必要が?>

<ボクもオーナーも理解できない彼らなりの計画があるのだと想定されるがね。正直のところ、全く理屈が突飛なのでね>

<お前も、オーナーも……>

<オーナーは今、非常時の対応としてこのエリア周辺をリアルタイムでモニタリングしているのでね>

 背筋が凍る。ガルドはぎくしゃくした動きのまま、オートマタ・ベビーを一匹剣で殴り殺した。



 穴の中を落下しているように見えているが、ガルドの足元には透明な地面が設定されていて敵との交戦が可能だった。足の裏から強風が当てられているような感覚が再現されている。装備も何もかも風を真下から受けてたなびいているが、身体が風にあおられてバランスを崩すようなことはない。

 疑似的な落下感だ。下方向への加速の感覚もフル活用されている。

 今までにない感嘆で胸がいっぱいになる。張り付けただけの別ゲームではなく、高いクオリティでゲームサービスを提供されている感覚なのだとガルドは思った。フロキリが全盛を迎えていたころには時折感じていた「運営ありがとう」という感謝と、制作スタッフへの強いリスペクトの感情が沸く。

 周囲は穴の壁だけが勢いよく上へ登っていくアニメーションになっていて、データ的には省エネながらまるで大地の奥、マントルのマグマにまで落ちていくような没入体験が出来ている。

 これこそフルダイブの醍醐味だと再度感嘆しつつ、ガルドは榎本と共に頭のデカい人形を屠り続けていた。見えない接地面を当たり前のように強く蹴ってオートマタ・ベビーに飛び掛かる。

 榎本は悠長に雑談を始めた。

「傍から見たら俺たち空中戦してるみたいだろ?」

「ああ」

「すげぇよな。これがゲームクリエイターのアイデアか……尊敬するな」

「言ってる場合か」

「だってほら、フィールドのエコながらグッドな作り込みといい、この敵のデザインといいやられ具合といい、なんつーか、アレだろ?」

 言いたいことは何となく分かるが、ガルドは首を傾げた。

「ほら、今までのはコピペだったろ? 弱すぎるボスに強すぎるボス、世界観ぶち壊しな関西弁喋る蛇。固定型のドア。いや悪くはないんだけどよ……」

「ん」

「今回のは完全新作、大型アプデ感出てるぞ。ゲームバランスとかそんな前時代的なことは言わないがな、俺らユーザーのことを考えて作ってる感じは伝わってくる」

「なるほど」

ガルドは同じことを思っていたと言わずに隠し、榎本が喋るに任せた。

「きっとほら、ムービーが入るんだろ。さっきの……よっと」

 榎本が片足を軸にしてコンパスのように回転し、ハンマーを横殴りに何周か振り回す。

「少し合間開いただろ? 空中で。穴が開くシーンとかじゃねぇかな」

「確かに」

「俺が運営サイドなら、そこでムービーを入れる。穴が開いて落下する視点で、こう、飛んでくるベビーの大群を前に絶望させる演出だ。んで次に武器で一撃入れる一人称の映像入れて、あっけなく壊れるベビーにズーム掛けてだな……」

ガルドは相槌だけ打つ。その間にも榎本はぐるんぐるんと回り続け、ガルドは近寄るベビーを片っ端から縦に横にと真っ二つにしていた。

「これが無双ステージだって分からせる導入は必要だろ。あとは、そうだな……時間制限と撃破数表示があれば完璧だ。タイムアタックだよ」

<それは良いアイディアだと思うがね>

<採用するのか>

<それを決めるのはHライン運営責任者であり、ボクとしてはキミの不利益にならなければ歓迎だがね。その見極めはボクではなく、オーナーが下すのでね>

 Aが内緒話のように話しかけてくる。オーナーという言い方に引きずられがちだが、どうやらオーナーは全体のオーナーではなく「Aの」オーナーらしい。つまりBJグループの、ということだろうか。ガルドはそう睨みながら、確かに心地よく感じる殺戮を楽しんだ。

 確かに気持ちがいい。

 佐野みずきは祖母を亡くすというストレスと戦う方法として、オンラインゲームでストイックに高みを目指すという一種の苦行を選んだ。だが普通は「スカッとする」「数値で成果が出る」といった条件があるものだろう。無双系ゲームはそれらの条件をかなり踏んでいて、ハイバネーションライン担当の犯人グループがこの筒型戦闘エリアを実装したのも頷ける。

「洞窟の僧侶を入れたのは間違いなく『俺ら寄り』の奴だな。倒しきれない程でもないギリギリのラインを攻めてきた体力量に、無茶苦茶ながら規則性のある攻撃パターン……まさに高難易度! ゲーマーにゲーム作らせるとコアなもんが出来る。そりゃ分かるし嬉しいさ。やりがいはある。だがこっちのは……」

新実装の敵へ最適化しつつある榎本の攻撃は、着々とハイペースかつ無駄のない動作になってきていた。合間にジャンプを入れてコンボごとに横へズレ、攻撃順に並ぶオートマタ・ベビーの高さへ自分自身を合わせている。

 倒す速度が速まった分、新たなベビーが現れる速度も速まってきていた。フィールド上に存在するモンスターの数をトリガーにしているのだろう。フロキリで一般的だったモンスターPOP(再出現方法)は一定間隔の時間指定。榎本の言う通り、大型アップデートでシステムそのものを見直すような目新しさがあった。

 だがガルドは知っている。

 ハイバネーションラインを担当する犯人グループとAたち「添乗員を管理するライン」が違うことを。そして、Aがガルドを守ろうとしている点から逆算し、A以外が所属するラインが信用ならないとも思っている。

 榎本は鼻息荒く断言した。

「このエリアは完全に『ビジネスマン』が作ったな! んでもって企画は営業の持ち込みとみた! クライアントの喜びそうなことをホイホイ投げつけてきやがる。そのくせノルマ達成のために……ノルマ? あー、実験の、か? 例えばそうだな。俺らの気持ちをスカッとさせて、反骨精神奪おうって算段だったりしてな」

「榎本」

 鋭い。

「だってそうだろうが」

 榎本が飛んでくるベビー三体を蹴りながら言う。気持ちの良いコンボ音だ。本来殴る蹴るはろくなダメージ判定にならないはずだが、どうやらオートマタ・ベビーにはパンチもキックも打撃攻撃として通じるらしい。いや、それだけで死んでしまうほど体力ゲージが微量しかないということだろう。

「こいつらの配置、量は怒涛でHP激ヨワっつか、こっちからの接触判定で即死するみたいだぞ。タイミングは完全『音ゲー』だ」

「音?」

「音楽ゲーム。ゲーセンだとかで太鼓とかピアノとか……したことぐらいあるだろ?」

 ガルドは目を丸くして動きを止め、耳をすませた。榎本が相変わらず両手両足を使ってベビーの大きな頭を連続攻撃している。身体を左右にブレさせながら、階段状に飛んでくるものを左から四体。右から三体。上から来るものをハンマーで跳ね上げ、反動で下に一撃。

「よ、はっ、ほっ! っと、ととと……はあっ!」

ガルドが無心で斬っていただけの雑魚敵を、榎本はリズムよく倒していたことに気付く。

 跳ねるタイミングも分かってきた。今、と思う瞬間榎本がぴょんと跳ねる。瞬間振り下ろしたハンマーに地面スレスレを走ってきた人形が潰され、氷の粒になって散る。

「ほう」

 見ていても気持ちがいい。

 そうぼんやり見入っていると、背中にバイブレーションのような刺激を感じた。

<ム>

 HPが減る感覚と同時にAが声を上げる。慌てずに反撃アクションで素早く叩き斬りながら、ガルドは背後に振り返った。油断していたわけではないが、初めての敵に攻撃パターンが読み切れない。回り込んできたベビーを屠りながら、念のためAの様子を気に掛けた。胸に付けたカンガルーポケットの中から、アーモンドの形をした真っ黒い瞳がガルドを見上げてくる。

<どうした?>

<……パロメータへ状態異常ステータスが加わっているようだがね>

 言われてから確かめるものの、ステータスに違和感はない。毒のイメージも痺れのイメージも湧かなければ、目視で見てもゲージの色に変化はなかった。

<何もない>

 Aは普段より低い声になって言う。

<うん。だがね、既存UIにないステータスのようだね。キミが使っているソフトウェアでは表記できないため、そのままでは見えない状態になっているようでね>

「かっ」

 思わず声に出るほど驚く。

<隠しバッドステータスっ!?>

 毒でも凍結でもない状態異常と聞き、ガルドは慌てて榎本より忙しない動作で二回敵を斬った。三体目に向けたい三コンボ目が若干間に合わない。いや、倒せることは倒せるが無駄のない距離感で倒すにはコンマ数秒足りないのだ。

「ち」

 大剣を握っていた両手の力を抜き、ユーザー補助システムである「ひっつき」を剥がす要領で装備解除を意図的に起こす。空いた両手の内三体目のベビーに近い方の腕を思い切り伸ばした。

<A! その隠し異常、解除は!>

<今しているがね>

<まさか、けみけっことジョーにも……>

<恐らく、付いているだろうがね>

 ガルドは震えた。

 恐れていたことが現実になるかもしれない。Aに頼らざるを得ないピンチだ。

 自分たちに害悪を成す犯人たちの刃が迫っていることを、ガルドは今になって急に実感した。


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