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394 ベビー襲来

「とにかく、ジョーの安全を確保したら城に帰還しよう」

 榎本の提案にガルドは頷くが、隣のけみけっこは首を横に振る。

「え、なんでだよ」

「ドラゴンに乗れるのは榎本ともう一人だけなんでしょう?」

 けみけっこは少し疲れた表情で岩の上にゴロンと寝転がる。冷たさは再現がされないが、ごつごつとした山肌と岩が背中へぶつかる接触感覚は脳波コンで再現され感覚に届く。寝辛そうにもぞもぞと身じろぎする動作に合わせ、ドレスの深いスリットから太ももが大きく露出した。

「私は平気。それよりジョーを先に城まで届けてあげて?」

 そしてとうとう太もものほとんどが見えてしまうのもいとわず、自分の腕を枕にして横になった。

「けみ……」

「私少し休む。ジョーなら、そのうち、帰ってくるわよ……」

「あ、おい」

<榎本、そっとしておこう>

<だけどな>

<けみけっこは大丈夫。ジョーよりメンタルは強い>

 ガルドはけみけっこと野良で鉢合わせることが多かった。フロキリはユーザー数がそれほど多くないタイトルで、時間とサーバーが合えばかなりの頻度で鉢合わせする。実力が近ければ近いほど鉢合わせる回数は増える。けみけっことガルドは自動マッチングとは思えない程の回数で、過去共にクエストへ挑んでいた。意図的に合わせていた吟醸よりは少なかったが。

 その経験でけみけっこのひととなりはわかる。メンタルの強さで言えば、恐らくベルベットやディンクロンと並ぶ程度の図太さを持っている。

<マジかよ>

<それにあの姿勢、多分仮眠>

<仮眠?>

<ロングスリーパー、だとか。プレイ中もログオフしないで中で仮眠することは多かった>

 けみけっこは腕枕で横になっている。ガルドが好む背を丸めたものでも、一般的な仰向けでもなく、一見すると涅槃の仏像のように静かな寝姿だ。

<……まぁ、インフェルノに乗れるのは俺ともう一人だけだ。お前とならコイツも相性いいし、安心感も違うか>

<任せろ>

 サムズアップで元気に振舞う。少し泣いてスッキリしたのもあり、ガルドは羞恥を通り越して晴れ渡るような気分だった。

<俺が居なくて大丈夫か?>

<逆に居ない方が今はやりやすい>

<言ったなぁこの野郎~!>

 榎本が同じくらいの背をしたガルドの肩を挙でぐりぐりと押した。背を丸めて身長差を作ると、すかさず肩を組んでくる。普段から榎本が行うガルドへの絡み方だ。ガルドが歩き出せば解けるものの、つい先日まで高い露出度に照れて避け気味だった。

 一度恥ずかしいところを見られたガルドは開き直りで照れの感情処理を克服したため、穏やかな気持ちでガルドはなすがまま、されるがままに出来た。榎本もガルドの顔色が変わらないことに気付き、普段通りの子供のような笑みでガルドに耳打ちする。

<ん?>

 頭ごと顔を近づけ、けみけっこには絶対に聞こえないようチャット上での会話を続けながら榎本が訊ねた。

<けみのリアルってどんななんだ?>

<詳しくないが、若くて内弁慶……オフラインだと無口で根暗だとか>

<ほー……ネトゲ民としちゃあありがちだな。美人だって噂は?>

<ない>

<そうかぁー>

 榎本はあからさまに萎えた表情をしている。ガルドはそんな榎本へ呆れの意でため息をついた。

「バスもミニバンもバイクも全部エンジンが出来てないんだ。完成まであと三か月はかかるぞ」「ガボー吟本は?」

「なんだそれ」

「名前つけたの忘れたのか」

 ガルドはハンドルを握るジェスチャーをして、エンジンを搭載していない人力の荷車のことを榎本に思い出させた。ディスティラリから城に向かう間で使った人力で移動するキャリーカーの通称だ。ガルドとボートウィグ、吟醸ちゃんと榎本の四名で作り上げた即席の移動手段だったが、エンジンが無いのであればどれも同じことだ。ガルドはそう楽観的に、自分たちでひいて帰るつもりでいる。

「あのなぁ、どんだけ距離あると思ってるんだよ。今回のだってインフェルノに乗ってもこれだけかかったんだぞ」

「インフェルノに篭を……」

「ぎゃうぎゃう!」

「重いか」

「ぎゃう……」

 ドラゴンのインフェルノがガルドにしょぼくれた顔を見せた。決められた重量をオーバーするらしい。アラートのように悲鳴を上げた。

 インフェルノにはかなり高度なAIが搭載されているのだろうとガルドは踏んでいる。だがAに比べると明らかに機械的だ。意思表示が終わったインフェルノは、機械仕掛けの人形がシャットダウンするようなスムーズさで瞳を閉じ榎本の首にくるりと巻き付く。

「どうするかな……登りは人間が行って、下りだけインフェルノに引いてもらうか」

「どれくらい早くなる?」

「若干だ。ま、走る人間が定期的に三分間でも休めるってのは大きいだろ?」

「身体は疲れ知らず」

「頭を、だよ。お前もちゃんと頭休めてるか? 考え事してるのと肉体労働と、この世界じゃ同義だぞ。ちゃんと頭空っぽにして、ぼーっとする時間作れよな」

 ガルドは全く思いもしなかったことに目を見張る。榎本の言うことは正論だ。ガルドは横になってもあれこれと脳内で考えを巡らせ、Aから外の様子を聞き出し、その間気をとがらせている。それらが全て肉体労働と同じだとは思っていなかった。

「横になってるから休んでるなんて言うなよ? 大丈夫か? マグナがミーティングん時言ってたろ」

 榎本はガルドを心配そうに見た。ガルドの顔色を覗き込むように首をかしげる。同時に素肌の上から羽織っただけのジャケットが肩までずり落ち露出度が上がるが、ガルドは何の感情も湧かない。

 榎本は相棒で、性別も肉体の違いも超えた「頼れる奴」であり「守るべき相手」だ。守られたいと泣きはらした目はアバターには反映されていない。憑き物が落ちたようにスッキリとした今のガルドは、すっかり年相応のみずきという少女らしさを忘れていた。涙と共に、庇護されたい欲は流れ落ちてしまっている。

 気遣われたが、あっさりと言葉を言葉のまま受け取った。

「分かった。アバター側でリアルの疲れ具合を配慮しておく」

「ほー。例えば?」

「例えば……何も考えないで……」

<羊を数えてあげようかね?>


「羊でも数える」

 ガルドはAが言ったアイディアをウケ狙いで提案した。榎本はたれ目がちな瞳を細めて笑う。

「ははっ、古典的だな」

「効く」

「頭空っぽって意味なら効くな」

<睡眠薬を処方しようかね>

<要らない>

<BJグループには投与する予定など無いがね>

 Aが会話に割って入って来たが、ガルドは榎本とAの両方と同時に雑談をした。榎本との会話に情報としての利益はない。完全に雑談で、だが心底榎本がガルドを思って配慮をしているのだと伝わる言葉ばかりが続く。

 一方Aとの会話は情報的には利益が多い。薬の投与について。BJグループがどんな目的で他と差別化されているのかについて。リアルに置いてきた榎本たちの身体について。Aは様々な情報をボロボロと漏らす。

「寝る前に一杯養命酒でも飲めばいいんじゃないか?」

「じいさんか」

「いやまじアレ効くんだぞ!? 寝つきいいし、体温あがって新陳代謝がだな……」

 心底どうでもいい会話だが、ガルドはAとの会話より榎本との会話を楽しんでいた。


 ジョーを回収するため、ガルドと榎本はドラゴン型ペット・インフェルノでワールドの最西端を目指していた。

 3分の変身時間は全速力で飛び、終わると徒歩へと切り替える。マップ上では遠くに見えたが、2度目の徒歩時間で目的地まで着いた。辺りは既に真っ暗だが地面の雪が白く発光するように明るい。

「マップのポインター、確かにこの辺のはずなんだけどなあ。見えるか?」

 吹雪は止んでいて視界は良好だが、ジョーらしき男の姿はない。ガルドは隣で背中合わせに後方を見ている榎本へ向けて首を振った。それを見もせず榎本が「そうだよなぁ」と続ける。

「次は空から見てみるか」

「ん」

「ったく、困ったもんだぜ。ポインターが間違ってるのか?」

<A>

<ボクの持つ権限ではハイバネーションラインの彼らの情報を得ることは出来ないのでね。このマップをボクも見ているだけに過ぎないが、エラーやバグは検知できなかったのでね>

<そうか>

 ガルドはAからの新情報を早々に諦め、黒い枠のシークレットチャットを閉じる。

「道中聞いてた新実装の敵も居なかったし、拍子抜けだぜ」

 榎本はため息をついている。

「強い敵ならまだしも、雑魚だとか」

「オートマタ・ベビーか? でもソロでうろつくプレイヤーが落ちるくらいは手ごたえあるんだろ。十分だ」

 インフェルノの再起動を待つ間、きょろきょろと辺りを見渡しジョーを探す。人の影は見当たらないが、辺りの風景はよく見えた。目に見える世界は奥まで山々が続き山脈の絵ハガキのような美しさだが、すぐ近くの山の峰沿いに透明な壁のような歪みが見えた。


 世界の端だ。これ以上先はプレイヤーの侵入が許されていない。そもそもゲーム的にはポリゴンで作られておらず、線の向こうはハリボテの2Dイラストに過ぎない。西側は永遠に山脈が広がっている。


 それぞれ四方向には「ゲームの外側」を想像させるデザインが張り付けられている。最北端より向こうにはツンドラが地平線まで続いている。最南端は崖と海、最東端は極東(ファーウェスト)と呼ばれ、巨大な谷がル・ラルブのすぐ脇から始まっている。

「雑魚相手に撤退出来ないレベルなのか?」「ジョー? いいや、普通に野良でも強い方」

「だよな……装備が弱くても回避で撤退する程度、野良で壮行式出るほどやり込んでる奴なら出来て当たり前だ。やっぱりオートマタ・ベビーの能力値が気になるな。よっぽど絡めとったか、状態異常系だったりして。だと対策取らないと下手すりゃ落ちるよなぁ」

 思わず「バトルバカだな」と口にしかけたガルドは、同じく自分もそうなのだと思い留まり頭を下げて言葉を飲み下した。喉仏がごくりとなり、首筋が伸びて外気に触れた冷たさを感じる。

 その冷ややかな感覚再現のなかに、チリリとした違和感を感じ、勢いよく顔を上げる。

「っ」

 ガルドは目の色を変えて背中に手を回した。大剣の柄に手を当てる。愛用する黒銀の水属性武器をいつでも抜けるよう、指を強く意識した。

「ん? どうした」

「うなじが痺れる」

「ロックオンアラートか?」

 最小ボリュームで鳴るアラートのことかと確認されるが、ガルドの耳はなにも拾っていない。耳の裏から首の裏を通ってぞわぞわと悪寒が走り、ガルドは背筋を伸ばして柄から手を放しうなじを掻きむしった。バリバリと硬い音がする。

「音じゃなくて……」

 もっと物質的なものだ。ガルドは首を動かし周囲に目を凝らすが、山と暗い宵闇しか見えない。何かが当たっている感触もない。

「……なんか俺もびりびりしてきたんだけど」

 ガルドの真後ろで榎本が呟いた。続けて同じように硬いものをひっかく音がし、榎本が大きく腕を動かすのが視界の端に見える。ガルドは榎本を死角に押し込み敵の襲撃に備えた。だがそもそも、どんな姿だかけみけっこから聞きそびれてしまった。大きいのか小さいのかすら分からない。

「オートマタ・ベビーの情報は?」

「ジャスから返事ないんだよ……寝てるな、アイツ」

「ぶっつけ本番か」

「へ、望むところ! マジで雑魚ってんなら瞬殺だけどな!」

 榎本が大第で威勢よく気合を入れた。ロックオン

アラートはまだ鳴らない。音で判別するため耳を澄ませる。聞きなれた極西エリアBGMと榎本の息遣い、時折吹く風が耳をかすめる音まで聞き取れる。現実世界の聴力は関係ない。ガルドの耳に聞こえるとゲームシステムが決めた範囲の音声データが全て叩きこまれている。処理する側のガルドは、拾うべき音をイメージした。

 オートマタ・ベビーというぐらいだ。拾い上げるべきは自動人形的な機械の駆動音と、赤ん坊が出す底抜けに無垢な声だけだろう。絞り込むソートのイメージをしっかり持ち、ガルドは耳を凝らし続ける。

 首筋の裏側に感じる緊迫感は増している。だんだんと軽い痛みにも似た刺激はトリガーのように首筋から左の肩甲骨へと広がっていて、榎本も隣で心拍を上げ息を意識的に整えているのが聞こえる。いつだって新しいモンスターを相手するのは楽しい。期待しすぎてつまらないことも、アップデートで弱体化した仕様に悪態をつくことも、ガルドたちにとっては娯楽の一環だった。

「来た」

 猫とは違うナ行の声が遠くからする。

 泣き声だ。どこからだかは分からない。晴れているが暗闇の雪山で、降り積もった氷のような雪がガルドと榎本の足元でザクリと音を立てた。

「……」

 おかしい。ガルドは違和感を覚え、眼球だけで真下を睨んだ。足を踏み出すモーションには、その地面が持つパロメータに合わせた効果、草原なら草の、石畳なら軽く高音じみた石の、岩場なら低い石の効果音が鳴るはずだ。

 シャーベットより硬い氷混じりの雪を踏む音はもっと北のエリア特有のもので、極西の雪山は石と通常の雪を踏んだ効果音を重ねた一般的なもののはずだ。

 泣き声は宵闇の奥からする。足元には違和感がある。

「榎本、飛ぶぞ!」

「え?」

「ぎゃうぎゃう!」

 ガルドは榎本の首に巻き付いていた小さなドラゴンの尻尾を掴む。抗議の鳴き声を上げたインフェルノは首をもたげ、榎本の顎を絞めた。

「ぐえっ、飛ぶ!? 今かよ!」

「今」

 足場が崩落するのはゲームでは鉄板のイベントごとだ。ジョーがいるはずのポインター上で姿が見えない理由も納得がいく。

 榎本がペットのインフェルノへ巨大化スキルを指示し、赤く燃えるような光のなかから巨大なドラゴンを取り出した。

 その瞬間同時にオートマタ・ベビーが暗闇の暗闇から何体も飛び出してくる。想像したものよりずっと大きい。軽自動車並みの大きさをした、ほとんど機械でが露出している人型のロボットだ。手足や胴体は大人の比率だが頭だけがアンバランスに大きい。

「で、出たああっ!」

「キモい」

 人形特有のプラスチック風な表面には赤錆がまぶしてあり、外国人風の青い瞳は完全なドール・アイだ。透明感の無いのっぺりとした白目が露出した四白眼がガルドと榎本を見上げている。インフェルノは榎本の指示通り、足を掴んでいる榎本と尻尾を握るガルドを上空へ素早く引き上げている。

「数は六! 俺四匹な!」

 今にもインフェルノを掴んだ手をほどいて降りようとしている榎本を、ガルドは咄嗟に足で蹴って止めた。

「うおっ!? なんだよ!」

「下。本命はアレ」

「下ぁ?」

 ぶら下がったまま宙づりになっている榎本が真下を見た。ガルドは周囲の、落下しそうにない開けた戦闘エリアを目で探す。

「げっ、アリジゴク!?」

 先ほどまでガルドたちが居たポイントには、既にすり鉢状にへこみが出始めていた。


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