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391 本当は辛かった

 洞直を出てから一時間経つが、会話は途切れることなく続いている。

「だからぁ、あの二連撃はパリィ不可なんだろ? ならステップで避けるしかないよな。問題はその後だ」

「あそこでステップ使って死んだ」

「三連撃になるのは二連撃と突き攻撃を使った回数が六回を超えた後だ。それより前ならステップOKだろ」

「あと距離」

「距離なぁ~あ~くっそ、遠距離向けの高クリティカル耐性持ちだぞアイツ! 俺らと相性悪すぎる!」

「伯爵相手だから当たり前」

「そうか、伯爵はクリティカルバカスカ当てるくせにベースが弱いからか」

「セオリー通りなら、遠距離武器で牽制。クロスファイアでお互いフォロー」

「僧侶らしく動き鈍いからな……それこそ均衡具合で嵌め殺し出来るって訳か」

「伯爵と正反対だ」

「伯爵にクロスファイア固定は無理だろうな。テレポートで後ろ取られて死ぬわ」

 猛吹雪の中スラスラと榎本の口からモンスター攻略のアイディアが飛び出る。ガルドは普段より長く言葉を紡いで返す。内容は全て洞窟最奥に現れた新モンスターをどうやって攻略するか、だ。

「リーチが長いアレをどうにかしたい」

「ああ、あの護符トルネード」

「270度、扇形に、近くの対象を広範囲でマルチにタゲる。アレはリーチも動作時間も長い」

「パリィも見切りも無理だな。位置によってはステップで避けれるか?」

「弓と銃なら。近接武器の範囲からじゃ間に合わない」

「予備動作見て避けはじめてじゃ遅いか……いやもうあの土壇場でそんな余裕ない。避けるなんざはなから考えてないけどな。ははは」

「ダメージは少ないからガードで耐えてピヨるのだけ防げば、逆にチャンス」

「はー……練習だな」

 ガルドは頷く。だが吹雪が強すぎるため、頷いた動作が榎本の目まで届いたかどうか分からない。

「こういう時ギルマスのスキルは羨ましくなるな。反則だろ。アレならこんな苦労しなかったって」

「ベルベットのは反則」

「だろ? 銃のミドルレンジにパリィ付与しやがって……いや俺らがゲットしてもつまらないスキルだけどな」

 榎本が愚痴る理由も分かる。ガルドは白で染まる視界の奥で元ギルマスのベルベットを思い浮かべた。勝手に脳内でクセのある高笑い声が響き渡る。

「インフェルノにヘイト寄せさせた時が一番スムーズだったぜ。有能だな、お前」

「ぎゃう」

 イベントで手に入れたレアスキルを持っていたベルベットは、ガルドにとってパリィの先生でもある。銃という本来剣防御(パリィ)出来ない仕様の武器でありながら、弾丸と敵の武器を弾き合うというチート級のパッシブスキルを持っていた。

 今回初戦で完敗してしまった新モンスター攻略には、ベルベットのような銃のリーチと極大攻撃を弾くスキルパリィの両方が必要になりそうだ。六人で挑めない今、その両方が出来たベルベットがいかに貴重なプレイヤーだったか分かる。

「……ん」

 二人じゃ無理だという言葉がガルドの喉まで出かかったが、ぐっとこらえて封じた。無理と思って始めたら一生無理なままで終わる。それもベルベットが教えてくれたことだ。

「もう少し登ったら後は下りだからな。よしよし、その前にキャンプして晩飯食おう」

「ぎゃうぎゃう」

 懐かしい日々の思い出と共に、ベルベットが掛けた山ほどの言葉を一つ一つ思い出す。優しい声と厳しい声が、どれも全てオネエ口調でガルドの耳に木霊した。

 ベルベットのことを思えば思うほど、猛烈にガルドはホームシックを実感していく。正確には長らく声を聴いていない元ギルマス・ベルベットに会いたくてたまらない。祖母を亡くしたばかりだったガルドの心のヒビを埋めた人であり、尊敬できる教師に出会えていなかったガルドの唯一無二と言える恩師でもあり、肩を並べて笑い合える友でもあった。この世界で走り回った。今立っている世界で暮らした。だがガルドはホームシックに胸を貫かれている。ここにベルベットはいないというだけで、この世界は帰りたい場所ではなくなってしまったのだ。あの頃のホームに帰りたい。

 それでもフロキリを続けていたのは、ここがベルベットとの思い出の地だからだろう。

「そういやお前がデカくなって空を飛べる特殊スキル持ちってのと同じく、ガルドのAにもあったろ? 特殊スキル」

「うぎゃう?」

「なぁガルド、そのガチョウ……アヒルか。そいつ……おい」

 ガルドは声に気づいて首を動かした。

「なに悲惨な顔してんだ、ガルド」

 榎本が猛吹雪の向こうで苦い声を上げた。ガルドは必死に目を凝らして榎本を見ようとするが、30cm先すらよく見えない中で声しか聞こえない。

「榎本」

「どうしたよ。変だぞ」

「……いや」

 ガルドは首を振るが、なんでもないとシラをきれる相手でもないとも理解している。

「ガルド」

 立ち止まった榎本に合わせ、ガルドも雪山を登る足を止めた。身震いすら取らずピタリと止まったアバターの周りで雪と風だけがごうごう音を立てて荒れ狂う。

「……ベルベットに、会いたくなった」

「そりゃあ、確かに懐かしい名前出たからな」

「それだけだ」

「それだけって顔かよ」

 ガルドは首をかしげる。本当にそれだけだ。

「お前、ベルベットと一緒に昔のこと思い出したのか? あの頃は良かったって言うような歳かよ。まだ十代だろ」

「もうすぐハタチ」

「まだあと二年もあるって話したばっかりじゃねぇか」

「ん……」

 年齢の話から、いかにも「自分を頼れ」という流れを持っていこうとする榎本の配慮を察する。ガルドは無気力に生返事をし、男気ある榎本に流されないようダウナーに歩き出した。だが榎本は歩き出さない。数歩進んで、ガルドも諦めて止まる。

 ガルドは、相棒である榎本に寄りかかれなくなっていた。

 救わなければいけない対象であり、裏から身を挺して守らなければならない大事な男でもある。以前欲望のまま「甘やかしてやりたい」と抱いた気持ちと、Aから自分だけが漏れ聞いている極秘のミッションが自立を促してくる。

 榎本は頼る相手ではない。守る相手だ。

「あんまり根詰めるなよお、ガルド」

「分かってる」

「ベルベットの分まで、とか考えるなよ? アイツは特別才能があった。メロだって『昔から抜きんでてた』って言ってたろ」

「ん」

「……大丈夫か?」

 不安が突然、理不尽な苛立ちに変わる。

「チッ、平気だ」

 思わず打ってしまった舌打ちに、ガルドはすぐさま恥と後悔で隠れたくなった。榎本の反応が怖く、後ろを振り向けない。

「お、おいガルド……」

 思ったより穏やかな榎本の声に心底ほっとしつつ、ガルドはがむしゃらに雪山を登った。システムで決められた歩行スピードを超えることは出来ないが、ルート取りに神経をとがらせる。タイムロスが起こらないよう必死に脳内の方向スティックを上へ倒した。

 何か声が聞こえた気がするが、一陣強く吹いた吹雪の音で掻き消える。

<みずき>

<黙ってろ>

 懐に仕舞ったAが名前を呼ぶが、許可してしまったリアルネームにイライラした。ガルドは自分自身をガルドだと信じて疑わず、年齢も捨て、皆を救うために実験を進める影の操作者になろうとしている。みずきの名前は未練がましく不愉快だった。

「ガルド!」

 背後から榎本の声が聞こえる。風を受けながら声を掛けられ、俯きながら無視する構図にガルドの脳裏をデジャヴ感がかすめた。この前の地下迷宮から城へ帰る道すがらでも似たようなことをしたと思い出す。雪山を歩く度にこんなことをしている気がし、耳まで熱くなるほどガルドは恥ずかしかった。

 まるで子供だと自分を責める。山頂まで登り切り、プレイヤーが到達できる最西部のクレバスまで降りるため一歩踏み出す。物理計算がガルドの重さと傾斜角を数式に入れて移動速度を加算させた。

「おいっ!」

「あっ」

 ガルドが新たに装備へ組み入れた鎧の腰布は床に着くほど長く垂れているため、踏み出したガルドの軌道を描くように背後で停滞している。それを榎本がすんでのところで掴んだらしい。へその下が固定されて動かず、上半身だけ重さと慣性を残したまま前方へすっ飛んだ。

 そのままガルドは前転する勢いで前へ転ぶ。べちゃりという湿った音と共に、ガルドの視界が真っ白と真っ黒で数度瞬いた。

「おわっ、すまねぇガルド……ガルド?」

 後ろから恐る恐るといった声色で声を掛けられるが、ショックを受けているガルドは身動きを取れずにいた。これほど盛大に転んだのはいつぶりだろう。そもそもゲーム内で転倒するなど聞いたことがない。フルダイブとはいえある程度行動にはサポートが入り、物を掴む・歩く・座るなどのイメージに合わせてアバターが動く仕組みだ。わざと変な入力をして床に転げたり戦闘中に吹っ飛ばされることはよくあるが、ただ歩いているときに受け身も取れない程べたんと転ぶのは初めてだった。

 まるで幼児のように転ぶなどと、とガルドは頭が真っ白になっている。雪山にうつぶせになって、両手を万歳の形で投げ出したままぴくりとも動けない。

「大丈夫か? なんつーか、リアルなこけ方だったな」

 いっそ笑ってくれればいいとすら思う。ガルドは前方に回り込んだ榎本へ顔を見られないよう、雪の地面を擦るようにして腕で頭を抱え込んで隠す。意にも介さず榎本の両腕が肩を掴んでくるが、腕で顔を隠すのだけは止めなかった。

 ほぼ同じ身長のため、無理やり立たせられても膝で折れ曲がり自立できない。

「ガルド?」

<みずき?>

 呼ぶ声が被る。ガルドはどちらにも返事が出来ないどころか、真っ白になっていた頭の中がミキサーのように高速回転し始めた。

 羞恥心が分解され、ベルベットに会いたい気持ちが全体に染み渡る。榎本への庇護欲が溶けて変質し、彼からの庇護を()()()()欲へと変わり、混ざりあった結果対等にありたいという一番最初の願いを掘り起こしていく。

「う」

 肩を両側から掴まれている。逃げられない。

「……いいぞ」

 急に囁くような声で肯定した榎本に、ガルドは首を横に振った。

「よくない」

「こんな雪山、俺らくらいしかいないだろ」

「分かった風な口、きくな」

「分かってるつもりだぜ」

「うるさい……」

「顔、隠したままでいいぞ?」

「放せ」

「ヤダ。なぁガルド、俺はお前の代わりにはなれないが、お前のためなら……お前がこんなに切羽詰まってるって知ってしまった以上、恨まれても離してやれねぇな」

「要らない」

「悔しいよな。寂しいよな」

 ガルドは身体の震えを顎の骨で実感した。だがアバターには反映されない。生理的な筋肉の動きは脳波感受型コントローラが意図的ではないと信号化されない。叫ぶか怒るか泣くか、とにかく何か強いエネルギーを身体が勝手に発散しようとしていた。

<A……カット。出力をカットだ>

 榎本はガルドの肩から手を解き、短くつんつんとした蜂蜜色の髪の毛を両手でかき混ぜた。撫でるにしては雑で荒っぽい。

「他の奴らもきっと、夜になったら隠れて肩寄せ合ってる。それが出来ない奴らのために、寄り添うためのアイコンとしてコイツらを実装したってのもあるかもな」

「ぎゃうぎゃう」

 インフェルノが二声鳴いた。二対の瞳がまっすぐガルドを見ている。

「ガルド」

「頼らない。これは、自分の、問題だ」

 被り出すようにわざと相棒を突き放すが、榎本は何故か笑い出した。信じられないものを見るようにガルドが顔を上げると、榎本はいつもの馬鹿笑いと同じ様子で目を細めていた。

「っはははははは!」

「榎、本」

「お前っ、本っ当変わんないな! 初めて会った時と似たようなこと言ってるぞ」

「な」

「ははは! なぁガルド、あの時もそうだったろ?」

 遠い昔のことに思える。目の前でからりと笑う男と出会ったばかりのころなど、一体何を考えて生きていたのか思い出せないほど昔だ。数年前だが、この数年はガルドにとって濃密すぎた。

 榎本が言う「あの時」とは、ガルドがまだ祖母を喪ってそれほど経っていないころの事だ。ベルベットに応急処置されたヒビを抱えながらゲームに没頭していたころで、榎本とは敵のような形で出会ったのだ。大規模な攻城戦の真っ只中で、武器と武器とをぶつけ合いながら。

 決着がつかなかったことを言い訳に、戦場の外でも喧嘩腰で歯向かった。サンドバックにならない相手が榎本だった。突っかかってヘイトを積んでも姑息な手段での復讐には出ず、反撃として真っ向から殴りかかってきた挙句、さらにガルドを煽って来た男。

「荒れに荒れてたお前をブン殴って、『自分の問題だから放っておけ』っつって逃げた所もブン投げてとっ捕まえて、俺、言っただろ?」

 覚えている。

「解決手段がないときは暴れるに限る、って」

 榎本は当時も今も一貫している。初めて言われた時、ガルドは「暴力は良くない」と反論した。ゲームだから辛うじて許される、と。だが度を過ぎたプレイヤーキルはリンチだから良くないとも付け加えた。ルールがある世界ではルールを守るべきだと言い張ったガルドに、榎本は自由主義・個人主義を押し付けてくる。

「俺相手でいいならいくらでも付き合うし、俺も、()()()()()手加減抜きで出来るからな」

「聞いた」

 その言葉を聞いたからこそ噛みついていけたのだ。無礼講で誰にでもオープンに接している榎本が、その実かなり手加減して外用の顔をしているのだと知ったからだ。

 ガルドと榎本は殴り合いで親しくなっていった。

「な、ガルド。いいぜ。叫びながら俺を殴っても」

「今は……」

 殴る気にはなれない。ガルドは自分のことだけを考えて生きてきたフェーズから一歩踏み出し、誰かのために身を尽くすフェーズへ登る過渡期であった。

「今、は?」

 守らなければと思う。本当は守られたかったとも思う。大人の自分(ガルド)と子どもの自分(みずき)が裏表に描かれたコインのように回転している。そして榎本の声を聞くたびに少しだけ、御徒町のマンションの一室を思い出すのだった。

「う、うう……ぐっ」

 ガルドは声を殺しながら、榎本の胸に顔をうずめて泣いた。


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