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390 岩の洞窟、問題用紙

 極西にそびえたつ山には、伯爵と呼ばれる高難易度モンスターが常駐している。難しいというより面倒くさいと評判の攻撃パターン、かかる時間の割に質が悪いドロップ素材がフロキリのプレイヤ一達には不人気だった。ガルドと榎本がとことん狩り尽くさなければ、未だに隠しスキルの配布条件も判明していなかったことだろう。

 イースターエッグ並みに隠されたアイテムやイベントを発掘するのは自分ではないと思っていたガルドと榎本は、この西の山での冒険を輝かしい思い出として大切にしている。

「っは、変わってねぇなぁ」

 榎本が伸びをしつつ、背中に背負ったパラシュートを投げやりに床へ投げた。糸や布から編み上げたため作成には相当時間がかかったのだが、雪と風にぶつかり続けて破損が酷い。耐久値が限界だ。帰り道には使えないだろうと、ガルドも同じく乱暴に床へ放り投げた。

 ぶつかった先は、黒い岩作りの自然あふれる床材だ。

「ん、壁に立体感がある。あそこ」

「おお~、埋め込み背景が部屋になってんのか! ギルドホームと一緒だな」

<拡張と呼んで欲しいのだがね>

 Aがこっそり呟く。ガルドは部屋全体をざっくりと見渡した。

「人の気配は?」

「ソロっぽい荷物もないし、ゴミも汚れもない。拠点にしてる様子はないな。つまり……」

「はずれだ」

「ここまで来れないシングルのソロってことだろ?」

「なるほど」

 非表示にしていたハンマーを榎本が表示形式に切り替える。普段愛用するものより柄が短く、炎のような意匠と黒い炭のような汚れがわざとつけられたトンカチタイプのハンマーだ。炎属性が付与されている。

「やっぱり峰に沿ってエリアをしらみつぶしにしてくしかないだろ」

「一度端まで? 高低差は」

「高いところから行こうぜ。ココにはまたコイツで飛んでくればいいし」

 榎本が少し乱暴にドラゴンのしっぽを摘まむ。インフェルノは翼を広げて抗議するが、榎本は慣れた様子で翼の付け根を持ち上げるように掴んだ。そのままUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみのように小脇へ抱える。

「上に上がるだけだからな。コイツの出番だ」

 ガルドと榎本の視線が集中し、照れた様子でインフェルノがくねくねとうねった。

「逆に、何しに苦労して榎本が来たのか分からなくなる」

「全くだな。垂直に動けるメリットを生かさねぇと」

「頼りにしてる」

 おそらくアヒル姿になっているコンタクターのAに頼めば、ガルドに特例の「空を飛ぶ」や「位置を移動」などといったチートスキルを付与してくれるのだろう。だが、榎本に三分間の制限付きとはいえ飛行用の装置を与えたのだから、そこには何らかの研究に関わる意図があるのだとガルドは想像していた。大方高いところと落ちる感覚への恐怖を克服させるつもりなのだろう。

 早くソロは見つけたいが、最終目標の「実験早期終了」のために榎本への課題を解決すべきだと判断してのことだ。だからこそ、ここからは急いで足を動かしたい。そう気合を入れるが、隣では男が笑っている。

「っはは。じゃあ俺の頼みも聞いてくれよ、ガルド。マグナの作戦通りにしつつ、伯爵やりに行こうぜ」

「急いでる」

「一回ならいいだろー?」

「ん……まぁ、一回なら」

 ガルドもまんざらではない表情を隠さず、背中の武器を非表示から表示へ切り替えた。


 急勾配な山の八合目付近に突然現れる小さな扉は、高名な僧侶が山で修行するために掘った人工の洞窟だ。ゲーム中ではそういう設定というだけだが、確かに壁には東アジア圏の宗教テイストな装飾が施されている。どことなく違和感を感じるのは、制作したのが欧米の会社だからだろう。猿の意匠がやけに多いところヘはイエローモンキーなる侮蔑を裏に感じさせ、一時期ブルーホールのスレッドが炎上したことを思い出す。

 ふと、ガルドは小さな違和感を覚えた。

「……こんなに凝ったデザインだったか?」

「ぐぎゃあ」

 Aが首を横に振った。

「後から加えたのか」

 今度は誠に頷く。

「どうしたガルド。すぐ出るんだろ?」

 洞窟入り口近くに設置されたアイテムボックスを前にし、榎本がガルドには見えないアイテム欄をスクロールしている。ガルドは先ほど、出発前に必要だろうと組んでおいたオリジナルテンプレート通りに一通り所持アイテムを補充したが、榎本はあれこれと今になって必要なものを考えているらしい。遅いと文句を言いたくなるか、口にするほどの文句でもない。無言のまま一つ頷く。

 視界が上下に振れる中、ガルドは先ほどより大きな違和感に気付いた。

「ん」

 待ち時間を待つにしては性急に歩き、石造りの洞窟をうろうろと調べて回る。天井の低い黒石作りの床は、金属系メインの装備で歩くとそれなりに大きな音が反響してこだまのように響いた。以前より大きな空間を思わせる反響具合だ。うんざりするほど拠点の洞窟と伯爵との間を往復してきたガルドにとってみるとかなり大きな変化で、洞窟内に何らかの手が加わったのだと確証を得る。

 一拍置いて静かになってから、榎本の背後に距離を取って立ったガルドは神妙に口を開いた。

「……この山の設定」

「お、おう」

 榎本が急に警戒し出す。

「この奥に即身仏が眠ってる設定だったな」

「ああ、ミイラ的なやつ。アメリカナイズされてアンデット扱いだったけどな。伯爵を大昔に封印したたとか、でかい怨念を受け入れただとかなんだとか」

 ガルドも榎本の言葉を聞いて思い出した。

「ムービーだけで中に入れなかった御廟、覚えてるか?」

 自分でも確認してから、ガルドはゆっくりと指をさした。

「御廟、あったな。奥。行ったことないから詳しくは分からねぇけど」

「魔術模様で封印した感じのデザインだったはず」

「だった、はず?」

 榎本はゆっくりと振り返った。ガルドが指さす先を静かに見つめ、目を凝らし、徐々に顔を嫌そうに歪めていく。

「……穴ぁ、あいてんじゃねぇか」

「穴だ」

「うおお、これ胸熱じゃねぇか!?」

 ガルドは首をかしげるだけに留めた。

「僧侶の実装だったら伯爵と同レベルの亜人系モンスターだぞ!」

「時期尚早」

「おいおいガルド、クールすぎるだろお前」

「罠かも」

「んなわけねぇって。罠も何も全部俺たちのために配置されるサービスなんだろ? いや俺たちっつーか、メインユーザーは田岡一人なんだろうけどな」

 ガルド以外のプレイヤー達はそう思っている。ガルドは一人、自分たちが日々AI群に監視され謎のテストを受けているということを、胃を痛くしながら飲み下した。

「……ああ」

 小さく呟くガルドの様子が暗いことに気付かないまま、榎本が楽しそうに続ける。

「ル・ラルブの虫門扉(もんぴ)も楽しかったけどよ、難易度低すぎで物足りなかったんだよな」

「それは分かる」

「やる事は色々あるっつったって、やりがいのある高難易度で実りの良いもんはなかっただろ? 今まで。サルガスが寄越すのは全部暇つぶしだったしな」

 榎本は装備画面を目にもとまらぬ速さで操作し、あっという間に追加装備を身体中へ張り付けた。紋章やベルト、いかついシルバーアクセサリーなどが耳や首などを華やかにする。最後にジャケットの上から赤いマントを装備した。

 現代風のジャケットとパンツにファンタジーな赤のマントを合わせると非常に違和感がある。ガルドは忖度なくさらりと口にした。

「ダサ」

「るっせぇ、移動速度考えたら外せないんだよ」

 反論を満面の笑みで吐き捨て、ガルドを置き去りにして榎本は穴へ近づいていく。

「なぁ、一回様子見でトライってのはどうだ? 今までのと違って絶対逃げないだろ」

「ん」

 ガルドはもう頷くしかなかった。反論の隙もない。過去現れたイレギュラーモンスターは偶然の遭遇ばかりで、今回の袋小路状態とは状況が違う。本音を言えば、Aを問い詰め何のギミックがあり何を調査したいのか知ったうえで攻略に入りたかった。

 極西エリアに来る前、なぜ榎本だけが飛行ペットを得たのか問い詰める時間はあった。榎本の落下感覚恐怖症が問題視されていると気付いたのは、問い詰めたガルドに根負けしたAのリークによるヒントのお陰だった。二人乗りを強請って同行したのは正解だっただろう。弱点をカバーするほどの有用性を、まだ見ぬコンタクターに見せつけなければならない。

「一回挑んだらソロ探索に行く」

「お、移動中に対策話し合うってか? 真面目だなぁガルド」

「いつでも真面目だ」

 何か立派なことを成さねばならないとの強い焦りが、ガルドの背中を押した。


 洞窟の突き当りにぽっかりあいた穴を前に、完全武装の男二人が立ちふさがった。これ以上ないほど強い装備を重ねている。普段は付けない耐久値付きの貴重な追加装備も惜しみなくアバターに貼り、呼吸を整え眼前を見た。

「っし、行くぞ」

 ガルドは隣でいつも通り頷く。榎本がガルドの目を見て嬉しそうに一つ笑い、右足からすいとエリアを踏みぬいた。

 脳波コンで感じ取る場面変遷の感覚に懐かしさを覚え、心拍が急にどくんと早まる。

<みずき、興奮しているのかね?>

<正直我慢していた>

 Aが首元で羽を広げた。

<フム、やはり人間というのは適度にストレスを感じ、一気に発散する瞬間が派手かつ報酬があればあるほど悦を得るようだね。つまりアクション性のあるゲームにおいてはクリアが難しいクエストを用意し、ストレスを得なければ報酬が得られないよう調整し……>

 研究者のようなことを呟いているAの声を排除し、ガルドはひろがった視界から情報を得るのに集中した。隣で榎本が音を立ててハンマーの柄を握りしめている。ガルドも背中へ腕を上げ、大剣の柄を軽く握りしめた。続けて眉をしかめる。

「狭いな」

 蛇と戦った島のタワー展望台を思い出す程狭い。フロキリでは過去一狭いのではないかと思うほど、黒く湿った岩壁がすぐそこにある。戦いにくそうだ。一番奥の壁際には、金と黒の装飾を施された豪華な僧侶の背中が見えた。顔は見えないが、ガルドたちが以前ムービーで見たものと全く同じデザインだ。

「な? 張った通りだろ?」

「ああ。怨念の僧侶、亜人系。伯爵と対になってるとすれば属性は火。予想通り」

「だろー」

 自慢げに榎本が胸を張る。筋肉が隆々としている肌色の合間から桃色の乳頭がチラリと見え、ガルドは慌てて目を逸らした。

「……すごいすごい」

「褒めてんのかよそれ。つか天井低っ……とりあえず位置取りいくか」

「距離測る」

 ガルドは榎本より先に足を一歩踏み出した。Aがガルドの首元から軽やかに飛び立ち、天井近くまで羽ばたいていく。

加速(移動速度上昇)、A」

<分かっているがね、キミの雄姿をカッコよく撮れるのはボクだけなのでね>

<撮る? スクショとか別にいいから>

<もちろんBJO2の撮影もしているがね>

 榎本の方へも顔を向けたAを見ながら、ガルドはため息をついた。移動速度を上げるバフは期待できそうにない。しかし榎本のスクリーンショットを撮影しているのだとすれば、それは他のAIを通さず真っすぐ拉致犯であるオーナーへ届けられるだろう。

 榎本が活躍する様子を突き付ける絶好の機会だとガルドは思い至った。

<……カッコよく撮れ>

<任せたまえね>

 Aへスクショに力を注ぐよう指示しつつ、ガルドは位置取りに神経をとがらせた。榎本を「BJ01・ガルドより有用なプレイヤーである」と証明しなければならない。上手くガルドが成果を発揮できない中、榎本が相棒の不手際を救いつつ颯爽と敵を倒すのだ。安易だが完璧なシナリオがガルドの脳内で組み建っていく。

「全力で行くぞ」

「お、負けてらんねーなぁ! 俺がダメコン稼いでMVPだ!」

「ああ」

 その意気だ。ガルドは心底応援しながらじりじり僧侶の背中へ近づいていく。振り向いてターゲットアラートが鳴り始めたら、榎本に注意を向けさせないようヘイトを請け負うつもりでいる。

 さり、と地面がこすれる音がする。大剣の切っ先が届く程近いリーチ圏まで進んだころになってようやく、袈裟をまとった僧侶がのっそりと動き出した。



 東京メトロ東西線、西船橋行。第四車両中央。門前仲町駅を過ぎたころ。

 乗車率30パーセントを切る程度の車内で横並びにぴったりと座り合う女子高生らが、フィルム型のスマホと広げて話し込んでいる。

「ねぇ、マーク付きの動画見たことある?」

「出ないよ~レアだもん! え、ミッチー出たの?」

「そう出たの! ほらっ」

「わ、現在進行形じゃん! すごっ! えっ、なにこれ。鳥? ペンギン?」

「真っ黒いし、多分カラスじゃない?」

「カラスか。あれっ、猫でもなければハリネズミでもないし……もしかして初めてじゃない? 新キャラじゃん」

「多分そう。Wiki今ちょうど編纂中でさ、古いのしか見れないんだ。SNSとか探んなきゃダメかも。んでさ、動画さぁ、今まで見たことない場所映ってるっぽいよ。あ、ほら。大男二人組が袈裟着た人に斬りかかってる」

「うわっ、お坊さんじゃん。ヒドイことするねぇ」

「ね。噂、マジかもよ。実刑判決受けた犯罪者を閉じ込めて殺し合わせて……ってやつ」

「うわー島流しならぬ雪山流しじゃん。あはは」

「ウケる~。極悪人って顔してるし」

 木場駅で数十秒停車後、通過。

「音聞こえないのがもったいないなぁ。あ、殴り返されてる」

「ぎゃはは、下手くそー」

「なに入れれば検索ヒットするかな。カラスマーク?」

「出ないよぉ」

「新動画?」

「色々出すぎる~」

「えええ……うーん、なんかトレンド入るまで待つしかないか」

「ね、お坊さんにボコボコにされて死にかけてるよ? オッサン二人組」

「わーお、かわいそーう」

「棒読みじゃん」

「だってさ、みやのんに頼まれてチェック入れてるけどさ、正直みず以外興味ないっていうか……」

「そうなんだよねぇ」

 東陽町駅に到着し、電車のドアが開く。

「あ、ここだ」

「途中コンビニ寄ってもいい?」

「いーよー。私もなんか飲み物買ってこ。コーヒー飲めないし」

 ドアが閉まる。スリープされたスマホのトップ画面に出ているスパム動画の中では、戦いに敗れた男二人がうなだれている様子が映っていた。



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