39 後輩ハルとその兄と
みずきは昼休みに親しい友人にだけ悩み相談をした。両親に彼氏のことを打ち明けていないこと、そして、門限まであった過去を考えると海外に会いに行くなど出来ないだろう、と友人たちに打ち明ける。どう切り出せば一番被害が少なく済むのか、友人たちはあれこれと考えてくれた。
「先輩! 先輩! 聞きましたよー!」
しかし噂というのは早いもので、昼休みに打ち明けたネタが放課後には後輩の元へ届いていた。みずきは背後の声に振り返る。
部活動前に女子更衣室にいたところを、大きな恩義がある後輩ハルに捕まった。声だけでわかる嬉しそうな表情に、みずきも嬉しくなった。
「ハル。この間はありがとう」
まずはオフ会の礼を言った。際に周りのオヤジどもに可愛いと褒められていた要因を、みずきは「ハルの洋服選びのセンス」だと解釈していた。今やみずきにとって後輩ハルは、大幅な信頼を寄せるべきリアルサイドの友人だった。
「早い」
「ふふん! 先輩情報ネットは巨大なのです! それより、なんとかしましょうよ~! 手伝いますよ!」
みずきはチャンスだと思った。行動力のある後輩ハルはすぐにでも行動するだろう。それは喜ばしいことだった。
「自分で打ち明ける。それしかない」
「そ、それはそうなんですけど。うーん、何かないかなぁ……あ!」
「ん?」
何か閃いたのか、パッと笑顔になった後輩がみずきに詰め寄った。
「先輩! 先輩のお母様、確か横浜ジャーナルの方じゃなかったでしたっけ!?」
みずきは答えに詰まった。確かに横浜の地域新聞や地域のウェブコラム、横浜に関わる有名人のインタビューなどを仕事にしていた。
昔から自立心の高いみずきの母は職場でもワンマンで、実力主義の会社ではなんの問題なく中心人物になったらしい。休日にも関わらず職場や現場に走る。
そんな母の、仕事的には立派だが母親としては不出来だったことが、みずきはずっと恥ずかしかった。だからこそ友人には漏らしたことの無い情報だ。
「なんで知って……」
「私のお兄ちゃん、そこの新入社員なんですよ~!」
みずきは嫌な予感がした。
ちょっと話が大きくなり過ぎやしないだろうか。みずきは後輩の思わぬ情報源に驚いていた。
もし友人たちからアイディアが出なかった場合、電話をかけてもらう予定だった。昔から廃れることなく何故か引かれ続けている固定電話に、彼氏の話題とハワイ旅行の話題を録音してもらう。ただそれだけのことだった。
が、どんどん話が大きくなっている。
「佐野さんの娘さんか! 似てるな~」
「お兄さんも、ハルにそっくりですね」
あくる日。
あれよという間に後輩に連れられ、学校近くの喫茶店に連れ込まれ、目の前にはスーツを着た男性がいる。目元とヘアカラーが妹にそっくりだ。
シワひとつない肌にストライプの入った紺系統のスーツを着こなしているが、社会人にしては若い。二十代前半だろう。何より後輩に似たハキハキとした態度が若々しかった。
「はは、よく言われるよ」
「もうお兄、先輩が褒めてるのに」
「褒めてるのか? そうかそうか、ありがとう」
「もー!」
妹が兄に突っ掛かり、兄はそれを甘んじて受ける。兄妹間のナチュラルな会話を目の当たりにし、みずきは急に居づらさを覚えた。
「それで、佐野さんに彼氏との海外旅行を直談判したいってことだったね」
「いや、それはもう……」
「僕が来たからには安心だ! それとなーく、言っておいてあげるよ」
「お兄、頼りになる! くれぐれも先輩が悪いみたいなことにならないようにね!」
「あの、本当に大丈夫なんで……」
「遠慮しないでいいって。うまくやるさ」
歯並びのよい笑顔が逆に信用ならない。
後輩のはち切れん笑顔が心に刺さる。本人はよかれと思っているに違いない。だが結果がよいものにならないことは安易に想像出来る。世の中、上手くいかないものだ。
腹をくくる。
「あの、自分から母に言うので、大丈夫です」
「そうかい? そっか、そうだね。僕なんかが立ち入らなくても、親子だものね。頑張って。応援してるよ」
「ええ!? お兄、そこで引き下がるの!? 先輩のこと助けてあげてよ!」
後輩は兄にいい散らかすが、彼は頑なにそれを受け入れなかった。
「自分で言うに越したことはないさ。でもそうだなぁ、雑談とかで佐野さんに高校生の恋愛事情とか言ってみておくよ。クッションあると、触りがいいだろ?」
「あ、お兄、じゃあ先輩のこと話してきて! 私が話した先輩の話! あれ、流しといてよ!」
「いいね、言っとくよ」
それくらいなら、とみずきも釘を刺さなかった。お願いします、とお礼と共に頼んでおく。後輩の兄におごってもらったクリームソーダが冷や汗をかいていて、まだ寒いのに夏のような気分になってくる。
常夏の国へのチケットまで、もう少しだ。
ちょい役に思えるハルの兄も、今後の展開で再登場する予定です。その時もちょい役です。




