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386 どっちつかず教授

 整備された遊歩道に等間隔で並ぶ木々が日陰を作っている。つくばの洞峰(どうみね)公園は一見すると何の変哲もない公園だが、滋行が言っていた通り遠くに芝生が見えた。緑色の地面がだだっ広く続く空間で、脇の木々よりも広く間を空けた等間隔に置かれた腰ほどの高さの金属ポールが目立つ。

「これ以上はGPSの精度的に誤差範囲内だな。この近くにいるのは確かだけど、どのエリアにいるのかまでは微妙だ」

「見りゃあからさまじゃん。絶対あの芝生の方」

 チヨ子が指さした先には、芝生の中央に立つ人影がいくつも見えた。緊張で靴擦れしてしまったかかとの痛みを忘れる。

「……犯人とは違うとしてもさ」

「ああ。あれ、多分教授が言ってた犯人のシンパ達だ。直接対決はマズい。一旦一般人のフリするぞ」

「あっはは! 丁度良く虫取り網持ってるし、蝶でも追いかけてみるー?」

 チヨ子は笑った。怖がっていることを知られないよう、わざと強気に滋行を笑う。芝生の周囲をぐるりと囲むように這っている遊歩道を見れば、自分たちのような若者の姿など影もない。子どもを連れた女性と老夫婦は見えたが、その姿も遠くまばらで紛れ込めるような人混みはない。

 目が合わないよう気を付けながら、チヨ子たちは集団が見えるよう近付いた。

「虫なんかいないぞ」

 滋行は大真面目だ。走って来た時の息切れがまた整わない。肩に出ないよう腹を使って一生懸命息を吸って吐く。隣の滋行は虫取り網を取り出し、地面をきょろきょろ見る素振りをした。バッタを捕まえるフリをするのも良いアイディアだ。

「レジャーシートかなんか、持ってくればよかったな」

「言えてる」

 チヨ子は痛みを庇いながらつま先歩きを続ける。案の定ヒールのせいで足を痛めたが、靴下になるほどではない。人影の詳細が見える程度の距離まで近づき、土の地面から石を埋め込んだ遊歩道へと合流した。コツコツと靴音を立てながら回り込むように芝生を周回する。

「どこにいる? 見えるか?」

「……目当てのは居ない。茶色(ミルキィちゃん)も見えない」

 隠語を使って会話をし、チヨ子は横を見る。滋行は真剣な顔で地面を見るふりをしながら、ギャンへ通信を入れていた。

<教授がいない。教授の敵かもしれない奴らはいる。俺としては何事もなく帰りたいんだけど>

<そいつは無理ってやつだ。その敵ってのはアレだろぉー? 俺らン妨害してきやがったつくばの研究者とかだろ?>

 滋行が隣でごくりと唾をのむ音が聞こえ、つられてチヨ子も血の気が引いた。

「え、ギャンさんにとっても良くないってこと?」

「だ、な……」

 楽観視していたのは確かだ。チヨ子はどこか他人事として、白亜教授対つくばという構図を想像していた。だがギャンは確かにあの集団を妨害者と言い切った。ギャンを滋行ら学生三人組の仲間だと思っているチヨ子は、つまり一緒に行動している自分にも明確な敵が現れたのだとやっと理解できた。

<救援送るって言ってたじゃん! まだ着かないの!?>

<まぁ待てハヤシモちゃん。急がせてる。そこでアベックのフリでもしてな>

<だってだって、こめかみにゲル貼ってるけど、これだけで大丈夫なの!? ねぇ! アイツら超悪い顔してるんだけど!>

 有線コードの上からべったりと貼っているゲルが「何か」から守ってくれるのだとは知っているチヨ子だが、それがどんなものなのかなど想像でしかない。まだ遠いが、すぐ近くの芝生の上で十名を超える敵が何かを操作している。

 全員日本人だが、人相は汚く恐ろしい。よく見えないがヒゲが生えていて小汚く、眼鏡率が高かった。

<顔見えんのか~! ッシャ! ハヤシモちゃんヨォ、そのまんま、まーんまコピーする感じで意識してな、画像メモに張り付けてくれ。顔認証でデータベースと掛け合わせる。いやぁ、やっと個人特定出来るぞ~IP追跡じゃけむに巻かれてばっかでな~>

<ギャンさん、脱線してないで本気で早く何とかしてよー!>

<今すぐはなんも出来ないぞ。そいつら別に何も悪いことしてないからなぁ。警察が事情聴取できる感じでもないだろぉ?>

<だってなんか、え、円陣! 円陣組んでる! 何か恐ろしい計画でも立ててるんじゃないの!?>

 チヨ子が脳波コンで叫ぶが、滋行が肩を叩いてチヨ子を止めた。

「来たぞ」

「……教授!?」

 慌てて目で探すが、滋行にぐいと背中を押されて見えなくさせられた。向き合う形で滋行と立ち尽くす。チヨ子側からは芝生の広場が見え、そちらで人相の悪い男たちがざわざわと浮足立っているのが分かった。白亜教授の登場に驚いているらしい。

「シゲさん、見えないよぉ」

「シッ! 顔は俺に向けて、眼球だけ動かして」

「無茶言わないでよぉ」

 反論しつつ、チヨ子は顔を目いっぱい上へ上げて滋行を見た。顔だけ見つめ合いつつ、目は肩越しの向こう側を見つめる。数人がドローンを操作する両手用ハンドコントローラーを握っているのが見えた。姉が脳波コンを駆使してなんでも操作する様子を間近で見てきたチヨ子には、同じつくばの研究者にしては少々アナクロに見える。

<脳波コン、使わないのかな>

<え、どこまで知っててどこまで知らないんだぁ?>

 ギャンがコメントを飛ばしてくる。

<どこまでって? アタシ普通に手伝ってるだけのボランティアなんですけどー>

<あーっとだなぁ、そっか勢力図を知らんのか>

<誰も教えてくれないもん!>

<おーっと、そりゃ悪かったねぇ嬢ちゃん。つまりなー? 拉致犯グループには思惑が二つあって、拉致ってるのは目的の一つでしかないらしいんだわ>

 初耳なことばかりで、チヨ子は目を丸くする。

<んでもう一個の方はな、『日本を脳波コン()()()にする』ってやつなんだよなぁ。そこでたむろったり俺らン妨害したり、ドローンで体当たりしてきたりするのはその後進国化活動の波をモロに被った奴ら。犯人どもの仲間ですらないってわけ>

 顔も見ていない滋行の先輩は、チヨ子に辛うじて分かる難易度のことをスラスラとしゃべった。クセがある人物だが相当頭が良い。きっと薄くて目も細い病弱そうな男だろうと想像する。

<……えーっと、あの集団って犯人じゃないの?>

<でも教授が確かに『アメリカのシンパ』だって>

 滋行もチャット欄を覗きながら首をかしげている。目はチヨ子の背中より向こう側を見ていて、白亜教授がまた逃げないよう監視するかのようにギッと睨んでいた。

<へ~、アメリカなのか~>

<ギャンさんこそ分かってないじゃないっすか>

<あー、どこだっていいんだってー。奴らは犯人と言えば犯人だけど、要は真犯人とは別なんだとさ。いやぁ、俺ァそういうのよく分かんないけどな! 社長は大本の真犯人を追ってるんだもん>

「ディンクロンのことだ」

「猫でしょ? うん」

<日電的にはつくばなんて雑魚よ雑ァ魚>

「は? 雑魚? アレが?」

 思わず声に出た。滋行が慌てて勢いよく首をぶんぶんぶんと横に振る。

<だって男の人いっぱいいるし、頭もいいんでしょ? 全然雑魚じゃないよ!>

<ハヤシモ嬢ちゃんも気づいただろ? そいつらは脳波コンを危険だってマジで思ってる。全部リアルデバイスでの操作じゃんか。負けるわけねーっしょー>

 チヨ子は思わず顔の向きが崩れるほどしっかりと、身体全体で研究者たちを見た。彼らは皆一様に一点を見つめていてチヨ子には気づきもしない。ドローンが足元から浮いているが、コントローラーはスティックがいくつもついたレトロな両手持ちスタイルだ。電波を出すアンテナがピンと二本立っている。

<どうやって勝つの?>

<そりゃドローン同士のバトルだ。後輩のドローンが四台そっち向かったから使え。アドレスこれな~>

 発言者はギャンのまま、チャット欄に数字コードが数行並ぶ。流れていく前に慌ててチヨ子はスマホのメモに手で打ち込んだ。数字だけなら操作画面を見なくても打てる。

 タタタと画面に爪が当たる固い音を立てながら、滋行の背中に隠れるよう縮こまり、チヨ子は集団が見つめる先を振り向いた。

 遠くに男が一人、ゆっくり歩いているのが見える。

 先ほど見たジーンズ姿で、小脇にミルクティー色のぬいぐるみを抱えている。何か口が動いているように見えるが、遠すぎて声は聞こえない。会話をしているのだろうか。脳波コンのない集団相手には、チヨ子ら三人のチャットラインへ割り込んで見せた教授でも流石に喋るしかないはずだ。

<ギャンさん、白亜教授はどうすると思う?>

<感情を抜きにして考えりゃいい。信用なんざないが、良いもん作るし律儀でマメな人だからなぁ。会ってみたいって言ってたんなら、ただそのつくばの奴らに会ってみたかったんだろうよ>

<なんか一方的に話しかけてるっぽいよ>

<うわ、気になるぅ~……内容分かんないかー?>

 一般人なりにギャンの希望へ答えたいチヨ子は、必死に唇を読み取ろうとした。

「い、び、あ、は、ばん……チッ、言葉にならない~」

 思わず出た舌打ちを甘えた声で誤魔化す。滋行は全く気にしていない様子で別のことに気付いた。

「視力、良いんだな」

「えへ、二近いよ」

「そりゃすげー……いや、だとしても遠すぎる。見えないだろ? 少し近付こう」

「いいの? シゲさんにしては大胆」

「なんだよ、俺にしてはって。確かに慎重すぎるって言われるけどな、やる時はやる男だぞ」

 滋行は自身の背中とチヨ子の腹で隠すようにして、有線コードの二股先をぎゅっと握る。巻き取っていた輪を緩めて長すぎる程長い一本のコードになり、抱えるようにして胸へ抑え込んだ。震える息を吐き、チヨ子を見つめる。

「危ないかもしれないから、お前はココにいろ」

 言われるだろうとチヨ子は予想していた。すぐに首を振る。譲れないものが一点あるのだ。

「やだ。ミルキィちゃんだけでも取り返す」

「……後ろにいろよ?」

 低く呟いた滋行の声に、チヨ子は真面目な顔を作って頷いた。遠くから甲高い軽量ドローンのプロペラ音がする。飛行禁止の公園上空を猛烈な速度で飛んできたらしい。するとチヨ子のスマホがビーコンを受信し、ウェブブラウザ上へ勝手に「アドホックネットワーク・アクセスポイント」と表示した。

 触るような感覚で近づくとアクセス用パスコードを求められ、言われた通りにチヨ子はメモした数字を張り付ける。脳波コンの恩恵で瞬きの合間に出来るため、ドローン自体はまだ視界に入っていない。

「や、くすぐったい」

「うわなんだこれ」

 滋行と同時に目をこする。

<アドホックの中にオマイらを入れて連携を取る、次世代アドホックネットワークだ! STEPの試作第二号! ドーヨ!>

<どうもなにも、うわ、視界がごちゃつくんですけど>

 チヨ子は何となく、今見ている「空からの視線」を滋行も見ているのだと気付いた。目に見えていないものも目で見ている感覚が伝わってくるが、そちらは幻だ。肉眼で見ている滋行の様子を意識すると空からの視線はデータとして遠くに感知出来た。三度ほど瞬きする。その間にも空中視線の主である味方ドローンはチヨ子らの近くまで急接近してきていた。

 加えてもう一つ、電子上で接近してくる影を感じる。

<お邪魔する。構わないか?>

 突然聞こえた声に、もうチヨ子は驚かない。

<教授っ! ミルキィちゃん返して!>

<勝手にどっか行くなよ教授!>

 敬語を捨てた滋行が右目を手で擦りながら言うが、白亜教授は返事もせずチヨ子らの持つパスコードをまさぐってくる。

<ぎゃ! 変なとこに入ってこないで!>

<スマホのメモアプリ? 変でもなんでもないだろうに。さて、手伝ってもらうぞ若いの>

<ハロー白亜きょーじゅっ! 八木です!>

<ふん、情興庁もいるのか>

<違う違う、もう出向からの転職人間だから。もう公務員じゃねーですって。で? 交渉、どうでした~?>

<話にならん。無駄足だった>

<ですよね~。じゃ、お送りした契約書の通りでよろしいでしょうかァ>

<晃の弟のか? 仕方あるまい。世話になる>

<ハイじゃあ今後ともよろしくってことで!>

<何が!?>

 チヨ子はもう誰も信じられない。

「貴様らには失望したっ!」

 大声で叫ぶ声がする。渋く低い、脳波コン越しにも聞こえていた白亜教授の声だ。鼓膜で聞き取るリアルの側で、少し離れたつくばの集団に向かって叫んでいる。

「犯罪である自覚も無いと来たものだ! 嗚呼嘆かわしい! ワシは無関係だからな!」

<……なにお気持ち表明してるの? もう、ギャンさんもグル? 何なの?>

<……俺ら、もしかして良い様に利用されてる?>

<お、おいー! 人聞きの悪いこと言うなってぇ! ほら、白亜教授のスタンスって自由でな? とにかく蚊帳の外が嫌なんだよなァ。だからどっちの敵でもない、味方でもない。でもアイツラじゃ『拉致犯の中枢にコンタクトを取るのは不可能』って今分かったんだろうよ>

「ダッサ」

 そう呆れた声を出すと、遠くで叫んでいた白亜教授がぐるんとチヨ子らの方を向いた。

<やだバレるからこっち見んな>

<フン。報告だ。収穫はあったぞ。このぬいぐるみをハッキングしているのも、動画を流しているのも、こいつらと同種……つくば市からだ。計画の一環ではなくそこの者どもの利己的活動ということだな>

「えっ」

「え」

 驚くチヨ子と滋行をよそに、通信の向こう側でギャンが笑う。

<ヒッヒッヒ! だろうなぁ。人外じみた技術は感じないんだよなァ、今回の件。あれ? そもそも教授は知ってたんじゃなかったんで?>

<確証は無かった。ワシは憶測では動かん>

<またまた~。つくばに寄りたいなんて言い出したの憶測からの調査でしょうに~>

<だからこそワシも計画の内側に入れるかと思ったんだが、ダメだ。ここもまた中継地にすぎん>

 脳波コンでギャンと白亜が喋り続けるなか、チヨ子らが操作権を借りている日電のドローン群が上空に姿を見せた。甲高い音に集団も白亜も空を見上げる。

<来たか。ワシは車に戻っている。そいつらを潰してから来い>

 一瞬誰へ向かって話しかけているか分からなかったが、どうやら自分にだと気付きチヨ子は瞬間的な怒りを覚える。

「アンタが勝手にずかずかどっか行っちゃったんでしょうが! ミルキィちゃん返せバーカ!」

「落ち着けハヤシモ」

 滋行もギャンがいつしか呼び始めた略称でチヨ子を呼ぶ。

「だってアタシら関係ないじゃん! 教授も手伝えー!」

 ドローンに意識を寄せ、降下をイメージしながら叫ぶ。連動した二体の中型ドローンは四枚のプロペラを駆使して前後左右、上下と無尽に飛ぶことが出来る。人間の手足とは違う。脳波コンのデメリットに人体との感覚の違いが挙げられることはチヨ子も姉から習っていて、無理やり四枚のプロペラ角度を四本ある手足に割り振ってイメージした。

 ぎゅっと縮こまって固まる自分を想像する。ぴたりとプロペラは回転を止めた。落下する。

「潰すってどうすんの! 殴るの!?」

「こら、一応相手も俺らも一般人なんだぞ? 暴力沙汰はダメだ。手からコントローラーが離れれば俺らの勝ち。ドローン禁止区域なんだからな」

「そうだよ、アタシらもマズいじゃん」

「俺らのじゃないし、コレ。ほら」

 滋行はチヨ子の操るドローン二体とは別の二体を上空で待機させている。下面を見上げて指さした先を眺めると、見慣れないロゴマークが見えた。グラフィカルなマークの隣にクラシカルな紋章風マークも並んでいる。

「どっかの大学のサークルらしい。いやあの校章、筑波大だな」

「え、じゃあニチデン関係なくない?」

「俺らは知らぬ存ぜぬって顔してりゃいいんだ。勝手につくばと筑波大がいざこざしてるだけ、ってな。さ、やるぞ。教授の気分を害した野郎どもの手を叩き落とす! 俺らは悪くない!」

「言い訳臭いよ」

「前科一犯もつきたくないんだって!」

 滋行がこめかみの上に張り付けたゲルを触る。

「あの時、空港でもドローンから黒ネンドは発射された……もしかしたら、とは思うんだ。出来れば本体回収して裏を取りたい。ハヤシモ、壊すなよ?」

「はぁーい、きをつけまーす」

 上を向いていた反脳波コン過激派集団がチヨ子と滋行に気付く。

「遅い遅い!」

 チヨ子は勢いよく落下させたドローンを前傾にしてプロペラを加速させ、コントローラーを持った中年の男へ向かってぶつけた。


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