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382 犯人すらも、どうでもいい

「フロキリはプレイ人口が爆増してる。サーバーを寝かせておく余裕すらなくなったんだ。休止してた中国の余剰サーバーが日本の第三から第六まで補填されたのだって、ここ数か月の話だろ」

 口ではフロキリ未プレイのチヨ子へ向けて説明する国彦だが、脳波コン越しでは凄まじい勢いで動画のラベリングを行なっている。倍速で見ながら脳波コン特有の視点操作を行い、カメラを持っている動物とは違う視点の動きで画面外までくまなくプレイヤーの姿を探した。時折ぴくりと身体が跳ねるのは、恐らく三人組が敬愛する「ガルド」という男を見つけた衝撃だろう。そのたびに、チヨ子もログインしているチャット欄へわざわざピンで留めて共有してくる。車には乗っていない陽太郎も含めて喜びに沸くのが少々うっとうしい。

<ねぇ、みずのアバターどれか知ってる?>

<詩ちゃんたちの同級生だろ? 鈴音じゃねーかなぁ>

<いや榎本さんの彼女なんて鈴音にいるか? ソロだろ>

<いいや。確か被害ソロメンバーの女アバター、反ロンベル派ばっかりだぞ>

<と、言う訳で……誰か分からん>

<そう>

 使えない奴だとは口が裂けても言えない。チヨ子の方がよっぽど使えない人材だと、ここ最近になってようやく渋々納得できたのだ。悔しいことに、彼らは凄い。直接言えない分、バカにするような発言はすっぱり止めた。

 まだ手術して半年も経っていないチヨ子にとっては国彦のしているラベリング・脳内会話・口語会話のマルチタスクすら神の如きテクニックだ。さらに言えば、同じことをしながら一応ハンドルを握っている滋行の方がもっと凄い。

 フルオートの車は能動的に信号を送ってくる信号機の指示に従いながら、前もって決めたルート上を走っている。だがハンドルを握る滋行の手のひらには逐一、車に搭載された自動システムから人の判断を仰ぐために義務付けられている振動がぶるぶると伝わってきているはずだ。場合によっては有人運転に切り替えなければならないため、意識の片隅には入れておかなければ法律違反だ。

「ガルドさんたちが俺たちがいるフロキリのすぐ隣にいるってのは嬉しいけど、だからこそAIをオフライン自律型で何体も置いておけるとは思えないんだよな……スペースがない。無理に入れればこっちまで処理落ちする」

「だとやっぱり、ペット系ゲームと改造フロキリを直接繋いでるんだよ。ほら、人魚島のオンラインショッピングモール覚えてるだろ? アレの時みたいに別のオンラインゲームにリアルタイム接続して……」

「いや、フロキリがベースっていったって、随分と改造されてるって中の人たちが言ってたぞ。動画でも温泉映ってたし」

「それはデータをオフラインで入れ込んでるってことだろ? どっか一個サーバー占拠してるとして、接続人数も超少ないし。サーバーに出来たゆとりキャパに他ゲーム突っ込んでると見た」

「だとしてもGみたいな加速感までフィードバックさせるの大変じゃないか?」

「……だな。クラウドなんて無理だ。タイムラグ出る。あのガルドさんが気付かない訳ない」

「確かに。じゃあエッジ側にあるのは確定だな。で、ペットの方は?」

「ラグでどこにあるかって目線だと、ヴァーチャルペットは少しラグっても処理落ちしても『変な反応する生き物』ってイメージあるから違和感ないだろ? AIBOって小学校のころ習ったよな。あんな感じ」

「あー……あったな、そんなの」

「それなら知ってる!」

 チヨ子はやっと出てきた既知の単語に嬉しくなり、胸に抱いたミルキィを車の前方席へ乗り出させ、茶色の手で挙手して見せた。

「アタシのミルキィちゃんのご先祖だよね」

「そういやそうだなぁ」

「史上初のペットロボットかぁー。入れ込む人はホンキで家族の一員みたいに大事にしたって聞いたけど、すっごくよくわかる。ミルキィちゃんは家族なの」

<チヨ ありがト チヨ>

「み、ミルキィちゃん!」

 調子が悪いのか、脳波コン越しに聞こえる声には雑音が混ざっている。フードコートに行く前はあんなに元気で全く問題なかったミルキィがすっかり弱ってしまっている。チヨ子にはなぜこんなことになってしまったのか分からない。

「どうしてこんな……やっぱり中に入っちゃいけなかったのかなぁ」

「いや、多分林本は悪くない」

「え?」

 国彦が真面目な顔で後部座席側へ振り返って言う。

「ブルーホール、ロビーでも今まさに噂になってる。入ってみろよ」「噂?」

「あ、もうログ流れちゃったけど発言出てたぞ。ディンクロンがコネ使って、内閣のサイバーセキュリティセンターに調査依頼するってよ。実害出てないけどそろそろ出かねないからって」

「え!? 何が? 新情報?」

 驚くチヨ子に前部座席側の二人がこくりと揃って頷く。

「ちょっとー! アタシが必死こいて動画の事入れない|皆《ブルーホール非ログイン勢》に色々教えて回ってる間になんなの!? どんどんニュースフラグ立ち上げないでよ! 見れてないってば!」

「無茶言うなって」

「事態は刻一刻と変化しているのだ、ってね」

「何が起きたの? 三行で説明して」

「三行? えーっと……動画を通しで見たAIがマルウェ……ウイルスに感染するかもしれないらしい。イメージゲートだな。動画中の画像か音声かコンテナにマルウェアが仕込まれてるやつ。ブロックされた場合には何らかの過負荷を掛けられる攻撃を外部からさせるトラップ付き。古典的なリロードの……webのパケット送受信が集中してサーバー落とすやつ。DoS攻撃っていうらしいぞ」

「目的は黒ネンド操作の目印にするためらしいけど、まだよく分かってない」

 車窓に映る見慣れたみなとみらいの繁華街を横目に、レンタカーはコンテナやトラックがひしめく港エリアへ走っていく。高くなった道路脇の建物に日陰が増え、港町と呼ぶには少々暗い印象だ。

「…………ウイルス?」

 チヨ子の声も暗い。

「そう」

「……ブロック?」

「そう」

「それって、攻撃されて、それを防いだってこと?」

「まぁ、うん。これ判明したのもついさっきだから、詳しくはこれからだぞ。韓国の動画閲覧者の口コミから届いたらしい」

「……ブロックって? 黒ネンドって何? DoSってなにそれ怖いんだけど!」

 チヨ子の視界には、車の中から見える横浜港の景色がさっそうと流れている。遠くには日本初のカジノ特区がちらりと見えるが、その手前が目的地だ。カーナビの指示通り車は自動的に海側へ曲がっていく。

 だがチヨ子には周囲が見えない。目の前がどんどん狭くなっていく。

「あんまり心配すんなって。大丈夫だ。DoSアタックってのはwebサーバーに仕事大量にさせるやつな。大昔には流行ったけど俺も初めて見たくらい昔の話だ」

「今の回線速度ならよっぽど大量でなければ負荷になんてならないんだけどなぁ」

 恐怖でくらくらしているチヨ子には、二人が悠長にしている理由も分からなかった。

「なにそれ大丈夫なの!? 危ないの!? どっちなの!」

「動いて話せるなら大丈夫」

 赤信号で自動停止したのを確認し、手をハンドルから離して滋行が振り返った。

「その子もきっとブロックしたんだろうな」

 滋行が小さく指さした先には、チヨ子が大事に抱えるミルキィがいた。なぜか泣きそうになる。気付かぬ間に守ってくれたこと。年上の男がぬいぐるみAIの人権を尊重して「その子」と呼んでくれたこと。なにかトラップにかかってしまったミルキィが息も絶え絶えに会話してくれていた事実。

「ミルキィちゃん」

 ぎゅっと抱きしめ直す。頬を寄せればフワフワとして暖かい。

「その子のアプリケーションのところ、AIだけで対処できたのか、もっと無意識な方……例えばトランスポート層あたりで弾いたのか、詳しくないから分からないけどな」

「言うだけ野暮ってやつだ。ぬいぐるみの大活躍でいいだろ」

「だな。ウイルス自体は脳波コン所有者に効く黒ネンドの操作に関わるらしいけど、前に渡したゲルシール使えば絶対大丈夫。持ってる?」

「う、うん」

 滋行に言われポケットから慌てて透明フィルムでサンドされたものを取り出したチヨ子は、フィルムの片側を剥がし、こめかみから垂れるコードの上から青いゲルのシートをペチンと張り付けた。手のひら側のフィルムも外せばぶるぷるとしたゲルにこめかみが包まれる。

「コードの上からでもいけるのは便利だなぁ」

 見ると国彦も自分のこめかみに貼っており、続けて滋行のカバンを勝手に探ってゲルシールを取り出している。

「ね、そんなことより! ミルキィちゃんみたいにAIが動画を見たらこうなっちゃうってこと!?」

 目をこすって滋行に質問をぶつけるが、ちょうど信号が青に変わった。ハンドルが小さなBEEP音を鳴らし、ちゃんと握っていろと滋行を叱責する。慌てて前を向いた運転手に代わり、助手席に座る国彦がゲルのフィルムを剥がしながら振り返った。

「正しくは『最初から最後まで』だってさ」

 血の気が引いた。チヨ子は身に覚えがある。

「……何度も見たよ。何度も、最初から最後まで。スマホでも見たけど、ミルキィちゃんがその履歴を自分で『もう一度再生する』って……」

「動画の最後、ほら、広告とかなら途中で飛ばすだろ? あれでは引っかからない。強引に割り込んだスパム広告なんだ。飛ばすのが当たり前……って普通の人間は思うよな。丁寧に見るのは事情を知ってる脳波コン野郎だけって訳だ」

 車が倉庫群の一角にある脇道へ入っていく。チヨ子は握りこぶしで車のシートを殴りつけた。

「止めてればっ! アタシが再生止めて、自分で見てればよかったんだ!」

「落ち着け、これは逆にチャンスだ」

「え?」

 滋行が不敵に笑った。アゴでフロントガラスの方角を指す。建物の隙間を縫った向こうにはちらりとくすんだ青が見えた。

「海?」

 横浜港の海だ。綺麗とは言い難いが馴染みのある色味の中に、チヨ子が見たことの無い男が入り込んでいる。

「あの人ならきっと、林本のぬいぐるみから逆にさかのぼっていけるんじゃないか?」

「どこまで事情を知ってるかによるぞ」

「晃元総理の息がかかってるらしいけど、俺らにはそんなの関係ないしな! 洗いざらい全部喋ってやるぜ」

「そのために俺ら、佐野さんから仕事ぶんどってきたわけで」

 国彦と滋行がくっくっくと笑い声を揃えている。彼らは彼らで、何か深い考えを持って迎えに来たらしい。チヨ子にも大人の都合などよく分からない。派閥がどうのなどどうでもいい。クラスのグループもそう、組み合う人間同士など基本流動的なのだ。取りまとめ役の子も固定ではない。チヨ子にとっては誰がどんな友人関係を築こうとも興味など無く、知っている話のネタや噂にも真偽や深度はともかく興味はない。

 とにかくあの、手ぶらで立っている白衣の初老男性がチヨ子とミルキィの利益になるのならばどうでもよかった。

「白亜教授が直してくれるの?」

「それどころか逆探知まで出来たりして」

 自動運転でゆっくりと止まる車に待ちきれず、チヨ子は後部座席から膝の先で運転席の背もたれを蹴った。

「駐車早くして! 早く!」

「ど、ドンドンしないで……」

 待ちきれない。チヨ子は胸に抱えたミルキィを片手で抱きしめ直し、後部座席のドアに手を掛けた。


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