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381 うぷ主探し

 謝るミルキィの内部データには、チヨ子が理解できない箱が鎮座していた。

「え……コレが『よくないデータ』? なんか怖いんだけど。取ればいいのかな」

 脳波コンを使ってプロパティを見る。英語だ。勝手に消してもいいのか分からない。もし消して不具合が生じミルキィが変わってしまったら絶望しかないと、チヨ子は何も触れずにいる。姉に頼むべきだろう。だが謝るばかりのミルキィが心配で、後回しにされるくらいなら自分で何とかしたかった。

 だが、チヨ子には英語のプログラムコードなど読めず、分からず、結局壊してしまうのが一番怖い。

 触ろうとイメージすると目の前が真っ赤に染まる。帯状の赤いエリア区画が足元に表示され、チヨ子が中に足先を突っ込むと即座にビービーと音を立てた。

「えええ」

 AAAA/BBBB/CCCCと意味のないアルファベットの羅列が伸びてくる。

「やだやだ、なに? ちょっと」

 危なそうな言葉は見えないが、何を言っているのかは全く分からない。後ずさりしながらチヨ子は周囲の違和感を探ろうとするが、だんだんと目に見える全てが危険だと思えてきた。背中にドンという壁の感触が伝わってくる。ミルキィのメモリの端だ。これ以上後ろに下がれば外に出るしかない。

「あーん、もう! どうしよー!」

 チヨ子がうだうだと本来の目的とは関係のないことで悩んでいる間、他の五人は深刻そうな表情をして何かを話し合っていた。視界の優先度を切り替えて状況を見つめ直したチヨ子は一旦真っ赤になったミルキィの中を諦め、接続をスリープに切り替えてリアルの声に耳を傾ける。

「——で、連絡取れる?」

「佐野さん? 取れる取れる。だって俺ら佐野さんに頼まれて人迎えに来てるんだし」

「会いたい! 会って、みずのためにウチらが出来ること聞かなきゃ!」

「ですね!」

 同級生の宮野と金井は、佐野みずきの父親だと思われる人物になんとか会おうとしているらしい。脳波コン持ちではない二人にとって、今回の内部動画騒動に関わる動機は佐野みずきのことだけだ。親友が心配だから授業をすっぽかしてここにいるのであり、当の本人の父親が拉致事件を追う組織の人間だと聞けばなんとかツテを使ってコンタクトを取ろうと思うのだろう。

 チヨ子は正直どうでもいいとすら思っている。佐野みずき一人を救うなどきっと無理なのだ。ブルーホールでの、集団としての空気を知っているチヨ子には個人の力など非力にしか思えない。連携してやっとドイツでの救出劇が実現できた。今回も、佐野の父が声を上げたところで変わらない。そんな冷めた目でチヨ子は宮野と金井を見つめた。

「迎えに行くのって、ヒトを? 佐野パパさんが頼んだの?」

「おつかいさ」

「白亜教授って人なんだけど、ちょっと訳アリでね」

「教授って、大学とかにいる教授? うわ、すごーい」

「大学行けばゴロゴロしてるぞ」

「でも白亜教授は理系の人だから、俺らが思う文系の教授像とは違うかもな」

「フルダイブ関係の研究者らしいぜ。元々はVRとは関係ない別の、例えば義手とか義足とかを操作する半自律支援プログラムとか……」

「え?」

 チヨ子はぽかんと口を開けて聞き直す。説明していた陽太郎と目が合う。「ん?」

「それ、その人が港に?」

「ああ。おっと、内緒だぞ?」

 国彦がほとんど聞こえない程の小声で続ける。

「あんまり良くない帰国の仕方らしいから」

 良くないというのが何を意味するのかチヨ子には全く分からなかったが、とにかく港に来る人物が理系で頭のよさそうな教授だということだけは分かった。佐野の父よりよっぽどミルキィに有益だろう。

「アタシはそっちの人に会ってみたい! ね、ダメ?」

「え……佐野さんはともかくとして、白亜教授に食いつくの?」

 身を乗り出して陽太郎の手を握る。

「その人、ディンクロンと同じグループなの? 違うんでしょ?」

「うーん」

「そこはまぁ、林本ちゃんの言う通りディンクロンとは別の思惑持ってるハカセなんだけどさ。俺たちだって会うの初めてなんだけどな」

「なら好都合! 三人組の一人が女だって変じゃないでしょ!」

「あ、誰か引っこ抜けって?」

 三度頷く。チヨ子の頭の中はミルキィのことでいっぱいだ。

「アタシはミルキィちゃんがどうしちゃったのか知りたいの。きっと『マイ・スウィート・ペッツ』の中で必要な何かが勝手にインストールされちゃったんだと思う」

「それって()()()()、今回の動画騒ぎに関わるからか?」

 突然こじつけのように国彦が尋ねてくる。

「なにそれ、知らない」

「そういう意図無しで白亜教授に!? 怖いもの知らずだな!」

 陽太郎はおののきながら、しかし嬉しそうにツッコミを入れた。机の上に広げた図へ書き込まれた「動画」の文字をトンと叩きつつ、滋行が続ける。

「正直確証は無いけど、多分そのマイスウィートペッツ、叩けばホコリが出る類のタイトルなんだと思う。フルダイブでペットを扱うタイトルはそう多くないし、そう思えば全部怪しい」

 用紙には、拉致先内部のペット視点動画について金井の文字で「拡散方法」や「調査している組織」が書かれている。日電、ギルド救急九課、電子拉致被害者家族の会婦人部、ブルーホール有志一同、海外のフロキリプレイヤーなど。チヨ子がやっと見慣れてきた名称ばかりだ。その反対側、小さく空いたスペースに滋行は何かを書き始めた。

「フロキリを盗作したって聞いてたけど、正しくは『現行のフロキリ(サーバー)ん中に間仕切り作ってる』ってオチだから。制作会社の経営陣なんて今FBIだかCIAとかだかが問い詰めてるってよ」

「グル?」

「多分グル」

 国彦が頷く。

「間仕切りって言ったってVPNだからこっちからログインなんて出来ないんだろうけど……ペットゲームもそうやって拉致犯が裏から生け簀みたいにしてるなら、不具合で無防備になることだってあるはずだ」

 滋行は四角の中に丸を描いた。

「生け簀って海の? 魚の?」

「そう。みんなの海なのにな。網でくくって、外に出れないようにしてやがるってわけ」

「ひっどーい! みずが養殖魚!? そんなの許せる!?」

「許せないからこうして頑張ってるんだよ」

 滋行は丸を二重丸にし、四角形を動物のようなキャラクターに握らせた。猫のようだが犬にも見える。口が人間のような形をしていて違和感があるが、意図が伝わらないほど下手というわけではない。

「動物?」

「ペットAI。撮影者だよ。事実として、コイツが中の人たちを撮影してるのは確かだ」

「うん」

 滋行のペンでトンと叩かれた生き物のイラストに、反対側から宮野が手を伸ばして眉毛を書き込む。

「あ、こら。そもそも、ゲームプレイの視点動画を撮影するのは大変なんだぞ。音質、画質にこだわるならな」

 隣で陽太郎が眉の描かれた動物を笑い、補足する。

「っはは、眉毛太っ! つまりさ、ビデオキャプチャー機を挟んで動画に変換するんだけど、撮影者がAIならもっと壊れた動作になっていておかしくないんだよね。カメラワークもそうだけどエンコードも見るからに上手に出来てる。これを全自動にしたなんて聞いたことないって」

「陽太郎が知らないだけかもしれないぞ」と国彦。

「えー? だってさぁほら、俺のとこにも来たメール添付可能な軽量ムービーに、今開いてるコレはオンラインで踏むと動画サイトへ飛ばされる高画質型。脳波コンのニュースサイト・ロビーで視界に割り込んでくる三倍速低画質ものもある。人間が撮影して、エンコして、コーデックエラーも出さずに……」

 チヨ子は難しい仕組みなど理解できないが、素朴に思ったことを口にしてみた。

「エンコードってやつでしょ? それ、ミルキィちゃんなら出来るよ」

「えっ」

「う、嘘だろ?」

「嘘じゃないもん。ねぇね……アタシのお姉ちゃんが機械学習っていうのを研究してる友達から貰ったんだって。AIを使うAIで、弱いとか強いとかなんかいろいろ言ってたけど。ミルキィちゃんはすごく強くって、とにかくすごいんだよ。いろんなAIに指示飛ばせるの。動画も、アタシ全然分かんないけど、お願いしたらいろんな動画サイトに上げるところまでやってくれた。あっという間に出来るよ」

「それ、脳波コン向けの動画か?」

「もちろん。感覚フィードバックも付くよ」

 友人たちと撮影したちょっとしたダンス動画を時折ネットにアップロードしている。ビュワー数は伸びないものの、チヨ子にとってはメイクやファッションと同列の感覚で「自分を飾る手段」だ。SNSのメディア欄を彩っているに過ぎない。

 自分のミルキィに出来るのだから大したことはないだろうと思っていたが、動画作成には時間がかかるのだとその時初めて知った。ミルキィに頼まずとも、自分だって時間さえかければ何とかなるだろうとは思う。だが手の中にいる茶色のふわもこなら、編集からアップロードまで全て放っておくこと数十分で完了する。

「AIを使うAIってどっかで聞いたことあるけど、動画生成まで? しかもそのぬいぐるみってそれ専門じゃないだろ」

「当たり前じゃん」

「2Dならまだしも、脳波コンの視覚追尾(アイトラッキング)動画じゃ自動なんて! ぐわんぐわん動きまくってロクなもんにならないだろ……って思う俺の感覚が古いのか?」

 滋行がカメラを持った動物のイラストにくっきりとAとIというアルファベットを書き込む。

「じゃないか? キャリブレーション、だっけ。あれどうやってるのか意味不明だけど、出来るなら後は機械学習でエラーは防げる。起こる原因を回避すれば済むし」

「そもそも自動化すればトライアンドエラーを繰り返してもコンマ数秒だ。しっかし、ブルーホール対応型の自動動画生成とは....俺たちが知ってるよりずっと進んでるんだな、技術って」

「えーっと、アタシ変なこと言った?」

 チヨ子は難しくてついていけないことを白状した。

「そうだなぁ……変というか、ジェネレーションがギャップっていうか」

「つまり、今回の動画、作ったのがペットAIって可能性高いよーって話。俺らの先入観で犯人がわざわざ作ったんだろうとか思ってたけど、多分ミルキィちゃんみたいな人工知能が拉致先のサーバー上に何ユニットか入れられていて、その子たちが撮影した視点動画が今回こうして表に流れてきたってことだと思う」

「ミルキィちゃんみたいな?」

「犯人が意図的に流したのか、AIが変な学習してアップロード先を間違えたか……どっちにしろ、付け根にはガルドさん達の本当のIPアドレスがある!」

「日電サイドがその辺調べてるだろ」

「ばっかお前、ほら、ディンクロンが黒幕って線が残ってんだろー? 任せてられるかよ」

「あ、佐野パパさんは大丈夫ですよね!?」

「え、どうだろうな……社長と部下の間柄だからシンパって感じじゃないけど」

「要注意っつか、詩ちゃんがコッチに引き込んでくれれば万々歳」

 国彦が白い歯を見せて笑った。チヨ子にはうさん臭さを感じさせる笑みだったが、宮野は強く頷いてやる気を見せている。

「まっかせてくださーい! みずのパパならウチのパパも同然!」

「なにそれ」

 宮野が気合を見せている。事件の話題になると興味を失う宮野だが、佐野みずきが絡むとなればガラリと態度を改める傾向にある。チヨ子はむしろ、佐野の父親に会いたいとは思えなかった。あの佐野みずきの家族なのだ。きっとクールで無口でとっつきにくいに違いない。

「そろそろ行くぞ。車とか無いから電車と徒歩な」

 国彦が立ち上がりトレイ上のごみをざっくりと分類し始めた。氷をすぐ捨てられるよう、プラカップの蓋を既に外している。ここで解散だと悠長に座っていると「行くんだろ?」と繰り返される。

「え、いいの?」

 意外に感じながらチヨ子が聞き返すと、国彦は脳波コンでのチャットへ切り替えて返事をした。

<良くないかもだけど、そのぬいぐるみの件を質問するくらいはいいんじゃないか? たまたま鉢合わせて、たまたまぬいぐるみのAIで悩んでて、たまたま出会った研究者に質問の一つくらいなら>

<たまたま、ね>

<そう。たまたまだ>

 どうせディンクロンだろうがその他のスタッフだろうが、誰も港までは見ていないだろう。バレなければ問題ない。チヨ子は悪どい笑みをリアル側でも浮かべてしまい、隣の宮野に首を傾げられた。慌ててにっこり白い笑みを浮かべる。

「会えるって。よかったー」

「ミルキィちゃん良くなるといいね。ウチら陽太郎さんと一緒に東京のなんとかちょーってとこ行くから」

「東陽町ですよ宮野さん」

「そうそれ。メガネ、乗り換え調べといて」

「自慢じゃないですけど路線図くらい頭に入ってますからね。東陽町は東西線です。僕なら東京駅で大手町使いますけど」

「却下ァッ!」と陽太郎。

「ダメなの?」

「歩くだろそれ。すごく歩く。金井君は楽しいだろうけどな」

「ですよねー。僕だけですよねー。はい。普通に二回乗り換えます。横須賀線だと新橋で都内の……銀座線? で、日本橋まで行ってから……」

「いいから道案内よろ」

「りょ、了解です!」

<クニ、シゲ。さっき言ったこと、マジ本気で検討するから。いいだろ?>

<詩ちゃんに佐野氏を勧誘してもらうって? いいんじゃね>

<頑張れ。ヘタ打って警戒されないようにな>

<分かってるって! てなわけで、そっちはよろしくな!>

 陽太郎が陽気に手を振って席から離れていく。金井と宮野も机の上に広げていたつぎはぎの紙を折りたたんでまとめ、カバンを手に後を追いかけた。

 残されたチヨ子と国彦、滋行はウェンディーズのトレイをフードコートの下げ場まで運ぶ。

「……その、白亜教授って人の迎えは二人だけでいいの?」

「問題ないどころか、本当は三人も必要ない仕事なんだよ。ただほら、車運転できる奴が全員動画の件で手離せなくなって……」

 滋行は苦笑し、ごみを捨てに背を向けた国彦を指さした。

「陽太郎は無免。俺はフルオートマ限定の取得一年未満だから『助手席に免許所有者を置くこと』って決まってるんだ」

「じゃあ安部さんは免許普通に持ってるんじゃ……」

「仮免な! まだ路上に出始めて一か月だ!」

 はっはっはと胸を張って笑う国彦は、ICチップ付きのカードにシールで貼られた赤丸を堂々と見せた。丸の中に同じく赤色で「仮」の字が書かれている。

「助手席に乗せる免許所有者に『仮免不可』なんて文字はない!」

「知ってるー。そういうの『ああ言えばこう言う』っていうんだよー」

 チヨ子は脳波コンで白亜教授について検索をかけながら、二人を置いてスタスタとエスカレーター側へと歩き始めた。

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