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378 真犯人は身近にいる!

 二杯目に買ったホットレモネードを飲みながら、チヨ子はテーブル上に広げられた紙をぼんやりと眺めた。ドラマで見たことがある。壁に捜査資料を張り、赤い紐で関連性を結んでいくシーンだ。探偵役が椅子の背もたれを腹側に持ってきて座り、真面目な顔をして深く考え込むのがとてもカッコいい。しかしチヨ子らが作った紙は不格好に張り付けられただけの裏紙で、雑談ばかり捗る締まりのない空気にいまいちやる気が出ない。

「金井の字が綺麗なのだけが救いだよね」

「それアタシの絵が汚いってことー?」

「え、別に」

「じゃあハヤッシー描いてよ」

「えー?」

 生返事で答えながらレモネードをもう一口飲むチヨ子に、三人組のリーダー国彦がチャットでこっそり話しかけてきた。

<実際、高校のみんなはどう?>

()()するには熱が低いかな~>

<そっか……今回のコレが起爆剤になるといいんだけど>

<にしては状況伝わってないし。宮野次第だったりするかも>

 チヨ子は他力本願を前面に押し出して伝えた。

 彼ら大学生三人組が宮野へ積極的にアプローチしていた動機はいくつかある。モテたい。フロキリプレイヤー・榎本の恋人だという「佐野みずき」に関する情報が欲しい。あわよくば榎本経由でリアルのガルドの身辺まで近付けないだろうか。そんな相談をされてもチヨ子は困るだけだったのだが、最後のダメ押しで国彦が頼んできた「デモ」については強く頷いた。

 脳波コン持ちとそれ以外の、事件についての認知度が差が激しすぎる。ドイツの事件は未だにニュースで取り上げられ、テロ組織がいかに非人道的かを触れ回っている。だが国彦が言う「起爆剤」がなければ、同程度非人道的な成田空港の拉致事件は広まらないだろう。

「警視庁が怪しいって、つまりこの『ディンクロン』って人が怪しいの?」

「林本さんは知ってるような口ぶりでしたけど」

 いつの間にかリアル側では会話が進んでいる。金井に名指しで話を振られ、チヨ子は慌ててやんわり否定した。

「そんな詳しくないよ。ネットでちょっと話したくらい。それもコッチの……」

 指をさす三人組の名前をどちらで呼ぶか迷う。まだ下の名前で呼ぶほど仲よくなれたつもりはないチヨ子は、すらりと出てこない苗字を努力して思い出した。

「安部さんたちのお陰」

 陽太郎と滋行の苗字は思い出せない。苦笑いしてごまかす。

「クニさんたちの?」

「アタシにディンクロン紹介してくれたの安部さんたちじゃん」

「俺らが紹介しなくたって、ディンクロンは有名だからな。フロキリ日本サーバーで今一、二を争う有名プレイヤーになった訳だし」

「一、二? 他にも?」

「アイアメイン」

「一位はそっちだな。じゃあ二位だ」

「そんな凄い有名人と直接メッセージやり取り出来たの、絶対安部さんたちのお陰」

「ハヤッシー、そんな有名人と直接話しちゃってんの!?」

「というより国彦さんたちが紹介したってところもすごくないですか?」

 一際にぎやかになったテーブルに座りながら、チヨ子は少し冷めた頭でスマホを感覚した。すぐにディンクロンのアイコンが呼び出せる。猫獣人ケットシー種のアバターだと聞いたが、チヨ子にはただの猫にしか見えない。

「今忙しいかなぁ、ディンクロン」

「すげー忙しそう」

「リアタイでブルーホール各地に散らばったインテリジェンス・コミュニティー全部指揮してるからな」

「言うて俺らもディンクロンの指示で、今まさに映像データのタグ付け作業に駆り出されてるわけだけど」

 そう言ってこめかみのケーブルをつるんと撫でる三人に、チヨ子は特段驚かなかった。

「い、今!?」

「タグ付け作業って、フルダイブの機械なくても出来るんですか?」

「PCさえあればね」

「えええー!?」

「す、すごいっす!」

 持ち運べるノンディスプレイPCで仕事をしながら食事をし、その上自分たちと話しているのだ。金井たちが驚くのも無理はない。だがチヨ子は脳波コンを使うユーザーのほとんどがマルチタスクで仕事を両立できることを知っていた。

「すごくもなんともないさ。そういう道具だからね」

 滋行が遠慮がちに言うのに合わせ、チヨ子はぼんやりと思っていたことを聞く。

「なんでみんな脳波コン入れないんだろー。すっごいじゃんねー」

「林本くん、それはな。若者は特にBMIブレインマシンインターフェイスの忌避感がない世代だからだよ」

「でも若い奴らは金が無くて普及率が低い。結果として金持ちのガキにちらほらいるくらいってわけさ。他にも金のかかる趣味は多いし、脳波コンにこだわる奴ってのは必然的にオタクがメインになるってわけ」

「んー、確かにそうなんだけどさぁー」

 チヨ子は納得いかないまま、こめかみから垂らしているケーブルの先を撫でた。テーブルの上にのせているスマホは画面が暗いままだが、フル回転でチヨ子の口と耳になって外部と会話を続けている。

 目の前に座る国彦ら三人組とのチャットもそうだが、先ほどから文字だけのメッセージを作っては各地域の「被害者家族の会会員」に送り続けていた。さらに通常SNSのタイムラインを監視し、好きなコスメブランドの新作情報をサーチしている。

 今更このマルチタスク作業が出来なくなるなど我慢ならないほど、チヨ子は脳波感受型デバイスに依存していた。

「だって宮野はどうよ。お金があれば脳波コン入れる?」

「……えー?」

 隣に聞けば、案の定生返事が返ってきた。金井が身を乗り出して口を挟む。

「受け入れますよ! 調べたんです! 今まで出てこなかった口コミがSNSでも流れるようになりまして! 会社名なんてググっても出てこないのに、機体名で検索するとPDFのレトロな直販資料と電話のフリーダイヤルが書かれてるページが出てきまして!」

「へえ、そこまで行けたならもうちょっとだな」

「へへ、その電話……繋がんないぜ?」

「ええっ!?」

「ブラフなのさ。フリーダイヤルは固定回線からだけ繋がる」

「こっ、固定電話なんてもう引いてないですー! いつの時代ですか!」

「だから『公衆電話』の出番さ。このあたりの流れはまとめサイトがあるから探すといい」

「けどSEO逆張り対策完全でググっても出ないからなあ。いろんなところのリンク飛んで飛んで、手繰り寄せるみたいにして見つけるのがコツだ」

「うわめんどくさ」

「あ~研究職のお姉さんがいる子はいいな~。ショートカットで即日購入とかいいな~!」

 陽太郎に羨ましがられ、チヨ子は素直に鼻が高い思いになった。



 脱線と補足を繰り返しながら、金井と宮野に事件の危険性と脳波コン持ち特有の常識を滾々と説明していく。回りくどいが、国彦ら三人が藁にも縋る想いで「脳波コンを持たない一般人」に賭けていることはチヨ子にも伝わってきた。

「タグ付けってどんなことするんですか? 分析するのに必要ってこと?」「あー……そうだった。本題ね。今日急に日本中のウェブ上で拡散し始めた動画の件」

 国彦がテーブル上の紙に目を配る。何か単語を探している様子だ。

「えっと……」

 脳波コンでは動画を見ている三人組は、どうやら視界がおぼつかないらしい。その上金井が書き込む関係で文字は金井側を下にしており、国彦らからみればひっくり返ってしまって読みにくいようだった。チヨ子はすかさずチャット欄に流れてきたカンペから予想し、指でさす。

「ここ。ロンド・ベルベット? とかいうのとバーツとかいうやつ」

「そうそう」

「ヴァーツな」

「発音どうでもいいよ。タグ付け、このグループでの分類なんでしょ?」

「そうなんだよ」

「林本には手伝ってもらってたもんなぁ」

「ギルドって言って、まぁチームみたいなやつだ」

 ゲームに詳しくないチヨ子だが、ギルドという名称はなんとなく分かる。子どものころ見たアニメで出てきた。

「ギルドって、冒険者がチーム組んで戦うんでしょ? 知ってる。テンプレってやつ」

「おーっと、リアルにゲーム内用語なんだけどな! まぁあながち間違ってないしいっか」

「タグ付けが中に閉じ込められてるギルドごとってどういうことでしょう! 背景がフロキリそのままで、登場人物の声紋が被害者と一致したことから『内部映像』ではないかとは思ってましたけど!」

「金井くん鋭い」

「俺らは被害者全員の顔と名前とギルド知ってっから。顔が映ってなくてもギルドホームだったり位置が映れば、カメラアングルで『この動画は誰が映る可能性があるか』ってのが分かるんだよ」

 陽太郎がドヤりながら言う。チヨ子の脳裏にはスマホ経由のコメントチャット欄に<だぁからディンクロンにこきつかわれてるんだけどなぁ~!>というネガティブな発言が流れてきた。

「基本ギルド別に分けてるけど、どうも違う組み合わせになってるシーンもあるんだよなぁ」

「それは赤いフォルダにぶちこんどけ」

「明らかにロンベルが多いのは嬉しいけどな!」

「そっちはレインボーのフォルダで」

「見たことない奴いるよな。見た?」

「見た見た。日電か情興のスタッフさんだからソレ」

「情興? それって情報復興庁ですか?」

 宮野が興味を示す。チヨ子は全く興味が無いが、言われてみればジョーコーとは政府の庁の名前だ。日電と並んで言われると似ていて分かりにくい。

「なんだっけ、それ」

「もう、ハヤッシーってば。習ったよね?」

 寝てたし、と笑うと宮野は「だよねー」と笑い返してきた。

「ほら、ウチらのお爺ちゃんが子どものころにあった宮城県沖の災害、アレの時に出来た復興庁っしょ……んでウチらのパパたちが子どものころにさ、大規模サイバーテロで個人情報漏洩とかあったじゃん! アレの時出来たサイバーセキュリティなんとかなんとかが……」

「戦略会議及び本部、並びに損失修復支援事業ですか?」

「そうそれ」

「テロで流出したり破損したりしたデータを直す意味で『復興』だって言って、昔の総理が統合して一つにしたんですよ。ほとんどサイバーセキュリティ庁みたいな感じになってるらしいですけど、(あきら)元総理の肝煎りだとかなんとか」

「詳しいね、金井」

「その手のジャーナリスト目指してるので!」

「だったらその情興庁ってキーワードがこのタイミングで出てきたのは不思議じゃないだろう?」

 滋行が不敵に笑う。

「え、不思議です。理由、みなさんご存じなんですか? ぜひ詳しく知りたいです!」

 金井は訳が分からないと首をひねっている。チヨ子もそのあたりは詳しくない。脳波コンで触る情報にも情興庁という単語はほとんど出てこない上に、拡散動画で情興庁が映っているなど初耳だった。

「じゃあヒント。さっき言った警視庁の話に近いよ」

「警視庁……怪しいってやつ?」

「そう、それ! 実はな? もちろんドイツのネオナチは偽物で当たり前だけど、俺らはディンクロンこそ真犯人なんじゃないかと睨んでんだよ」

「なにそれぇ」

 突然飛び出た突拍子もない推理に、チヨ子はため息交じりで否定を示す。

「でもディンクロンって奴が怪しいんですよね?」

「それは安部さんたちが勝手に言ってるだけで、別にアタシは変だなんて思ったことないけど?」

「猫の顔してるから気にならないだけじゃないのか?」

「えっ、猫なの? 可愛いー」

「顔とか関係なく、ディンクロンは普通だと思うよ」

「キミらにはまだ言ってなかったけど、田岡って人がキーマンだ。その人のためにディンクロンが起こした壮大な『日本国内の拉致事件』なんじゃないか? 飛行機と船を使って外に連れ去られたように見せかけ、本当は国内にいる……今ボランティアでやってるノイズ探知での海外のしらみつぶし作戦も……」

「無駄だった、ってこと?」

 宮野が少し悲しそうな顔になる。

「いやいや、無駄じゃないさ。実際ドイツの被害者を早く見つけられてよかった訳だし。でもトリックに引っかかってるんだよ、全員で。偽とはいえ、テロ組織がドイツにロシアの人間を拉致してるように見せかけて、日本の人間を外に持って行ってないとは思わないだろ? 実際国内の調査なんて誰もしてないし。目くらましのためだけに飛行機一つ奪ったんだよ、ディンクロンは」

 テーブルに広げられた裏紙のメモに、既にしっかり書き込まれている事件の名前を陽太郎が指さす。飛行機の便名をぐるぐると指で囲うようになぞった。滋行は一人静かに座ったままだが、国彦は身を乗り出して宮野たちへ説明を続ける。

「動機も分かってる。田岡だ」

「さっきも言ってたけど、その田岡って誰? 日本人?」

「もちろん日本人だ。調べても全然情報が出て来やしないんだが、噂では情興庁設置の立役者らしい。元々は警視庁の公安課、サイバー攻撃対策のセンターにいたんだとさ」

「あっ、警視庁から情興庁に? 怪しいってそういうことですか! いやでもそれは田岡殿のことであってディンクロン氏は関係ないのでは?」

 金井は自前のメモとペンを取り出し、紙とは別に書き込み始めている。

「ディンクロン、田岡と経歴が『似てる』って言ってたんだ。あともう一人、布袋(ほてい)っていう女性と三人で競う合うようにして警視庁で働いてたとか。この布袋って人は被害者の一人で、映像では……」

<映像、まだ確認とれないか?>

 チャット欄にそんなコメントが流れてきた。滋行がすかさず何枚もの画像をスライドのようにして表示する。まさに日本人というような顔をしたキャラクターが四人、どこかの部屋で話し合っている様子が写っている。服装はファンタジックだが、疎いチヨ子でもゲームの装備なのだとは分かった。だが首から上は細目でのっぺりした黄色人種だ。

<これ、動画の?>

<フロキリでのアバターを持っていない拉致被害者は全員、こういう日本人顔にゲーム装備らしい。ついでに、この四人は情報復興庁職員で間違いないってさ>

 滋行がすかさず言葉を付け加えてくる。

<でも上司に当たる布袋って人がどこにも映ってないんだよ。同じタイミングで同じ組織なのにいないっておかしくないかな?>

<映ってないだけかもしれないだろ>

<うーん……>

 疑っているらしい。二人ともそれぞれ性格はバラバラだ。趣味が同じだけだ。チヨ子のイメージでゲーマーらしい陰っぽさを持つ滋行は妥当だが、女好きらしい陽太郎とグイグイ話を進める国彦は「らしくない」男だった。ゲームにハマる気質とは違う。

「映像ではどうだったの?」

「ん? あ、あぁ。布袋はまだ見つかってない。そこそこ年の行ったキャリアウーマンらしいんだけど」

「あのディンクロンと同期じゃなかったか? なら定年近いな」

「えー? じゃあウチのおばあちゃんと同じくらいかぁ。かわいそーう」

「え、若くね?」

「ウチのおばあちゃん、おじいちゃんの二人目だから」

「あ、そりゃあ、すまん……」

「今どき珍しくもないですよぉ~」

 宮野が笑いながら、紙に書かれている被害者氏名のエリアにペンで「布袋」と書き込む。ディンクロンと書かれた場所より左側の、金井が日電と書いているエリアに近い場所だ。布袋の文字の隣には情報復興庁とも書き込む。

 ディンクロンという文字を挟んで反対の右側には、すでに「ぷっとん」と書かれていた。こちらはディンクロンの協力者だが、ごく一般的なゲーマーの()()で、被害者の氏名につけている蛍光マーカーの点が打たれていた。


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