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374 武器は極めるもの、動きはかっとぶもの

 吹き荒れる鳥の羽をジャスティンがシールドで防ぐ。ドワーフの小さな背丈をゆうゆう超える大きさの鉄板を握る手は素手で、肘も膝も、背中も尻も丸見えだ。あるのは素体に埋め込まれた白いふんどしだけで、しかしテラコッタ色をしたボリュームたっぷりの髪とヒゲが全身を覆うため、正直あまり変化はない。ガルドは隣に並びながら、自分もいつか裸縛りでのクエストクリアをしてみたいと思っていた。

 体力の底上げを装備に依存するため、フロキリの無装備出撃は相当困難だ。少なくともガルドには無理だった。耐えきれたとしても攻撃が出来ない。その隙に必ず何か敵の攻撃が当たり、どんなに気をつけていてもHPは底をつく。

 そもそもノーダメージクリアが出来る武器種は限られている。遠距離の銃や弓、メロのような遠距離の魔法スキル、そしてフルガードと呼ばれる完全防御が可能な大型盾を持つ者だけだ。

 そうだ、無理だ。ガルドは常識を持っている。ゲーマーとして不可能が山ほどあるゲーム世界での常識を持ち、熱血じみた「不可能なんてない」などと甘いことを叫ぶ子供らしさは持っていなかった。だからこそ今、ボスクラスの敵を前に二本足で立っているのが高難易度を越えてほぼありえないことも分かっていた。

 不可能を可能にする存在を、ガルドは肩に乗せている。

「くわっ」

「……A?」

「ぐわぐわ」

「なに」

「わわわぐぎゃー」

 肩に乗っている黒いアヒルのAが頷く。他の動物たちよりデフォルメが効きすぎている球体のようなアヒルは、まるで他のペットたちと同じなのだと言わんばかりの、複雑さがないシンプルな動きで羽を動かした。黒いウインドウを使った会話もないまま、Aはガルドへスキルの効果を伝えようとしている。

 そんな折、息も絶え絶えな巨鳥の体当たりが迫ってきた。

 ガルドがパリィで弾こうとした瞬間、Aがけたたましく鳴きだす。

「くわーっ、くわっくわ!」

「む、なんだなんだ!?」

 剣を横殴りに振る。キンと高い音を立てて、ガルドの剣が巨体の体当たりを左側へ弾き飛ばす。

 続く動作にガルドは強烈な違和感を感じた。

「……ん!?」

 普段ならば反動でガルドの大剣も反対側、右へと吹っ飛ぶだろう。背中側に構え直し、溜め攻撃に流れるコンボもアリだ。それほどゆっくりにしか再起動できないはずが、なぜか信じられない程素早く、軽々と次の構えへ戻すことが出来た。

「な」

 まだいけるのか。ガルドは慌てて次すべきアクションをイメージする。次も剣で防御。大剣のSEより高い反射音が響き、また重さを感じさせない素早さで正面正眼へ構え直せる。今までの感覚と違いすぎるため、ガルドは周囲に気を遣う余裕がなくなった。ぶっつけ本番だがスリルがあり、腹にじんと来る喜びがアバターボディを震わせる。

「おおう、俺の出番が……」

「ジャス、交代。自分がやる」

「おお、珍しいな! ガルドがマジだ!」

 ジャスティンは大きな口で笑いながら、ガルドへ攻撃が向くよう鳥の死角へと走り出した。

「ふ、正直疲れてきたところでな……お言葉に甘えるぞ? おおい、メロ! インコにリジェネ重ね掛け頼んでくれんか!?」

「ダメー。ラスアルちゃんのスキル、リキャストタイムじゃなくって『稼働数』なのー。もう一人一個掛けてるからNGでーす」

「稼働数!?」

「そうだ。やっと分かって来たぞ? それぞれ全く未知のルールで運用されているようだ。ガルドのそれは……そのスピード感、一体どうなっているんだ?」

 マグナ達の声がするが、振り向いている余裕はない。正面の鳥から視線を外さず、ガルドは質問の答えを考えた。Aは黙秘を貫いている。模範解答は得られそうにない。ただガルド個人の体感として、大剣の反動が何かに差し替えられたようだとは分かった。 その種類が何なのか、嫌というほど敵対してきた経験が語ってくる。

「片手剣、だと思う」

 ガルドは呟くように答えてから、勢いよく走り出した。


「ぐわっ」

 当たりだとでも言っているのだろうか。敵として切り結んだ経験は嫌というほどある。このくらいの速度で戻ってきて、このくらいの速さで飛んでくる剣撃。切り替えしの速さが売りの片手剣らしい加速感だ。しかし実際にやるのは初めてだった。

 片手剣は初期配布されたものを数回握ったことこそあるが、遠い昔すぎて覚えていない。操作法はどうだっただろう。スキルは。パリィの成功角度は今のもので合っているだろうか。しかし形は大剣だ。リーチの違いがどう影響するだろうか。ダメージの通りは大きいか、小さいか。眉間に皺が寄る。

「くわわわー」

「笑うな」

「くぁ?」

「笑ってるだろう」

「ぎゃ、ぐわ、くわわ。くわっくわあ。ぎゃわ」

「長文をしゃべるな」

「わわわー」

 恐らく今のは「頑張りたまえね」だ。イラっとする。ぐるぐると考えているのが、脳波のモニタリングをしているらしいAにはまるわかりなのだろう。ガルドは恥ずかしくなりガラリと思考を切り替えた。

 想像するだけでは分からないことも、実際やってみれば大したことなど無いかもしれない。佐野みずきが自転車の補助輪を外した日の記憶などほとんどないが、ガルドは当時思った気持ちをうっすらと覚えていた。

 なんだ、やってみれば案外あっけない。そんな、幼心が背伸びをしただけの小さな経験を覚えている。だがこの経験がガルドを直感タイプに成長させた。

「片手剣なら、こんなもんか」

 ガルドはとにかく大剣を振った。軽すぎて木の棒のように感じ心もとない。一閃する。通じた攻撃の具合は体感フィードバックとSEで分かるが、大剣のころとなんら変わりのない量に思えた。

 攻撃力変動なし、デメリットだったモーションのスローが解消。ブルーホールにスレッドであげても「嘘乙」と言われそうだ。ガルドは笑みが止まらない。

 スピードに乗せてそのまま斬りかかろうとガルドは剣を鳥の攻撃に当てようとしたが、こちらの攻撃は足で切り払いされ、結果ガルドは踏み付け攻撃の直撃を受けた。もんどりうって地面を転がる。痛みはないが、装備が地面を削る鈍い音がなんとも痛そうだ。

「く」

 確かに今の剣は角度が急だった。ガルドはメロのペットが掛ける回復スキルの回転率をなんとなく計算し、このペースであと三回攻撃されれば死ぬだろうと予想する。その前に回復アイテムを使用したい。さらにその前に、先ほどの返り分で感じた角度の変化をもう一度確かめたい。舌なめずりする。ゲームらしく忙しいのは久しぶりだ。

 コンタクターの調査をすることなどすっかり忘れ、ガルドは感情のままもう一度パリィした。そしてようやく、大剣の遅さならではのメリットだった「絶妙な角度調整」が失われたことに気付く。

 続けて自分自身がその調整具合を愛用していたことにも気付く。大剣ばかりで他の近接武器を使ってこなかったため、パリィの技術に重要な角度の調節が大剣だからこそのテクニックだったとは知らなかったのだ。

「やりにくい」

 軽量化で速度が上がってもこれではトントンだろうとガルドは唸る。剣を、思う角度に構えられない。それより早く、頭で考えた「弾く」信号がパリィの数値としてガードの現象に変換されてしまった。この攻撃には自分の一撃で相打ち。次の攻撃にも自分の次撃で相打ち。ガルドがやりたい方向転換をするより早く、大剣が片手剣並みの速さでパリィに入ってしまう。

「もっと早く」

 もっと早く、角度のデータを叩きこむ。それから弾く。長年の経験で培ってきたタイミングの感覚を一度捨てる。やってくる羽の猛打に大剣を一度ぶつけ、パリィカウンターでさらに追加されてくる羽の攻撃に加速パリィで応戦した。

 だが、また角度が悪かった。砥石でこする包丁のようにズルッと位置がずれ、競り負け、弾きこそ成功したものの思うような位置にガルドも敵モンスターもいない。このままではパリィの失敗に繋がり、つまりガルドは一回死亡することになる。

「もっと」

 ワンコンマ足りないのか。ガルドは本気で悔しくなった。片手剣にはパリィの自動補正がついている。乱暴に振っても自動で剣同士が合わさり、ハイスピードアクションが簡単に出来るよう初心者向けに設定されていた。Aはガルドの大剣に自動補正を付与してくれなかったが、ガルドとしても願い下げだった。

 負けだ。ゲーマーとしてのプライドが首をもたげる。

 習慣を抜けば出来るはずだ。自動補正がなくても出来るはずだ。出来る。ガルドは無我夢中で自分を奮い立たせた。久しぶりに脳の汁が吹き出るような快楽を感じる。そう思うと、Aはガルドの欲しいものを良く分かってくれていると思う。

「ナイスプレゼント、A」

「ぐわっ」

 ガルドはダメージが稼げれば喜ぶような数値依存のゲーマーではない。人間を相手に、ただ猛攻を仕掛けて圧倒制圧するのが好きなゲーマーでもない。

「人間には難しすぎるくらいがちょうどいい」

 苦しんで悔しんで、その上で条件をクリアするからゲームは面白い。確定されている便利な勝利より、ありえないほど難しい勝利のほうが、ガルドにとっては価値がある。

 その点を分かっているAは、かなりガルドの好みを把握してきたとも言える。会話を重ねたのもそうだが、他のメンバーが受け取ったペット支援スキルにそれほど感動していないガルドの心拍でも読んでいたのだろう。そっと剣を握った手で胸をおさえるが、アバターの身体では心拍を手のひらで感じることはできない。

「……よし。行くぞ」

 Aは身体を青白い光に発光させながら「ん、ぐわ」と鳴いた。

 仲間のペット同様持っていると思われるAのスキルは、ヘルプがないため正確には分からないが「任意の武器に別武器種の効果や機能を付与する」ことらしい。バフに近い機能だが、他に代用の効かない特殊すぎる効果だ。

「ぎゃわっ」

 また鳴いた。まとわりついていた白い光がパッと弾ける。なにかスキルを起動したのだろう。ガルドは緊張感をもって剣を振るった。

「ん」

 振った大剣がグンと重くなっている。片手剣の軽さが今度は逆転したかのようにずっしりとし、普段よりも重心が低くなった。リアルでも感じたことのある重心位置に、ガルドはすぐ気が付いた。

「ハンマーか」

 金槌くらい握ったことはある。強いて言えばデッキブラシにも似ている。大剣の形をしているのに、切っ先がずっしりと重く柄が軽い。ガルドは違和感でめまいがした。「これでパリィは……」

 腰からスイングするように振るう。

「確かに難しいな、相棒」

 ガツンと大きな音をたて、飛び掛かって来た鳥型モンスターの足をはじき返した。振り回した結果持っていかれた上半身に下半身を踏ん張って耐えつつ、次の攻撃をパリィ出来ないと判断。サイドステップでは距離が足りない。バックステップでも避けきれない。ここまで即座に直感し、ガルドは膝の力を一度抜いて、後方に飛ぶよう意識する。身体は青白く発光し、スピード感のあるSEと残光が走った。スキルの見切りを使って完全回避する。

 すると大剣がガルド自身より遅れて移動した。重心が剣先にあるため、大剣の時よりも腕ごと引っ張られるような感覚が強い。

 攻撃判定がハンマーになった結果、回避で起きた身体の移動をそのまま遠心力にして回転をかけることが出来そうだ。フロキリからこの世界に移った時に備わった加速感と遠心力を生かさない手はない。ハンマーに比べ柄が短くトリッキーな動きが全くできない大剣では、くるくると回して遠心力を上手くコントロールなど出来ない。

「はぁっ!」

 ガルドは全身を使うしかなかった。ハンマー投げの要領でグルンと身体を回す。ハンマーより柄が短い大剣を片手で握れ切れず、右手で柄を、左手では宝石の埋め込まれた鍔の辺りをわしづかみにした。

 アヒルが悲鳴をあげる。

「んぎゃーぉ!」

 吹き飛ばされそうな勢いで回っているため、乗っているだけだったAがガルドの首元、鎧の襟口にしがみついてきた。懐にしまってやりたいが、ガルドにも余裕がなかった。巨鳥のロングチャージスキルが来る。

 巨体を生かして上からダイブしてくるのだが、スキルパリィが一人では対応できないのだ。重すぎる。中央で弾いても押しつぶされ、片側に寄って弾くともう片側から潰される。二人以上で同時にしなければならない。今回の戦闘で既に数回出くわしているロングチャージスキルだが、回避に失敗してダメージを負ってしまってる。

 やりたい。ガルドは目をランランと光らせて敵を見つめた。ロックオンアラートが途切れ、ぐわんぐわんとチャージの音を鳴らし始めている。オレンジ色の光が溶岩のように噴き出ていて、今にもガルドへ口からスキルを発射しようと準備しているようだった。ビーム光線のような、中距離まで届く強烈な一撃が来る。

 敵モンスターのスキルはスキルでしかパリィ出来ない。

 ガルドはセットしてきたツリーを呼び出そうとしたが、エラーで触れない。大剣のものが使えないのは分かるが、ハンマー用のものも出てこない。

「スキルは。どうなってる」

「くわ~」

 意味が分からないが、随分能天気な声だ。

「……やれやれ」

 ルールがリアルタイムで書きかわる世界に、ガルドのこめかみはチリチリと刺激を感じ取った。

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