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373 襟巻きじゃないってば

「いいか、俺が出てくるまで倒すんじゃねーぞ!?」

「分かったから早く行っといでってばー」

「メロ、メロー! 回復! ジャスが死ぬ!」

「はいはい、行くよーラスアル」

「シュクフク~」

「うわすっげぇ心配。頼むぞガルド、殺すなよ? 絶対殺すなよ?」

「ん、任せろ」

 なにかのフリだろうか。ガルドは往年の芸人を思い出す。「~するなよ」が「しろ」を意味することを、ガルドのような若い世代でも常套句として身に着けている。実際巨鳥型ボスモンスターをKILLしたところで、なにか大きな変化があるようには思えない。ペット機能設置にAが関わっている以上、ガルドの命令一つで復活する可能性が高いからだ。

「マグナのピート君、どんなスキルだったの?」

「ん? あ、ああ」

「どうしたの? なんかぼーっとしてる」

 メロが杖を振って敵の足蹴りをパリィしようとし、失敗して転がりながらマグナに話しかける。持続回復のスキルがインコのラスアルから発せられているためすぐに治り、大した焦りはない。ぼんやりとした様子のマグナに振り返って「なんかあった?」と繰り返す。

「猫アレルギーとか?」

「デジタル世界だぞ。肉体的なアレルギーなどない。むしろ猫とは長い間共に……アレルギー持ちは桜子の方だ」

「あ、そうなんだ。猫飼ってたけど同棲はじめたから手放したとか?」

「イトコの家だが、まぁそんなところだ。それより、そうだな。前向きにいくぞ」

「前向きにってことは、今の今まで落ち込んでたのー?」

 メロがふっふっふと笑う。マグナは自分のペットNPCである猫のピートを小脇に抱えながら、じりじりと後ろへ下がった。

「マグナが弱音なんて珍しいねぇ」

 メロが一歩前へ出る。

「落ち込んでいたとかではなくだな、ちょっと、この猫が……」

「猫が?」

「……ウザイんだ」

「えっ、そんなにかわいいのに!?」

 マグナは苦虫を噛み潰したような顔をして、小脇に抱える猫をちらりと見た。頭上を見上げる形でピートが「うにゃにゃん」と笑うように鳴く。それを聞いたマグナがさらにグググと眉を顰めた。

 公平かつ善良であろうとするマグナが、何か一つの誰かに対してあからさまな負の感情をアピールするのは珍しいことだ。ガルドは真面目なパリィを心掛けながら違和感を覚え、耳と目の感覚を仲間たちの方へ向けた。マイクの向きを変えるような感覚で操れば、他のBGMや鳥の鳴き声が遠のき、聞きたい方角のボイスが大音量になって聞こえてくる。

「ウザイって言ったって、マグナが自分で猫の形に組んだんでしょー? ラスアルちゃんはウチ好みの南国生命体だよ」

「見た目の話ではなくてだな」

「あー、中身はちょっとランダムかもねー。カタコトで話すなんて設定欄なかったのにね、ラスアルちゃん」

「ネー」

 悠長な会話を耳にしながらガルドは、ヘロヘロに疲れた演出で弱った様子の鳥が放つ翼の打撃を、大剣の切っ先で突くようにパリィする。続けて反対側の翼が振りかぶってきて地面まで落ちてくるのを余裕いっぱいに見つめた。あまり早くガードに入って失敗してしまうと、攻撃判定に食い込んでダメージを与えてしまう。榎本と約束した通り、ガルドはなるべく完璧なパリィガードを心掛ける。

「だってニャゴニャゴ鳴くだけじゃん」

「お前のラスアルもしつこいが、コイツもしつこいんだ」

「人間の言葉ならしつこいとウザイかもしれないけど」

「んぐっ! それは、そうだが……」

 マグナの様子が明らかにおかしい。ぼとりと猫を脇から下ろし、明らかに狼狽えている。

 ガルドはパリィを一旦辞め、バックステップで避けながらマグナの元へ移動した。ジャスティンの回復が完了したのも確認済みで、遠くから夜叉彦が白くてフカフカのマフラーを首に巻きながら走ってくるのも見えた。

「マグナ」

「だ、大丈夫だ。少し感情が揺れただけだとも」

「なおー」

 猫が鳴く。ガルドはじっと猫の瞳を覗き込んだ。Aのアーモンド型で底の知れない瞳ではなく、ビー玉のようにくりくりとしていて可愛らしい瞳だ。

 この猫を探るのにAを使うのは危険だ。ハリネズミのカノウにもそうだが、なるべく「ガルドとAが意思疎通可能で活動的に動いている」とはバレたくない。猫のピートには何が入っているのか分からないが、マグナがガルド同様話しかけられたと思えばつじつまが合う。

「……デフォルトの名前は?」

 例えばサルガスやカノウことカノープスのように、ありそうな英単語を使っているケース。メロのインコ・ラスアルは違和感がある。サルガスより強い違和感だ。呼びにくい上に英語らしくない。カタカナ四文字の自動生成プログラムかなにかだろう。

 もしピートと付けられる前、猫の名前が英語っぽければ或いは。ガルドはそんな、感覚的すぎる予測を信じた。

「デフォルト? ああ、何か入っていたな。スクショは撮ったぞ」

「なんて?」

「ちょっと待て。ほう、『アルファルド』とあるな。仰々しい名前だ」

 ガルドは内心で舌打ちを打った。心の内で盛大に、表情には出さずに悪態をつく。表に出してピートにバレるのは良くない。

 アルファルドとはなんと英語っぽい、外国人らしい名前だろう。これは黒だ。ガルドはピートをしっぽから頭の先まで見つめた。ジャスティンのカノウより従順で愛想がいいが、恐らくピートもコンタクター、拉致監禁犯が送り込んだ「外と中との接点」だ。そうに違いない。睨んでいると猫はゴロンとガルドに腹を見せ、撫でてと言わんばかりに一声鳴いた。

「男性名だな」

 それとなくそんなことを呟いてみるガルドは、そういえばAはなんなのだろうと疑問を持った。あれは男のアバターで現れたが、自分からは名前を名乗らなかった。デフォルトがない。本人がふざけて言った、RPGゲームではおなじみの敵性A、Bと割り振られるアルファベットをそのまま使っているだけだ。

「マグナがそう作ったなら、デフォルト名は性別に合わせて後からくっつくのか?」

「ふみゃっ」

 少し不満げな声で鳴くピートに、ガルドは首を傾げた。

「メイキングの時にマグナが雄雌でオスに決めたんじゃないのか?」

「みゃう」

 猫は置物のように座って首を横に振る。

「ああ、AIに性別を聞くなんて不毛だったか」

 わざとガルドはそんなことを言った。Aの態度を見るに、コンタクターは相当高度な知能を持っている。ならばピートにはコンセプトとして男性性か女性性のどちらかが備わっているだろう。

 尻尾でタシタシと地面を叩き、ガルドを睨んでくる。

「ん?」

 すると案の定猫は口を開かず、謎の場所から声を出した。

<NO>

 ふ、と思わず笑みが漏れる。通信で入ってきているが、全体に向けているため声に聞こえている。Aと同じだ。

「ラスアルのように意思疎通できるんだな、ピート」

 口で言いつつガルドは間違いを自覚している。ラスアルの意思疎通はQandA方式だ。メロが何か聞かなければ答えない。比べてピートの意思疎通は話の文脈を理解している前提のコミュニケーションだ。その差は大きい。だが差はないと言ったガルドに引きずられてなのか、メロもマグナも違いを気にせず「ほお」と納得した。

 ものを分かっていないふりをして会話を引き出すガルドに、ピートは続けて、喉からではない発音を響かせた。低い男性の声だ。Aよりも抑揚のある英語の発音が個性的でありつつ、スポーツ実況を切り貼りすればこうなるだろうとも思う。

<ピートはボイス初期値から変えられないデース>

 流ちょうな返事が返ってくる。語尾に癖をつけるのはAと同じ特徴だ。

「へえ。やっぱりオスか」

<ソレを決めるのはマグナデース>

 ガルドは確信した。

 カノウに続いてピートもコンタクター。それもAに近い、主に従順な「味方サイド」だ。

「優秀な『ペット』だな、マグナ」

「このロ調なんとかならないのか!」

<ゴメンナサイ、仕様デース>

「くそ」

 目を丸くしてガルドは驚いた。普段は辛口ながらも理由なくけなすことはないマグナがあからさまにな顔をするほど、ピートの外国人的な口調が気にくわないらしい。

「嫌なのか」

「決めたのは俺ではない。勝手にコイツが使っているだけだ」

「ピート、調整は出来ないのか?」

<勉強シマース>

「学習が未熟ということか。よし、徹底的にトークの領域をしごき倒してやろう! 覚悟しろ、ピートよ」

「にゃーお」

 都合が悪くなった途端、ピートは口を大きく開けて猫の声を出した。マグナの肩にぴょんと乗って、耳の辺りを後ろでカッカッカと掻く。

「……いっそ会話は諦めてさぁ、マグナ。普通に猫として飼うといいんじゃない? ガルドのA君も喋んないんだし」

「それもそうだな」

 そっぽを向いているAの顔がしらーっと知らんぷりをするのに合わせ、ガルドもまるで何も知らないというような表情で、マグナとメロへ笑いかけた。



「夜叉彦ってマフラーなんか装着してたっけ?」

 ガードを受けてくれているジャスティンたちの元へ走り寄るガルドは、前方を走る二人の会話に耳だけで参加していた。マグナの隣を並走するメロが先を指をさす。

 指の先でパリィガードに奮戦する夜叉彦は、首から白いマフラーをフカフカと揺らしていた。風に揺られている様子はない。夜叉彦の上下運動に合わせてポンポンと上下に動いているだけだ。

「まっ、マフラーじゃないってば!」

「ガハハ! 襟巻きじゃないらしいぞ?」

 夜叉彦が素早い刀さばきでパリィし、こぼれた数撃をジャスティンがガツンとタワーシールドで受け取る。追いついたガルドは残りの三コンボ目以降を、大剣を盾のように構えて二回しっかりと防御した。その間に夜叉彦は回復アイテムをかじる。

「もぐ」

 すると首回りの白い襟巻きがふわっと毛並みを逆立てた。

「あ、ごめんベテルギウス。レモン嫌い?」

「きゅう!」

 毛並みの良い毛皮のマフラーかと思ったガルドはびくりと肩を震わせた。あまり聞かない鳴き声だ。ゲームアバター化でデフォルメされているとはいえ、押すと音の出る笛入りのぬいぐるみのような声だ。

 メロは目を輝かせて夜叉彦の首に飛び掛かった。

「かっ、かわいーっい! イタチ!?」

「オコジョだよ!」

 自分の肩乗りインコが「カワイ!?」と抗議の声を上げているのも無視し、メロは夜叉彦の首から白い胴長のペットを取り上げた。

「オコジョ!? かわいい! え、ペット?」

「うん。かわいいだろ?」

「白いイタチみたい」

「だからオコジョだって言ってるだろー!?」

 夜叉彦とメロの会話でおおよそ理解できたガルドは、二人が会話出来るよう、ぐいと夜叉彦のポジションへ割って入り押しのけた。大剣を軽々振るって前へ向けて構え直し、パリィに最適な少々斜めの構えを取る。

「あ、サンキューガルド。ね、名前は? さっき呼んでたバッテラなんとかって」

「ベテルギウスね」

「そうそれ、ベテルギース! カッコいいねえ!」

 メロは夜叉彦のペットを自分の肩に乗せ、鼻をつんと突いた。オコジョのベテルギウスは「きゅ」と短く鳴くが、人間と意思疎通を図ろうとする気配はない。

 彼はつまり、コンタクターではないのだろうか。ガルドは首をひねる。

「ベテル、ギウス……」

「どうしたの、マグナ」

「夜叉彦、お前にしては西洋風だな。プレイヤーネームだけでなくプレイスタイルすら和風のお前が」

「そうなんだよね。デフォルトでついてたまんまにしたんだけど、考え直したいかなぁ。白いから『雪見大福』とかどう?」

「安直」

「丸みがないと大福とは言えんなぁ」

「つまらん」

「三人ともヒドイって! まぁなんだか直せなさそうだし、このままでいっかなー」

「む、ううん」

 夜叉彦の楽観的な声にマグナが低い唸り声で答える。

「ちょ、マグナ? 気に入らなかった?」

「いや逆だ。GMが付けただろうデフォルトの名前が気になる」

 ガルドは迫りくる鳥の攻撃を一撃弾き、二撃目をスキル・見切りで避け、三撃目を甘んじて受けながら耳をマグナの方へ向けた。吹っ飛ぶが、受け身を取る。メロのペットであるインコのラスアルが掛けた持続回復が効き少々元に戻るゲージも、およそ半分まで減ってしまっていた。マグナの回復系スキルを二発程背中に欲しいところだ、と視線を背後に向けるが気付いてもらえない。

「ベテルギウスなんてカッコいい名前、どっから拾ったんだろうねー」

「どこかで聞いた気がするんだが」

「マグナの知識量すごいよな。どっかのSF小説とかかな?」

「なんともギリシャっぽい響きだがなぁ!」

 ジャスティンがそう叫んでから、ガルドより前に飛び出して大振りのガードを繰り出した。反動が大きいフルガードだ。動けなくなるタイミングを脊髄反射のように自然な操作でパリィに入る。

「ギリシャ」

「ギリシャ神話っぽいってこと?」

「確かに、なんとかギウスなどよく聞くが……だからか?」

 思い違いか、とマグナ達が話をまとめ始めた。ガルドは感覚的に思っていた「人間がつけそうな名前はコンタクター、自動生成のように聞こえる名前は単なるNPC」という条件が崩れるか崩れないかというところにやきもきしている。

 オコジョの様子を横目でちらりと見る限りでは、ガルドにはただの戦闘支援系NPCとしか思えなかった。Aのように抑揚もなく、カノウのような戸惑いもなく、ピートのように猫を被りもせず。ただオコジョのベテルギウスはメロに抱き上げられたまま「きゅう」と鳴いているだけだ。頭が良さそうな片鱗は全くない。

 高度なAIらしい能力を持っているかは分からないが、夜叉彦と犯人グループとを繋ぐ接点になれるかと聞かれれば首をかしげるしかない。オコジョはノーヒット。ガルドはそう断じた。

 だがベテルギウスがただのペットだとすれば、ガルドなりの仮説ごとコンタクターの判別が吹っ飛んでしまう。それもしょうがないと納得しつつ、早々に諦めた。そもそも推理の真似事にすらなっていない感覚的なロジックだと自覚しているガルドは、正しい結論へたどり着けるならば仮説などどうでもいい。最初から直感で判断するしかなかったのだと思い直す。

「ベテルギウス、ベテルギウス……違うな、ジョージだ。スペルはジー、イー……ゲ、確かゲオ……ゲオルギウス!」

 マグナが弓も構えず楽しそうに叫んだ。ピートが合わせるように「ナン」と鳴く。

「俺が思っていたのはゲオルギウスの方か!」

「ナオン」

 猫のピートがYESと言っているように聞こえる。

「げおるぎうす?」

「海外でジョージとはよくある名前だろう? その由来だな、確か。最後がギウス。聖人ゲオルギウス……やはりベテルギウスとは別物のようだ」

 マグナがしきりに頷いている。ガルドには初耳だが、確かに発音のニュアンスがよく似ている。馴染みのある単語によく似ていただけらしい。

「自動生成で混ぜたのか」

「かもしれんな。今どき人間が一覧表を作ってランダムに打ち出すようなスロットタイプのネーミングは流行ってない」

「機械学習で名前を付けたってこと? なるほどね~。じゃあベテルギウスはラッキーだねぇ」

「いい名前つけてもらったな」

「俺のピート・ザ・ネクストドアーの方が良いぞ」

「げっ、マグナは自分のネーミングセンスを自覚した方が良いって」

 夜叉達がそう言うと、仲間が一斉に名前のセンスを自慢し合った。メロはデフォルトのラスアルなる名前を気に入っていて、夜叉彦は既に変えたいがネーミングセンスのなさに自覚があった。付けるとすれば和風の食べ物、つまり「おもち」や「ささかま」、「白玉」に「豆腐」など白縛りしか思いつかないと嘆いている。

 マグナは自信満々にピートと名付けた自分のセンスを自慢しつつ、その前につけられていた名前・アルファルドも悪くないと頷いた。ジャスティンは呼びやすさ重視だと言うのだが、メロたちが一斉に「ミーハー、芸能人の名前つけたがる癖あり」だと指摘する。

 ガルドはその様子を、パリィガードに奮戦しながら聞いていた。

「……回復が欲しい」

「ああっ!? ごめんガルド!」

「つ、つい夢中でな! ガハハ!」

「おま、瀕死じゃないか!」

「いやむしろリスポンなってないの偉いんじゃないかなぁ」

「あ、もしかしてAのスキル使った?」

 メロがインコに指示を出しながら言う。いやそんな風に指示は出していないが、とガルドが首を横に振る前に、隣でAが「ぐわっ!」と自慢げに胸を叩いていた。


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