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372 動物三種、それぞれ癖強い

 好きだったフロキリが大きく変わっていく予感に、ガルドは何とも言えないもどかしさと寂しさを覚えていた。お陰で何度かミスして攻撃を入れてしまい、あやうく榎本がペットを手に入れる前に鳥を撃破してしまいそうなほどだった。

 待ちわびた仲間の声が復活したころには、か細いメロの打撃一つすら危険だと三人で話していたほどだ。

「待たせたなァっ!」

 フリーズから回復したふんどし一丁のドワーフが、うなだれた格好からモジャモジャの髪の毛を水しぶきのように跳ね上げながら叫ぶ。背後からひょこりと顔を出した生き物アバターは、ジャスティンが直前に変更したものでもなければ、前もって決めていたものでもない。

「わー! ハリネズミだー!」

「かわいかろう? ほれ、このツンツンな針とクリクリのおめめ!」

「うんうん!」

 ジャスティンの背中を伝って前のヒゲにくっついたハリネズミは、短い前足で必死にリボンの一つへしがみついている。

「来たな、フルガードマン。パリィだとカウンター間違っていれるのが怖いんだよ。全裸でいいからガード頼む」

「む、やっこさん瀕死ではないか! パリィガードからのカウンターを反射でやるなどお前たちらしくない」

「大部分メロの連撃だろうが」

「連撃……メロが?」

「帰ったら見せたげるって。それより、で? 名前は?」

「コレのか? カノウだ!」

「……かのう?」

 ジャスティンが胸を張る。ハリネズミは無言のまま鼻をひくひくさせ、あちらこちらをきょろきょろ見ているようだった。毛むくじゃらに埋もれてガルドからはよく見えない。

「エイコウと悩んだぞ」

「カノウにエイコウ……って昔の芸人じゃん」

「ほら、ジャスのプレイヤーネームもアメリカの歌手だろ? いつものパターンでつけたのか」

 榎本がため息をついてジャスティンの背中を押した。振り返りながらジャスティンは首を振る。

「いやいや! 違う、そっちじゃないぞ! いや悩んだのはそっちだが」「どっちだよ」

「パターンではなくデフォネームだ! メロの言う通り、ちょっとキバツなデフォルトになっていたぞ」

「ジャスのも?」

「ああ。『カノープス』と」

 頭の二文字だけ残し伸ばし棒を丸めたのだろう。日本語らしく発音すれば確かにカノウとなる。

「なんか聞いたことあるような単語だな」

「今までは初耳だったけど、カノープス? ジャスのだけなんだか外国の単語っぽいイメージはあるかも」

 だが誰もカノープスが何を意味するのか分からない。メロと榎本はジャスティンにヘルプを読むよう促し、どんなスキルを持っているのかその場で確かめさせた。その間ガルドは一人でパリィを黙々とこなす。

「どおれどれ……む、反射をエンチャント?」

「反射? ってーと確か、盾持ちを超攻撃型に変えるスキルだろ?」

「武器固有だったんじゃなかったっけ」

「お、おおお……」

「状態異常付与とは違うんだよな、確か」

「おおお!」

「エンチャントってことはどんな武器にでも反射付けれるってこと? 良かったねぇジャスー、これで……」

「おおおっ! すごい、これはすごいぞ!」

「どうすごいんだよ」

 パリィを続けながらガルドも聞き耳を立てる。榎本の質問に、ジャスティンはタワーシールドを勢いよく地面へ叩きつけてから構えた。金属が伸縮する効果音が聞こえ、ガルドは普段通りアバターを少々横へスライドさせる。

「フルガードで受けたダメージを半減から二倍までしつつ、文字通り相手へ反射するのだ! 武器の属性ごとに効率が変わる! 武器固有だが、無属性のラウンドシールドと光属性のタワーシールドでは無の方が勝つのだ」

「へえ」

「ちょっとまて、アイツに向けるのやめてくれねえか? 俺まだペット貰ってないっつっただろうが」

「そして、いままでタワータイプの反射スキル実装枠は全て光属性だった……」「なかったんだねぇー。無属性の」

「そうだ! だがそれも今日までのこと! フハハハハハ!」

 ジャスティンが高笑いしながらハリネズミを天高く掲げる。

「さぁカノウよ! ワシに反射スキルを授け給え!」

 ハリネズミのカノウは鼻をひくひくしながら周囲を見渡した後、自身が座る腕の先、丸っこい赤ら顔のドワーフを見た。鳴き声一つ上げないが、ジャスティンを主と認識しているらしい。真っ黒な瞳を真っすぐジャスティンに向けている。

「授け一給えー、ええ~?」

 効果音はなにも鳴らない。

「言い方じゃないかなぁー」

「イイカタ」

 メロとインコは声を揃える。ガルドの肩に同化しているAは、アーモンド型の瞳を片方だけ開いてハリネズミを見た。

「ぐわは」

「A?」

<任された仕事は、したまえね>

 ガルドにだけ聞こえる通信帯のボイスとして、静かにAは注意した。まるで教師か教授か何かのような口ぶりだ。言葉に込められたメッセージを読み取り、インコのラスアルとは違う何かがハリネズミのカノウには搭載されていることにガルドはやっと気付く。

「っ」

 声に出すのもはばかられる。

 カノウはコンタクターで、ラスアルはコンタクターではない。ガルドは小さく目を見開いた。

「むう、振れば起動するか?」

 ジャスティンはそんなことなどつゆ知らず、チクチクした針を一本だけ摘まんでブンと振った。ボールのように振り回されながら、それでも動かないカノウを続けて何度もシェイクする。

「流石に可哀想だろ」

 息をぜぇはぁと大きく吸って吐くモーションで瀕死状態を演出する巨大な鳥モンスターへと向かって、榎本がガントレット同士を打ち鳴らす。ヘイト値がグンと上がりガルドからターゲット音が消えるが、その隙にガルドはジャスティンの元へ走った。

「ほら、どうだ」

 肩に乗っているAをベリッと剥がし、ハリネズミすれすれまで近づける。コンタクター同士ならば、メロの言葉をオウム返しするラスアルとは違う言語機能を持っているはずだ。お互いに何か話さないかと持ってきたのだが、Aは途端に眠りはじめハリネズミはぼーっとしたままだ。鼻が動いているが目が動いていない。

<下手なのか?>

<産まれたばかりなのでね、しょうがないかね>

 極秘裏にやり取りできるとAが太鼓判を押した黒いチャットウインドウだが、露骨に用語は使わないよう説明された。町中に配置されたグレイマンAIの出来を思えば当たり前だとガルドは納得し、ならば最初から突飛に頭一つ抜きんでた有能さを発揮するAへ、どうにかしろと文字通り「命令」する。

<カノウじゃなくていい。お前が外からカノウのスキルを代理で動かせばいい>

<それは出来ないのでね>

 さして気にしていない。ガルドはその奥に用事がある。

理由(ワケ)が?>

<彼は今、キミ達に味方するかどうか値踏みしているのでね。無暗に突っつくべからず、でね>

 なるほど、と顎に手を当てる。コンタクターの在り方もそれぞれなのだろう。ガルドは逆にカノウを値踏みした。表情は目まぐるしく変化しているが、一言もまだ喋っていない。ハリネズミがどんな声で鳴くのかガルドは知らないが、それにしても恐らく主たるジャスティンにすらまだ声をかけていないのだろう。そもそも人語を話すかすら不明だ。

 Aが特殊すぎた。情報を流すことはA以外の全てのGMサイドに知られてはならないが、Aの味方が本当にゼロかどうかは調べようがない。ジャスティンの味方になるかどうか決めかねているカノウは、恐らくAとガルドが繋がっていることすら知らないのだろう。

<助言はやってやらないのか。ジャスの利益はカノウにとって一番大事なことだろう>

<どうだろうかね>

 意味深な返事でAがごまかす。だが今までのはぐらかし方よりガルドはよっぽど気持ちが晴れやかだった。親にあしらわれたときのような不甲斐なさや悔しさを以前のAには感じていたが、今こうして新たなコンタクタ一を目にし、Aが押し黙ってガルドを遠ざけようとする理由も分かる。

 過保護、なのだろう。こういうのを友人たちは「ウチの親って過保護でさぁ」と卑下していたのだろう。ガルドはAの過度な情報統制を過保護の一種だと納得した。

「あーもー! 募然なハリネズミ!? ジャスと正反対じゃーん!」

 メロがじれったくなったのか、ジャスティンの側から離れてボスモンスターへ向けて走り出す。榎本とガルドがヘイトを吊り合わせているが、メロの累計ダメージ数がダントツで高いため、バランスを崩し巨鳥がメロへ注目し直す可能性がある。ガルドは「無理するな」とオブラートに包んで止めた。

「大丈夫、ウチのスキルラインナップの豊富さをとくとご覧あれ! ね、ラスアルちゃん! チャフお願い」

「ゼンブジャナイ! オウエン、ゼンブジャナイ!」

「そうなの?」

 メロが解放済みの全スキルをオウム返しするのが「ラスアル専用スキル・応援」だと思っていたガルドもメロも驚く。榎本とジャスティンはガードで巨島の攻撃を防ぎながら笑った。

「はっは! んな便利になってたらメロもお役御免だっつーの」

「うむ。そんなに役立つインコとカノウが同じペットだとは思いたくないな」「チャフ出来ないの~!?」

 メロが胸に杖とインコを抱えてUターンした。近付くだけで、巨鳥に恨みを買うほど大ダメージを与えてたメロはギンと鳥目に睨まれる。

「こっち見たー」

「ガルド、パリィ頼むぜ!」

「ん」

 一つ返事でガルドは仕事を請け負った。


 パリンガツンとけたたましい防御の効果音が響く中で、耳の長いエルフがピクリと肩を震わせた。プラナブロンドのロングヘアがさらさらと流れる合間に白とクリーム色の模様が入った毛が見える。

 いつの間にか肩に乗っている四つ足の動物が、ゆったりとしっぽを探った。そして一声にゃん、と鳴く。

「よし、ピート・ザ・ネクストドアー。ヘルプにあったスキルを起動だ」

 なおうん、と猫が返事をした。

「そんな声で鳴いても分からないぞ、ピート・ザ・ネクストドアー。出来るのだろう?お前のスキルを見てみろ」

 まぁう、なおう。

「このノンエンカウントエリアを出ればすぐお披露目だぞ、ピート・ザ・ネクストドアー。他のペットたち負けたくないだろう?」

 んな一ご、なにゃお。

「不服か? 何がだ? ああ、服か。よし、帰ったら着せてやろう」

<NO>

 はっきりと拒否する人間の声がプライベートチャットから流れる。低い男の声だ。発音が外国人そのもだった。

「……しゃべった、だと?」

<要らんガナ、デース>

「しかもなんだその取ってつけたような口調は……!」

<そもそもHELPスキルはこんなトコロじゃ意味ナイデース。エンゲージしたら要請するデース>

「ピート」

<なんデスか?>

「俺は、そのエセ外国人ステレオタイプロが、苦手なんだっ!」

<ゴメーンナサイ、仕様デス>

「なんだと!? くそ、キャラメイクし直したい場合はどのアイコンだ!」

<ゴメーンナサイ、仕様デス>

「ぐおお、イライラする……喋らないでくれ!」

にゃーんと猫のような声で、ピートは間延びした返事をした。


 猫が鳴いている場所から少し離れたエンゲージエリアの外れに、先ほどから立ちつくす黒髪の侍がガバリと顔を上げた。顔を斜めに傷が大きく横断している。つぶらな瞳を数回ぱちくり言わせた後、着物の裾から出てきたものを撫でた。

「わ、ホントにいる...」

 白い動物だ。一見するとイタチのようだが雪のように白く、黒くつぶらな瞳が侍を真っすぐ見つめている。

「ベテルギウス、よろしくな」

 侍の男はふわりと微笑み、毛並みを撫でた。少し硬いがしっかりとし、流れが分かりやすい毛質が男の手のひらに再現される。仮想とはいえ自身初のペットが得られたことを実感しながら撫でると、愛らしい小動物の鳴き声を一つ上げた。

「きゅー」

「ひゃあーかわいいなぁ。名前、デフォのままにしたけど少しゴツかったかな? 名前先に決めたわけだけど、本当はもっとカッコいいのにする予定だったんだよ」

 夜叉彦は動物をひたすら無の感情で撫で続けている。

「オコジョがいるなんて嬉しい誤算」

「きゅ」

「うわ可愛いかよ」

「きゅうきゅう」

「い、癒し!はやくみんなに見てもらおう! ほらベテルギウス、抱っこしてやろうな」

「きゅっ」

 裾から腕へのぼり、白いオコジョが侍の男・夜叉彦の腕に収まる。小首をかしげて顔をじっと見つめた。

「うんうん、素直でいい子だ。鈴音のみんなにもきっとかわいいって言ってもらえるぞ」

「んきゅー」

「我ながら良いキャラメイクだと思うんだよ、ベテルギウス...名前って後から変更できるかなぁ」

 オコジョは夜叉彦とタイミングを合わせるようにして、こてんと首を傾げた。

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