370 黄緑のインコと前出たがり召喚師
「じゃーん! 見て見て~」
「ミテミテー」
「うわっ」
「喋ったー!」
「シャベッター!」」
「なんだかイラつくペット作ったな、メロ」
仲間たちが口々に文句をつける。ガルドは一人、巨大卵の殻から出てきたように見えるメロと、その肩に乗った鳥型NPCペットを無表情で品定めした。
夜叉彦が切り込んで始まったボス戦序盤。接敵直後、メロは転がるようにして敵モンスターの懐まで一気に近寄った。最後衛で遠距離攻撃を担当するメロが駆けだすこと自体珍しいのだが、あろうことか迫りくる鳥足の一撃を黒い枝型の杖でパリィし、二撃目を見切り、三撃目が来る前に鳥の尻にまでくっついたのだった。
早い者勝ちと言っていた夜叉彦はたじろぎ、ペットアバターを楽しみにしていたジャスティンは残念そうに眉を下げた。だがメロの、個性を主張することに関しては人一倍敏感で積極的な彼らしい「一番乗りなら何を作ってもオリジナル、二番以降は真似事」という主張が行動に現れていた。
結果マグナの予測通り、メロが触れた辺りの殻一部分だけが一瞬でひび割れた。プレイヤーの動作がトリガーになったのだろう。殻の内部に入るような疑似体験を促す視界だけのムービーののち、メロだけが異常ステータス扱いになり、はたから見ているとフリーズし固まったようにしか見えなかった。
特殊なシチュエーションを再現するために一人称視点のイベントムービーを挟むのは、フロキリだけでなくARゲームも含めた以前の家庭用ゲームタイトルでよく見られていたテクニックだ。ガルドだけではなく高校の友人たちですら当たり前に、没入感優先の一人称視点映像を楽しむ風土がある。フルダイブ黎明期には各個人のアバターをムービーに埋め込むだけのゆとりがなかったようで、最近はキャラクターの背面や表情の変化が見えるムービーも増えた。だが屋外でもライトに遊べるARゲームではまだ主流の映像スタイルだった。
「名前は?」
「デフォルトネームのまんまにした。逆に新しくなーい?」
「別に普通な気がするんだが」
「え、だって超奇抜だからね」
「キバツ!」悠長に話し込み始めたメロが、Aよりずっと縦長で本物の等身に近いインコに笑いかけた。
「ねー、『ラスアル』ちゃん」
「ネー」
確かに奇抜で覚えにくい。吟遊詩人NPCをサルガスと名付けたGMの妙なネーミングセンスを彷彿とさせられつつ、ガルドはお構いなしに迫ってくる鳥型ボスモンスターの足蹴りをパリィした。ぶつかり合って出来る風圧を顔に感じる。羽の攻撃より時間間隔が空いていて、動作の鈍い大剣のガルドでも余裕でパリィが間に合った。
成功するタイミングが短めに設定されているようだが、音楽ゲームのプレイ経験もあるガルドにとっては大きすぎるノーツだ。
無言のまま荒々しい音を立てて鳥の足蹴りをさばいていく。鉄同士がぶつかるような音に、爪が空を裂く音が重なり荒っぽい。
「よし、次は俺だな!」
「えー? 同時に行ってみよう!」
「おお良いな! ホレ、マグナも来んか」
「いや待て残る奴が大変だろう、ってオイ!」
冷静に状況を見ているマグナを、夜叉彦とジャスティンが引っ張っていった。無理やり手首を掴まれ、むしろマグナを先に入れようとするかのような強引さで殻へ押し付ける。
「おおっ、行けそう!」
「俺ァマンタがいいな!」
「さっきと言ってること違ってるぞ、ジャス! 夜叉彦お前抜けて大丈夫なのか前衛! 榎本は来てないな? メロ! インコと喋ってないでそこの二人の回復とアシスト……しまったハングドマン装備だったな! くそ、回復は無理か! 榎本、ガルド! アイテムで生き残れよリスポーン回数十五もないからな! オイ! 聞いてるのか!」
「へっ、やかましーわ」
悪態をつきながら、榎本は心底楽しそうに笑った。
「久しぶりだ」
「おう。なかなかのピンチに初見の敵、サモナーは邪悪殺法しか使えないウザめなスキル構成」
「ちょっと、聞こえてるんだけどー」
「ケドー」
インコが同調する。
「相棒も俺も最強装備とは程遠い身なりだ。石板もストック少なめ。さて、どうする?」
「ツインでの初見撃破は誰も経験ない。そもそもそんな美味しい機会、そうそうない」
「だよな!」
榎本が待ちきれない様子で、アイテム画面を眼球の動きだけでスクロールしている。
「撃破じゃなくて完封だけどね。ウチもパリィやればできるし、何とかなるっしょ」
「メロがパリィ? 期待しないでおくさ。おっと、ヘイトがアッチに持っていかれたりは……ん、アイツら全員透明になってるみたいだな。さて、久しぶりにやってやっか!」
「二人にウチの存在価値を叩きこんでやるから! ツインじゃなくってトリプル! トーリープールー!」
「回復出来ないんだから無理すんな」
メロの装備している杖、ハングドマンは闇属性以外のスキルをセットできない。属性付与も支援も回復も何もかもできない状態だ。
「あっちの透明になった全裸に比べればマシな装備だってばー! もー!」
メロが地団太を踏んで巨鳥の下半身を睨む。正確には、卵の殻で完全に隠れている足元と、その近くでピクリとも動かない仲間たちだ。ひときわ、フンドシにタワーシールドを背負った毛むくじゃらなドワーフを睨んでいる。
大きな鳥の足元近くで金縛りを受けたような恰好になっている夜叉彦たちを、敵の身体が素通りするのが見えた。傍から見ればフリーズかラグに見えるが、実際は「本来隠されているべき姿がシステム不都合で見えてしまっている」状態なのだろう。既製品のゲームタイトルがいかに丁寧なエラー処理をしているかが分かり、ガルドは思わず遠い目をしてフロキリ制作会社を思った。
どんな駄作でも、どんなに衰退した時代遅れのゲームでも、進行可能になるほどエラーがないのはオンラインパッチとデバッガーのお陰なのだ。
「すごいな、クリエイターは」
「何しみじみしてんだ、ガルド……」
「鳥同盟的に可哀想だけど、変な攻撃してこないし、セオリー通り弾いて動きを封じるだけってねー」
「とりどうめい?」
「ガルドと、ウチー!」
メロは嬉しそうに肩に乗ったインコを見せびらかした。ラスアル、とデフォルトでつけられていたらしい鳥型ペットNPCは、Aのようにメロへコンタクトを取っているとは思えないほど機械的だ。見た目はAよりずっと良い。ガルドは少し悔しくなる。
黄緑の身体に赤いワンポイントカラーが見栄えよく、尾は本物のインコよりずっと長かった。一見するとすぐに南国を思わせる。おそらくメロ本人がチョイスしたのだろう。ペットのアバターを選べないのがそもそもおかしい。ガルドは肩の黒い塊を思う。やっぱりペンギンがよかった。
愛用の詠唱加速機能付きの杖に乗せていたのも南国インコの装飾オブジェクトで、メロが昔から鳥好きなのは知っていた。だが、とガルドは肩をすくめながら黒いボールを見る。アーモンド型で何を考えているか分からない虚無の色をした瞳が視線に気づき、ガルドの目を真っすぐに見てきた。
不満を隠さず、ガルドは文句を言う。
<選べないのは緊急時だったからしょうがないとはいえ、アッチがリアルなのは何故だ。お前はなんでそんなにずんぐりむっくりなんだ>
<すんぐり……失礼ではないかね? フム、まぁ確かにボクのものと違いすぎるようだね。ディクショナリー……おお、あちらは『シムズユニバース』の最新作からペット機能を持ってきたようだがね。しかし中身はボクと同じマイ・スウィート・ペッツ! のようだがね>
Aは早口で答えた。
質問の内容も気になったが、Aが会話を避けようとしていることにもガルドは気を配らせた。Aが集団拉致犯たちに疑われようと正直どうでもいいが、利用価値がある限りは少しばかり配慮してやらなければならない。
取り上げられては情報が得られない。そんな打算でガルドはAを守ろうと思っていた。
<なるほど。これから集中する。話しかけないから、緊急以外話しかけるな>
<承知した。フレー、フレー、ガルド>
<声援も要らない>
<頑張りたまえね>
徹底して語尾に入れる言い回しのせいで、上から目線で下に見られているように聞こえる。だがガルドはもう慣れてしまい、全く気にならなくなっていた。今の言い方は本気で「頑張ってね」と言おうとしている。
<ああ>
毒されてきた実感があるからこそ、ガルドは重ねて、Aが所詮敵であり道具であり、脱出に有用なだけの知能なのだと思い直した。
「さーって、やってやろうじゃーん!」
メロがずいと先に出ようとする。
「あー、たまにはいいか。おいメロ」
「んー?」
「ざっと見る限り、コイツはべったり張り付いた方が攻撃当たりにくそうだぜ。ガンガン前出ろ」
「ホンマ!? やったー! タコ殴りでMP回しつつ永遠に打ちまくれるじゃん!」
「その代わり、自分で自分守れよ?」
「へ?」
隣で榎本とメロが話しているのを聞きながら、ガルドは無言で二回「うんうん」と頷いた。
「余裕ないんだよ、ツインは。トリプルになったって余裕なんてないの」
「えっ……いつも前出る時とか、代わりにパリィしてくれたりするじゃん……」
「むしろ今回もまたそうしてもらえるって、なんで思った?」
メロはふらりと走りながらよろけ、ぽつりと「嘘、全乙ウチになっちゃう?」などとぼやいている。
「ま、MP自前で回復させるには前に出た方がいいだろうな」
「アイテムは」
「あともうちょいあるけど」
「……ん」
ガルドは自分のアイテム欄からMP回復用の果物型アイテムを選択し、システム経由でメロへと譲渡した。モンスタ一からのドロップでしか手に入らない高等なものだが、ガルド自身はあまり使わないものだ。時間経過と通常攻撃のコンボ相乗効果で回復率は高く、むしろHP回復をアイテムに依存するためメロのような後衛とは交換しあうケースが多い。
「さんきゅーガルド! で、榎本は?」
「貰って当たり前みたいな言い方だな」
「ウチがいないときっとツインなんて無理だって~」
榎本はハンマーを振り上げながら、視線ポインタでアイテム欄を探っている。「確かに、メロがいるのといないのとじゃぁ変わるな」
「でしょー?」
鳥が走ってくる。
「ほら、その装備なら回転率良いからな。どんどんバカスカ打ってみろって。図体デカいから当て放題だぜ」
榎本がメロをそそのかし、良い気になったのかメロも既に杖を構えている。ガルドはため息をつきながら右回りにボスモンスターへ回り込んだ。
昔ならば必要なかった遠心力管理までしなければならなくなった今、高速で回り込むときは身体を内側に傾けなければならない。地面につくほど前傾姿勢になりながら、左斜め前に身体を傾ける。
敵のコンボが途切れ、新しいコンボがメロへ迫っているのが見えた。
「弾く」
敵の注目は、闇属性の杖を振るう最大火力の持ち主に向いている。自分がターゲットにされていない敵の攻撃をパリィするのは難しいのだが、慣れと訓練で磨き上げたガルドの腕では大した困難ではなかった。普段よりずっと早いタイミングで剣をブンと大きく振る。
遅れて鳥の足が降ってきた。このままではぶつかるコースだ。
ガルドは剣防御特有の反動を抑えるため、両足を縮めてカエルのようにジャンプをした。人がやるには不自然な飛び方をする身体につられて、システムに固められて動けないはずの剣が無理やり動くようになる。フロキリ特有の仕様ではなく、ごちゃまぜになったこの世界での新たなバグだ。恐らく遠心力と加速感を加えるために相当いじったのだろう。
新しい穴を見つけるのは楽しい。
ガルドは風を顔と正面に感じながら走る。頬が笑みに釣り上がっていく。ずいぶんと大雑把な物理エンジンだ。横や背中からは風を全く感じない。アバターの、進行方向に接する地点だけをリアルタイムで弾き出し、脳波へ部分指定した体感を再現するだけでも十分すごいとは思う。
だが、ガルドたちが「ここだけでいい」と思えるほどのリアリティには程遠かった。
<この牢獄世界は、世界の代用にはならない>
「うぎゃーっ! ちょっとー!」
メロの絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
「っはっはっは! ばかだなー、六人の時と違って、一回タゲられたらそうそう外れないんだよ。少人数だからな」
「知らないよーウチ多人数プレイ大好きっ子だからさぁー!」
「ヘイヘイ、そうだな。さて、これはこれで楽できていいけど、仕事はきっちりこなすとするか。この間に作戦考えて、本気で行くぞ」
榎本は一転して真面目な表情で、一向にこちらを見ない巨鳥を睨みつけた。高すぎて見えないほどの高所を見上げているため、首はまっすぐ天井を向いている。ガルドは前提条件から共有した。
「メロの火力じゃすぐこうなる」
「普段通りならまだしもハングドマンだろ? 悩ましいな。回転率と火力は生かしたいが、ヘイトとMPの戻りが悪すぎるんだって」
「ヘイトコントロールならこっちでどうにかできる。MPはアイテムで。それでも足りなければ……」
「足りなければ?」
ガルドはちらりと、回避行動に専念しているメロを見た。ひぃひぃ悲鳴を上げながら笑っている。口を大きく開き、少し離れているガルドにも聞こえるほど大きな声だ。
笑いながらも転がるように避け、パリィし、ゴロゴロ転がって避け、スキルにはハングドマン効果でチャージ不要になった闇の魔法をぶつけている。
「足りないなら通常攻撃。セオリー通り、前に来させる」
「前にいっ!? 無茶言うなって!」
「いいや」
メロがどれだけアクロバットな回避をしても、肩に乗っている新しいインコは平然としている。ガルドはAから受け取ったアイテム型のヘルプ画面を思い出しながら、メロとインコのラスアルに期待を込めた。
「あのペットがバフかければ行ける」
「……ペットがバフ、出来んのか。お前も?」
「くけけ」
「鼻で笑いやがったぞコイツ!」
仲良しだな、とは言わなかった。




