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368 人、それを嫉妬と呼ぶ

 やることは多いが、進捗管理が自分ではないと思うだけでぐっと気が楽になる。ガルドはマネージャーに向いていないと自分自身へ評価を下しながら、では、将来の夢であるフルダイブテストプレイヤーがするべき仕事「デバッカーへのマネジメント」も向いていないのではないかと少し恐れてもいた。

 拉致される直前まで通っていた高校の、社会科の太った教師が雑談で話していた言葉を思い出す。「『好き』と『向いている』は、違う」から「進路は好きを選べ、仕事は向いているのを選べ」と、脂ぎった顔をハンカチで拭いながら言われた。それとなく進路相談をしてからタメになる話をしてくれていたのだが、事情を詳しく説明しなかった佐野みずきには半分有用で半分無駄な言葉だった。

 ガルドは、オンでもオフでも欲張りだ。どちらも選びたい。幸いAにも榎本にも、他のフロキリ仲間やブルーホール全体の評価でも「プロに近いアマチュア」だと評価される腕を持っている。ゲームを仕事にするならそれで十分だ。あとは気持ちと努力で補える。

 その前にするべき一番大切なことを、ガルドは正面から静かに見据えた。

 黒いボールのような鳥型ペットアバターに入っているAは、ガルドの味方でありながら生まれは敵によるという難しい立場にある。ガルドはAの立場柄と、ガルドが印象として抱く「機械的な線引きの曖昧さ」にずいぶん助けられていることも分かっていた。

 人間的で曖昧な「味方」「敵」というくくりがないらしい。

 一つ一つの行動に数値か何かが決められていて、逐一優先順位を計算しているのではないだろうか。ガルドは手元のAをボールのように高く飛ばして、ボールのように落下してくるのを片手で掴んだ。

「くわぁっくわぁっ」

 飛ぶ度鳴くのが面白い。なんにしても、まずは脱出だ。ここにいて、あのサンバガラスギルドホームにいた二人のように殺されていてはいけない。いや、とガルドは首をひねった。自分に出来ることは別にある。

<お前は肝心なところで役に立たない>

<突然なんなんだね>

<自分たちの脱出に協力してくれるわけじゃない>

<それは再三言うように、ボクには出来かねるがね。計画の破綻はボクとしても望ましくないのでね>

<佐野みずきのためになってない>

<キミは『みずき』だ、ガルドではない。違うかね?>

 ガルドは手元で「くわぁ」と鳴いたAを宙に放り投げた。狭い通路の壁に当たり、スーパーボールのように跳ね返ってガルドの肩に戻ってくる。

「ぐぎゃ」

「ガルド~、来るよ~?」

「遊んでるなら俺がタゲ貰うぞ、相棒」

「今行く」

 ガルドは右肩に黒い球体の鳥を乗せたまま、見慣れた薄暗い迷宮の床を蹴った。


 氷結晶城地下迷宮ダンジョン。自動生成で作られるマップを、ガルドたちロンド・ベルベットの六人は効率的かつスピーディに走り抜けていた。ガルドが率いていたソロ探索チームよりずっと早い攻略スピードなのは経験数の多さだ。特に夜叉彦の「やられる前にやる戦法」が強烈で、普段のミドルレンジポジションからは大きく離れている。

「夜叉彦、お前もっと下がれよ狭いんだよ」

「榎本こそどいてよー、ハンマーの軌道って読みにくくてやりづらいんだけど」

「双剣の方がトリッキーだろうが!」

「俺のは刀の二本持ちで双剣とはスキルツリー違うから! 言うほど癖ないよ!」

「癖のあるなしと『隣にいて気持ちいいか』は別だろ」

「それ言うなら一番むず痒くなるのやっぱりハンマーだよ」

「いや双剣の方が嫌われてるだろ、野良マッチングで即退場(キック)

「だから双剣じゃないし。地雷はボマーの方だってば」

「おう、ボマーは断トツだな」

「ほらみろぉー俺まだマシだからー」

 決着がついたらしい。

 ガルドは一番前線ではしゃぐ二人を尻目に、少し離れたミドルレンジへ下がった。大剣の中距離スキルを一つ組んできている。縛りを課した装備は普段よりずっとか弱く、だが序盤ダンジョンとして難易度が低く設定されている地下迷宮ではちょうどいい。

 榎本と夜叉彦はウサギ跳び縛りでの撃破数を競っている。コンボ禁止の通称だ。一攻撃ごとに下がる様子がうさぎ跳びのように見える。一撃が重い榎本と一撃が素早く、ノーコンボでも榎本の倍近い手数がある夜叉彦の撃破数は拮抗している。

「うりゃりゃ、うりゃりゃ!」

 メロは機嫌が良い。ハングドマンという名前のキワモノ杖装備をくるくる手で回し、猛烈な勢いで闇属性の長詠唱(ロングチャージ)魔法をショートカット発動していた。長く黒い木の枝がナチュラルなまま杖になっていて、その一番上の部分に、ズタ袋を被って麻紐で首を吊る男の人形がぶら下がっている。闇属性のおぞましいエフェクトがついた攻撃魔法しか使えない縛り武器で、しかしチャージ時間がほとんどゼロに近い。ショートカットとプレイヤーには呼ばれているが、システムでは「特殊効果装備・詠唱破棄支援」と名前がついている。

「マグナぁー」

「ええい! MP管理くらい自分でしたらどうだ!」

「そっちだって縛りな感じが出て楽しいんじゃないの?」

「お前専用の回復ポッドじゃないんだぞ俺は」

「早く早くー」

 マグナはため息をつきながらメロに弓矢を打ち込んでいた。地下迷宮に入って二時間経つが、メロが自力で回復しようとしていたのは最初の三十分だけだ。あとは支援弓のマグナに頼り切っている。

 マグナも自力で支援スキル用のMPを生成しなければならず、小刻みにコンボを重ねた通常攻撃を打っていた。マグナの攻撃は爪楊枝のように弱弱しい。装備縛りだ。だがMP回復は%固定のため、弱くても量は変わらない。ただマグナが倒し切れないだけ、ひるませられないだけである。

 ガルドはそれとなく榎本の行動を邪魔しつつ、マグナの弓が綺麗に敵へ入るようスペースを空けてやる。配慮に気付いたのかマグナが「すまんな」と声をかけてきた。ガルドは振り向こうとしたのち、思いとどまる。

「A」

 肩に乗っている鳥に声をかけた。続けて、持っているスタンプの一つを押し込むようなイメージを描く。

<フム、よく知っていたね>

<ヘルプを読んだ>

<なるほど。では『仕事』といこうかね>

 マイ・スウィート・ペッツというタイトルのゲームから飛び出したアヒル型ペットアバターは、フロキリと混ざったことで「装備」に近い機能を持ったらしい。

 Aはガルドの肩に留まったまま、まるでフクロウのように首をグルンとマグナへ向けた。アニメーションのような誇張した仕草で羽をばさりと広げる。

「ぐっわわっ!」

 一声鳴いてから、羽の先で難なくサムズアップする。脳波コン以前は当たり前だった固定ポージングでの感情表現をNPCアバターにさせる技術で、Aはしばらく親指を上げたまま、もう一度「ぐっわわっ!」とコミカルに鳴いた。今度はアーモンド型をした瞳をぱちんと片方閉じ、ウインクを混ぜている。

「おお! そりゃあいいなぁ!」

 横からジャスティンが目を輝かせた。


 卵からペットが孵ったことは、同じギルドの仲間内六人にだけ共有することとなった。

 そして久しぶりに一日オフの日を揃え、ギルド単位で遊びに行くと鈴音や分離ギルド・ヴァーツに声をかけ、こっそりと氷結晶城のレイドエリアに向かった。

 行先が序盤ダンジョンなのはあくまで隠密に、だ。夜叉彦はそのまま、後から来る鈴音選抜陣と合流しソロ探索業務に入るらしい。装備は自然回復など「ホームに戻らなくても済むことを優先」させた内容になっている。

 夜叉彦以外の顔ぶれは全員縛り装備だ。何かしら制約を付け、思い通りにいかないスリルとじれったさを味わう被虐的な戦闘スタイルで迷宮に乗り込んできている。戦闘エリアでタイトな服を着たマグナを見るのは久しぶりだった。オタクなエルフは首から下をロボットにすることが多いが、今日は街で見るようなボディスーツにしている。袖口がラッパのように広がっていてガルドの目には未来的に見えるが、衣装デザインは1980年代のそれだ。

「来たな!」

 ガルドは地雷やキッズを思い出しながら、嫌みなプレイを模倣した。我先にと突っ込んでいって榎本がしたい動きの邪魔をしたり、援護を欲しがりそうなタイミングを無視したり、夜叉彦有利になるよう榎本にヘイトをなすり付けたりした。

 腕を剣にガツンガツン打ち鳴らす挑発モーションで敵を惹きつけては、わざと榎本の後ろに回り込む。される側のプレイヤーはロックオンアラートも出ないため、非常に面倒でイライラするだろう。ガルドは何度もなすりつけられたことがあり、そのたびに1on1を誘ってやり返してきた。人間関係には無頓着で悪意にあまり気付かないガルドでも、ゲーム内で幼稚な嫌がらせをされればカチンとくる。

 ところが、榎本はイラつくどころか、むしろ嬉しそうにガルドのヘイトコントロールを受けた。

「っはっはっは! うける!」

「A」

「くけけ! くけけ!」

 人をいらだたせる笑い方でAが煽っても、榎本はガルドの地雷プレイを見て楽しそうに笑うばかりだ。ハンマーを肩に背負ってくるくる回り、ガルドが集めた敵をひょいひょいと軽やかに殺して進む。

「……なんか面倒になってきた」

「諦めないでよガルドぉー! もうちょっと榎本抑えといてー!」

「敵の撃破数が上がってる。このままじゃむしろただのエンカウント率アップ」

「いくらこれ以上ザコをいくら釣ったところで、俺自身が非常にピンチにならないと意味ないぞ? 夜叉彦クンや」

「くそー!」

「はっはっは」

 榎本の余裕はテクニックの余裕だった。

「あとガルド」

「ん?」

「煽るの下手かよ」

「……む」

 ガルドは素直に開き直る。

「上手い煽りなんて出来なくても、勝てる」

「確かにな」

 くつくつ笑いながら榎本が夜叉彦と競う。ウサギ跳び縛りは位置取りに集中しなければならない。元々論理的なプレイスタイルの榎本は、コンボが禁止され他としてもすぐに適切な位置取りに頭を切り替えられた。普段より大きな動作でステップを踏んでいる。

 一方夜叉彦はフィーリング型のプレイスタイルだ。なんとなく良い場所を探ってきたため、コンボが禁止されると若干ダメージの通りが悪い場所しか位置取ったことがない。目まぐるしく変わるダメージ率を脳波コン越しに感覚しながら、夜叉彦は必死に新たな場所を探っていた。

「くぬ!」

「うんうん、こいつも頑張ってるし、俺はフィジカル鍛えられるしで良いトレーニングだ。けどなーガルド、お前はもう少し俺をイラっとさせてみろ。そうすればお前もあともう一段階強くなれるんだぜ? 大人の駆け引きってやつだよ」

「それ、煽ってるのか」

「へへっ、不慣れな感じで微笑ましいけどな。もっと人を馬鹿にしたような言い方してみろって」

「ロールプレイにリアルを求めすぎ」

「いや、いつかきっと役に立つ」

 敵を一撃で吹っ飛ばし、くるりとハンマーを構え直してバックステップで距離を取ってから榎本が続けた。

「一人一人あるピンポイントな地雷を踏みぬいてる暇なんてないんだよ、俺らは。世界大会は相手選手の研究ができた。前回覇者のデュアルマシューはデバフを必ず打ち消したがる上に、消したのを懲りずに掛けられるとカチンとくるナルシスト的最強野郎だったからな。俺らは奴の地雷を踏みに行けたわけだ」

 ロンド・ベルベットが敵視していた近接武器王者のデュアルマシューは「強い俺を邪魔されること」を嫌っていた。世界大会でのライバルである懐かしい人物名にガルドは目を細め、腕を剣に叩きつけて音を鳴らす。魚人間のような敵が降ってくる。

「犯人像が、まだ分からねぇ」

 榎本は声のトーンをガクンと落とした。柄の長いハンマーを槍のように敵へ突き、テコのように跳ね上げコンボを逃した。下がって一拍置き横向きにハンマーを構え直し、再度一から攻撃を始める。

「くわぁ」

 Aがか細く鳴いた。

「奴らと直接やり合う時、俺らは情報では戦えない。それは外の、阿国とディンクロン、あと三橋の言う『日電』の奴らがやってくれる。俺らなりの立ち向かい方は心理戦だ」

「心理戦」

「煽って、油断させて、情報を奪う!」

<不屈と言うのだろうね。彼のような思考は、オーナーが好むのでね>

<それが『情報』なの、分かってるのか? A>

 肩の黒いアヒルがこっそり教えてくるが、榎本には聞こえない。

「夜叉彦、お前少し俺のこと煽ってみろ」

「え? 俺、口で挑発するの苦手だけど」

「なんでもいいからほら」

<我々は淡々と行動するだけなのだがね>

 人間の感情を逆撫でするのは難しい。ガルドは苦手だ。だがAはそもそも感情を大きく揺り動かす存在ではない。肩に乗るアヒルは首をくるんと傾け、アーモンド型で何を考えているか分からない瞳をぱちくりさせた。

「じゃあ……」

 夜叉彦が少々言いよどみ、眉を小さくしかめた後、榎本の前進に合わせて半歩前へ進んだ。榎本の進行方向に被る。そのままどちらも譲らず、場所を奪い合う。

 リアルだったらドンと音を立ててぶつかるだろう。軽い方の夜叉彦が吹っ飛び転げる様子まで想像できた。夜叉彦と榎本は身体同士をすり抜けさせながら、互いを弾き出し合おうと足を進める。デジタルデータで出来たアバターならではの体当たりだ。数回なら気にならないが、ずっと付きまとわれるとうざったい。視界のポイントである目の部分が身体と重なればギザギザした輪郭線がずっと視界に入り込んでくるのだ。額の上がじりじり焦れるようなイラつきを思い出し、ガルドは冷静にメモを取った。

 ヒトの嫌がることをするのが煽りの基本。つまりは迷惑行為、嫌がらせの一種だ。ごく当たり前で初歩的なことだが、周囲の地雷プレイヤーがしていることを真似ることしかできなかったガルドにとって、格言に近い大きな一歩だった。

「お、いいねぇ」

「こんなことぐらいしか出来ないよ、俺」

「罵るのなんて煽るとイコールじゃねえんだし、そういうので全然いいって」

 同じギルド、同じパーティ扱いでフレンドリファイアは適用されない。夜叉彦と榎本は互いに競い合うようにして、しかし静かに一撃ずつ攻撃していた。

「どうだガルド、お前の図体なら邪魔できるだろ」

「……む」

 中距離用のスキルを一発撃つ。親指を鍔側にしたまま大剣を地面に差し込むように突き刺し、スキルツリーのスイッチである「バイクのハンドルをイメージ」して柄を回す。地面と剣との接触面から炎が噴き出し、一瞬貯めこんだようなエフェクトののち、ターゲットにしていた敵の足元からマグマのように赤色のエネルギーが噴き出た。細かい粒子が飛び散りながら吹き出す湿度の高そうな炎に、ガルドは活火山の映像を思い出す。

 だが遠い。敵とも仲間とも遠い。あまり面白くない。

<この脳波はイライラに間違いないのだがね、みずき>

<してない>

「ぐわわ?」

 まるで「ホントかね?」とでも言っているように聞こえる鳥の鳴き声をガルドはツンと無視しつつ、<中距離なら銃がいい>と答えた。もう一度スキルで支援しようと剣を浮かせたガルドの視界の先で、榎本が荒っぽく口を開けて「夜叉彦ー! さっさとしやがれ!」と叫ぶ。

「早いって榎本っ、うわーっ! 巻き込むなー!」

「ダメージ入ってないだろが」

「嬉しそうに範囲攻撃するなよ」

 離れたガルドにまで聞こえるほどの風切り音で榎本がスキルを使っている。普段なら通常攻撃コンボの一番最後に入れるものが、縛りプレイで唐突にトリガーを引かれ、夜叉彦は予測できず飛ぶ石の嵐に頭を抱えた。

「……自分なら分かる」

 行動に制限が出た際、榎本がどう思考し、なにをするのか。長年のカンでガルドは考えなくても分かる。夜叉彦がうまく合わせられていないのがじれったい。鈴音のMISIAとならばうまくコンビネーションが組めるだろうに、とガルドはむすっとした。

<みずき、キミの不調の原因を解析できないのだがね。一体何があったのかね?>

 ガルドは無表情で首を傾げた。

<分からないのかね? フム、困ったな>

 なぜ榎本だけでなく夜叉彦にまで攻撃的な気持ちを抱くのか、ガルドは自分でも不思議なほど分からなかった。


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