37 予測と連携
メロは、純粋な攻撃スキルより召喚魔法スキルを好んでいる。
詠唱時間として設けられたチャージ時間が非常に長く、周りのサポート無しではろくに使えないスキルばかりだ。
派手好きなメロは、派手であればあるほど好きだった。
そしてド派手な魔法をドカドカと使いたいがために、待ち時間が短くて済む「神の妻フェリシティの雷」という、ひどく奇抜な名前の召喚魔法スキルを愛用していた。
メロ愛用のこのスキルは、最初のエフェクトが敵に被ってからおよそ十七秒続く。全員が全員の所要時間を熟知していて、ロンド・ベルベットの強みの一つだった。
互いの戦略までも頭に叩き込む強固な連携。ガルドは仲間のプレイスタイルを熟知している自信があった。
体力がフルゲージの場合、榎本はチャージを行い大規模な攻撃を仕掛ける。夜叉彦は数歩下がりミドルレンジの居合斬りスキルを溜め始める。体力が低下している時、魔力ゲージがカラの時、敵のタイプ、武器、その日のテンションでも違う。
ガルドは仲間を感覚した。
榎本がどのスキルを使おうとして、そのスキルが完全に終わるまでの時間、それらを経験から弾き出す。この当てが外れることもたまにある。それもまたオンラインでのゲームをする楽しみの一つだ。
真面目な夜叉彦はいつも通り、安定したハズレのないスキルを選ぶだろう。それを榎本も知っているから、先に行くのは榎本の方。疲れているのもあり一番簡単なイメージで発動できるスキルを選ぶ。四秒くらいのものだろう。
榎本が打った後、夜叉彦の中距離スキルがそこに続く。榎本で四秒、夜叉彦で五秒。メロの攻撃終了から九秒後、合計で二十六秒のチャージ。自分が打てるスキルはなんだ。
「っし」
ガルドは円を描くように大きく大剣を地面沿いに滑らせた。
スキルは初動動作で選択することができる。この溜め動作で始まるスキルは、一つしかスキルツリーへセットしてこなかった。
エフェクトが瞬時に自動再生される。魔力を中央の宝玉に溜めるような輝きがぼうっと灯り、静かな水湖に雫が落ちるような音が響く。ガルドの周囲のフィールドBGMがボリュームダウンし、静寂が包んだ。
「ひゃっふー!」
静かな分よく響く。深夜テンションなのか、メロが楽しげに歓声をあげた。
敵の周囲では女神がくるくる回り、光を振りまきながらボコボコにキッチン用品を投げつけていた。この技はスタッフの夫婦喧嘩から生まれたらしく、女神が敵を旦那に見立てて攻撃する。おたまやフライパン、そこからデスクライトやソファ、冷蔵庫などの大型のものになってゆくのだが、フィニッシュに高級スポーツカーを投げるのがメロのお気に入りポイントだった。
日によってランダムで、今日は赤いオープンカーだ。爆散する。
すぐ榎本がハンマーを振り下ろした。ガルドの予想通り、プレイ初期に習得できる単純で短めなスキルを使用した攻撃だ。単純なハンマーの往復を三回、最後に敵をつぶすモーションで終わる。疲れているのだろう、無表情で淡々と攻撃する様子は榎本らしくなく違和感がある。
「行くよ?」
最後の一振りのヒットと同時に、すぐさま夜叉彦がスキルを起動した。中距離の居合斬りスキルは溜め時間を自分で調整できるため、こういった時間調整の時に夜叉彦がメインで使用しているものだ。
ダメージの通りは他のスキルと比較してお世辞にも良いとは言えない。だが、夜叉彦の真面目さと安定志向がこのスキルを選ばせる。そこは他のメンバーも尊重していた。
すぱっと鞘から抜いた刀の残像が、扇状に敵まで飛んで行く。チャージが長ければ、一度の居合いで何発も打ち出せた。今回は三重になった残像がイノシシに迫っていった。ヒット音も続けざまに三回鳴る。
スキルを溜めに溜めていたガルドは、いつもの黒く鈍い大剣に水をまとわせ、鎌状に形作っていた。
メロの魔法が始まってから、二人の攻撃が終了するまで。
相当なチャージ時間が確保出来る。だが1秒でも遅れてはならない。コンボが途切れる。妥協しても良いが、そこはゲーマーとして譲れないものがあった。仲間と作るコンボが自分のミスで崩れるのは、ガルドにとって寝起きを見られるよりもずっと恥ずかしいことだった。
無意識にガルドは歯を食いしばった。筋肉を使うわけではないゲーム内だが、「腕を思い切り横に振る」イメージが必要になる。歯を食いしばるというイメージがそこへ付随しているため、表情も合わせてモーションになってしまっていた。
ガルドは思い切り歯を食いしばる。眉間にシワがより、眉がなくなるほど彫りが深くなった。目を影させ眼光が光り、凶悪で迫力あるアバターフェイスになる。
「しぃっ!」
知らず声が出た。
フルスイングされた鎌で切り裂かれたイノシシが、大きく後ろに仰け反りひっくり返る。続けて振り上げた鎌を腹めがけて下ろそうとしたのだが、瞬間、爆発音とともにモンスターが弾け飛んだ。
嬉しいはずの撃破エフェクトに、ガルドは若干物足りなさを感じた。後ろで待機していたマグナの、同様に思ったであろう大きなため息が聞こえる。彼はチャージを済ませた弓矢を上空に打ち、攻撃を解除させた。
軽快なファンファーレが響く中、取得アイテム一覧を見ているぐったりとした夜叉彦にメロが近づき尋ねた。
「お疲れ~。どう?」
「えっと……あ! あった! きたきた!」
人差し指を横方向にスワイプしていた夜叉彦がピタリと手を止め、ぴょんと飛び跳ね歓声をあげた。夜叉彦だけが得られる報酬品はガルドたちには見えない。だが夜叉彦の喜びように、長い長いクエストが終わったことを知った。
「や、やっと終わったのか! よっしゃー!」
「お疲れ~!」
「このアイテム、スキル研究所に納品すればいいんだよな?」
「そうそう。晴れて俺たちの仲間入りってわけ」
「長かった」
「みんな、ありがとう! すごく助かった!」
「何、ギルド全体の利益を考えれば……」
システム画面を開いて見ると、時計は思ったよりも進んでいた。ガルドは一声離脱を伝え、砕け散るエフェクトとともにログアウトする。夜叉彦は早速研究所に向かい、ギルドホームやログアウトとそれぞれ別れた。




