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360 ぐわっ

「なっ!」

 榎本が驚愕に息をのむ声がし、ガルドの血の気がさっと引いた。知らなかったフリがいい。それならAを何か別の、例えばサルガスのような「謎のイレギュラーNPC」に仕立てあげることができる。むしろ自分は今まさに敵襲を受けているのだとアピールすら出来るだろう。ガルドは必死に頭をひねり、狸寝入りをした。肩が揺れるシルエットの動き、布ずれを最小限にした音、たまの身じろぎなどを再現する。

「……す、すう~」

 寝息も完璧だ。

 そうやってポジティブにもっていかないと、ガルドは本当に気が遠のいて気絶しそうだった。

「な……」

 Aは間に合わなかったらしい。脳内で「どうやって飛び起きるか」シミュレートする。

「な……!」

 そろそろいいだろうか。榎本の大声で今起きた風を装いながら、目をこすってよく見えていないアピールをする。ガルドはそっと身体に力んで入った力を少し抜き、布団の上を片目で覗き込んだ。

「なんじゃこりゃーっ!」

 榎本が笑いの混ざった声で叫ぶ。

「え?」

「だあっはははっ! なっ、なんだお前! ()()()()()!」

 場違いな感想と共に、榎本がガルドの隣へ手を伸ばした。腕で隠れて見えにくいが、腰を曲げて何かを持ち上げた榎本の仕草が視界の端に入り込む。

 黒っぽい何かが、ガルドのベッドから離れていった。

「え?」

 Aにしては小さすぎる。そもそもAは白衣を着ていて、ガルドからは白色で見えなければおかしい。なんとかなったのだろうか。ガルドは榎本がどんな様子か気になり、がっつりと目をあけて上体を起こした。

「なんだこれ。鳥か?」

 榎本がガルドのベッドサイドに立ち、黒く丸い塊を持ち上げている。首の座った幼子をたかいたかいするように何度か上げ下げした。

「とり?」

「おいガルド、どこでこんなの拾ってきたんだよ」

「ひろった?」

「お、マジで寝てたのか? 表情筋なくなってるぞ」

 ガルドを心配そうに見つめる榎本の腕の中で、黒い塊がくるりとガルドの方角へ頭をひっくり返した。底なし沼のような黒い目とガルドの目が合う。

「うわっ!」

「おおー、動くのか」

 くちばしがある。

 鈍いはちみつ色は、ガルドの髪色と同じだ。黒っぽい身体はよく見るとびっしり毛が生えている。

 おずおずと腕を伸ばして頭を触ると、タワシのような質感だった。硬い。色合いも黒鉄のような鈍い輝きを持っていて、まるでガルドが好む装備のようだ。

「くわぁ」

<みずき>

 声が被った。

「鳴いた!? へぇ、ペットNPCか!」

「うぐわわっ」

<キミが使っているガルドというアバターに施された容姿設定を、新発売の『マイ・スウィート・ペッツ!』で使用されている標準型ボディに落とし込んだのでね。どうだろう、似てるとは思わないかね?>

<どこがだ>

 Aだ。

 榎本に抱えられた鳥は、さっきまで隣でごろごろしていたパリコレモデル風の男らしい。目を見ればわかる。くちばしの上に二つ置かれた瞳はアーモンド型をしていて、ヒト型をしていた時とあまり変わっていない。

<それは……なんだ>

 黒い窓枠から文字を投げる。榎本には聞こえないようにこちらから話しかけたのだが、Aは鳴いた。

「くわっ、ぐわっ」

<これかね? アヒル型のタイプBでね>

「アヒル……なのか?」

 ガルドにはアヒルもガチョウも似たように思えるが、少なくとも黒いアヒルは想像できなかった。言われてもピンとこない。そもそもAの動物ボディはデフォルメされていて、黒タワシに羽の形で切り取った黒い発泡スチロールの板が刺さったような姿をしている。羽とは思えないオブジェクトの質感に、ガルドは「リアルなゆるキャラも考え物だ」とため息をついた。

「え、アヒルかぁ? 黒いからアレじゃないか? ほら、へそのあるやつ」

「……カモノハシはくちばしがもっとひらべっこい」

「そうか? じゃ、アヒルでいいか。で? どうしたんだこれ」

「……たっ」

「た?」

「卵、を……」

 咄嗟に思い出したのは、ソロ探索で先日まで滞在していた地下迷宮だった。

 最深部で阿国と婆やがゲート替わりに使ったオブジェクトは、巨大な卵の形をしていた。ヒビの入っていた頂上の部分まで行ったのはガルドだけで、中身はスクリーンショットで共有したものの、詳しくそこで何をしたのかまでは誰も知らない。

 何もしていない上にAの卵など見たこともないのだが、本当のことのようにガルドは取り繕った。

「ソロ探索の、ほら……」

「……ああ! 巨大卵! あそこに置いてあるのか?」

「う、ん」

 ロで嘘を言うのは苦手だ。ガルドは榎本の勘違いに頷くだけだが、Aが卵から孵った本当のペットなのだと思い込ませた。

「マジかよ。で、温めて孵したのか」

「そう」

 Aが突然現れた理由として、納得のいく理屈になるなら何でもよかった。ガルドはかけ布団をぽふぽふと持ち上げ、あたかも「この中で温めてました」と見えるジェスチャーをした。嘘だ。Aはずっとル・ラルブの温泉に浸かっていたはずだ。

「あ、様子がおかしかったの、コレのせいだな? おいおい、俺は別にペット禁止だなんて言わねぇよ」

 ガルドは榎本の新しい装備とボディを気恥ずかしさで直視できないだけなのだが、榎本は勘違いしたまま納得した。Aに視点を合わせてごまかしている。

「……二度寝してから、定例ミーティングで話す」

「いいんじゃね? あ、そうだそうだ。通信入れんなよ? アイツら驚かせようぜ!」

「意味あるか?」

「人生には驚きが必要だろ」

「……分かった」

「名前は?」

「A」

「エー? ふーん」

 興味なさそうに返事をしながら、榎本はAの身体をくるくる回して観察した。本当のアヒルとは程遠いデフオルメされた形状に、ガルドも少し興味がわく。くちばしは確かにカモノハシに見えなくもない大きさだ。黒々とした黒目と、鳥にしては見えすぎている白目がジッと榎本を見つめている。

「目線合わせのプログラムは距離と発言者で順位付けしてるみたいだな。アクション全部フルオートなのか? こう、『おすわり』とか『伏せ』とか」

「知らない」

「……俺の知ってるMMORPGのペットとは違うみたいだな」

 ガルドは起因ソフトが「マイ・スウィーツ・ペッツ!」という新作だと聞いたが、Aによる情報だ。明かすつもりはない。ガルドも榎本へ揃えるように、ペットが「RPGのペットじゃないのは確か」とだけ口にした。

「ってことは、調理シミュレータと同じで飼育シミュレータってことか。で、入手方法は『ダンジョン型エリア・氷結晶城地下迷宮最深部の巨大卵に登れ』ってか」

 しまった。

 ガルドはまた背筋をぞっとさせた。登ってもなにもならない。これはAで、Aがガルドの側にいるのは別の理由がある。しかし榎本の言い方では、誰でも登れば卵が手に入れられるようなニュアンスになっている。

「さ、さあ……もう、ないかも」

「くわっ」

<心拍の急上昇を感知>

「ないか? いや、行ってみないと分からねぇって」

<原因を排除しようかね>

 羽をバタつかせたAが、榎本の鼻に勢いよく噛みついた。

「くわーっ!」

「ぐわぁーっ! 噛みやがったな!?」

「くけけ」

「うわっ、笑ってやがるコイツ! このっ!」

 榎本がAを放り投げる。少し上空をばたばたとホバリングしてから、Aはタワシのボールのような身体をベッドの上に落ち着けた。

 羽を畳み、顔を上げる。

「ぐわ」

<安心したまえね>

「ムカつくっつーか、底の知れない目しやがって」

「ぐわぐわ」

<キミが想起した地点を座標データに出したのでね。この地点に汎用対話インターフェイスを設置したのでね。窓口としての運用、アイテム『新たなファミリー』を配布するNPCなのでね>

「変な顔! ガキの頃見たアニメに似てる。なんだっけ。ネコジル?」

<『マイ・スウィート・ペッツ!』の管轄は別の『コンタクター』が執り行うのでね。おっと、ボクは少し引継ぎにリソースを割くのでね。少々スリープにて失礼するがね>

 まるでスイッチを切ったように、アヒルは突然目を閉じて羽をたたんだ。

「お? ずいぶん急に寝るんだな」

 榎本が呆れている。そしてなぜかガルドの天蓋の中に我が物顔で入り込み、眠るAの脇めがけ、榎本は突然ベッドへ腹からダイブした。

 羊の毛に近い素材をかき集めて作ったベッドはスプリングが入っておらず、低反発マットレスのようにじんわりと潰れていく。

 榎本の重みでベッドがすり鉢状になっていき、アヒルは斜めになったベッドの上をころんと転がった。榎本がそれを見て笑い、アヒルの尻を指で突っつく。黒アヒルは、それでもぐうぐう寝続けた。鼻息がぶすぶすと音を立てていて、あからさまに熟睡モーションへと切り替わっている。

 確かにAは今までも時折、ガルドからすれば無言になったとしか聞こえなかったが、少し手を抜く時間があった。人間で言えば席を立ったようなものだろう。モニタしているこちら側から目をずらし、別の仕事に注力している。リアル側で仲間同士、卵の管理を話し合っているのだろう。

 別のコンタクターがとうとう動くらしい。ガルドはごくりと生唾を飲む。表に出るか出ないかはともかくとして、Aのような特殊な者がこの世界に手を出してくるのだ。

 ガルドはぶるりと震えた。

 敵なら完膚なきまで叩き潰す。目論見を潰す。

 出来るなら次のコンタクターもこちら側の味方にしたい。A01と呼ばれている田岡のコンタクター・サルガスに比べて、BJ01と呼ばれるガルドに与えられたコンタクターのAは、明らかに様子がおかしい。それが被験体グループAJとBJの違いなのか、Aだけが特殊なのか、卵を管理するAIの受け答えで判明するのだ。可能ならAのように、本来の使命より自分たち個人個人を優先してくれれば文句なしの勝利フラグである。

 勝負所だ。ガルドは悪寒のような武者震いを抑えるため、ベッドに膝をついて布団を引っ張った。

「お?」

 黒タワシがころんころんとベッドの開へ動くと同時に、布団がピンと張る。だが重いものがあって布団が巻けない。重すぎる障害物をはねのけようと布団を数回はためかせるが、動く気配もない。

「……二度寝する」

「おう」

「……じゃま」

 榎本がベッドを半分占領したまま動かない。

「いや~、なんか調子悪そうだから気になってな~」

 けらけらと笑う榎本はワザと茶化しているのがあからさまで、ガルドは奥に真剣な様子をすぐさま感じ取った。一応くぎを刺すが、自室へ割り込まれるのはガルド自身もあまり気にしていない。

「プライバシー」

「俺とお前の仲だろ?」

「一応ここベッド」

「雑魚寝くらいしょっちゅうだろうが」

 温泉はあんなに頑なに拒否したのに。ガルドはジト目で榎本を不満げに見る。

「……こうでもしないと逃げるだろ、お前」

 寝転がったまま真っ向から、榎本はガルドの目を覗き込んでくる。言いたいことは、分からなくはない。地下迷宮最奥から帰還してからガルドは、少しだけ榎本を避けている。

「逃げない」

「逃げれない、だろ?」

 ガルドが掴む布団の反対側を、榎本もがっしりと両手で掴んで笑った。



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