36 弾き、庇う
「チャフ行くよ~」
接敵する前にメロが杖を振る。質素なエフェクトとともに、小さな金属片がひらひらと舞った。
MPを消費して行うのが魔法スキルだが、メロはその中でも高威力で燃費の悪い技を愛用している。フロキリでは、MPは時間経過で一定のパーセンテージずつ回復してゆく。
だが回復スピードを上回る技を多用するため、MP消費の少ないつなぎの技もスキルツリーにセットしていた。チャフはつなぎの一つで、敵のロックオンを阻害する効果を持つ。
「どっこいしょーっと」
モーションに合わせて榎本が掛け声をあげた。アイテム袋から取り出し、スイッチを入れて床に刺す。設置型の罠だ。針が飛び出すギミックのタイプで、しばらくモンスターの動きを封じる。本来はターゲットに気づかれないようにこっそり設置すべきところなのだが、チャフの効果で堂々と前から足元へ滑り込んだ。
チャフの中で敵イノシシは全範囲攻撃のみ行う。ただし、この全範囲攻撃が厄介なモンスターにはこの戦法は逆効果だ。そうした個々のモンスター情報は必須だった。
モーターのような機械音と共に、針が勢いよく突き出てくる。ブタに近い悲鳴をあげながらイノシシが動きを止めた。
「エンゲージっ!」
「同じく」
見計らうように、最前線を走っていた夜叉彦が颯爽と飛びかかった。ガルドも続く。刀と大剣を一気に叩き込み、罠で引っかかったままのイノシシがバタバタと被ダメージアクションをした。
後方では、弓を構えたマグナが追い上げてきている。
徐々に弓に力が入り引き伸ばされ、矢先には赤い光のエフェクトが灯った。派手な立ち回りがない弓のチャージだが、前衛武器と比較しても遜色ない攻撃力が売りだ。ただしチャージ時間が他の武器に比べて長く設定されており、任意の発射角度に設定することができる。
マグナが好むのは湾曲射撃で、よく「ミサイルのようで美しい」と形容していた。ガルドには理解し難いが、仲間の趣味趣向は尊いものだと思っていた。
「合わせる」
マグナの声が聞こえ、ガルドは一つ頷いた。そのまま剣を振るう。
ガルドのクリティカルが敵の右足にヒットした瞬間、マグナの矢が同じ部分に突き刺さる。二秒ほど刺さったままになるその矢めがけて、夜叉彦が刀を一閃した。
数字には現れないものの、コンボを狙い前衛・後衛で同じ部位を狙うのは常套手段だ。ただし前衛が同じエリアにたむろすると邪魔になるため、基本的に前衛のち後衛の攻撃、また前衛とローテーションで攻撃してゆく。
「榎本」
「へいよー!」
榎本を呼ぶ。颯爽とガルドを追い越しハンマーを引っ掛けたまま接敵し、軽いチャージに入った。
すかさずイノシシが頭を振り上げ攻撃してくる。開始時にかけていたメロのチャフはとうに効果が切れており、ターゲットに定めた榎本を凝視していた。ガルドはすかさず動く。
モンスターのヘイト値、つまり「ターゲットとして狙う際の参考数値」はプレイヤー側の行動で弾き出される。攻撃力がずば抜けて高いプレイヤーや、ひっきりなしにチクチクと攻撃しているプレイヤー、そして音の鳴るプレイヤーが主だ。魔法職の火力が大きい場合、前衛の近距離職がわざとヘイトを稼がなければならない。
戦闘開始直後で罠のダメージが一番大きい今、設置者の榎本がターゲット第一位になる。
ぎょろりとしたイノシシの目と、榎本の前に出て防衛に入ったガルドの目がピタリと合った。
一瞬の静けさの後、ガルドが一手先に動く。
「ふんっ!」
男らしい一声とともに、ガルドがイノシシのキバ通常攻撃を剣で弾き、すかさず剣を翻し一閃。通常攻撃の効果音が心地よく響いた。
多少ひるむものの、イノシシは再度榎本を狙って攻撃を再開してきた。ヘイトは相変わらず榎本が釣っているようで、ガルドは変わらず榎本の前に立ち続ける。
大きく顎のキバを振り上げたモーションを見極め、ガルドが再度剣でタイミングよく弾いた。
「お待たせ~」
「ん」
後方のメロが長いチャージを終え、魔法スキルを発動させようとしていた。虹色のエフェクトを杖にまとわせ、メロ自体も同系色の光に包まれている。そして鳥の付いているド派手な杖を振り上げた。
まばゆい光とともに、敵の直上に白い薄衣が舞う。白魚のようなすらりとした指先で敵を指す、美しい女神が現れた。
元のアルファポリス版より描写をあっさりしたものへと変更しています。




