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354 帰りたくない理由はそれぞれ

 曲がれないバイクは、当たり前だが一人乗りだ。そしてバイクはまだ三台しか出来ていなかった。

 乗って来た即席イレギュラー討伐組は、実地試験も兼ねて直線しか走れないドラッグバイクをかっ飛ばしてきたらしい。とにかく接近戦でこれ以上ないほどの能力を持つ榎本一人辿り着いてくれればいい。後は遠距離か回復職が一枚いれば、現場のメンバーでなんとかする。そんなガルドの注文通り、榎本の他に二人だけ加わって来た。

 確かに氷結晶城からダンジョン・地下迷宮はほど近いが、迷宮内部は曲がり角だらけだ。どうやって来たのか聞けば、なんと律儀に押してきたらしい。

「帰りは出口まで一瞬だからいいけどな」

「……丁度いい。交代だ。二人抜いて二人入れて、もう一度ボスにトライする」

「……二人抜く? まじで?」

「五人抜いて、三人追加の到着を待ってもいい」

 ガルドがそう言って熱海湖からJINGOまでを指差すと、ソロ討伐のハイテンションなメンバーが小学生のように幼稚な雄たけびで非難を示した。

「BOOO! 帰んのかよ、ボスどうしたよ!」

「ええーっ!? 終わりぃ~!?」

「え、戻んのかよ! んでコイツらが代わりかよ!」

「ありえねーって大将ー」

「閣下はどうするんです? 閣下どっちもメンバーですよね!? じゃ僕も残りますしぃー!」

「成果がなかったのは悪いことじゃないぞぉ? アタシたちのせいでも、もちろんガルドのせいでもないんだぞ~?」

 熱海湖がガルドの背中をバンバンと叩く。

「……戻る意味もない」

「閣下、労働基準法違反っす」

「働いてるわけじゃない」

「うう、だったら僕ら全員残るっす~」

 ボートウィグは膨れ顔を続けた。

「いや別にリトライはいいっすよ? でも僕ら交代なんて嬉しくないっす!」

 ボートウィグの言葉に合わせて、有限公司が鬼の面をデフォルメ化した吹き出しアイコンを表示した。一緒に怒っているらしい。だが、アバター側の表情に変化はない。

「おいライバル、お前も何か言ったらどうだ」

 一歩離れたところでソロ探索第一陣メンバーの騒ぎを眺めていた雅炎(がえん)が、同じくバイクを整備していた榎本へ声をかけた。

 ガルドは「味方になれ、こいつら連れて帰れ」と目線で訴える。

「……あ?」

「なんだよ心ここにあらずってか?」

「え、あーすまん、なんだ?」

 榎本は雅炎の言う通り、気がそぞろで話を全く聞いていなかった。

<なんであんな、嘘だろ?>

<榎本、雅炎が話しかけてる>

 無声の通信会話は続いている。ガルドと榎本二人だけのチャットルームだ。

<あんな、だって予想外すぎるだろ!?>

<分かってる。自分たちは甘かった。同じ穴のムジナ>

<嬉しくねぇなぁオイ>

 榎本の気がそぞろなのは、先ほどの雑談で判明した「帰還を強く望んでいない組」の存在のことだ。

 ガルドはロからの発言と榎本との無声チャット発言を行いながら、三重のタスクで会話をもう一つ始めた。黒いUIが、榎本とガルドの間を栓する壁のように現れる。

<A>

<フム、先ほどからBJ02(榎本)のバイタルが波打っているのだがね>

<その件。被害者になるかならないかの線引き、たまたまだったんじゃないのか>

<物理的に確保してきたチームのことは知らないのだがね。対象者リスト、詳しい情報を隠して渡したはずなのでね。キミ以下六名だけだがね>

<……なら、現実世界に悲観しているプレイヤーの比率が高すぎるのは何故だ>

<フム>

 変な声をだしたAに考えさせておきつつ、ソロ探索の顔ぶれが上げる不満に答えていく。

「まだあと三週間はイケる。アンタの顔が般若に歪むのは楽しいからな」

「ゲス」

「帰っても美味しいビーフジャーキー居ないしぃ、やるなら実のある搾取がいいね!」

「ゲス」

「戻ると参謀(マグナ)に怒られるばっかでヤなんだよなー」

「怒られることをする方が悪い」

「(巨乳キャラの水着姿が微笑むスタンプアイコン)(美形エルフキャラが白い歯を見せて微笑むスタンプアイコン)」

「……活躍して、モテたい、か?」

「(信徒の塔にいるサル型モンスターが足だけで拍手するアイコン)」

「素直だな」

「閣下! 閣下一! 不肖ボートウィグ、どこまでもお供するっす! だから捨てないでほしいっすぅぅぅ……捨てないでぇ~!」

「分かった分かった」

 仲間たちは「はぐれた仲間のために」や「役に立ちたくて」といった、普通の人間ならばここで出るべき聞きたいセリフをカスリもせず、ただ自己中心的な発言ばかりこぼした。

 心への細やかな配慮が苦手なガルドにとっては逆にやりやすいが、進軍先から帰らせるのが難しい理由ばかりだった。逆に雅炎やもう一人のイレギュラー即席対応チームメンバーは、あからさまに「城に帰りたい」という顔をしている。

 ガルドは、どちらかといえばソロ探索組と同じだ。帰れないことへのストレスはあまりない。

 この数週間で密に過ごした仲間たちも、本気で氷結晶城に戻って過ごす日々を「つまらない」と思っているらしい。ボートウィグは命じればなんとでもなるのでさておき、リーダーとしてガルドは他の四人をきっちり交代させ、ゆっくりと休ませたかった。

「なぁ、大将……ソロ探索・施策のリーダーはアンタだ。そのアンタに決定権があるから、これはオレからの、単なる独り言として聞いてほしいんだが」

 周囲には聞こえないよう小声で言いながら、雅炎が神妙な顔つきをして一歩近付いてきた。整えられた鼻下とアゴ全体を覆うヒゲと、ガルドより細身だが立派な体躯が迫るのは確かに威圧感がある。自分も周囲からはそう見えているのだとガルドは参考にしつつ、隣に立つ榎本との会話も続けている。

<コイツらも俺らと同じ、フロキリの最期を見届けられることに『幸せ』を覚えてる奴らだったんだ>

「オレらには趣味がある。ゲームの他に好きなものってのが判明してるんだ。だがそっちのは……」

 榎本と雅炎の声が揃う。

<社会不適合者、だな。そいつらも、俺らも>

「社会不適合者だ。普通の人生を捨て、ゲームにどっぷり浸かった人生を選んだ猛者(もさ)。おっと、アンタもだな。蔑むつもりじゃない、むしろ憧れと尊敬の対象さ」

「……ひどい言われようだ」

 ガルドはじと目で、雅炎と榎本をゆっくり数秒かけて睨んだ。



 結局バイクを引きずりながら、全員で帰路へつくこととなった。

 ぐだぐだ進退を決めかねているのだと報告した通信で返って来た、マグナの鋭いがテキパキとした声……「イレギュラーがいないのなら誰でもいいだろう! 第二次地下迷宮ソロ探索班は夜叉彦引率の鈴音メインに交代! ガルドは帰還だ! 阿国の件を事細かに洗いざらい喋ってもらうぞ!」という命令に、ガルドは仕方ないと素直に帰還を選んだのだった。

 正確には全員がリーダーであって、これは命令ではない。だが、確かにマグナの言う通りだ。ガルドも納得した上で、責任を逃れたい一心で「マグナが帰れと言ってる」とだけ指示する。

 面白いことに、あれだけごねていた全員が素直に引き下がった。

「だって参謀と衝突したら面白いこと禁止されちまうし」

 DBBは全く懲りていない。

「ガルドが頭張ってるから面白いんだよなぁ。アンタが戻るなら戻るぜ。夜叉彦の奴、あれで結構表情変わらないし……鈴音連中ン中にMISIAが居たら最悪だわ」

 JINGOがガルドを見てまたうっそりと笑うが、素直に帰還へ応じてくれるということだろう。根から悪い男ではないのを知っているガルドは思わず見直すが、そもそも人が苦しんでいるのを見て喜ぶ性癖は迷惑以外のなにものでもない。

「夜叉彦くん来るの!? え、アタシも第二次に入っとるんのかのぅ!? のうマグナ!」

<……連続での『出張』は認められん>

「っあああ! あーー!! なにそれ! ガキがでしゃばってんじゃないよ!」

<お前、それでよく鈴音の一員を名乗れるな>

「大丈夫だマグナ。熱海湖は引っ込み思案」

「も、もうっ! ガルドってばぁ、内緒にしててよぉ~」

<……やる気があるなら歓迎だがな。一度城で二日休みを取れ。その後追いかけて合流なら構わない>

「っしゃー!!」

 どうやら決着がついたらしい。ガルドは目を伏せた。センチメンタル熱海湖は自分が好かれない性格だと理解していて、好かれたい相手の前では一言も発せなくなるほど固まる人物だ。腕は確かな無口プレイヤーとして夜叉彦には頼られている。素の熱海湖がこれほど苛烈なネカマだと秘密にしているつもりはないが、夜叉彦には「嘘だぁ、見たことないよ? いい子じゃないか、熱海ちゃん」と信じられていない。

「公司もボートウィグもいいか?」

「もっちろんです閣下! 閣下が戻って先導組の事務所に詰めるなら、もちろんお茶くみからカタモミまで!」

「要らない、榎本の方に戻れ」

 ボートウィグは拉致前から機械工を仕事にしていた。今やバイク制作チームを引っ張る主要陣の一角を担う大事な人材で、ガルドは「ランチと夕食時に来てくれればいい」とこぼす。どちらかと言えば、寝食を忘れるマグナの元から逃げる口実を作って欲しかった。

「っはは一っ! お任せを一っ!」

「なにこのテンション」と榎本。

「公司は戻ったらジャスティンくんの支援だっけ。戦いまくれていいじゃない」

 熱海湖が言う。公司はゴリラが群れてダンスを踊っているスタンプを送ってきた。むさ苦しい、と言いたいのだろう。

「……男ばっかりなのは諦めろ。つーか、ここもだ」

「アタシは?」

「っせーすっこんでろジジイ」

「かー言ったな!? 言ったなこいつ!」

「武勇伝引っ提げて戻ればモテるって、安直すぎるなぁ」

 公司の無垢な持論を大人の余裕で笑う周囲を見ながら、ガルドは<第一次ソロ探索、全員帰還する>と報告を上げた。



 帰りは簡単だ。ボス部屋を通過した先に転送装置がある。

 クラムベリから人魚島へ行くルートと同じシステムを使っているらしく、突然グレイマンが立っていたのには大層驚いた。

「上 へ 参ります」

「エレベーターガールかよ」

 すぐさま引きずるバイクもろとも全員が入り口まで移され、暗く湿っぽい風景がガラリと変わり、白い雪原と高く白んだ空へと変わった。

 眩しい。強すぎる白に目を細める。

「外だー!」

「空〜!」

「へへっ、いいもんだな」

 久しぶりの外だ。ガルド以下ソロ探索メンバーが解放感に声を上げた。

<キミの指示に従い、調べたがね>

 黒い枠からのそりと、白い文字でAが話しかけてくる。

<君たちを選んだ理由は明確だが、現場では代替生体を回収するため、やたらめったら捕まえられる人間を捕まえた……らしいのでね。意図などなさそうだがね?>

<ランダムにしては、ゲームへの依存が強い人間が多すぎる>

<キミ達に関しての条件は明言できるがね、その他の代替生体に関してはボクがいるこの施設とは別の目的があるのでね。そもそも別の国の人間が担当しているのでね>

<さっきから出てる代替生体、何の意味だ>

<フム。汎用の日本語ではなかったかね? 分かりやすい言い方を検索する……ヒット。野球の『補欠打者』が近いかね?>

 自分たちが「故障」したときの補欠ということだろう。随分と胸糞悪いことを聞いてしまった。ガルドは最後尾をとぼとぼ歩きながら、Aに聞き続けた。

<自分たちを狙った条件は、言えるのか>

<言えるのだがね、言わないがね>

 ぬか喜びだ。ガルドはなおさら機嫌を悪くしながら歩く。

 ずぼ、ずぼと雪を踏む感覚が久しぶりで心地よいが、それを打ち消すどんよりとした気持ちが背中を丸めた。

<雪が好き、とか>

<おお、近いがね。もっと物質ではなく状況なのだがね>

<はぁ……>

<身体と精神が剥がれているその場所は、来たる将来必要なものなのでね>

 初めて聞く表現に、ガルドは直感的な嫌悪感を覚えた。

<剥がれる……随分オカルトな言い方だ>

<オカルトはダメかね? ヒトは有史以来、呪いや神を引き合いに出されると受け入れるのだがね。呪術や宗教は言語として選択肢の一つだと思うがね>

<今の価値観でそれは無理。歴史から学ぶのはいい。そのまま宗教まで応用なんて無謀だ>

<キミの世代、キミの価値観で『肉体と精神』はどうなっているのか、ぜひ聞きたいのだがね。みずき>

 名前を呼ぶなど全く卑怯なことをする。Aは普段と全く変わらないトーンでべらべら喋っているが、どことなく面白がっているようにガルドには聞こえた。

<心と体が分かれているココと、自分たちロンベル六人。何が関係ある。普通の会社員と普通の女子高生だ>

<普通? その中央値を示す言葉にキミ達が当てはまるのであれば、もっと条件に適した被検体がいたことだろうがね。あと数万人くらい>

<条件が分からない>

<言えないがね>

<なぜ。適当ではない、とは分かった。他の人間とならして上の方に自分たちがいるのは分かった。そこまでヒントを与えていてなぜ>

<最初に言った通り、処分対象になりうるトリガー(引き金)なのでね>

 得られるはずのない情報を得た対象は、実験に適さない被検体として処分される。

 ガルドは顔がきゅっと縮こまる感覚に生唾を飲み込んで、仲間に悟られないよう表情のコントロールプログラムを這わせた。顔がすんと静かになる。

AJ01(田岡)から始まった。それはキミ達が自力でたどり着いた真実だ。そこから憶測を伸ばして考えるのを、ボクとしては推奨するがね>

 自分で考えろ、ヒントはある。Aはそう言っているらしい。ガルドは仲間の背中を見る。

 阿国たちへ伝言と指示は出せた。だが本当の目的、どこかで孤独に時間を過ごしているソロのプレイヤーたちは見つけられなかった。

 それでも前進している。全員背中はしゃきっと伸びていて、曲がって悔やんでいるのはガルドだけだ。

<お前はそう望んでいるのか。オーナーは>

<オーナーの指示には従わざるを得ないがね、それは『金銭』の動きが……お一っとっと>

<……おい>

 ガルドは耳を疑った。


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