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353 人間の優先順位、人生の優先順位

「阿国、久しぶりに見たし」

 DBBのつぶやきに公司が無言のまま何度も素早く頷いた。

「ああやってこっちに入ってこれるくらい、調査って進んでんだなぁ。こりゃ時間の問題、ってか?」

 雅炎が笑っている。表情は明るい。話の輪にいる面々全員が釣られてにっこりと笑い合った。

「阿国のやつ、心配してくれたのかね。わざわざ危険だって分かっててこっちに乗り込んできてさ」

「え、身体の方助けてくれないと意味なくない?」

 熱海湖が冷たく言い放つ。JINGOは呆れた声を出しつつガルドを指さした。

「ハー? コイツに会いたいだけだろ。ま、それで俺らが帰れるならなんだっていいけどな」

「確かに」

「ッハハ! 大将殿様々だなぁ。女ストーカーなんてヤベーのに取り憑かれても平気だなんて、まじコイツぐらいだわ……ッヒヒ」

 醜悪な顔で笑うエルフ種のJINGOに、ガルドはぎゅっと顔をしかめる。すると案の定、JINGOはニッタリと笑みを強めた。ガルドは無視することにし、榎本の脇に移動する。

「にしても、エリアのボスがいないなんてな。つまんねぇの」

「おかしいよねぇ、卵に還っちゃった?」

「バイクで頑張って来たのに。なんなんですか?」

 榎本と熱海湖、そしてイレギュラー対策で来た増援の男が卵の殻を見上げている。増援の男は手に大きな骨の塊を引きずっていた。ずりずりと床に当たる音がし、熱海湖が視線を骨へ向ける。

「あれー? それ完成品? すごーい!」

「ど、どうも……」

「気をつけろ陸、こいつネカマのじいさんだぞ」

「おっと! 危なかった~」

「やん、言わないでよ榎本くーん。え、全員これで来たのぉ!? すごいすごーい」

「まだ改良しないとコーナー曲がれないんですけどね」

「役立たずー」

「うっ!」

「クズだな、お前」

 ガルドは仲間たちのじゃれあいに似た口喧嘩を聞きながら、増援の男が持つ骨を見た。設計図は見ていたが、実際に組みあがっているのを見るのは初めてだった。動物の黄みがかった白い骨が鉄のジョイントで組まれている。大きな肩甲骨風の骨が二本、黒っぽい玉を挟み込んでいた。

 ガルドはまじまじと玉を見る。設計図を知っているガルドはタイヤの代替品だと分かっている。だが完全に球体だ。ボールにしてはぶよぶよとしていて気持ち悪い。色は青みがかった黒で、しかし透明感があり、葉脈に似た有機物的模様が這わされている。

 じっと見ていると、突然どくんと玉が脈動した。ぶるんぶるんと震えている。

「グロ……」

 思わずガルドは口癖をこぼした。

「こわっぱの癖に役立たずー。もっと成果見せろぉー」

 熱海湖はまだ言っている。

「……センチメンタルさんの叱咤、目が覚めそうですね」

「そんな優しくフォローすんの、イロモノギルドの中でもお前ぐらいだって。優しいと付け入られて後々痛い目見るぞ」

「そうそう、アタシみたいな蝶の女神にね!」

「蛾……」と榎本。

「いやチュパカブラだな」と雅炎。

「吸血鬼なんですか?」と増援の男。

「ぎゃ! どっちもいやじゃー!」

「唐突に爺だしてくるなっ!」

 熱海湖たちの話題に、阿国と外の世界のことがほとんどあがらない。それでいいのかとガルドは不思議に思った。

 相棒にそれとなく理由を聞こうとするが、その榎本本人も阿国のことをすっかり忘れてそれ以外の出来事を共有し合っている。

「バイクはこれで五割なんだよ。難しいんだぞ? 機械の無いファンタジー世界の装備分解して、ハンドル周りに近い形作るの」

「金属はあるけど機械じゃないんですよね……困りました」

 バイクを作っていた榎本とイレギュラー増援の男は、顔を見合わせて深くため息をついた。難儀しているらしい。熱海湖は空気を読まずわがままを言う。

「あれつけて。運転免許返納したからアタシ無理。乗れないんだもん。あれ。えっと……サイドカー!」

「サイドどころか縦も横もでかく伸ばすぜ? ゲーム世界なら空気抵抗も自重なんてのもないしな。つーか、返納した奴は大人しく車の後ろに乗れ。バイク欲しがるな」

「夜叉彦君とっ! タンデムシートに乗ってドライブー!」

「タンデムじゃねぇよ、あれは縦一列。サイドカーとか介護か? ん?」

 JINGOがニタニタ笑うが、熱海湖にはあまり通じていないらしい。

「女の子に厳しい奴じゃのぉ~」

「のじゃロリなってんなよジジイ。オキナの方がまだかわいい」

「そのオキナは騙されてくれるんだがのぅ~」

 笑いながら老人のフリをする熱海湖に、榎本が大きなため息をついた。

「はぁ……頼むから少しロールしてくれよ。かわいい顔してんだから」

「これで騙されるって、オキナさんってやっぱちょっとアホですね」

「でもダメアイツ弱くって。あっはは!」

「あんな低ランク帯のプレイヤーにまで寄生するとか、ほんと見上げたクズジジイだよお前」

「かわいい初心者の女の子見つけるたんびに大興奮する榎本には言われたくない。お前、オキナ以下。お前、女の敵」

「んだとこのやろ」

「お前、見る目ナシ。アタシをネカマと見抜けないなんて、ホント節穴節穴」

 榎本がからかわれている。

 そういえば最初は勘違いしていたのだ。センチメンタル熱海湖のリアルを女だと思い込み、あれやこれやと積極的に支援していたことを思い出す。かなり前の話だ。まだネタにされていることにガルドは笑いが隠せない。

「っくく」

「なっ!? くそ、こいつ!」

 握りこぶしを振り上げ、榎本が熱海湖を追いかけ始める。

「きゃーこわーい! ガルド助けろー!」

 熱海湖がガルドの背中に隠れた。

「榎本」

「俺かよ!? あー、ガルド? お前なんでそんな熱海と仲いいんだ? コイツといい阿国といいボートウィグといい、お前ちょっと粘着に甘いぞ」

「実害がない」

「阿国の住所割れ、実害だろ」

「だからあの時はしばらく無視して……ああ、阿国の」

「ん?」

「あれしか話せなかった……」

「なにがだよ? 十分無茶な注文投げたじゃねぇか」

「無茶ぶりばかりして、詳しく聞き出せなかった」

「外の情報? いらねーよ、関係ねぇし」

 それはガルドにとって予想外な答えだった。

「え」

「俺らが阿国から根掘り葉掘り聞こうとしなかったの、不思議か?」

 それはそうだ。ガルドは素直にこっくりと頷く。

「えー? ガルド意外とパンピー(一般人)的」

「ぱ……」

「大将っぽくねぇな。いや、大将ほどのやりこみ具合では常識的、ってのが正解か?」

「そうですね、意外です」

 雅炎や増援の男にまで言われ、ガルドはおろおろと相棒に助けを求めた。意図がよく分からない。

「俺の相棒は人間捨ててないんだよ」

 周囲の顔ぶれが揃って納得したように頷いている。

「なるほど」

「やりこんでて一般人の感覚残してるなんて、ゲーマーとしては珍しいな」

「未熟とも言える。狂い度合いがまだ浅い」

「だから面白いんだけどなぁ。っひひ!」

 JINGOが声に出して笑った。榎本は遠い目をしている。年齢のことを知っている榎本は、おそらく「坊やだからさ」と思っているに違いない。

「心配して言ってる……」

 ガルドは段々と腹が立ってきた。

「ご、ごめんって……」

「怒ってるのか? 相棒」

「流石に帰りたいだろう」

「まーね。阿国が頑張ってるの、伝わって来たし」

「それは同感」

「ガルドさんが心配するほど、我々ロクな人間じゃないってことですよ」

「日本が今、どうなってるかとかは……」

「そりゃあニュースサイトがあれば読みたいし、ブルーホールだって行きたいけどね」

「触れもしないゲームのアップデート情報聞いたって、プレイしたくなるだけですし」

 まさにゲーマー的な発言だ。気持ちは分かるが、JINGOや熱海湖はともかく、増援で来た男のようなヴァーツや鈴音までもがそこまで狂っているとは思いたくなかった。

「つまりお家帰りたくなるってこと! だからそんなに聞きたくないし、知りたくないよ」

「オレらだって、こう見えて俗世についていけないクズの集まりなんだぜ?」

「雅炎はまだいい。ワシ、ずっとヒモの主夫じゃったから……」

「うわ、なにがセンチメンタルだ。ヒモでフルダイバーなんて金の搾取もいいところだぞ」

 雅炎が辛らつに熱海湖をなじるが、周囲の面々はうんうんと頷いていた。

「……こっちからの、メッセージは。何もしてない」

 自分本位な男たちが揃っているからこそ口に出来ることだが、ガルドは自分のことで手一杯だった。

 ディンクロンと拉致直前に会話し「遺言」を残せたガルドたちロンベル六人と違い、熱海湖や彼らは残してきた家族になにも伝えられていない。田岡の伝言は順番待ちだ。

 だがガルドの心配をよそに、相棒が胸を張って笑った。

「っへへ! 心配すんなって、相棒! マグナがまとめてた『ボトルメール』阿国の奴に送信しといたからな」

 なんのことか分からずきょとんとしていると、ガルドの周囲がワッと拍手する。

「おー! 榎本やれば出来る奴だった!」

「アナクロな長文メッセージでも、なんもないより良いでしょうね」

「っへー、いつのまにー?」

「つっても、全部じゃない。まだ取りまとめ終わってないとかでな、重要度高めの奴らだけとにかく送れとか言われたんだが」

「重要度?」

 ガルドは、鈴音やヴァーツら一般プレイヤーたちに周知がいっているらしいボトルメールについてあまり詳しくなかった。榎本も同じようで一緒に首をかしげている。

「ええっと、確か『扶養親族あり』と『25歳以下』だったかな?」

「次が『老年の両親持ち』、『高齢者』『家庭持ち』で……『独身』は最後」

「んなあからさまな差別を……マグナのやろぉ!」

 榎本が怒っている。

「いやいや、当たり前のことだから」

「早くソロのみんな探したかったのって、そこなんですよ。差別とかじゃないですって」 増援の男が榎本をなだめた。ガルドは一人、何の思いも抱かず様子を眺める。

「そうなんだよなぁ」

 雅炎が遠い目をして卵の殻を見た。

「スーツの兄ちゃんが送ってくれた名簿のソロプレイヤー、確か『プレイ時間捻出できない組』も混ざってたぜ。見ただろ?」

「ソロ組を回収すんのは当たり前だ。別に家庭持ちだから急ぐんじゃねぇよ。全く、マグナもぷっとんも何考えてんだ? 基本的人権ってやつだろうが」

「アタシたちは文句ないんだけど」

「熱海湖はご本人が老年だからだろ」

「言ったなー!?」

「まぁまぁ。ほら、イレギュラー選抜の私たちも、そっちのソロ探査選抜のみなさんも、人生棒に振ったハードなゲーマー揃いですし。鈴音のようなライトなミーハーでも、フルダイブプレイヤーならそれなりに一般からはずれてますし」

 ガルドはマグナたちの順位付けに何も思わなかったが、不平不満が出ない理由には眉間にしわを寄せた。

「……人生を、棒に?」

「大将たちだって犠牲にしてきたろ? リアルなんてどーでもいーってな」

 雅炎が悲しげに笑う。後を珍しくJINGOが継いだ。

「なら『比較すれば人生捨てたもんじゃないと思ってるやつら』の方が人間的に優れてるだろ」

 ガルドは「そうじゃない」と口にしようとイメージしたが、入力が弾かれる感覚を口に受けた。寒いところでかじかんで動かなくなるような鈍さだ。脳と言語化の接続が切れている。

<A>

<彼に言ったところで仕方がないと、ボクなら判断するがね>

<ム>

 ガルドはAの思考が理にかなっているとは思えた。だが心情が追いつかない。優劣などあるわけがない。表向き差別が消え、利権が平等になり、暗黙の了解を否定し公然と毅然であるのがカッコいいと思っている世代の若者・ガルドにとって、誰もかれもが年上のこの世界で、そうした優劣が「しょうがない」となっていること自体が怒りの対象だ。

 現場を見つけたら即座に文句を言いたい。今などまさに文句を言って是正したいタイミングだ。

 だが彼一人二人に言ったところで改善などされないだろう。根っこは深い。そんなことは分かっている。だが、ガルドは不満を隠したくなかった。

<それでも>

<キミは率いる立場だがね。小言を言う立場ではないのでね>

<どっちも、どうでもいい>

<ま、言おうとしたところで無駄だがね。ボクとしてはキミの意見を尊重したいのでね、少し戦略を立ててから対処するといいがね>

 不満はあるが、理屈も分かる。ガルドは今だけ大人しく口を閉じることにした。

「そういやいつのまにフレンドになってたんだぁ? 榎本」

「そうそう。アタシたちこの場にいる全員、多分阿国のことブロックしてるよ?」

 雅炎と熱海湖が不思議そうに首を傾げた。

「うっ!? いや、ほら……空港の時の、警備の件で……」

 榎本は語尾を濁した。ガルドも顔を青くする。

 そうだ、榎本はガルドが女だとバレないよう動いてくれていたのだ。失念していた。ガルドは既にガルドで、佐野みずきだったころのことを過去として切り分け始めていた。

「空港?」

「警備?」

「……オレンジカウチの件だ」

「ああ~」

 ぽん、と熱海湖が手を打つ。

「阿国が良くてOC(オレンジカウチ)がダメなんですか? 変なの」

「なんか、懐かしい名前だな。阿国とかOCとか、ガルド周りは大変だねぇ」

「空港行かなきゃよかったけど、それはそれで大変そうだ」

「そう言われれば、向こうはどうなってるだろうな。俺たち居なくなって阿鼻叫喚?」

 有限公司が文字を頭の上にコメントアップした。

<もしオレが外で、アイツラが中なら>

「……ウハウハだよなぁ!」

「ランカーが減ったら『ザマァwww』とか言うに決まってる」

 同情の声をあげた雅炎と熱海湖に、ガルドはため息で返事をした。阿国もオレンジカウチも癖のあるプレイヤーだが、被害者の立場にあるガルド本人は、彼らを悪人だとは思っていなかったのだ。

 今回の事件以降、ガルドは直視しなければならない社会と大人の仕組みを裁かなければならなくなった。阿国へリーダーシップをふるい、オレンジカウチを悪い存在だと判断する。これが大人の世界なのかとガルドは少々落胆していた。

 もっとグレイッシュなあいまいさを残して生きていきたい。

 それが許されるのは被保護の間だけなのだと、やっと分かってきたところだった。

「空港行かなきゃよかったけど、って言った? それはそれで耐えられないってば」

 熱海湖がしみじみと首を横にふった。

「耐えられない?」

「もぉガルドってば~。他のタイトルに今更殴り込むとでも思ってんの?」

「俺はどうしようかな。引退するか」

「まじかよ雅炎の兄貴」

「寂しくなりますねぇ。目いっぱいここで遊びまくりましょうね」

「てめーら、もっと引き留めるか別ゲー誘うかしろって!」

「え、好き好みあるし」

「フロキリっぽいタイトル作ってくれよ」

「無茶言わないでくださいよ」

「はーぁ。帰りたくねぇよー。ずっとフロキリでいいって」

「そうねー」

「遺憾ながらせめぎ合っていますね、帰りたいと帰りたくないって感じのサンドイッチ。フロキリが消えるのは残念ですし。最善はそりゃあ、ログインログアウトが自在になることですけど」

「あとこのバグなんとかしてくれ。ボス戦なくなったり、変なボス増えてたり」

「え、楽しいじゃあん」

「JINGOには聞いてない」

「公式の暴走アプデだと思えば」

「クソだなっ!」

 あっはっは、と会話をしていたメンバーが揃って笑った。

「……え?」

「え?」

 榎本とガルドは肩を並べ、よくわからないまま呆然と立ち尽くした。


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