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349 割れて出てきて、泣く女

 バチカン市国か。なるほど、とガルドは目を瞬かせた。

 信徒の塔を受け持つイタリアとバチカンが結託した結果、この船に田岡がやってきたのだろう。田岡の精神拉致計画はバチカン市国が担当していたということだろうか。誘拐監禁は年単位だった。田岡の身体は日本にあるまま、精神だけが長年囚われ続けている。

 精神と肉体。宗教家が好きそうなワードだ。

<卵は。グリーンランドは何が目的だ?>

<研究施設の規模は最大級だったのでね>

<だった?>

 過去形の言葉節にガルドは首を傾げた。

<全て燃えたがね>

<もえた? なぜ>

<ふむ、それはデータ不足でね。とにかく燃えたのだがね、延焼を免れた別部屋を今発見したのでね。そこから卵のデータだけが送信されているようだね>

 グリーンランドといえば。ガルドはぼんやりとイメージを膨らませる。犬ぞりだ。広大な白い大地を先住民が犬ぞりで駆けていく様が想像でき、ガルドは鼻を膨らませる。

 この世界に似ている気がする。

 山があるのかは分からないが、広大な雪のフィールドで構成されているフロキリに近い光景なのは間違いない。

 犯人の意図がそこにあるとすれば、フロキリを作った製作者か、もしくは雪景色に愛着を持つ人間だろう。立地など関係ない。ガルドはグリーンランドを選んだ人間に「同族の匂い」を感じ取った。

 Aは淡々と続けている。

<フム、送信主は我々とは別の……>

<A?>

<証跡。()、のようだがね>

<……A!>

<……>

<Aッ!>

 思考の海に沈んだAが返事をしなくなった。

「待たせたな!」

 相棒の声がガルドを現実へ引き戻す。地図を送信してからそれほど経っていないはずだが、もう到着したらしい。開発中のバイクで来たのだろうか。ガルドは目のピントを慌てて目の前の敵影に合わせる。

 見ると既に卵には、今にも真っ二つになりそうなほど大きなヒビが入っていた。

「遅い遅い!」

「このクエスト人数無制限みたいっす。あー、クエストって呼んでいいんすかね? ヘイト分散要因で僕らも入るっす! 閣下!」

「おいおい、んだこれ! 卵だぁ!? 産まれるってそういうことかよ……ガルド!」

 仲間の声がする。ガルドは聞こえなくなった声に返事を求めた。

<A、A! 誰だ、目的はなんだ! 敵!? お前のか!? こっちか!?>

「割れるーっ!」

「分散しろ、裏回れ! 回復二枚!」

「入ります!」

「閣下っ!」

「ガルド!」

 ばぎり、ぱきりと音がする。卵は大きく揺れ、ガルドたちが剣を握るより先に鳴き声をあげた。

「あぁん!」

 生っぽい女のような鳴き声に、ガルドの背筋がぞくりとする。蛇の時と同じ「悲鳴」に近い声に恐怖が襲ってくる。必死に歯を食いしばって持ち直した。

 敵、とAは言った。ガルド達にとってのだろうか。それともAにとっての、つまり蛇の中からコンタクトを取ろうとした関西人のような、善良な人間なのだろうか。

 救えるだろうか。助けられるだろうか。それとも自分たちは殺されるのだろうか。ガルドは両手を強く握り直した。

「閣下、指示! 指示くれっす!」

「ガルドっ!」

 緊迫した荒い声が周囲からたくさん聞こえる。

 卵の中から連撃を叩きこむような音が聞こえる。殻を破ろうとしているらしいが、産まれたての小鳥が突いているとは到底思えない。くちばしでやるには合間合間の間隔がなく、まるで連射式の掃討銃を斉射しているようだ。

<A!>

<おやおや、これはとても『予想外』!>

「……一旦壁に寄れェッ!!」

 ガルドは大声で叫んだ。

 Aが予想外というほどのものが出てくる。警戒を過去最大級に引き上げ、ガルドは前へと躍り出た。視界の光が絞られ、焦点が鋭く定まってくる。

<予想外!? グリーンランドじゃないのか、どこの派閥だ、どの国のだっ!>

<殻はそうだが、中身は日本産だね>

<なっ……日本!? 三橋のときもそうだった! また殺して隠蔽する気か!?>

 事件そのものを隠そうとしているのではないだろうか。ガルドは思わず憎しみを込めて睨みつけた。三橋が狙われたのは記憶に新しい。門型のイレギュラーは三橋を始末するために現れたのだ。

 他国のシナリオが淡々と進められているこの世界で、日本国が、日本だけが秘密裏に日本人を()()しようとしている。それだけで吐き気がするほどガルドは怒りが沸いた。

 ガルドは走った。かなり前方に出ている公司たちを下がらせるため、追いつき追い越す勢いで走った。剣を抜く。

「下がれ、コイツは……コイツは!」

「?」

 公司が首を傾げながらじりじりと下がった。

「名を名乗れ! 何が目的で顔を出した!」

 叫ぶガルドに榎本が追いついた。ハンマーを抜き、下手に構えてガルドに同調する。

「蛇と同じタイプだな……人間、日本人……ともかく女なのは間違いねぇな!」

 鳴き声で察してくれたらしい。相棒と一度アイコンタクトを取り、二手に分かれて挟み込むようポジショニングを始めた。すぐに取り出せるよう、速度加速のチップをアイテム選択画面の上位に引き上げる。

「え、人間!?」

「あの、大会合で動画見た蛇みたいなやつか!」

「うひぇ~!」

「(激しいヘッドバンキングのGIFスタンプ)」

 興奮した面々に「交渉に入るから下がれ!」と叫び直し、ガルドは全神経をパリィと言語野に集中させた。榎本は普段より血走った目をしている。マグナに聞いた「願掛け」とやらで、パーティプレイへの禁断症状が出ているのではないだろうか。怖い。ガルドは邪念を振り払う。

「あ、あ」

 丸い殻が割れる音が大きく響き、卵にとうとう大きなヒビが入った。こちらも怖い。ガルドは無意味にAのシークレットチャット画面を右端へ常時表示設定し、お守りのようにした。死なないお守りだ。Aがついていれば身体は無事だろう。ガルドは榎本も含めて全員の盾になるため、わざとがなり声を立てた。

「質問に答えろ、何が目的だっ!」

 歯を剥き出しにして叫ぶ。

「日本人か! 閉じ込められたのか、誘拐犯か! どっちだ!」

「あ、あ、あ!」

 人魚島の展望台で対峙した蛇同様、話が通じないレベルまで来ているらしい。不気味な揺れ方をし始めた卵にガルドは剣の柄を両手で握り込んだ。

 熱海湖やDBBは背後で悲鳴を上げている。

「ふぉーっ!?」

「何、何だよ、マジでヤベぇ!」

「興奮してきた」

「あ、あ、ああ、あああ!」

 ガルドはそこでやっと、声に既視感を覚えた。甘ったるい女の声だ。

「……おい、ガルドぉ」

 榎本が驚愕で脱力しながら、ポジションを放置してゆっくり近付いてくる。手から抜けたハンマーがゴリゴリと床を削る。

「ひゃあん! いい、いいですのッ! このまま!」

<……A>

<どうやら君へのプレゼントのようだね。おや、嬉しくないのかね?>

「……ハァ」

 ガルドはどっと緊張が溶け、大きなため息をついた。



 声は、よく耳を立てて聞けば覚えのある「例の女」のものだった。

 途中まで気付かず怖がっていた自分が恥ずかしい。確かに怖い人だ。ガルドは過去、彼女の暴走行為に迷惑しつつ防犯面で恐怖を覚えた事があった。昔のことだ。この世界に来る直前、希望を託して救出を願った相手でもある。

 卵の殻を割る連続的な音は、彼女が愛用する二丁拳銃の連射音だと分かった。

 一撃の力は小さいがコンボ稼ぎの効率がトップクラスで、主にガルドの大振りな斬撃の合間を縫って、コンボ繋ぎのためだけに使われる。ありがたいがMODの影響だろう、「次手攻撃力五十倍化」など法外なエンチャントが付与され、あきらかに自分の実力と思えずガルドは萎えてしまう事が多かった。そこまでセットで「彼女らしい」と言えるバトルスタイルだ。

 親愛なる元ネットストーカー。外でガルドたちの身体を探してくれていたはずの、救援者。

「ガールードーさまぁ~!」

 卵の殻が割れる。

 薄い殻が粉砕される鋭い音とともに白い欠片が舞い、空から雪のように降ってきた。てっぺんから顔を出す人影が見えるが、遠すぎて誰かまでは分からない。だがその特徴的な言葉遣いに、ガルドも榎本もがっくりと肩を落とした。

「大将、今の声……」

 JINGOが指を刺して笑っている。ガルドはきゅっと下唇を噛んだ。途端にJINGOがニタニタと笑う。

「っへへぇ」

阿国(おくに)ぃっ! なにてめぇこっちに来てやがる! 外から助けろよばぁーか!」

 榎本が大声で天井に向かって叫ぶと、卵のてっぺんから飛び出てきた女はマーメイドラインのドレス装備を翻し、くるりくるりとフィギュアスケート選手のように回転して着地した。ヒールの高いロングブーツ型の脚部装甲がガツンガツンと音を立てる。

「うっさい脳筋! ガルド様とワタクシの邪魔は許しませんの! 死ね!」

 一つ銃声。

「だあっ! くそ、こっちは真面目に言ってんだよフザケんなァっ!」

「どーでもいいですの、ホントどーでもいいですの! それにこれも、立派なご奉仕……あーん! ガルド様ぁ~!」

「阿国」

 走ってくる女の名前を呼ぶ。

「あああっ! はああん!」

 外の救援を任せていた元ストーカー女プレイヤー、阿国は膝から崩れ落ちた。両手で自身の両肩を抱きしめ、床の上でまな板の鯉のように身体を震わせている。痙攣に見えなくもない。

「……大丈夫か?」

「あっ、ハイぃぃ! はぁん、だ、だいじょうぶですのっ! 阿国、お側にまいりましたの!」

「気色悪。オイ、ここに来た理由を三行で言え、阿国。ガルド、答え聞くまでコイツ無視しろ! 無視!」

「いや、大事な外の仲間だ」

「はううっ! 久々の生ガルド様は刺激が強すぎますのぉっ! はひ! はひぃ!」

 ロングヘアを勢いよく振り乱して起き上がり、阿国は息を荒くしながら近付いてきた。すかさず榎本がハンマーを振り下ろす。

「やめろや」

「邪魔すんなですの!」

「ぎゃ! 噛むな!」

「ガルドさまぁー、ガルドさまー!」

「逃げろガルド! コイツー回締めるっ!」

「で一きるかしらぁ? 動作鈍男」

「ガルドのこと棚に上げてコイツ!」

「おーっほっほっほっほ! オマエなんぞガルド様の出がらしですの!」

 チュインと軽やかで素早い銃声が大ボス部屋に響き渡る。ガルドはくらくらする頭を押さえながら、卵の殻を見上げた。

「……ん?」

 もう一人、誰かがいる。アイテム欄からスナイパーライフルのスコープ部品を取り出し、双眼鏡のように片目へ合わせた。

 人に間違いない。

<A>

<キミ目線だが、こちらも目視で確認したがね。彼女もそうだ。キミが呼ぶならボクも『救援』と呼ぼうかね……本来なら、邪魔者だがね?>

 もう一人の人物は、卵のてっぺんから降りられずにいるらしかった。頭がうろうろ巡る動作は見えるが、肉眼では年齢も性別も判別できない。一匹狼で有名だった阿国が別のプレイヤーを連れてくるなど信じられなかったが、外で「久仁子」と一緒にいた三橋が言っていた三人組のことは気になっていた。

 判別しようと上をじっと見つめていると、目線に気付いた阿国が声を張り上げる。

「ばーあーやー! おりてらっしゃいなー!」

「……ばあや?」

「婆やって言ったの? 阿国」

「マジお嬢様イエア!」

 DBBがからかうようにお嬢様と呼ぶが、阿国は気にも留めず、卵の殻から降りられない婆やに声をかけた。

「落ちてもー! 死にませんからー!」

 ぼそぼそ、と小さな返事が聞こえた。無理だろう。ガルドは阿国に一歩近づく。

「迎えに行った方が……」

「んひえーっ!? がっ、ガルド様! お近い! お近いですの!」

 一定距離に侵入した途端、阿国は突然奇声を上げて後ずさりした。榎本の後ろまで下がり真っ赤になって動かなくなり、相棒の肩越しにじっと見つめられる。行き場をなくした手を後頭部の短髪に回し、ガルドはがりがりと頭を掻いた。

「……待ってろ」

 阿国には恩義がある。ガルドは卵の中の様子を確かめることも目的の一つとしつつ、婆やを迎えに行くことにした。

「え、ガルド? 登る気?」

 身体を卵に向けたガルドに熱海湖は目を丸くし、公司が隣でクエスチョンマークを出す。ガルドは振り返らずに卵を見たまま返事をした。

「コツがある」

 ジャンプ方法の技術元は、ミスタースケアクロウというタイトルのアクションゲームだ。

 エアリエルアクションとジャンル付けられていたほど「ジャンプ」を主軸においたタイトルで、空を飛ぶような飛行の高さが有名なタイトルだった。そのジャンプのギミックだけがこの世界に溶かされているらしい。

 どんなに足場らしくないポイントでも、足の下にあれば踏み台に出来る。卵の表面のようななだらかな曲面もお構いなしだろう。

 膝の角度だ。スケアクロウでは補助が入った角度の固定が、今はプレイヤーの意識でしか指定できない。だから失敗する。ガルドは意識に叩き込んで覚えた角度を再現し、歩くような恰好で片足を踏み切った。

 すると、殻の表面がまるでトランポリンのようにガルドを飛ばした。

「く」

 重力計算がフロキリ仕様のせいか、身体が地面へ向けてひっくり返る。当たり前だが、下から上がる時が一番キツい。こちら側にせり出す形で曲がっているため、現実世界ではロッククライミングだ。

 ガルドはめいっぱい身体を前に倒してつま先で殻を蹴り、身体を重力の反対側に向かって飛ばすようイメージした。

<なんでグリーンランドの殻から日本人が出てきた>

<詳細は不明でね。ほとんど陥落した支部のセキュリティを物理的に暴き、強引に繋いでいるようだね。よってこちらには詳細情報が流れてこない。彼女から直接聞いた方が早いと思うがね>

 下から上がる卵のカーブが一旦落ち着き、今度は急勾配な坂道のようになってきた。この程度なら慣れている。地元の権太坂が懐かしい。勢いよく飛んで駆けあがる。

<阿国は少しクールダウンが要る>

<の、ようだね。彼女のテクニックは称賛に値するがね、如何せん欲望に忠実過ぎて仕事にならないようだがね>

<テクニック?>

<クラッキングに慣れているようでね。コチラの存在も危うくバレるところだったがね>

<まだバレてないのか>

<こんな方法で気付かれた暁には、我々は自爆するしかないのだがね>

<冗談>

<……>

<……自爆はやめてくれ>

 Aが無言を貫く。ガルドはまるで自分のことのように恐ろしくなった。


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