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348 ポーチドエッグ

 湿気のありそうな地下迷宮を全て確認し終え、残るは最奥のボス部屋だけである。ガルドは最後尾から信頼できる仲間たちを見つめながら、手の中にある心臓の氷についてAに調査を求めていた。

 動く心臓など見たくもないが、これでもソロ探索のチームリーダーだ。頼れる漢でなければ、癖の強い面々は着いてきてくれないだろう。ガルドは生唾を飲み、氷を握り直す。Aの返事を気にかけながらボス部屋へ視線を向けた。

 そのダブルタスクが、ガルドの反応を数秒遅らせる。風のように声の無い男が駆けた。

有限公司が弾丸のように突っ込んでいく。

 スキンヘッドに長いヒゲがよく似合うドワーフは、つぎはぎのようなバラバラでまとまりがない装備を着込み、刀に手をかけてドアを開けた。

 しかし公司は案外理性的で、飛び出さずにその場で足を止める。

 続けてぽこんぽこんと音を立て、エクスクラメーションマークが二つ飛び出た。

「それ悲鳴!? 悲鳴ってことでいいんかーい!?」

 DBBが続く。星条旗モチーフをちりばめたブルーとレッドのアメリカンな装備一式と、手に持った特大手榴弾(パイナップル)が悪そうな印象を与える。だが口調は公司をとても心配しているように聞こえた。

「……行くぞ」

 ガルドはAとの会話を止め、急いでボスの部屋まで走る。

 並ぶようにつっかえたまま止まる仲間たちの頭上から見える視界いっぱいに、異様なものが見えた。城下町下に広がる迷宮ダンジョンはガルドが過去通い詰めた場所だ。ラストに現れる敵の様子が少しでも違えばすぐに違和感を覚える。大きく変われば仲間たち同様、石のように固まって戸惑うだろう。

 ドアを抜けたところには、今まで見たこともない巨大な「卵」が置かれていた。


「な……」

 なんだこれ、と言いたかった。周囲のソロ探索チームメンバーもそうだろうと視線をちらりと巡らせるが、反応は意外とラフだった。

「卵だ」

「卵だな」

「エッグだね~」

 無口の公司は、ニワトリの煽りスタンプをあげた。

 本来は臆病者を意味する「チキン」の意味で使われるが、今回は鳥の卵を表現したかったのだろう。ガルドも倣い、鶏が踊るスタンプをぽこんと上へ上げた。

「こけこっこ、になるのかなぁ?」

「あたみ、普通にニワトリって言えよ」

「え、でもニワトリになるとは限らないじゃん」

「コケコッコーなんて鳴くのニワトリだけだろ」

「ぶー、可能性への配慮を無下にするなんてモテないぞ!」

「なっ、どうでもいいだろ? んなの」

 JINGOと熱海湖がどうでもいいことで言い争う中、公司とDBBはカメラのポーズをとってスクショを撮影していた。シャッター音をミュートせず大音量にしているDBBからぱしゃしゃしゃと連写の音がする。公司はオレンジのキャラクターが笑うイラストスタンプでコメントしてくる。鼻のない、目と口と綺麗な歯が生えたオレンジが馬鹿にするような笑みだ。

「しゅ、収集付かないっす~」

 隣に立つボートウィグが耳をぺたりと下げている。身長差の影響で大きな瞳が上目遣いでまっすぐ視線を向けた。

「……卵は任せて、離脱していい」

 アゴで上をしゃくった。

「はぁっ!? 閣下一人置いてなんて! んなこと出来ないっす!」

「どうみてもイレギュラー」

 ガルドは卵を改めて観察する。ニワトリではありえない大きさだが、形はニワトリ特有の見慣れた形をしている。ダチョウやウズラとはやはり違うように見えた。

 大きさから感じるイメージとしては、遠い昔祖母と行ったイベント会場のふわふわしたエアー遊戯場が近い。キャラクターの中でトランポリンのように跳ねて遊んだものだが、あのアトラクション並のサイズ感だ。

 他のモンスターと比較すると、山にいる「ルナ」や「氷の巨人」と同じくらいのサイズ感だろう。とても屋内ダンジョンにいていい大きさではない。少し天井が高くなっているボス部屋の、天井ギリギリまで届くほどの高さだ。

 卵となれば、中から絶対に何かが出てくる。

「イレギュラーだとしても、閣下だけここに残るのは反対っす」

「まだ取り逃がす可能性が捨てきれない」

「閣下!」

 ボートウィグが杖をドンと床についた。

「ここまで一緒に来たんだから! お供するっす! 拒否を拒否るっす!」

 今までそうそう見ない勢いでガルドへ反対意見を物申したボートウィグに、ガルドは面食らう。

「……わかった」

 ガルドは自分たちで決めたルールの遵守を諦めた。

 対イレギュラー戦闘がこんなところで起きるとは思っていなかったが、メンバーは確かに悪くはない。対イレギュラーチームへ連絡は既に入れている。

 ただ、心配なことが一点。

「もし強引に戦闘になった時、殺し切るのだけは良くない」

「そっすね。じゃDBB、戦闘禁止」

「ぅええーっ!?」

 裏声で驚愕の声があがる。

「当り前じゃないすか! ボマーが入ったら精密な閣下のHPコントロールなんて無理っす! あ、同じ理由でおセンチ熱海も回復以外NG。殴っちゃダメっすよ?」

「えー? ま、いーけど」

「おや珍しい、素直っすね」

「……ちょっと疲れたの」

 ガルドは心配になった。普段なら全く思わないのだが、至って普通のOL姿を目指したアバターの熱海湖が本当にか弱く見える。

 心臓のことを気にしているのだろう。

「あたみ」

「なぁに?」

「大丈夫だ。今こうして、痛みもなく生きている。大丈夫だ」

「……ガルド」

 まっすぐ目を見て少し微笑む。祖母の真似だ。自分のアバターフェイスでは怖がらせるだろう。だが熱海湖は顔をほころばせた。

「……こんな映画みたいな最期なんぞ、日本じゃ味わえんしのう」

 素の口調で熱海湖がカラリと笑い、背中に背負っていた魔導書を手にした。

 まるで死期を悟ったような言い方に、ガルドは念のため引き留める。

「死ぬな」

「あっはは! じゃああんまり驚かせないでね? 動悸の薬ないし!」

「配慮する」

「よぉし、センチメンタル熱海湖、がんばるよー!」

 普段通りの口調に戻った熱海湖にガルドは指示を出す。

「向こうからの接敵待ち。今は基本様子見で時間を稼ぐ。もしなったら鳥ウサギ随時で。リキャストは焦らずに(アイテム加速不要)。最優先は状態異常。じゃ、よろしく」

「あいあい、りょーかい。殴っちゃダメ、ってことでしょ?」

「なし」

「……分かった。若人に任せるよ」

 熱海湖は目を細め、ガルドの背後に並ぶようにして立った。

「DBB」

「わ、わかってるって~」

 なぜか申し訳なさそうな顔でビビるDBBに、ガルドはぐいと近づく。するとさらに怯えられた。

「っひおっ!?」

「これを」

 ガルドは「付近のプレイヤーにアイテムを渡す」画面から、大量のオレンジを譲渡した。DBBは困惑顔でポップアップのメッセージを読んでいる。

「な、70個もオレンジ食えねぇよぉ~」

「投げろ」

「えーっ!?」

 裏声のカン高い叫び声が上がり、卵を見ていたJINGOと有限公司が振り返った。

「牽制球。分かるか」

「ベースボールは苦手だぜー」

「用語が分かるなら十分だ」

 ガルドは牽制球の意味もルーツも知らなかった。頷いてスタッズのついたイカツいDBBの肩を叩くと、叩かれたアメリカンファンキーゲーマーは突然、三橋が父にしていたような会釈をしてきた。連続で何回も頭を軽く下げてくる。

「っす、恐縮っす! すんません、いただきまっす!」

「……食べるなよ?」

「わ、わかってるっす!」

「DBB! その『っす』やめるっす!」

「っす。感染性っす」

「もお~っ!」

 ガルドたちがひとしきり笑っていると、城下町にいたイレギュラー対策チームから連絡が入った。

<お前らが入ってる地下迷宮、招待コードと最短ルートくれ! リセットしてないんだ、記録とってるやつから変わってないだろ!?>

 久しぶりの、耳に馴染む親しい声だ。

「ウィグ」

「了解っす! <今送るっす、榎本さん>」

 ボートウィグが通信画面を注視していると、公司とJINGOが戻ってきた。ガルドらに「卵、動いてる」と報告を入れてくる。

 予想通りだ。

 Aが言っていたコンタクターかどうかは不明だが、こちらの位置を把握しているGMサイドがスイッチを入れたのだろう。今までのイレギュラーも全部そうだ。蛇でさえ、こちらが展望台に登ったから()()した。

 卵はもう今にも起動する。悠長にしていられない。

<A>

 シークレットチャット。他のチャット画面とは別の、真っ黒なUIユーザーインターフェイスで表示された。外部に漏れる心配がないようAが独自に作ったものだ。

<うん。聞いてるがね、聞いてるがね>

<……使い方がおかしい>

<聞いてる聞いてるー、がね?>

 一生懸命フランクな口調を目指しているAは、使い方の誤った語尾を直して再度返事をしてきた。以前雑談がてら「上から目線の教授みたいに聞こえる」と言ったのを気にしているらしい。

 笑いを堪え、ガルドは指示を始めた。

<あの卵の詳細を調べて寄越せ。権限不足で取れないところは無視。分かったことだけ簡潔に>

<かしこまりー、なのだね>

<そのふざけた返事はやめろ>

<了解した。フム、不快な脳波が出ているようだね。数値にも現れているようだね>

 一体どこで口語文法を学んできたのだろうか。むしろ機械的に話してくれていた方がマシだった。確かに「上から目線だ」と指摘したのは、AIの強化を対話相手のガルドが指針付けることで、口語の癖をガルド好みにする意図があった。

 敵意は削げたが、たまに殴りたくなるほどムカつくのだ。

<……で?>

 突き放すようなイメージを込めて伝える。

<フム。中身はコンタクターではないようだがね。いや、蛇もコンタクターではなく謀反を起こした人間だったのだがね>

<コンタクターはAIか>

<とも、限らないがね>

 求められる能力によってAIのケースと有人のケースがあるらしい。ふむ、とガルドは顎に手をやる。

「JINGOも回避に専念、バフと釣りでマラソンみたいに」

「分かった。それなら楽だな」

「公司、パリィ(剣防御)要因。カウンターは厳禁」

 有限公司がサムズアップのアイコンを点滅させた。

 卵が一度大きくガクンと震え、全員が勢いよく振り返る。

「来る?」

「殺すな、殺すなよォ!?」

 DBBはオレンジを握って悲鳴のような声を上げた。ガルドはデメリット有りの石板をアイテム袋から選択して取り出しつつ、シークレットチャットを続ける。

<A、コイツらは……イレギュラーは何が目的だ>

<設置者によるようだね。ちなみに信徒の塔エリアの管理担当はイタリア、ル・ラルブエリアの管理担当は日本だ。いや、だった……だろうかね>

<だった?>

 詳細を訊ねようと思考を巡らせる直前、榎本のボイスチャットと文字チャットが白いUI枠で現れた。

<あと五分! 五分待て!>

<無理無理、向こうが今にも産まれそう>

<ハァ!? 産まれるぅ!? 何がどうなってんだー!?>

「誰か『卵型のイレギュラー』だって言ってやれよ~」

「え? うっはは、放っとこうよ」

「(爆笑の絵文字)」

<榎本さん、からかわれてるっすよ?>

<気付いてるっつーの! この性悪クズ野郎ども!>

<はやくはやく>

<とろいぞ>

<っせえ! 黙って待ってろ!>

 楽しいが意味が薄い会話情報の多さを的確に無視しつつ、ガルドはAに切り込む。

<ル・ラルブの鳥居型、あれは日本が設置したのか。それに過去形なのは何故だ>

<そんなことよりその卵だがね、グリーンランドでね>

 卵の震えが一層大きくなった。

 笑っていたソロ探査チームも固唾を飲んで様子を見守る。ガルドはその中で一人、眼前に広がる現実世界の地球地図を注視していた。Aが気を利かせて出したものだ。

 歯が自然と食いしばっていく。

<グリーンランド?>

<そう、そこだがね>

 耳馴染みのない国だ。ガルドはAにポイントを表示してもらいやっと場所が分かった。

 地図は本当に実世界で使われるような精密なもので、久しぶりに見る社会的な資料だった。ヨーロッパ、連合の括り、海、そして島。グリーンランドはデンマーク王国を構成する中の一つ、自治権を持ちEUには加盟していない、など。情報がコメントとしてポップアップ表示になっている。

<おや?>

<なんだ>

<おやおや。キミたちへのプレゼントのようでね>

 Aが楽しそうに言う。とてもAIの言い方とは思えないほどリアルな、子どものような無邪気さでプレゼントと指摘した。

<その卵、敵ではないようだがね>

<は?>

<鳥居型は明確に三橋を殺そうとしただろうが、あれはそう、敵でね>

 突然引き合いに出された鳥居型を思い出す。三橋が初めに見つけた鳥居型イレギュラーは、三橋を狙って起動し戦闘を仕掛けてきた。

<信徒の塔を担当するイタリアは、とある国と密接にかかわっているのだがね。つまり、塔の一部が別の世界と繋がったのは……おっと、ヒントを出しすぎたようだね>

 ぴしり、と卵の殻にヒビが入る音がした。



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