35 ドロップ待ち
巷では信じられていないこの時属性の効果だが、ガルドが所属するロンド・ベルベットでは「効果あり」と考えていた。
実際、ここぞという時に印スキルを使用すると被弾率が下がる。ガルドにもこのスキルで救われた経験が山ほどあった。夜叉彦は今までメロに頼ってきたが、印スキルさえあればその負担がなくなる。印スキルはギルド全体の底上げとして、非常に魅力的な獲物だった。
「手間だが、この頭数なら苦戦はしないだろう」
「そりゃあ苦戦はないだろうけど、かなり時間かかるんじゃない?」
「今から休憩無しやっても晩飯前には終わらない。ドロップはランダムだからな。運が悪ければ、また明日も続けることになる。訓練予定をこれ以上ズラしたくない」
ちょうど昼前ということもあり、夜叉彦は空腹だった。
「昼も食べずに!? やだぁー!」
立ち上がった夜叉彦が駄々をこねる。中年男のアバターがそんなことを言ったところで効果はない。仲間たちが文句を無視して話を進める様子に夜叉彦ががっくり肩を落とし、ガルドは小さく「ドンマイ」と声援を送った。
「メンバー募る?」
「夜叉彦がパーティにいないと意味がない。大人数でやっても討伐スピードそのものはそう大差がない上、作戦の考えなおしが面倒くさい」
「あー、だねぇ」
「そうなると、やはりマラソンするしかないだろうな。出るまでモンスターごとに何周か回し、出たら次のモンスター。それを十二回繰り返す」
「げえ〜……」
「うるさい、避けては通れない。さっさと済ませたほうがいいだろう?」
「おいガルド、スキルセットどうするよ」
「変えるのも面倒い。オールマイティ」
「なら俺は毒で行って追加ダメだな」
「あ、夜叉彦以外は交代で休憩入っていいからな。五人も四人も大差はない」
「ねぇ俺は!? 俺だってやすみたーい!」
「後で三分やる」
「……ゼリー飲料、残ってたかなぁ」
ガルドは思わず同情する。眉尻を下げてヘラリと笑う様子に、夜叉彦を可愛いと言う女性プレイヤーたちの言いたいことが分かった。可哀想な目にあうと魅力が跳ね上がる幸薄タイプだ。
印スキル取得クエストは、取得したいプレイヤーが必ず全てに参加しなければならない。必要なアイテムはレア度が高いため、ドロップも確率が低い。よってプレイ回数がどんどん増えてゆく。
「俺たちも苦労して手に入れたんだ、踏ん張れ夜叉彦! 多分今日中には終わる!」
「最後まで付き合う」
榎本とガルドは若干嬉しそうにアドバイスした。
げっそりしている夜叉彦と比較すると、気分は春空のように晴れやかだ。本来の予定であった装備の確認試験は退屈で、やはり戦闘に繰り出す方がよっぽど楽しい。榎本がニッカリ笑うのに合わせ、ガルドは抑え気味の喜びを口の端だけで表現した。
それから二時間。
「きたか?」
「無い」
「はぁー?」
「次は俺が壁な」
「じゃ、尻尾行く」
そして四時間。
「よし! 寅終わった!」
「っしゃあ! 次行こ、次」
「次って卯? まだ四つ目かぁ」
「あれの攻撃は単調だ、すぐ避けれる」
「じゃあ、攻撃五回当たったら罰ゲームってどう?」
「何するつもりだ?」
「その次の戦闘で猫耳!」
「誰得」
「ベルベットは喜んだだろうね~」
「そうだな。あの人は喜ぶ」
「スクショ撮って送ろう」
「それ、罰ゲームに最適だな」
そして八時間が経ち、湿地帯。
イノシシのような、ずっしりとした体躯のモンスターが水辺に佇んでいる。十二体続いた印スキルのためのクエストだが、このイノシシが最後だ。申、酉、戌、亥。日本サーバーは十二支をモチーフにしている。
「早く帰りたい」
夜叉彦がぼそりと呟く。仲間たちは揃って「おつかれさん」とだけ返した。




