346 帰還の道で
リアルな人間のCGモデルが、小さな長方形の画面の中で、首だけ地面から生やしている。後ろから人間のモデルがやってきて、後頭部をハンドガンで撃った。
撃たれた弾痕の軌道が、身体を透かして黄色の線で表示される。三人の日本人と七人の外国人が殺害されていた現場を、簡易的にだが殺害方法まで含めて再現したフル3DCG映像を見ながら、佐野仁はため息をついた。
アジア圏へ戻るチャーター機、後方の端、窓際の席。
佐野はタブレットを目の前の背もたれから生えたテーブルに置き、リクライニングをマックスにして動画を繰り返し見ていた。
東京に残っていた佐野が急遽人員補填としてグリーンランドに呼び出された時、現場は大火事でほぼ消失していた。入口は潰れ、中はフォークで崩されたミルフィーユケーキのようになっており、その上くすぶった煙に有害物質が発見された。
人間は立ち入り禁止とされてしまっていたため、佐野は残された少量のデータを解析していくことしか出来なかった。
新たに大量のドローンやロボットが現場へ投入されたが、電波障害である一定の場所より先には進めない。手前側の崩壊を免れたエリアで発見できたのは、燃えて崩れつつある数体の骨ぐらいだった。
「なぁ三橋。どう思う?」
答えはない。あるわけがない。三橋は連れ去られ、八木は負傷して東京から離れられない。
何が何だか分からない状況下で、ボス九郎は人間に可能な忙しさを超えてしまい、佐野仁は必死に日電警備のメンバーを引っ張ろうと陣頭指揮を代行した。
慣れない仕事、慣れない場所、極限の状態。
佐野は心労で倒れそうだった。助けを求めようにもグリーンランドにいる日本人で二番目に役職が高い佐野は、腹を割って話せる部下もおらず、電話する相手である娘もおらず、とうとう助けを虚空へと求めた。
数日の間に、心で考えたことを「三橋」に聞く口癖がついてしまったのだ。
「この角度ならここから撃った、っていうのも怪しい。人工筋肉のパワードスーツで身長が伸びるケースもあれば、条約違反だけどドローンで殺すのも不可能じゃないからね」
そう呟きながら一通り「被害者たちを安楽死させた人物」のプロファイルをすると、佐野は伸びをして背中をほぐした。
「みずきとは会えたかい? 三橋」
目を閉じる。
佐野の脳裏に、可愛い娘と可愛い部下の笑顔が広がった。部下が「元気そうですよ!」と笑っている。
「ふふ」
狭い座席でブツブツ呟く佐野は、自傷気味に「変に見えるだろうな」と困り顔になった。本気で三橋に話しかけているつもりではない。だが、今の佐野にとって、娘と部下が同じ場所にいて無事でいることが、たった一つの願いであり救いだった。
だからこそ、あのまま置いておけばいずれ火災で死ぬだろうと分かっていた人間たちを——火災そのものも人為的な放火の可能性が高いためだ——放火殺人が死因になるはずだった十人の犠牲者を、わざわざ銃で明確に殺すような犯人が許せなかった。恐らく単独犯、他の犯人と同じ心理かどうかは不明。逃げに転じようとした結果の内輪もめ、という可能性もある。そもそも火災は銃殺の後だ。同一犯かは分からないが、順序として銃殺が先に違いない。
結果、常識的に考えれば、上からの命令で「処分」したのだと分かる。まるで仕事のように、十名は全員同じ位置から同じ角度で撃たれていた。
また今度、自分たちが次の拠点を見つけた時、きっと「銃の者」は身動きの取れない被害者を後ろから撃つ。
卑劣に、傲慢に。
そして火をつける。動機を隠すためだろうか。それか、報告に上がっていたように「被害者たちが閉じ込められているフルダイブゲームの、接続先サーバーが置かれている物理的な場所がバレては困るから」だろうか。
確かに証拠隠滅に火は手っ取り早いが。
「佐野」
思考の海に潜ったため静かになった佐野の元へ、白髪がひどく目立つようになったボス・九郎が近付いてきた。
飛行機の中だが旅客機にしては人が少ない。前方は中国人がひしめき合い騒がしいが、後方は疲れ切った日本人スタッフたちが一人で座席を二つ使いながら仮眠をとっていた。
「ボス。戻ったらすぐ仕事ですよ。少し休んでもバチは当たりませんよ」
「……いや、それよりすべきことが山積みだ」
どす、と所作の綺麗な九郎にしては珍しい乱暴さで、佐野の隣座席に座った。佐野は背筋を伸ばしてリクライニングを戻す。
「あ、田岡さんの会話録、見ました?」
「……いや、不必要なSモノは」
「もう中東抜けましたから」
「そう、だな。そろそろいいか」
年齢相応のシワを浮かべ、九郎はやっと笑った。佐野が支援に駆けつけてから初めてのことだ。
田岡の言葉はこちら側に流れてくる。みずきの所在は確認できないが、被害者たちの様子は逐一しっかり流れてきているのだ。
九郎はその中身を聞くのが大層楽しみなようで、しかしデータの価値から考え、日本・グリーンランド間という遠距離を通信で飛ばすことに否定的だった。我慢していたのだ。中東を越えれば通信時間も間を介するプロキシサーバーもかなり危険が下がる。佐野は暗に「リラックスしたらどうか」と言ったのだった。
ざっくり、田岡の話していたことをかいつまんで報告する。
「だいぶ『市民活動』の内容が増えました。中の様子もかなり判明しつつあります。やはり布袋さんと三橋の接触・合流は大きいですね」
「報告では聞いたが、田岡はどうだ? その……変じゃないか?」
「パニック障害の傾向は急速に下がりつつあるそうです。自分が会話を聞く限り、ちょっとボケ始めたおじいさん、といった印象ですね」
「……長年の孤独で、アイツも一気に老けたようだからな」
「それがどんどん若返ってますよー。ダーツにコーラに、今度は足漕ぎスワンボートでレースに出るそうで」
「何をしてるんだ、あいつは……」
同い年の九郎が呆れつつ笑うのを、佐野は思わず彼の髪を見ながら聞いてしまった。白髪が普段ならありえないほど多い。いや、田岡と同い年なのだ。ハキハキとして見えるが、いつガックリと衰えるか分からない。そんなことを思いながら佐野が九郎を見ていると、普段通りの鋭い眼光で睨まれた。
「あ、あはは……」
「で、主要六人は?」
「話に上がる中では『耳長のマー君』が『しずか』と共に頑張ってる、と。しずかというのは布袋さんのことですよね?」
「ああ」
耐え切れず佐野は噴き出した。
「っふふ! なんか、めっちゃ口説いてますけど?」
「っくく、昔からだ」
「でも布袋さん、ちっともなびかないですけど」
「それも、昔からだ」
「ハァ……三角関係だったんですか」
「私はどちらも友人、いや戦友だと思っている。霞が関時代を共に駆け抜けた三羽烏だ」
ボスらしい捉え方だ。佐野は背中を背もたれに深く預けた。
「なるほど、矢印の飛び交う関係ですね」
「なんだそれは」
「ふふ、なんでもないです。あ、三橋の名前も『みつば君』っていって、たまーに出るんですよ! 元気そうですし、特に情興庁のスタッフと、あと『アゴヒゲのエノキ君』と『モチのガル君』と仲良くしてもらってるようです」
九郎がぴくりと反応した。
佐野は表情を覗き込むが、普段通りの真面目で緊張感ある険しい顔をしている。
「……さっきから出ているが、最重要と私が指定した六人の名前、周知していなかったが……分かる、のか?」
社長はまるで報告を求める時のような神妙さで雑談を投げてきた。佐野は顔を柔らかくし、少し前方の席をアゴでしゃくる。
「あっちに座ってる三人に教えてもらいましたよ。マー君はマグナさん、エノキが榎本君……彼は……ウチの娘の、その、か、彼氏……だ、そうですけど」
「…………そうか」
「それ言ったら三人揃って悲鳴上げてましたよ~! ナンパな男だそうで。全く、無事戻ってきても交際を許可するかどうかは面談次第ですから!」
「そ、そうか……温和にな」
「はい! あと、ガル君はガルドさん、ですね。あの三人と久仁子さんは彼のファンだそうです。あ、その辺はご存じですよね?」
「……ああ、まあな」
「あと、被害者家族の会を取りまとめる方の旦那さんが、盾のどわぁふ? とか。ジャスティンさんというらしいです」
「被害者、家族の会? なんだそれは」
「ボス、C帯の報告書読んでないでしょう。書いときましたよ。有志で集まってるので、ただの婦人会みたいな感じらしいです。妻は早々に離れました」
「そ、そうか。夫人の集まりということか」
「朝比奈さんと共に『足を使って調べ物』と言ってましたから、大方、関係各所に取材してるかと。あぁ、朝比奈さんの旦那さん、誰だか分からないな……」
「そんなに調べなくても良いぞ、佐野。そちらの対応は別のに任せている」
「そうですね。あ、龍田さんという方から情報提供頂きまして。ロシア側の被害者の情報も……」
「龍田?」
「え、はい。掲示板でこちらにアポを」
「たつ、た?」
「……日本人ですが、海外での情報収集を行ってるプレイヤーの一人ですよ。ご存じだとばかり」
「龍田……聞き覚えは、あるような……」
確かにプレイヤーにしてはストレートな日本人名だ。榎本という被害者もそうだが、本名を避けたがる日本人にしては珍しい傾向だ。加えて、佐野は報告書に龍田ではなく「協力者T」とだけ書いていた。だが向こうは既にこちらの情報を取り入れており、ボスの本名も知っていた。佐野はてっきり、個人的にもやり取りしているのだと思っていた。
「あれっ? ボスのこと普通に『九郎チャン』って呼んでましたし」
「なっ!」
「『アトはヨロシクネェ~』とか言ってまし……」
九郎が勢いよく立ち上がった。
「……べ」
「ボス?」
「ベルベットかっ!?」
飛行機内に響き渡る大声で、ボス・九郎が叫んだ。
「アイツ、動き出したかっ!」
「へ? べ、ベル?」
「社長、危ないので座ってください」
「大声出さないでくださいよぉ、ボスぅ」
周囲で眠っていた社員たちが飛び起きる。遠くで三人、茶髪がひょこりと頭を出した。
「ベルベット!?」
「ベルベットー!?」
「べ、ベルベットがなに!?」
「う、うるせぇテメェら! 静かにしろ!」
部下が続々と起きるが、叫び声に文句を言った。日付変更線を跨ぐが、体感では深夜三時ぐらいだろう。眠いのは当たり前だ。
「おい! ベルベットがこちらに情報を流しているぞ!」
「えーっ!?」
「うわマジかよディンクロン!!」
「大ニュース大ニュースっ!」
「アイツはアカウントを完全消去したはずだっ! いや、なぜ私を『九郎』と……いつもは」
「『クロンちゃん』だったよな」
「うんうん」
「ベルベットって誰でもちゃん呼びだったし」
「ニックネームつけるの大好きだったし」
「うんうん」
「アバターは普通のおっさんだから、女っぽい口調でギャップすごいけど」
「ネカマっていうか、マジのニューハーフ?」
「らしいぜ」
「うんうん」
「つか女性か。アバターもそうすりゃよかったのに」
「あー、あの頃は悩んでたらしいってネットの噂」
「へーぇ」
上智大学の三人組が声を揃えた。社長が「ちゃん付け」で呼ばれているシュールさに社員が笑いをこらえる。
「ぷ」
「っはは」
「うわーボスをそんな呼び方、度胸ある奴もいるもんだ」
「佐野ぉっ!」
「うえっ!? はい!」
ボスが目を見開いて佐野の肩を掴んだ。
「ベル……龍田は顔が広くガメツい! 頼めば情報を売ってくるが、法外な値段を請求される! お前、いくら払った!?」
「は、払ってませんけど」
「……そ……そんな、馬鹿なっ……!」
腰を抜かしたように席へ座った九郎に、佐野は本気で「大丈夫ですか?」と心配した。九郎の様子がおかしすぎる。そんなにがめつい人なのだろうか。
オンラインの掲示板を使ってやり取りしただけの相手だが、佐野は先ほどまで本気で女だと思っていた。三人組が言う通りニューハーフというのが事実ならば、正しくは性同一性障害で元々男性だったのだろう。声や口調は完全に女性で、顔が分からない以上女性で合っている。龍田は女性だ。
「と、とにかく佐野さんならタダで情報くれるんじゃないっすか? ディンクロン」
「ベルベット、確か、佐野さんみたいなやさしくて温和でニコニコしてる細マッチョ、タイプだって言ってた」
青年たちが述べた情報に、佐野の背筋がぴきりと凍る。
「や、やめてくれ! 僕には妻と娘が!」
「くわばらくわばら」
「俺ら知らないっす。ベルベット怖いし、ベルベットのこと好きになっちゃったゲーマー集団も怖いし」
「あー! 待って、見捨てないで!」
他人事だと思っているのか、社員たちも青年たちも半パニックの佐野を笑った。
一人九郎だけがブツブツと続けている。
「いや、タダでそんな情報を……おかしい、優しすぎる。佐野、要注意だが接触を断つな。このまま続けろ。B帯までなら提供を良しとする。それ以上は随時私に聞け。場合によってはSまで明かす」
「え!? は、はい……」
「え、エスって……あの?」
「ボス、そんなにベルベットという人物は重要なんですか?」
「ああ。銃の犯人を見つけ出すのに、そのことを知らないでいるベルベットは無意味だ。使えないままより使えるようにした方が早い」
言葉にはしていないが、ストレートに「巻き込め」と言っている。今まで聞いたことのない指示だ。この場にいる三人の民間人青年たちにはすでにインターンとして籍を作っている。すでに民間人ではない。
わざと巻き込むのは守秘義務違反であり、多国籍軍の民間協力会社として参加した際に交わした協定にも触る。
「……いろいろ違反なんじゃ」
「アイツは例外だ」
よっぽどなのだろう。
九郎が布袋にすら見せないほどの全幅の信頼を目の当たりにし、佐野は目を丸くして「龍田/ベルベット」を想像した。やはり綺麗な女性の姿しか思い描けない。思わず、佐野は首を傾げた。




