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345 生きとし生けるもの、死に突き落とされるもの

 グリーンランド、空港、発着場。

 周りでは慌ただしく旅客機や軍用機へ荷下ろしが行われているが、その隅で、ある日本人の一団が待機していた。

 やっと日本へ帰ることができる。白髪が目立ってきた髪を下ろしたままにしている九郎は、不謹慎ながら安堵に包まれていた。

 毛染めどころか潤沢なポマードもない今、身なりに気を遣う余裕がない。帰ったらすぐに理容院へ駆け込むつもりだが、それ以上に優先すべきことは山ほどあった。

「……ボス」

 部下の一人が感情の死んだ目で声をかけてきた。

 彼は突入隊の一人で、生々しい現場を見てから一気にやつれてしまっている。スーツをやめ、他国の軍人に貰ったのだろうダボダボのミリタリージャケットを羽織って立っていた。スーツは、吐瀉物と血と油で汚れてしまった。

 九郎も借り物のツナギを着ている。イギリス空軍の備品で、胸にロゴが入っていて質が良い。他の面々もそれぞれバラバラな服を着ているが、大学生の三人組は持ってきていた予備の黒いTシャツに拠点へ仕舞っていたベンチコートを着込んでいた。

 今一番元気な日本人は彼ら三人だ。待機している学生たちは脳波コンで通信し合い、どこかへと連絡を取っている。グロテスクなものに耐性があるのはフロキリのお陰だろうか。現場では部下よりよっぽど、あの場では一番頼りになっていた。九郎は本気で社員登用を目論みはじめている。

「ボス。ご家族の方は成田にて待機、マスコミにも公開されるとのことでした」

 事後処理に集中していた九郎が知らなかった些事を、部下の一人が報告としてあげてくる。

「対応は外務省と内閣府に任せよう。我々は予定通り別の便で移動だ。ちなみに、入れ替わりで来るのは?」

「復興情報調整庁から三桁の人数が」

「そうだな。妥当だろう」

「我々は……本当に帰還して良いのでしょうか」

「いいか? 我々は『居なかった』ことになる。引継ぎなどあってはならん」

 九郎は少し語尾を強めた。正義感は分かる。()()()彼らの声なき声、遺留品や犯行現場の様子を一番知っているのは九郎たちだ。

 全て英語で、まるで日系の外国人であるかのような書きっぷりで報告書を仕上げた。

 死んだ彼らの遺体損傷具合、遺体があった場所の記録、繋がれていたネットワークの状況。帳尻合わせは済んでいる。九郎たち日本電子警備株式会社がここまで来たことは、世間には流れない極秘のこととして隠される。ここで事実は終わりだ。

「九郎社長~! 次、我々の搬入です~!」

 遠くで女性社員が手を振っている。

 すぐそばには昇降式のタラップに繋がる入り口、そして巨大な旅客機が待機していた。日本を含めアジア圏へ飛ぶチャーター機で、座席のほとんどが中国の研究チームで占拠されている。九郎たち日本人は最後の搭乗だ。

「帰るぞ。彼らの、分まで」

「っ、は、ハイっ!」

 心身ともに疲弊している。それでも自責の念から背筋を伸ばす社員たちに、九郎は謝りたくなった。だが慰めにはならない。

 犯人を捕まえ、まだ見つかっていない被害者たちを一人残らず探し出すこと。

 そうして初めて、九郎も社員たちも「終わった」と思えるだろう。ずっと続く困難に、九郎は布袋を思った。田岡を思った。そして六人のロンド・ベルベットを思った。




 フルダイブのオンライン上にある一区画、セキュリティを重視した認証入場式のVRコミュニティサイト。

 真っ黒の世界に一つ、古めかしい映写機のようなオブジェクトが置かれ、光の先には古い銀幕が張られている。

 椅子も無い。

 映写機以外に光源もない。

 狭いエリアにただそれだけ置かれ、黙々と映像が流れている。アスペクト比が映画のそれで、随分と横長に切られた動画だ。

 少し上空から、ドローンの視点で撮影されている。暗い通路は大型のPCやパイプ、ケーブル、謎のビニールなどで覆われていて、車も入れない程細い。

 その中を、数人の人間が足早に歩いている。一人、黒髪をオールバックに撫でつけた男が叫んだ。

「索敵! 脅威判定! 熱源探知!」

「ドローンなら相手に出来るが、人間は我々には無理だ! いいか、近寄らせるな!」

<ヒト感知 該当なし>

<地雷探知 該当なし>

<殺傷兵器 該当なし>

<熱源探知該当あり 延焼中>

「火災はもっと下だ。ここは十五分以内に脱出する、取れる情報全て取れ!」

 AIがスピーカーから流す声に、映っている人間たちがほっと息を吐いた。それでもなお、半球状に自分たちを守るような配置で、飛行型ドローンを飛ばしている。

「あの壁沿いのPC、全部アクティブだ!」

「古いな。SSDか」

「あっちは量子型!?」

「解析は後だ。通路端まで斥候機、三台飛ばせ!」

「俺らの出すよ、ディンクロン」

 動画では見切れている場所から、有線で人間と繋がれたドローンが勢いよく飛んでいく。

 追うように走り出した操縦者が画面の中に入った。最後方にいたらしい三人はかなり若い青年たちで、ドローンを追うようにして走っている。

 先頭を走るセグウェイ騎乗中の、フルフェイス・フルカバージャケットで防御した女が振り返って、何かを叫んでいる。銀幕に投影される映像の音声には入ってこない。

 青年三人を最前列に立たせないよう、わざと邪魔するように走っているように見える。

「っ~!!」

 声にならないくぐもった音が鳴った。

 セグウェイの女性がひときわ大きな声で叫んだらしい。止まった女にぶつかり、青年三人が顔を上げる。

「なっ……」

「ひいっ!?」

「う、うわああああっ!」

「な……なんだよ、これ……なんだよこれぇっ!?」

「くそ、くそっ!」

 青年が三人、大きな悲鳴をあげた。

 後続していた徒歩の男たちもそれぞれ悲鳴や怒り、嫌悪、酷い者はその場で嘔吐し、目を背けている。

 レモンイエローのフルフェイスで声は聞こえないが、女は怒髪天で壁を殴り始めた。

 カメラを載せたドローンがゆっくりと降下していく。直上からでよく見えなかった壁の様子がハッキリと映った。

 壁は、殴られても割れない強化ガラスで覆われていた。女の拳では傷一つついていない。

 中はポッカリと、小部屋のようになっている。

 床は薄く水が浸されているが、色が黒っぽく濁っている。

 天井には煌々と古い蛍光灯が灯り、中にあるモノへ、上から強く光を当てていた。()から下は逆に真っ暗で、よく見えない。

 小部屋には頭が一つ。生首に、見えなくもない。

 首から下は小部屋の床の下、階下にあるらしく、まるでギロチンの固定台のように丸い穴で首を挟んでいる。濁った水はどうやらその穴から染み出ているらしい。

 髪の毛は全て剃られ、大量のケーブルがこめかみから生えていた。

 脳波コンの生体ウェアラブルデバイスのような綺麗な術ではなく、外れないよう埋め込んだような生え際をしていた。

 コードと生身の間に、水が入ってしまいそうなほどの大きな亀裂が入っている。そして、後頭部から額にかけて一発分の穴があいていた。

 無抵抗の背後から、ハンドガンで撃たれたような穴だ。

 額に蛍光灯の明かりがよく当たっていて、赤い線が綺麗に一本流れ出ているのも確認できる。

「……熱源、探知」

<なし>

「熱源……35℃以上はっ! 無いのかっ!?」

<なし>

「くそ、くそ、くそおっ!」

「た、助けなきゃ」

「ダメだ、時間がない! 生存者を探す! 先へ走れっ!」

「うっごぼっ、げおっ」

 びちゃ、と音がする。静かに一人一人パニックに陥っていて、先頭に立つ青年三人だけが走り出した。先を飛ぶドローンが先に見切れ、青年たちも続けて画面から消える。

「先行ってください、ボス。僕ら、後から……」

「ディンクロン! こっちだ、奥! 日本人だ!」

 叫ぶ声。

「く、こっちもダメかもな……犯人を捜すっ! 阿国、阿国! 血が流れ切ってない! まだ諦めんな!」

 くぐもった叫び声。フルフェイスで覆った女のものだ。

「まだ間に合うっ! 防犯カメラ読めるか!? どっち行ったかさえ分かれば……」

「だめだ行き止まり!」

「中、か? 下か!」

<警報 火災警報>

「知ってるよ! でもいるかもしんないだろ!? 火の手より先に行けば……」

「やめろお前たち! 死ぬぞ!」

<警報 火災警報>

「後続部隊が消火器持って追いつく! 俺らは下がるぞ! 先輩! しっかり!」

「す、捨て置け……ああ、あああ」

「引きずる! ドローン、フック射出!」

<拒否 フック ターゲット未設定>

「ここ!」

<射出>

 画面の端でドローンが一体、ケーブルとフックを射出して男を引きずり始めた。バイクエンジンのような甲高い音が響く。

「あれっ、剥がして回収してくださいぃっ! せめて形見を、遺族へ! ねえっ!」

<酸素濃度急速低下中>

<警告 警告>

<酸素濃度急速低下中>

「車に! 早く!」

「ドローン燃やすなっ、映像証拠が消える!」

 画面が大きく揺れる。

 布地のようなものがズームされて映った。撮影しているドローンを胸に抱えたらしい。上下の走る動作が伝わる。風を受ける際のくぐもった音がごすりごすりと聞こえる。

<警告 警告>

<火災発生>

<警告 警告>

<火災発生>

 男たちの悲鳴。ガラスが割れる音、タイヤがフラットな面でブレーキをかける鋭い音。

「婆やさん! 出して出して!」

「かしこまりました。お掴まりを!」

 エンジンが跳ね上がる音。振動が撮影ドローンのカメラに映る。漏れた光が大きくバウンドし、横にブレ、車内で苦しむ人間たちが映る。

 顔が青い者、震えている者、怒りが収まらない者。その中で青年三人は、窓から飛行端末を飛ばして周囲を見続けていた。

 仮想空間上の映写機がカラカラという軽い音を立てながら空回りし始めた。映像が止まり、部屋が暗くなる。

「……」

 ヒールの足音が響き、やがて無音になった。

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