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343 Don't forget your heart

 城の地下に広がる迷宮型のダンジョンは、自動生成で限りない道を生む。

 ただし「宝の部屋」だけは固定だ。ガルドたちは宝の部屋を探して歩き回り、その宝部屋で休息をとり、また出発、を繰り返し続けていた。

「どうだ」

「あと四か所で終いっす」

「よし」

 適宜休憩を挟みつつだが、ガルドとソロ探査パーティは宝探しに全力を費やしている。ひねくれもの・くせものばかりが揃ってはいるが、ソロのプレイヤーが一人でこうしたところに閉じ込められているのを笑っていられるほど、非道な人間ではない。

 むしろガルドの想像より積極的に、宝部屋があるだろう方角へ向けて走り続けてきた。

 時間感覚はどんどん鈍くなっている。食事も、腹がすいたら何か口に入れるだけだ。タイミングは全員バラバラで、もともと小食のガルドに至っては、皮付きのオレンジを一つたまに食べるだけでボートウィグの食事三回分の時間を賄ってしまう。逆に大食いのボートウィグは、新しくアイテム化されたガムや飴を常に口へ入れていた。

<ガルド>

 マグナから連絡が入った。

 休憩室代わりに使っている宝物庫で仮眠をとっていたガルドは、周囲に気付かれないよう文字チャットでやり取りを始める。敵の出現(POP)が無い空間でしか休めない極限状態に仕事の感覚を持ち込むのははばかられた。

<定期連絡か?>

<そうだ。一週間経ったぞ>

 これで時間感覚が戻ってくる。ガルドはぼーっとした頭で、攻略開始から三週間が経ったことを知った。

<そうか>

<本当に大丈夫なのか? 戻ってきていいんだぞ>

<まだ問題ない。メンバーも変わりない>

<そうか>

 嘘だと思っているのだろう。しかし本当のことだ。ガルドは強くアピールできなかったが、部屋では思い思いの恰好でメンバーが休み時間を過ごしている。眠りに落ちる者、食べている者、背を向けて手仕事に追われる者など様々だ。

<……>

<どうした>

<……成果が上がる気配もない>

<どこまで行ったんだ?>

<B282Fの二つ目>

<なんだ、90%超えてるじゃないか>

 安堵したような声に、ガルドも「GOOD」のエモーションスタンプを流した。進捗はまずまず良いペースで、あと二日もあれば帰れるだろう。

<ソロのみんながどう思うか分からないが、宝部屋は狭い。自分ならボス部屋に籠る>

<そこまで行くなら逆に出てくるんじゃないのか? 上に>

<……田岡のケースもある>

 閉じ込められていた田岡のことを思うと、独りぼっちで空間を限定されて生活する被験者がいてもおかしくない。田岡が解放されている今、サルガスやAを生み出したGMたちが別の被験者で実験を開始する可能性は捨てきれなかった。

<それを言われると、切り上げて帰ってこいとは言えんな>

<配慮はいらない>

<お前は良くても、な>

<ん、メンバーもヤバめのを選んできた>

<そっちも問題ないが、な>

<(´・ω・)??>

 ガルドはスタンプを選ぶのが億劫になり疑問符を思い浮かべて送信した。勝手に顔文字へ変換されてしまったが、言いたかったクエスチョンマークが入っている。

<ふふっ>

 マグナの笑いを堪える声に恥ずかしくなり、文章を一文だけ消去する。

<誰か問題が?>

<ああ、あのアゴヒゲがな>

<定期的に連絡は取ってる>

<聞いている。お前には言ってないだろうが、アイツはこの三週間一度もバトルしていない>

 驚いて何も打てなくなった。寝転がっていた身体を起こす。

<願掛け、らしいぞ>

<腕が鈍る……>

<トレーニングモードは、ほぼ毎日やってるようだが>

 それでもおかしい。三週間ずっと一人で、他のプレイヤーとコンボを組む楽しさを封印しているとは有り得ない。パーティーが好きで、パーティプレイが好きで、テンション高く誰かとぎゃあぎゃあ騒ぐのが好きで、コンビネーションから敵を完封する二人以上のプレイが好きな、あのヒゲが。

<榎本、気でも狂ったのか?>

<本人には言ってやるなよ、それ。俺も思ったが>

<……急いで終わらせて帰る。榎本を頼む>

<フッ。そちらこそ、ほどほどにな>

 定期連絡を聞き終え、ガルドは目の焦点を周囲の風景へと戻した。

「……あ、終わったっすか?」

「……よく分かったな」

「瞳孔の開いた閣下と開かない閣下じゃ、人相全然違うっす」

 ちょっと気持ち悪い。ガルドは素直に思った。



「ぐーるぐるぐる、ぐーるぐる」

「変な歌うたいながら竜巻すんのやめろよ」

「お前もぐるぐるしてやろうかぁ~っ!」

「うわああっ!」

「ぎゃははは!」

 子どもか。

 ガルドは自分の実年齢を棚に上げつつ、はしゃぐパーティメンバーを最後尾から追いかけた。ガルドは率先して引っ張っていこうと思ったが、それより早く、軽量型ボディの面々が迷宮の通路を駆け抜けていく。

 重いガルドは足が遅い。ガツンドスンと響く足音に自信がなくなりそうだ。

「次の宝部屋抜ければボスっすよ」

「気を引き締めていこう」

「正直俺ら、ボス系苦手だし」

 ヴァーツ所属のDBB達が走りながら愚痴を言う。

「大将に任せるぜ」

 銃を撃ちながら、JINGOはガルドに笑いかけた。一人で戦わせる気満々だ。しかしガルドは表情を崩さず頷く。

「時間がかかるが」

「……えっ」

「榎本とのツイン、一時間超えたから」

「うそん」

 センチメンタル熱海湖が信じられないものを見るような顔で振り返ってきた。走る足は止めないが、手は止まっている。

「熱海、薙いで」

「う、うん」

 竜巻での前方直進一掃攻撃を指示しつつ、ガルドは首をかしげる。

「流石に時間がかかりすぎるか。みんなだけ暇になる」

 有限公司が爆笑している棒人間のモーションスタンプを送ってくる。その意図に同調した熱海湖が笑い飛ばした。

「あっはは! そうだよぉ! 流石に一人に任せっきりにするわけないじゃーん」

「お、おうよー! パリィは任せるぜ! 流石にあんな大物……二人で一時間? とんだゴリラだ」

「てめーら閣下のことゴリラって言うんじゃねーっす」

「おめーも言ってるじゃんかねー、ボートウィグー」

「言ってない、言ってないっす。やめろDBB、冤罪!」

 たどり着いた宝の部屋を確かめる。通路と同じ壁色、同じ松明の明かり、同じ温度だ。ただ通路より横幅が若干広く、中央にボックスが置かれている。

「どうやるんだよガルドぉ。何喰ったらそんなこと出来るん? マジ人外。レイド大好きな俺らとは違うよなあ。あ、餃子? 餃子だろ! ひゃひゃひゃ!」

 DBBが高笑いしながら、いつも通りパカっとラフに宝箱を開けた。

「ひゃ、ひゃ……ひいやーっ!?」

 笑いが甲高い悲鳴へと変わった。

「どうした!」

「なになに? って……なっ、ぎゃ、うおーっ!?」

 野太い悲鳴を上げた女アバターのおじいさんプレイヤー・熱海湖が続けて叫んだ。横からひょいと宝箱を覗いた公司は、バタバタと手を振りながら驚愕のエモーションスタンプを表示する。そして自身の両頬に手を当て、エドヴァルド・ムンク作叫びのようなポーズをした。ハゲのヒゲドワーフがすると愛嬌がある。

「こ、こ、こ」

「うぎゃ! なんなんすかこれぇ!」

 JINGOもボートウィグも口喧嘩をぴたりとやめ、顔をくっつけあう勢いで宝箱を覗いた。ガルドはすし詰め状態に加わる気が起きず、口頭での説明を求めた。

「なにが」

「氷、こおり漬けっす!」

 アイテムが出てくることはあるが、外見は収納され、銀の玉のような共通オブジェクトで見えるようになっているはずだ。手に持ち、ステータスを開いてはじめて何か分かる仕様になっている。見てすぐ分かる形をしているとすれば、十中八九外部タイトルからの新参者だろう。

<A>

<ボクではないがね>

<分かっている。どこの誰が、何の意図でだ。それくらい調べろ>

<検索中。フム……>

 しばし無言になるAを待つ間に、物が見えた。

「閣下、さあお決まりの言葉を! さあ!」

 目に入った瞬間、ガルドの口から反射のようにいつもの言葉が突いて出た。

「グロい……」

「ハイいただきました~!」

「何のんきにガルドで遊んでんの! これ何、何のイベント始まるの!?」

「始まんねぇよ」

 JINGOが氷を掴んで持ち上げた。

「ウオオイ! デンジャーじゃねぇの!?」

 DBBが大きく一歩輪の中から下がった。ガルドはその合間にすかさず入り、JINGOの手から氷を奪い取る。

「大丈夫か大将」

「心でモザイクかける」

<かけろ>

<無茶言わないでもらいたいのだがね>

 ガルドはジッと、手の中のものを見つめた。

 グロテスクに違いないが、氷のお陰で標本感が強く、想像よりずっと気にならなかった。手に脈拍が伝わってくる。氷そのものは動いていない。

 公司がハートマークを発言した。愛のニュアンスではなく、語源のイメージで単語を言おうとしたのだろう。

「心臓、っすよね? これ」

 ボートウィグにガルドは一つ頷き、スクショで撮るよう指示を出す。城にいる理系の人間に見てもらうのがいいだろう。撮りやすいよう少し高く持ち上げながら観察する。

 片手の拳より一回り大きい氷の中には真っ赤な臓器が一つ置かれ、中でどくんどくんと波打っている。遠い昔にアバターボディ生成中発見した青い脳とは違い、本当にスーパーの肉売り場で見るような赤をしている。レバーに近い。

 VRでのCG再現だろうが、本物を見たことがない以上、リアルとの差がどの程度なのかは分からない。右心房、左心房、右心室、左心室。知識としては知っているが、外から見ると本当にハート型で、断面図のようにくっきり分かれてはいない。

 心臓は氷の中で動いているが、送り出すための太い血管は途中でぶつりと切れている上に、流れるべき血液も見えなかった。

 空っぽのポンプがむなしく氷の中で震えている。そういう形のオブジェクトなのだろう。<フム、それはやはりキミの言う『外部タイトル』由来のアイテムだね>

<意図は>

<置いたスタッフAIはデータ抹消歴あり、オフライン、バックアップなし……わかりやすく言えば既に死亡しているのでね>

 突然の発言に、ガルドは喉が凍った。

<な……!>

<グリーンランドの拠点からAIの稼働情報は流れてくるのでね。他のとデータの更新がぶつからないよう棲み分けのためにだが……それによると、当該のAIは自己データ抹消後、記録端末ごと接続が確認できないのでね>

<AIがヒトの許諾なく、アイテムを置いて回ってるのか?>

<その船の遊戯施設(ゲーム的エッセンス)はほとんどAIによる自動生成・自動合成でね。足りないものはAIが勝手に補充する。その中の一つに過ぎないようだね>

「閣下?」

 ボートウィグが心配そうな顔をして、ガルドの顔を覗き込んできた。

「ん、害はなさそう」

「っすね。壊しちゃマズいかもっすけど」

「ああ」

 今の状況下では何がどこへ繋がっているか分からない。ガルドはざっと仲間を見渡すが、全員神妙な顔になってじっと心臓を見つめていた。流石の彼らも同じ思いらしい。

「……とりあえず、預かる」

 ぽこんと音を立て、イイネのアイコン。

「任せるわ」

「閣下なら安心っす!」

 ガルドは胸中複雑だった。

 ボートウィグはガルドの実年齢を知っているはずだが、本心から任せてくれているらしい。素直に嬉しいと思いつつ、年上なんだから少しは積極性を持ったらどうかとも思う。

「……奥、行く? またなんかトラップあったらヤじゃー」

 熱海湖が珍しく猪突猛進を止め、ガルドの後ろに戻ってきた。

「あれー、どうしたァ? あたみー」

「……トップバッターは譲ってあげる」

 公司が「ハイハイハイ!」と片手を挙手するキャラクターのモーションスタンプを上げ、たったかリズムよく走っていった。宝の部屋から出るドアを開けつつ、背中の刀に手をかけている。

<追加の情報だがね、DJ10は心臓疾患が確認できるのでね>

<DJ、10?>

<あのオブジェクトは心臓型でね。ならば、心臓疾患者には配慮が必要だと思わないかね?>

 Aの言葉がどこか読み取りにくく、ガルドは咄嗟に気付けなかった。

「アタシの、心臓……」

 脇で、熱海湖が胸を握るように押さえている。呆然とした表情だ。

<適切な投薬療法はなされている。安心したまえね>

<こっちに言うな、本人に言え>

<無理だね。ボクも権限を持たないのでね>

<サルガスみたいなことを……>

<Dグループは複数による一括管理。ボクらとは全く違うのでね>

 ガルドは息苦しさを感じた。熱海湖の苦しみは解いてやれない。解く瞬間を想像するが、その直後に熱海湖が殺される様子までセットで脳裏を駆け巡った。

 Aから得た心臓への治療薬投与の事実は機密情報だ。Aに「船員」と呼ばれる一般プレイヤー達が必要以上のことを知った瞬間、どうやられるか分からないが、心臓が止まる。脅しだとしても実際二人死んでいる今、うかつには何も口にできない。

「……く」

 唇を噛む。そうでもしないと、ガルドはつるりと口走ってしまいそうだった。

 熱海湖にばれないよう、表情にエモーションコントロールを張る。ガルドの顔はスンと硬くなった。

<あぁ、ほら。ゆっくり力を抜かないかね>

 突然Aからそんな声が届き、その上、ガルドはありえない感触に悔しさが吹っ飛んだ。

「ひ!?」

 唇を、誰かに触られている。

<キミのせいではないのでね。キミはよくやっているとも。責任を負う必要も、キミが気に病む必要もないのでね>

 下唇をびろんと伸ばされるような感触が恐ろしい。

 再現だとは思えない。フルダイブのこちら側でもない。泣きそうになりながらガルドはロを真一文字に絞めた。

「あれ、ガルド? ほ、ほら! みんな行っちゃうぞー?」

 熱海湖がへらっと笑って誤魔化しながら、ガルドの腕を引っ張った。

「んう……」

「ガルド!? どうした!?」

「……なんでもない」

 ロから離れた(おそらく)Aに安堵し、ガルドは腕に添えられた女の姿をした男を見る。熱海湖が心臓病を患っていたなど、一度も聞いたことがなかった。ネカマをしている彼女/彼の年齢的がどうやら定年後、あのディンクロンやぷっとんより年上もらしい、というのは聞いている。

 心臓病を抱えていて、あんな心臓を見せられて。ガルドは憤慨した。

「大丈夫。そっちは」

「へ、へーき。行こ?」

 センチメンタル熱海湖は、普通のキャリアウーマンらしい顔を綺麗に微笑ませて誘った。その唇を見る。リップののった淡いピンク色に、本当はカサついたおじいさんの唇なのだろうと想像する。

 そして先ほどの感触を思い出した。

 暖かい「何か」だった。

 指だと思いたい。指ではないもので触れられても、流石に再現かリアルかどうかは判別がつく。初めてだ。初めて、外からの刺激が脳波コンでシャットアウトされずに届いた。

 心臓はどうだろう。痛いのだろうか。

 痛みが届いているのだろうか。

 それすら、AのようなGM側の意図でコントロールされているのだろう。イメージの再現で済むはずの噛みしめが「みずき」へ届き、その後、触れられた唇の痛覚がダイレクトに「ガルド」へ侵入した時のように。

<A>

<落ち着いたかね?>

<船医>

<……ん? ボクかね? ふふ、嬉しいが、ボクはキミ専用なのでね。他のグループには治療など出来ない。心臓病の知識も得ていないのだがね>

<唇を怪我した>

<それは専門だ。今、軟膏薬を処方するがね>

 勝手に何か塗られているらしい。恥ずかしさを通り越して無感情になる。軟膏の感触はこちらまで届いていないが、あっても困るだけだ。それより、とガルドは目を細める。

<原因を取り除かないと、永続的に怪我し続ける>

<ああ、それはよくない。早急な原因解明と解決を行おうかね>

<では船医。全ての被害者の痛覚データを完全にノン(無いもの)と。いいか、完全に……むずかゆい、もだ>

<フム。通常は、そうなっているがね>

<……どの口が>

 先ほど唇に触れたAの物質は、そもそも有機物なのか無機物なのか分からないが、確かに形のあるモノだった。

 意図は見えている。こうして考えさせるためだ。ガルドはAの手のひらに立っている自覚があった。有用性があるから拒否していないだけだ。

<キミの要請は『船長権限』をボクが代行する形で、全てのコンタクターと全ての管理AIに伝えようかね>

 ほらみろ。ガルドは笑った。エモーションコントロールで表には出ない。だが、きっとAには見えている。笑っているのは「みずき」だ。

<最初からそうするつもりで触っただろう>

<何のことかね?>

 白を切るAに、ガルドはそれでも良いと思った。

 熱海湖の心臓がこれから二度と、痛むことの無いように。

 誰かがこの先、少しでも「かゆみ」を自覚しないように。

<着々と進めてるな、A>

<フム、計画(プロジェクト)を察知したのかね? やはりキミのそういうところが好ましいのだがね。みずき>

<いいから。そういうの>

 ガルドは頭を掻いた。


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