342 スタンドプレイから来るチームワークらしきもの
氷結晶城の下には地下迷宮が広がっている。
そういう設定だ。フロキリ時代、自動生成ダンジョンのロビーとして城下町は運用されていた程この地下迷宮が本命である。難易度は相当高い。ソロでは踏破不可能、ツインでも厳しいほどだ。六人フルメンバーが揃って初めて余裕が出る。
いくつかあるダンジョンのなかで上から数えたほうが早い高難易度の地下迷宮を一発目に選んだのは、ただ近い、それだけだった。吟醸や榎本が今必死に作っているキャンピングカーやバイクといった移動手段が完成するまで、少なくとも二ヶ月はかかる。その間の繋ぎのようなものだ。
その間、ガルドたち選抜ソロ探査チームは外に出ない。オートマッピング機能が初期化されるため、出たら一からやり直しだ。
「次、右っす」
「罠は?」
「無いっす」
マッパー役のボートウィグが最後尾から報告を飛ばす。ガルドは先頭を、正しくは先頭に行きたがるセンチメンタル熱海湖を塞いで抑えるように先頭へ出て、ペースメイカー役として走った。
ガルドが大剣をぎりぎり振るえる程度の狭い通路で、軽く二列になり進む。
こげ茶のレンガとモルタルで出来ている壁と床は圧迫感があり、光源も点々と並ぶ工業用ランプしかなく、感じないはずの湿度で不快さが増しそうなほど霧や湯気の描写で包まれていた。
角を曲がる。
もやの向こうから届くターゲット音が微かに聞こえ、ガルドは剣を抜かずに肩をせり出した。熱海、DBB、公司、JINGOが曲がる。
「んー、四?」
「三だな」
「三っしょ!」
DBBとJINGOの発言を受け、公司が数字のアイコンで三を表示した。仲間外れの答えを言った熱海へ、三人がイジリと配慮の混じった視線を向けた。
「……眼鏡、いるか?」
「うっさい! ほっとけ老眼なの!」
「やめろよJINGO、かわいそうだぜぇ~」
「お前もな」
公司が爆笑スタンプを押した。
「かーっ! これだから今どきの若者は! ガルド、そこをどかんか! ワシがお灸を据えてやる!」
「どうどう」
熱海湖が素の言葉遣いを交えながら敵に突っ込もうとするのを、ガルドは片手で制した。フロキリで最もリーチと待機が長い長詠唱系などやめてしまえ、剣でもなんでもいいから物理攻撃武器を持てと何度思ったことか。ガルドはため息まじりに、しかし熱海湖のテクニックは相当上手いと評価もしていた。
「ガルドぉ!」
「分かった。一緒に来い」
「っし!」
ガルドは諦め、肩をすくめる。そして勢いよく走り出した。
初回ソロ探査メンバーに揃えた面々は、ガルドにとって「もしロンベル以外でギルドを作るなら?」と想像した時に思いつく顔ぶれになっている。
バランスより各々の生存率を優先し、協調性は二の次で考えていた。対話力を基準だと言い始めると実力に高低差が出てしまい、そのフォローアップで誰かが苦労するだろう。自分以外の誰かになると容易に想像できる。
ガルドは各個人の能力を最優先にすることで、苦労人を生み出さないよう徹底した。
生き残ることに関しては最高クラスの自己中心プレイヤー筆頭、DBB。
他を蹴落とし、寄生し、快楽のためだけにゲームを楽しむセンチメンタル熱海湖。
会話を捨てて大人のように見せているが、中身は子どもそのものの有限公司。
他人への配慮など欠片も無い冷血さをジョークにしてきた生粋の加虐男、JINGO。
そして、基本的には常識人だが命じればいくらでもスタンスを変えられるボートウィグ……彼だけ特殊だ。ご機嫌なメンバーに若干不安があったガルドは、絶対に味方でいてくれる存在として忠臣の男を入れたのだった。
タックルで通路を駆け抜ける。
霧が薄まり、視界が少し開けた。モルタルのでこぼことした壁と、プレイヤーが入れないモンスターポップ用の穴、そこから這い出てくる生臭いデザインの魚人が見えた。
四足歩行でぬめりがあり、水かきのついた三本指の手でひっかいて攻撃してくる。顔はナマズのように目が離れていて、口は小さく、時折泡が噴き出る演出が悪寒を呼んだ。
ごぽぽ、と水っぽい鳴き声がする。ターゲットロック音は手前で吹き飛ばされている魚人から投げられており、こいつは放っておいてもいいだろう。背後でフンスフンスと鼻息を荒くしている熱海湖が、装備している詠唱用の巨大な本を両手で大きく振りかぶっている。本は鈍器だ。フロキリでは特殊な杖の一種にカウントされる。
魔術書装備愛用者は珍しい。一番動作の鈍いハンマーと同程度の遅さでしか接近戦が出来ない上に、それよりももっと遅くなることすらある。
「死ね!」
熱海湖が強く吐き捨てた。
鈍器より紙の束らしい乾いた音が続く。敵の消滅音が聞こえないが、その後ろで銃を構える金属音が続き、見なくともガルドには彼らの連携が把握できた。何か不都合があったとしても、最後尾で監視しているボートウィグの単詠唱系魔法が吠えるだけだ。
次の魚人へガルドが目を向ける前に、白と茶色が混じった影が勢いよく飛び出てくる。公司だ。ドワーフらしい小柄な体を弾丸のように加速させ、背中に装着した二振りの刀を勢いよく抜刀した。
同時に、公司がよく使う「YEAH」のエモーションスタンプが流れていく。ダブルピースで他人を見下したように笑う顔が腹立たしい。ガルドも加速する。
公司のスタンプは掛け声のようなもので、脳波の内側では本当に声を出しているのかもしれない。そのまま飛ぶ勢いでX字に切りかかった公司は、ごろんと前転して魚人を通り抜け、白いヒゲをマントのように振りながら、くるりとこちらへ方向転換した。
そしてまた飛び掛かる。サルのような曲芸が得意なトリッキータイプだ。
ドワーフのヒゲ剃ったら怒りに燃えるボスザルね、と元ギルマス・ベルベットに笑われていたのが印象深い。有限公司は、そんな小悪魔なベルベットをどうやら好いていたらしい。好意の表現が小学生男子のようで、嫌がることをして注意を引くタイプだったため女性陣には大不評だった。
性格はともかく、公司はとにかくイメージの連打が得意で、テクニック寄りのガルドたちとは違う意味で上手い。格闘ゲームだったらもっと名の知られる有名ゲーマーになれたのではないだろうか。それでも公司は何故か狩りゲーであるフロキリを選んだ。今もだ。
ベルベットが居ないフロキリを守ろうとしている。
ガルドも同じ思いを持っているため、友人ではない、好きでもないが、一種のシンパシーを感じていた。
ガルドは次の魚人を、大剣の大振りかぶりで上から真っ二つにした。動作の都合でスキだらけになる瞬間を、遠い後方からボートウィグがすかさず一発、短い魔法スキルを飛ばしてくる。JINGOはよそ見をしている。
続けてガルドがコンボを紡ぐ。その脇から勢いよく迫ってきたもう一体が、予備動作で動けないガルドに迫った。見切りで避けられなくはないが、腕の良い中距離プレイヤーなら上手く防ぎつつコンボを繋げるだろう。JINGOはこちらを見て、にやりと笑っている。
ガルドは「わざとだな、このドS」と内心罵りながら避けた。
ボートウィグとのコンビネーションは心地よさがある。相棒との、腹から湧き出るような笑いに似た、激流・濁流のような快楽とは違う。映画の脇役がすかさずサッと繰り出す名演技のような、自然すぎて気付かれない良さというのが身体に染み渡るような快楽だ。
しかしJINGOとのコンビネーションは真逆だ。ガルドは始終イライラする。目撃証言によれば、JINGOは他のプレイヤーが苦しげに、悲しげに、辛そうに顔を歪ませた時だけひどく興奮するらしい。
特にすました顔のアバターには度合いがひどくなる。ガルドはその、JINGOの遊び相手筆頭のような扱いを受けていた。
イジメに近いJINGOの遊びすらアドバンテージにしてしまえば良い。ガルドはむしろちょうどいい訓練になると肯定していた。JINGOの人柄そのものは嫌いじゃない。ただプレイスタイルが意地悪なだけだ。
そんなころ、ボートウィグとの攻撃コンボタイミングがずれた。意外にも助け船を出したのはJINGOで、本来の役目である中距離支援として、敵に向かって移送速度減退の付加を付けた銃撃を何発か打ち込んだ。
ナイス、と礼を言おうとし、ガルドは踏みとどまる。銃声が続き過ぎている。意図に気付き、ガルドはげっそりと疲れた顔を隠さない。
JINGOはそれを見て、うっそりと笑った。
エルフアバターらしからぬゲスい笑みだ。口のディティールが甘いはずのアバターで弧を描くような恐ろしい笑みを浮かべるなど、脳のあちら側でどんな感情になれば反映されるのか興味がわく。
彼の思惑通り、せっかくガルドに寄っていた大量のヘイトがごっそりJINGOに持っていかれてしまった。通常攻撃より効果付与の攻撃は敵意を貯めやすい。それでも、量を抑えればガルドを飛び越えてまで敵がJINGOを狙うはずがなかった。
またワザとだ。ガルドの脳髄から武者震いがこみ上げる。パターンから臨機応変に対応をはじき出すのがロンド・ベルベット前線チームだ。一人であってもそれは変わらない。
ガルドはヘイト寄せの武器打ち鳴らしを二回、手早く繰り返した。大剣と左腕のガントレットを鳴らす。二回は過剰だ。視界に入る魚人全てがガルドへ振り返ってくる。
近い数体はぺちぺちと水っぽい手足で這いながら近付いてき
視界の端で風がつむじになって暴れ始める。
「ヴゥ~!」
センチメンタル熱海湖がガルドに向かって唸っていた。
どうやら標的を奪ってしまっていたらしい。戦闘中に人間から敵意を向けられるのは慣れているが、犬のような声で唸られるのは久しぶりだ。
「ん」
ガルドはアゴでJINGOを指すが、熱海湖は不機嫌を直さないまま魔導書で魚人を背後から殴った。動作が信じられない程スローだ。熱海湖を渦の中心にして吹くつむじ風を見て、理由がわかる。
「あと」
「120!」
「分かった、下がってろ」
「嫌! いーやー! 絶対イヤ!」
機嫌がよければ下がって大人しくしてくれるのだが、先ほどのヘイト奪取でガルドの言うことには全て嫌と答えるだろう。後退させるのを諦め、ガルドはさらに挑発を重ねながら通路を先へと進んだ。
魚人が飛び掛かってくる。
「シィッ!」
大剣を床すれすれから跳ね上げた。続けて木こりのように振り下ろし、横方向へ一閃。反動で後ろへよろけるモーションが、ガルドの脳波による操作の前へ割り込んでくる。
そのまま身体を一度寝かせ、一度ダウンしたとシステムに思わせてやる。これで数秒早く反動が解ける。その間に既に熱海湖が走りこんできていた。魚人の再起動モーションであと何秒か推測し、このままでは攻撃を食らうだろうと目分量で時間を測る。
120秒全部でなくてもよい。熱海湖自身がチャージ中出来る「魔導書での殴りかかり」で稼げる時間を引く。ざっと100秒だ。
横倒しの状態から背中を見せる向きで立ち上がる。魚人の歩行スピードが上がる。逃走者を追いかける恐怖系の演出で、普通のプレイヤーには分からない程微妙な加速だ。これを利用し、勢いよく寄ってきた個体を集中して斬る。
遠くから走ってくる個体と時間差をつけ、倒しきりやすくする基本的なテクニックだ。コンボを続け、ダメージを稼ぐ。撃破後もコンボを続けて新参個体へ流し、合間にボートウィグへメッセージで<来い>と誘った。
持っているテクニックをフル活用して、雑魚モンスターを蹂躙し、それでもあと20秒足りない。
「おまたせっす!」
気持ちの良い声とともにコンボが生きた。
ボートウィグの炎魔法が弾け、数秒のけぞりが生まれた。残り五秒分を、ガルドは肩からのタックルで凌いだ。
「ぶっころ」
風が吹き荒れる。まるで使用者の心のようだ。熱海湖は近付いてきた魚人を本で殴り倒しながら、チャージの長い風属性の魔法スキルを発動させた。
「ころす、ぶっころす! 全部しね!」
ガルドは何も見えなくなった。苛烈な言動は暴風やハリケーンの中で立ち尽くせばこうなるだろうな、という風景が広がっている。
冷たさと土のにおいが鼻につき、身体を四方八方から押して引いて突き飛ばそうとする暴風が刃のように魚人たちを切り裂いていく。
ガルドには傷一つ当たらない。ダンジョン内はPvP機能が無くなり、人間同士の攻撃は通過する。だが視界はゼロだ。
「はぁーっはっはっは!」
高笑いする熱海湖の声が、狭い地下迷宮の通路をカン高く反響した。スキルチャージ中も二枠として通常攻撃が出来る唯一の武器である魔導書は、しかし二枠目の通常モーションがどの武器よりも遅く、素早いモンスター相手には空振り続きで全く意味がない。
「はっはぁ!」
だが、寄ってくる敵へ狙いを定める程度は問題ない。ガルドが打ち漏らした魚人を殴ってひるませながら風を起こし、回復をしながらガルドを向いている魚人を背後から殴る。接近戦で順調に屠っているガルドのすぐ後ろで漁夫の利を楽しむ熱海湖のプレイは、あからさまに「寄生先の他プレイヤーへ護衛を任せる」ことを前提にしていた。
屠りすぎたようで、敵の数ががくんと減った。ボートウィグはマッパーとして「次の丁字路右っす。地雷あり」と言っている。
「DBB」
「アイヨっ!」
呼ぶとDBBは素早く駆けてきた。基本的にガルドの指示命令には素直に従う男で、それは恐怖が理由だろうとガルドは予想している。夜叉彦相手ならば悠長に歩いて来ることだろう。ガルドより前に出たDBBがひょいと曲がり角に向けて手榴弾を投げた。そしてガルドを盾にするようにして隠れてしゃがみこんだ。
始めに手榴弾の爆発する高い音、続いて地雷原が起動する魔法的なマグマの音、そして、誘爆が膨れ上がる低い爆発音がする。
「熱海湖、竜巻くれ」
「はぁ? タルーい」
「これやる、早く」
詠唱加速の機能が付いた石板を投げて渡すと、熱海湖は「っしゃらー!」とがぜんやる気を見せた。タダに目がないケチで有名だが、裏を返せば損得勘定がモチベーションに直結しているだけだ。阿国より扱いやすい。
だからこそガルドは、回復ポジションとして熱海湖をよく連れ立ってクエストに出ていたのだった。
「これこれ、これだよな!」
JINGOが心底楽しそうな声で、背後に向かって銃を連射している。
「閣下早く~後ろ来たっす~」
「分かった」
地雷を爆破処理し終えた通路へ、ガルドは剣を刺突の向きに構えて突っ込んだ。
「っひゃ、っひゃひゃ!」
DBBが笑いながら手榴弾を投げた。ガルドが駆け抜けた背後で爆風が起こる。熱海湖の風が吹き荒れる。竜巻が迫り、爆炎を飲み込み、そこへJINGOの銃弾が飛び、公司の中距離居合が飛んだ。
「ただでさえ閣下一人で攻略できるってのに、これじゃあオーバーキルっすよ~」
時折火の玉を飛ばす程度のボートウィグが、呆れながらぽてぽてと歩いて追いかけた。




