341 ご機嫌な四人と忠犬を連れて
雪景色の中、昇り旗があがった。
ぽつんと一つだけで、赤い布に白の文字で荒々しく「大漁祈願」と書かれている。確かにソロプレイヤーたちを大勢見つけられれば良いが、大漁という言い方はギリギリ失礼だ。大方、悪ふざけが好きなレイド班の分離ギルド・ヴァーツの面々だろう。青空が高い。細かいディティールで作られた白い風が、バタバタと強く旗を動かしていた。
城下町エリアから雪原へ出る郊外部分の、ミニゲーム用に整備された広大な敷地に大勢プレイヤーが集まっている。旗を見上げる者はいない。一団を少し離れたところから眺めるガルドと、その同行者五人だけが旗を眺められる位置にいた。
この場所へは、集合の指示を受けて集まったのではなく、自然と全員で移動してきたところだった。出発式が行われたイベント広場から、彼らはぞろぞろとソロ探査班を見送るために後をついて歩いてきた。
ガルドはその人々の波を受け、これから外海へ向けて出発するのだ。
「いつでも帰ってこい」
すぐそばまで来てくれた榎本の声は、普段よりずんと沈んでいる。
「ああ」
初回メンバーに榎本は入れなかった。待機するイレギュラー対応チームは城下町で大事な仕事がある。ガルドの肩を強く叩いてエールを送る榎本に、ガルドは「そっちもな」と肩を軽く殴った。感覚フィードバックでサンドバッグのような重さを拳に感じ、幻でも仮想でもない相棒を忘れないよう、もう一度こつんと触れ直す。
「イレギュラーいたらすぐ呼べよ? そのためにバイク作ってんだからな」
榎本は一歩下がってガルドの拳に拳を当てた。
「楽しみにしてる」
笑いあい、最後に相棒のアゴヒゲ面を視界に入れてから、ガルドは山へ向かって歩き出した。
「たいしょー! 頼むぞ~!」
「ガルドー!」
「いってらっしゃーい!」
「頑張れよー」
思い思いの声援を背中に受け、ガルドは振り返らないまま右手を高く上げた。わっ、と声が大きくなる。隣を見ると、ガルドが選んだソロ探索チームの五人が後ろ向きに振り返って大きく手を振っていた。ガルドより数歩遅れ、気付き、ぱっと走ってはまた手を振ってペースはどんどん遅くなる。
中でも犬のように顔をほころばせながら走ってくる男が一人。
「閣下、閣下! みんな閣下のこと応援してるっすよ!」
「ウィグ」
「俺たちの手にかかってるっす! 頑張るっすよ~!」
ひまわりのように笑うボートウィグが、また後ろを振り返って見送りへ「いってきまーっす!」と叫んだ。
「ふ」
楽しそうだ。ガルドはまるで他人事のように笑った。
平原からしばらくは初心者向けのエリアだ。起伏も少なく雪もまばらで歩きやすい。わざと一番最後尾へ下がったガルドは、仲間たちの背中を見ながら、目標を書いたメッセージページを開く。
ガルド達は大事な任務を背負ってきている。全力で取り組むためには、一日の間でどれだけ時間を割けるかというのも大事だ。ゲームでサーバートップ争いをしていたころはもっとストイックだった。ガルドは今の緩さを許さず、顔を引き締める。
開いた資料には、予測されているソロプレイヤーのパーソナルデータがずらりと並んでいた。何名いるのか、外部から第二陣としてやってきた三橋が把握していることを全て教わってきた。少なくても二十人、空港から搭乗後の足取りが把握できていない旅行者を含めれば百に届く勢いだという。
だがディスティラリ、クラムベリ、ル・ラルブ、人魚島を調べた今、残っているのは「ダンジョン」と「エリアごとのゲート」、さらにずっと遠方の「山向こう」ぐらいしかない。フロキリ時代のマップしか反映されていないのであれば、と前提がつくが。他のゲームからつぎはぎのように付け加えられていれば話は大きく変わってくる。
「閣下~? なに難しい顔してんすかぁ?」
ダンジョンには高難易度と低難易度があり、どれも全て、入るたびにルートが変わる自動生成型マップだ。中ほどの中ボスと終点にいるダンジョンごとのボスが目的で、ダンジョンという呼び方すら忘れられがちなほど、自動生成マップの出来はお粗末だ。
「かっかー」
だがソロが一人一人迷子になっているとすれば、想像以上に探し出すのは困難だろう。ガルドはこめかみをぐりぐりと親指で捏ねた。
自動生成のマップは迷路そのもので、一度目のトライでたどり着けない場所もある。
必ずボス部屋までは繋がるよう作られるため、今まで苦労したことはない。フロキリ時代、物好きなプレイヤーがアイテム全部取りを目指してルート取りにことごとく失敗し、その時やっと分かったような必要性のないマイナー情報だった。
もしそんな場所にソロが閉じ込められているとすれば、これはえらいことだ。ガルドは唇を噛む。絶対に救い出さなければならない。長期にわたるようであれば自分一人でダンジョンに残り、他のメンバーを入れ替えながら……
「閣下っ!」
「……ん?」
「も一閣下ったら夢中なんスからー」
思考が止まる。隣を歩くボートウィグが、少し不貞腐れたような様子で話しかけてきた。とりあえず返事だけしておく。
「ああ」
「ねぇ閣下、犯人ってなんで俺たちを選んだんすかね」
雑談としてなのだろう、軽い口調でボートウィグが言った。ガルドは「ん」と考え込む。
そういえば理由は不明なままだ。
「空港からこっちにきた直後から話題にはしてた」
「そんな前から推理してたなんて、流石新生ロンベル6!」
「……ん? ああ」
新しく生み出された名称には深く触れないまま、ガルドは何故の部分を思った。
「ここのベースをフロキリにする理由は多分、ある……だが、すでにプレイ済みの自分たちを選ぶ理由にはならない」
「え?」
「別に誰だっていい」
「た、確かに! 初心者を放り込んでもいいっすね! 実際田岡さんとか未経験っす!」
ボートウィグの気持ち良いほど大きなリアクションに、わざと気持ち大きく頷いてからガルドは続けた。
「自分たちは運悪く攫われた」
「無作為だったってことっすか?」
「ああ」
「そう思うと少し気が楽になるっつーか、でもなんで俺が~って不満は拭えないっつーか」
ボートウィグはどうやら愚痴りたい気分のようで、うだうだとした口調で語りながら歩く。
「なにか俺たちにデッカイ使命が与えられてるなら分かるっすけど、テキトーに選んだ結果だなんて、ちょっとヒドいし怒り沸くっす」
「確かに」
「閣下は、こっちきてから怒り爆発とかないっすか?」
そう聞かれ、ガルドはここしばらくの自分を振り返る。
犯人への強い怒り、犯人が作り出したAIたちへの怒り、そして無駄に気遣いすぎる相棒への何とも言えない怒りに似た何か。しかし爆発するほどではない。サルガスのマントを叩き斬ったことはあるが、あれは長いリロードにじれた結果の強硬手段だ。
ボートウィグには、拉致される以前に一度かっこ悪い姿を見せてしまったことがある。
怒りが爆発したと言われればその通りで、暴走とも、または癇癪とも呼べる。ガルドの黒歴史だ。高校受験が終わった中学三年生の春休みごろのことで、年齢を思えば仕方がないと言い訳出来るが、だとしてもガルドからすれば三年経っていない。恥ずかしい記憶だ。綺麗に忘れたかった。
当時、その場には榎本もいた。他にもいた野良のフレンドは心底怖がって、現在ではガルドとの縁が切れてしまっている。オンラインの友情などその程度だろう。ガルドはそう思いつつ、あの時のことすら笑い話にしてくれた榎本とボートウィグに強い絆を覚えていた。
しかし脇で喋りまくる男は、怒りの有無を訊ねてくるあたりから分かるがきっと不安なのだろう。ガルドは察しつつ、一生懸命に笑ってみせた。
心配いらないぞ、と強さをアピールする。年齢のバレているボートウィグには無駄だろうか。そうだとしてもアバターの顔は大人だ。ガルドは綺麗に歯を噛み合わせて笑った。
「ヒェッ!」
たまたまガルドへ振り返ったソロ探査メンバーが悲鳴を上げる。
「閣下ぁ、歯ぁむき出しで笑うとアメコミのヴィランみたいっす。そこがかっこいいっすけど!」
「……もうしない」
顔を戻して歩くと、先ほど悲鳴をあげた男が近寄ってきた。
「わ、悪かったってぇ~ガルドぉ~! 全然こわくねーからぁー」
少し前を歩いていたDBBがなだめにかかった。おちゃらけた言い方だが、ムードメーカーらしい底抜けの明るさがある。
「そうか」
「そうそう。な?」
話を振られた別のソロ探査メンバーは興味を示さない。エルフの男はガルドを見もせず、ドワーフの男は無言でエモーションスタンプをポップアップ表示にした。デフォルトで入っている肯定寄りの無表情で、日本語で言えば「ふーん」が一番あてはまりそうだ。
ガルドはソロ的な距離感に慣れていて気にならないが、フレンドセッションメインだったDBBは顔をへこたれさせている。ノリが悪いと思っているのだろう。
「ねーぇー、ガルドぉ! 城出て徒歩圏にソロなんているのぉ!?」
先頭で雪をざっくざっくかき分けて歩く鈴音の一人、熱海湖が愚痴をこぼした。矛先がガルドなのもいつものことで、適当に「ああ」とだけ答える。
熱海湖は文句を言っているが、随分と楽しそうに歩いていた。
髪も服も現実に近いデザインを好むキャリアウーマン風の女アバター・プレイヤーで、所属は鈴音だ。レイド重視のヴァーツ所属には少なく貴重な、今回の被害者ではメロを除いてほぼ唯一の「召喚師」……回復・支援中心の長詠唱魔導士プレイヤーだ。
鈴音には必要以上に多い回復ポジションだが、その中で断トツに一番上手いのが熱海湖である。正しくは「センチメンタル熱海湖」だ。本人曰く「感情と地名で女の心情やストーリーまで表現する完璧な名前」らしい。ガルドには全く意味が分からない。
熱海湖はバランスを兼ねて入れてみたのだが、そういえばやる気に浮き沈みがあるタイプだった。ガルドは少し後悔の念を抱く。
「しらみつぶしに行くしかない」
「えーも一早速ダルーい」
速度がガクンと落ちた熱海が、最後尾にいるガルドの元まで下がってくる。
それ以上遅らせないよう、ガルドは熱海湖の首根っこを掴み引きずった。そのまま歩く速度を上げる。
「やーん」
「夜叉彦のためになる」
「って言ったってさー」
「ほら」
自力で歩け、と一度浮かせてから降ろした。熱海はとぼとぼと歩き出す。
「夜叉彦君にお姫様抱っこされたい」
「そうか」
口にはしないが、ガルドは「要介護者向けの抱え方じゃないんだな」とこっそり思う。
「ガルドー」
「しない」
「なによケチ」
「言ってろ」
「そんなんだからアンタ怖がられんのよ」
「別に」
「無愛想。もっとこっちの気持ちに寄り添って。ミン神殿行きたい」
「そのうちな」
「ケチー! ていうか、なんで初回にアタシなの? 夜叉彦君の回に参加したかったっ!」
「熱海が強いのが悪い」
「え~? またまた~。褒めても何も出ないぞぉ~?」
「強すぎるから夜叉彦班には入れられない」
「うえ一っ!?」
熱海は元気に喜怒哀楽を表現し、最後に悲鳴を上げた。そして「ヤダヤダ、ヤダヤダヤダー!」と駄々をこね始めた。テンションが上がってきている。言葉の内容はともかく、士気としては悪いことではない。
「早く帰れればメンツ入れ替えも検討する。夜叉彦班の鈴音は三人、それを熱海一人に交代。どうだ」
「っしゃあーっ! ぱって行ってぱって帰ろ!」
熱海が勢いよく立ち上がり、首根っこを掴んでいたガルドの手を捻り手で掴み返した。そのまま勢いよく走りだし、今度はガルドを引きずるように走っていく。
「……はぁ」
ガルドはため息をついた。熱海はいつもこうだ。
「センチ熱海湖一っ! 閣下にご迷惑だろうがぁー!」
「あーら、アタシとガルドの仲ぐらい知ってるでしょお? 後からくっついてきた犬よりアタシたちの方が仲良しなんだから!」
「きーっ! ムカつく!」
ボートウィグが食って掛かるのは珍しい。相当悔しいらしく、歯をむき出しにして怒る。ガルドは懐かしくなった。夜叉彦が加入した一年前から距離が離れた熱海だが、それより前ならば、この二人の騒がしい応酬はよく見られる光景だった。
「ねー、ガっルド~」
「仲良し……?」
「え、ひっどーい! ま、腐れ縁の方が合ってるけどね」
センチメンタル熱海湖とガルドは長い付き合いだ。榎本やボートウィグよりも長い。ガルドが初心者だったころに出会い、一年前までは頻度高めにクエストへ一緒に出ていた。ガルドも女性アバター・プレイヤーで一番フランクに話せるのは誰か、と聞かれれば熱海と答える。ぷっとんより知古だ。
そう答える大きな理由は、熱海がレイドを毛嫌いする野良クエスト専門のソロプレイヤーだったこと。そして、この積極的すぎる性格が災いし嫌われ者になってしまった熱海が、同じく畏怖され孤立気味だったガルドをしつこく誘ったことだった。
熱海のコミュカをもってしてやっとガルドは、熱海の友人にステップアップした経緯がある。しかしそれは平等な友人ではなく、寄生そのものだった。
「閣下ぁ、なんでこんなやつ入れちゃったんすか? 害にしかならねーっす」
「ガルドぉ~、なんでこんな犬っころ従わせてんのよぉ。キャンキャン吠えてうるさいったらないわ! ケチだし!」
「ケチはどっちだっつーの、この奪衣婆」
「はぁー!? マジ最悪、マジないわー」
「……そんなに仲、悪かったのか?」
夜叉彦が入って一年経ち、熱海とは縁遠くなった。ガルドはさして気にしていないが、熱海はそういうことを大層気にするらしい。
ガルドのように少数と密に交友を深める相互フレンド型よりも、夜叉彦のように不特定多数の女性から好意を向けられるアイドル型有名プレイヤーの方が、お互い不快感なく遊べるだろう……熱海はそう言って、ガルドからわざと離れていった。
アバター容姿のせいで外野からの批判を浴び慣れているガルドは、熱海湖が使った「お互い」という言葉を否定したかったのだが、おそらく夜叉彦との方が「利益がある」のだろう。そう理解し見送ることにしたのだ。
しかし今やどうでもいいことだ。
センチメンタル熱海湖と人目を気にせず会話できるようになったことを喜びつつ、二人の騒がしい口喧嘩に耳を傾ける。
「そんなにアイテムに固着するなら、コレクションの豊富なタイトルで姫プレイでもしてればいいじゃないっすか」
「嫌よ、そんなのつまんないじゃない。お前たちのものは私のもの、でも私からは何もあげなぁーい! つまんないクエストは手伝ってすらあげなぁーい! 吸えるものぜーんぶ吸うのがアタシのプレイスタイル~」
「うっわ、中途半端に上手いのが一番めんどいっす! 疫病神! 奪衣婆! 寄生!」
「寄生は事実だから百歩譲って目をつむるにしても、その奪衣婆ってなによ!」
「自分から剥ぎ取りに行くとことか、コツコツ作った河原の石の山崩すところとか」
「それ鬼でしょ!? おーにー!」
「奪衣婆は認めるんすね」
「認めないに決まってるじゃないそんなの。ていうか、別にちょっとゆすってるだけじゃない」
「うっわ、うわー……」
センチメンタル熱海湖とボートウィグが口喧嘩を止めないまま、目的地付近まで辿り着いてしまった。熱海の挑発的な言動を見慣れているガルドからしてみればじゃれあいに見えなくもないが、熱海は行く先々でこうした恨みや妬み、要らぬ喧嘩をどんどん買う。
「ウィグ、こっち」
「ハァイ、閣下!」
「ちょっとガルド、今コイツで遊んでたんだから取り上げないでくれる?」
「熱海はこっち」
ヒューマン種でも身長差の大きい熱海の肩を鷲掴みにして、引きずるように、ガルドは自身を間に挟む形へ位置取りし直した。
「……えー? はぁーい」
物理的に二人の距離を空けさせ、脇に置いてご機嫌になったボートウィグにガルドはアドバイスを授けてやる。
「ウィグ、熱海はワザとやってる」
「げぇ~、趣味悪いっすねぇ」
「ああ」
「聞こえてる聞こえてる! アンタたちこそ趣味悪いわよ!」
「これで中身ジイサンだってんだから、とんでもないっす」
「やーん、言わないで」
ガルドとボートウィグは目を見合わせて、肩をすくめた。
「もう着くぜェ? あっちゅーまだねェ」
DBBが声を高く上げ下げしながら言った。
ここまでは車を使うまでもない距離で、元来た道を振り返れば、平原の向こうに出発地の氷結晶城が見える。
「さっさと行こうよぉ。しらみつぶしって言っても、一日に自動生成ダンジョン一つ潰せば、それ何回か繰り返して終わりでしょ?」
「一日で終わると思ってるのか……」
「一日にしらみつぶし踏破が終わらなかったら伸びるってことだろー? っげー楽しそーお」
「DBB」
「わーってるよ大将! いくぜいくぜ!」
まるで犬のようにその場でぐるぐる回り始めた男に、ガルドは思わずクスリと笑った。ただ面白くて出た笑いだったのだが、それがどうも他の面々には鼻で笑ったように見えたらしい。全員背筋を伸ばして気を付けの姿勢になる。
「ハイっ! ふざけず真面目に頑張るっす!」
「DBBまじガキんちょ」
「ガルド、俺は真面目だぜ?」とヴァーツのエルフ銃装備プレイヤー、JINGOが声をかけてくる。ガルドにどちらかと言えば立てつくことの多い男で、周りに合わせて真面目な顔をしているだけだ。ハイハイ、とガルドは頷いて流す。メンバーの中で一番JINGOが苦手だった。
隣に立つドワーフを見る。彼は見ないとリアクションが分からない。無言だ。ガルド並みに、いやそれ以上に無口な男だ。
少量の、どうしてもせざるをえない会話の全てを文章チャットで行うため、ロンベルのレイド班に入る前のころから他のレイドギルドに入隊拒否されまくっていたほどの無口だ。
ドワーフらしい低い背に合わない程長い刀を二振り、背中に背負っている。白いヒゲは立派だが頭はこざっぱりとしたスキンヘッド、装備はシリーズごちゃ混ぜの金属や皮の鎧をかき集めるように着込み、いかにも勝率至上主義のプレイヤーらしく振舞っている。彼はグッ、と親指を上げてサムズアップした。
「公司もバッチリっすね」
ボートウィグが代理で返事をする。有限公司、有限が苗字のような扱いだ。中国語で株式会社という意味のユーザーネームで、日本サーバーではそのまま「こうじ」と呼ばれるが、海外では「コンス」でも通る。
DBB、ボートウィグ、センチメンタル熱海湖、JINGO、有限公司。そこにリーダー・ガルドを加えた六名が揃い、眼前の大穴を見下ろす。自然の大地に空いた大穴だが、よく見るとモルタルのような人工物で入り口を補強してある。
装飾品のはしごが視界の端に入るが、ガルドは使ったことなど無い。
「いざ、氷結晶城地下迷宮へ!」
DBBが叫ぶ。
熱海が真っ先に飛んだ。
「レッツ、パーリー! イエーイ!」
「いえーい」
「FOOOO! YEAH!! 地獄歓迎っ! おれ観念! そこにソロメン、そうだ捜査ァ!」
飛び降りていく四人の自由な叫びが穴に吸い込まれていった。続けて四番目に降りた公司の、残光のように尾を引くヘリコプターが描かれたポップアップが穴へ落ちていく。効果音付きで、パラパラとプロペラが回る音がした。それもまた、穴へ吸い込まれ音が消えていく。
「……閣下ぁ、人選ホントにこれで良かったんすか?」
「……実力は本物」
ガルドは歩くように穴へ進み、自由落下の感覚に身を任せた。




