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340 久しぶりの、相棒とのひととき

「で、チョイスは?」

「バランス重視」

 ロンド・ベルベッドのギルドホーム。

 正式に大会合でロンベルのレイド班は臨時に別ギルドとして分離し、新しくギルドホームを作ることになったため、レイド班のギルド名として正式名称に採用された「ヴァーツ」が入ってくることのない、六人だけの空間。そのサロンラウンジ。天井が一段低く、ソファが並ぶ落ち着いた大人の空間だ。

 ローテーブルに足を乗せ、ソファにだらしなく座っているのは榎本だ。

 ガルドが送信した文章メッセージ型のメンバーの一覧表を読んでいる。

「へえ、ふうん。なるほどな。おいおい、本気か? イレギュラー戦のパーティ、四パターン組んで遠距離二人に近距離二人? どこがバランスだよ〜おい〜」

 榎本がカカトでガルドの足裏を小突いた。

 ローテーブルを挟んだ反対側で、珍しくガルドは榎本同様だらしない姿勢をとっている。テーブルに足を乗せるなど絶対に人前でしないはずが、ずっとこの閉鎖世界にいて麻痺してきたのか些細なことは気にならなくなってきた。身体(ガルド)に合わせて常識(みずき)まで変わってきたらしい。

「バランス取った結果だ」

「……嬉しいこと言うじゃねぇか」

「違う、支援系には負担を掛けたくない。だから増やした。近距離は減らして、ボロ雑巾になるまで使う」

「とか言って照れ隠しだろ。口で言うよりコイツは雄弁だな」

 榎本は一覧データを叩きながらデレデレと笑っている。ガルドは小突いてくる榎本の足を真上からカカト落としではたいた。

「いでー」

 笑いながら棒読みの悲鳴を上げた榎本に、ガルドは軽い舌打ちで迎え撃った。

 榎本が喜ぶとは思わなかったが、ガルドは確かに相棒を信頼している。だからこそパーティ編成を遠距離四人、近距離二人というゆがんだものにした。そうしなければイレギュラーモンスターを殺しきってしまうという恐怖もある。

 だが、下手に慣れない近距離担当が増えるくらいなら相棒だけでいいと思った点が大きかった。

「おおかたお前、下手に俺以外のアタッカー入れて邪魔になるくらいなら~とか思ったんだろ」

 思わず顔をしかめ、ガルドは向かいのソファを睨んだ。

「へっへっへ」

「キモい」

「いやぁなに、あんだけラブコール受けてたのに全部フッたってことだろ? どれどれ……え、こんなところにこんな奴ぅ!?」

「フレキシブル」

「けんうっどが居ないのは嬉しいけどな。アイツより俺、か?」

「デカブツ相手だと別タイトルの癖が出る」

「へ~考えてんなぁ~」

 榎本は楽しそうにメンバー表を眺めていた。イレギュラー討伐のパーティ編成はガルドがたった一人で組み上げた。唸りながら作っていた様子は榎本にも見られていたためか、出来上がりを見ても文句を言うそぶりは無い。

 ——悩んでるなら聞くだけ聞くが、どんなもんでも、お前が決めた編成に従うぜ。

 榎本は悩むガルドにそう声をかけ、無理に中身を見せろとは言わなかった。ぷっとんやマグナ達に釘を刺されてから、意図的に榎本はガルドを無言のまま見守っていてくれたらしい。それが会話の節々から感じ取れ、ガルドは腹に重みを感じた。

 ——リーダーは一人で責任を持て。他の者は、責任を取れないならば、一切口を出すな。

 生きやすさを模索するそれぞれの研究リーダーと、それ以外のプレイヤーとの間に引いた線はうやむやにしないと決めていた。でなければマグナの一党政権になりかねない、というマグナ本人からの指示だった。

 だからこそ、ガルドは一人で全部決めた。

「責任は持つ」

「んなもん気にすんな、って言っても聞かねぇよな。ま、悪いようにはなんねぇって。俺もついてるっつーか、この計画だと全部俺入ってるぞ。おい、俺とお前だけハードすぎやしねぇか?」

「……パリィの、特訓を兼ねてる」

「なるほど、そういうことか! っははは!」

 榎本はソファにごろんと横になって、腹を抱えて笑った。

「変わんねーのな、お前! 世界大会のことまだ引きずってんのかぁ」

「諦めてないだけだ」

「そうだな、俺らは出た後のことも考えねぇとな。っし! やること盛りだくさんで落ち込んでる暇もねぇ。動くぞー」

 のっそりと起き上がり、榎本がギルドホームの奥へ歩いていく。廊下とバスルーム、扉の向こうに闘技場がある方角だ。

「やろうぜ」

 振り返りながら笑う榎本は、まるで子どものような屈託の無さでガルドを誘った。普段通りか、むしろいつもより悩みがないように見える。無理をしているようにも見えない。

 なにかあったのではないだろうか。ガルドは目を細め探りを入れる。本人にではなく別の、身体を見ている方へチャットを飛ばした。

<おい、同じグループなら閲覧できるだろう。何した>

<だからせめて名前を呼んでもらいたいのだがね>

 Aはすぐに返事を寄越す。無視したまま、ガルドは立ち上がって榎本の後を追った。

<BJ02への投薬履歴はここ二十四時間では確認できないがね>

<そうか>

 取り越し苦労か、と内心胸をなでおろす。

<むしろコチラとしても不思議だがね。担当者も理由が分からないと言っているのでね>

<担当者……自分にとっての、お前のような?>

<その通り。機械知能のケースで言えばヒトとの対話型を取るかどうかは不明だが、疑問点を議題として理屈を考察するロジックそのものは持っているのでね。ソレはBJ02の精神状態の予想をしていた。突発的な他グループ被検体のロストを受け、低活動状態に陥るだろう……とね>

 ガルドは細めていた目をキッと吊り上げた。全くもって不快な予測である。相棒はそんなヤワな男ではないし、そうだとしても、機械が気付く前に自分が気付く。そうなればフォローアップはどんな仕事よりも優先して行うだろう。

 自分自身が舐められるよりずっと、ガルドは相棒が低く見られることに敏感で怒りを覚えていた。

「パリィの特訓が控えてんなら、お前とはコンボ練しとくかな。ツインで出る機会激減してるし」

「ん、ああ」

 そんな水面下の戦いなど露にも知らない榎本は、据え置き型のアイテムボックスをノックし装備変更をしている。

 ガルドはその隙に、Aとの会話でリアルにある相棒の身体に関する情報を聞き出していく。

<フム、実際の彼は心拍や脳波レベルも正常のようだがね。不思議だ。キミよりむしろハイだがね>

<ハイ、テンション?>

<そう、つまりアゲアゲなのだね>

<アゲ……それは>

<下がっているならば何かしら考えるがね、上がっているならば問題ないと判断したようだね>

 いや、それはまずいのではないか? ガルドは言葉を飲み込むが、努めて冷静に危機感を持った。躁鬱に関する知識は乏しいガルドでも、違法薬物がアップとダウンを意図的に繰り返すものだとは知っている。そもそも上がれば下がる。人間のメンタルとはそういうものだ。

「あ、たまにはアレ使うかな。長柄の。回転攻撃には便利だし、ミーシャのモーション綺麗だったし」

「……あ、ああ」

 榎本は確かに、普段より少し落ち着かない様子だった。目がきょろきょろと忙しなく動き、じっとしていない。ソファに座っているときもそういえば、ずっとガルドの足にちょっかいをかけてきていた。

 大会合の熱が残っているのだろうか、それとも他の理由があるのだろうか。

「榎本」

「ん?」

「……大丈夫、か?」

「あん? 別に? 普通にいつも通りだぜ」

「……そうか」

「まぁ、少しやる気出てきたけどな!」

 闘技場にずかずか入って行き、中央のポップアップディスプレイに触れて対人戦の設定をしている榎本が、ちからコブを作るポーズでにかっと笑った。

「やる気だな」

「おう。なんつーか、ずっと趣味でやってきただろ? お前もいるし、鈴音も調子変わってねぇし、ヴァーツだっけか? 名前変わったけどよ、レイド班のころのまんまだ」

「ああ」

「メリハリが無かったんだよ。ずっと休み、社会人失格って感じでな。今日はびしっとしてたろ? 思い出したぜ。リアルで俺はサラリーマンしてたんだ。お硬いスーツ着て、かたっくるしい会議出て、法改正のたんびにシート書き直して、申請書の不備直して」

「へえ」

 同じ部屋で一時期暮らしたとはいえ、仕事の内容までは聞いたことがなかった。つらつらと語る内容にリアルでの榎本の容姿を当てはめながら聞く。

「そうやって社会を回してたんだ。大人が働いて、金のやり取りで経済回して、買って、売って。あー、俺はゼネコンで土地転がしに近かったんだけどな」

「ゼネコン?」

「そ。上野の東京事務所……本社は大阪で、出張もしょっちゅうだった。その度にダチんとこ泊まってフルダイブ機借りてたんだぜ? 飲み会も、クラブも、合コンも」

 ガルドは急に現実を感じた。だんだんと榎本が言いたいことに予測がついてくる。

「俺の仕事が無いと困る部署が必ずある。そういうのひっくるめてひとかたまりに弊社って名乗って、社会全体はそういうヤツらがゴマみたいに寄せ集まって出来てるんだ」

「ゴマ?」

「ゴマ。ゴミって言ったらダメだろ、自分も含んでるからな」

「……ゴマもゴミも……いや、いい」

 全ての設定に慣れた手つきでOKを押すと、対戦スタートのカウントダウンが始まる。武器が格納状態だとガルドの眼前に赤い三角でアラートが出た。肩の後ろに手を回して剣の柄を握る。

「いやー、すっかり忘れてたぜ。受け身で生きてっと脳が衰えるんだな。世界は俺らが回すんだ。小さくなっちまったけど、頭フル回転させて政治・経済回せばリアルっぽくなるだろ?」

 榎本は以前、キッチンで「帰還もったいない」とまで言っていた男だ。ガルドもその部分は全面的に同意しているが、外っぽくしたいという意図は新しかった。

「なるほど」

「だって外になるべく近い形がいいに決まってんだろ。フロキリはただのゲームだったが、ここはもう普通に()の中だ。ゲームをベースにした仮想世界。こうなったら俺らが運営していくしかないだろ。今まで自覚は無かったけどな」

 自覚などあってたまるか、とガルドは犯人たちに向かって怒りを抱いた。好きで閉じ込められたわけではない上に、牢獄の運営までコチラ任せとはどれだけ舐め腐っているのだろう。せめてAを見習って説明ぐらいしろ。内心でだけ、強いイメージで不快感を示す。そして榎本へはとりあえず驚いて見せた。

「運営か……」

 榎本が自力で辿り着いた運営という言葉は、ガルドがAに働きかけられてやっと理解した犯人達の目的だ。

 船を円滑に運営できるかどうか。そこに気付いた相棒は素晴らしい。ガルドは誇らしくなった。

「よく閃いたな」

「おう、大会合でアイツらの顔見ながら堅苦しい話聞いてたら、なんとなく」

「マグナには?」

「いーや、まだ。でもアイツ、なんか『自主自律の精神で~』とかなんとか言ってたぜ」「それは運営というより……」

 警察とも違うだろう。ガルドは直前まで思っていたことを言わずに待つ。案の定、榎本が後を継いだ。

「あー、学級委員長! だったか?」

「……ほう」

 分かりやすい。ガルドは頷き、自分に合わせたのかと笑った。

「リーダーっていうより小さな先生だよな」

 自治を率いるマグナは委員長だ。仲間達は全員役職を持ち、ぷっとんたちは刑事役を続け、組織は社会になって動こうとしている。

 ガルドが笑えば榎本も笑った。示し合わせたような揃い方が、ガルドにはとても懐かしい。かなり忙しく、ここ最近はチャットでの非対面会話が多かった。こうしてくだらない話題を語らうのは久しぶりだ。

「なんか、よくね? 学校みたいで」

「普段通り」

「お前はな! 俺らなんて干支二周くらい縁もないんだぞ、学校。懐かしいなオイ。給食とかいいよなぁ。あげぱん好きだったぜ」

「あげぱん……?」

「……は?」

「揚げたパンなんて……あぁ、カレーパンか」

 なんだ、とガルドは息をつく。

「まさか食ったことないのか? は? ありえねぇ」

「違うのか」

「カレーパンとあげぱんは親戚ですらねぇよ! むしろコッペパンの兄弟みたいなもんだろ、あげぱん! あー待て待て、金井に連絡。キッチンにあるはずだ。あ、折角だから『なつかしの給食セット』みたいに作ろうぜ。きなこタップリにして食わせてやるって。あと瓶牛乳な!」

「牛乳は今も瓶。少なくとも自分はそうだった」

「うそだろ……俺んとこ再パック(微生物分解型紙容器)だったぞ」

「ハマっこは伝統を重んじる」

「じゃああれはどうだ! 蒸し麺!」

「あった」

「ほらみろー」

「スチームトレイ」

「すちーむ……なんだそれ!?」

「お盆と蓋が密閉で、個人用スチーマーで温かさキープ」

「うわ、ハイテクかよ! 今時の小学生んな豪華なメシ食ってんのか!」

「毎日じゃないが、シュウマイと麺類は基本それで出る」

「ずるいぞ横浜! いや年代か……お前十七だもんな……」

「シュウマイ……海老団子……小籠包」

「っははは! そこかよ! よし、今日は中華な。紹興酒で一杯……っと、やっぱりやめとくか? 誰かさん飲まないんだよな」

 意味深な言い回しと共に、榎本の口から酒の名前が出る。未成年のガルドにはどんなものだか想像もつかないが、恐らく中華と合う酒なのだろう。

 ガルドはニヒルめに笑いながら言い放つ。

「ノンアルの梅酒なら飲む」

「おーっ!? いいじゃねぇか、大進歩だ!」

 榎本ははしゃぎながらハンマーを構えた。カウントがめくれていく。

 ガルドは背中から剣を抜き、榎本へ「大人だからな」と首をかしげてみせた。

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