339 ガルドの先導、スケアクロウ
「こちらと同じ、被害者の一人なのかもしれない。だが、こちらと違い蛇は外と会話が出来ていた。ココは断絶されていない。イレギュラーを通じて、もしかしたらSOSが発信できるかもしれない」
鈴音やレイド班のメンバーが見つめる熱い目線を感じる。すぐにでも逃げたかったが、ガルドは顔をがっちり強張らせ、逃げずに正面を向き続けた。
もう逃げない。
この船では逃げるところなんて無い。いつのまにか収まっていた吐き気に代わって、ガルドの腹はグツグツと熱くなってきた。
「SOSが出せなくても、AIを通さないでコチラの様子を伝えられるだけで十分だ」
外部への連絡ツールとしてGM側が設置したAI・サルガスのことは、冒頭にマグナから現状の説明として周知してあった。あまり出来が良くなく、こちらの感情を読み取る機能は皆無だとも伝えてある。AIを通さず様子を伝える方法が無い今、必死に被害者達が生きようとしている姿が伝わらないでいる。それは問題だ。
「生きたい、と伝えるべきだ。相手はAIじゃない。人間だ。心情に訴えかけ……こちらから打って出る。できることは全部する。そのための第一歩だ」
一旦息を整えてから、ガルドはチーム編成の資料画面を開いた。
「イレギュラーの対応は専門チームを組んで慎重にいく。発見した場合、直ちに自分までメッセを。安易に触れるとどうなるか分からない。見つけても近づかないで欲しい」
ガルドは壇上で必死に説明を続けた。
蛇のときも門のときも、ガルドと榎本を中心に戦闘と対話を行ってきた。今後新しく現れるイレギュラーにも同じ対応が出来るように根回しがいるだろうとマグナから勧められたため、ガルドは率先してこのイレギュラー対応に関する対策リーダーを買って出た経緯がある。
「専門チームは……大型討伐に特化した顔ぶれを数名呼ぶ。候補にはこの後、個別に声をかける」
展望台で見た血みどろの蛇を思い出しながら、ガルドは必死に慣れない説明を続けた。
アレはもしかしたら敵かもしれない。榎本やプレイヤーたちが考えるとおり、本当に被害者の一人なのかもしれない。もしかしたら自分たちを絶望させようとログインしてきた研究者だったりするかもしれない。悪趣味な血の滴るデザインがマイナスイメージを湧かせてくる。
どれが正解だったとしても、自分が関わっていればどんな対応だって出来る。ガルドは、自分の能力ではなくAのバックアップを信用していた。他の誰でもないAに聞きながらであれば、もう蛇のように第三者の手で掻っ攫われるようなこともないだろう。
だが、一人では何もできない。
「全員で帰還するために、今度こそイレギュラーを捕まえる。殺されずに殺しきらない『非討伐クエスト』だ。出来る出来ないじゃない、やるぞ。みんなに協力を頼みたい。どうか……助けて欲しい」
深く一礼し、ガルドはゆっくりと頭を上げた。
すると、眼前の景色がわっと波打っている。立ち上がる人々と、まばらに始まった拍手が視界全体を揺らしていた。
「いいぞー!」
誰かが叫んだ。
「大将!」
「頼むぞガルド! 期待してるからな!」
「閣下ぁ~っ! か、かっか、ひぐっ、ぐすっ」
「ガルド!」
「ガルドぉー! オレ! オレ行くぞ!」
「俺らも! 立候補だ!」
続々と声があちらこちらから聞こえ、ガルドは忙しく発言者を目で追った。チャット画面は感情表現の応援マークやハートマークが吹き荒れ、ガルドの眼前をピンクとイエローで覆い尽くす。
「ガルドーっ! 俺らを救ってくれー!」
「なっ……」
レイド班の見知った顔が叫んでいる。救ってくれ、など言われる立場にないと思っていた。同じく救われるのを待つ立場で、彼らを率いてなにかするような度胸も技量も無い。
そんな中、一人のプレイヤーがたじろぎながら発言と投げた。
「そ、外からの助け……ディンクロンや阿国を待つ方針は変わらないんじゃ……」
ガルドもそう思う。だが埋め尽くす世論が容赦無くかき消した。
「待ってられっかよ!」
「そうだそうだ!」
「可能性があるなら賭けるぜ!」
「ヤツらに一泡吹かせたるっ、思い通りにさせるかよ!」
「う……」
期待のこもった声援に、ガルドはうろたえた顔から元に戻せなくなった。
「チーマイのギルマスに暴走女王だろ? アイツら信用できねぇしー」
「ガルドならきっと糸口見つけてくれるよね!」
「イレギュラーみたいなのバンバン捕まえてって、ぼくらの能力を見せ付けてやりましょう!」
「あーなんか楽しくなってきたじゃーん」
司会役のメロまでが期待とワクワクを隠さなくなり、ガルドは顔を手で覆った。
「う……」
ガルドは申し訳なさと照れで顔が真っ赤になっていった。非討伐クエストの言いだしっぺは確かに自分だが、マグナや榎本と意見を出し合い、仮に「もしまたイレギュラーなモンスターが現れたら」という前提で決めたものだ。自分だけの功績ではない。
ましてや、脱出作戦を率いるリーダーのように捉えられるなど予想外だった。
「良い士気だな」
「うむ、目標があるってのはいいことだ!」
「楽しみだねぇ」
壇上で並んで座るギルドメンバーが口々に言う。ガルドは「他人事だと思って……」と小さく不満を漏らし、咳払いを一つしてから仕切り直す。
「続けてもう一つ」
大題にも資料にもないことだが、ガルドとマグナが主導で行っていく仕事がもう一つある。目配せすると脇からマグナが歩いてきた。
壇上中央に立つガルドの脇にぴたりと止まり、チャットの発言画面を引き寄せる。
「説明は変わりましてマグナです、どうも。さて皆さんご存知かとは思いますが、まだここに合流できていないであろう『見送りプレイヤー』が居るものと思われます。彼ら彼女らをギルド所属無しのソロと仮定し、ここ城下町から探索部隊を送り出し、迎えに行くべきかと考えています。異論は? ありませんね?」
普段と違い敬語を使っているマグナには、普段以上の圧力が宿って見えた。盛り上がっていた空気がぴりりと表情を変え、真面目なモードに切り替わる。
「では捜索スケジュールを配布します。自分の名前が載っている日程を確認し、各リーダーとチャットグループを作成してください。各リーダーはマニュアルにのっとり、捜索日に他業務があるなどして不参加を希望するプレイヤーの人数を集計。我々二人のどちらかをCCにしてメッセ願います。また日程表に氏名の記載が無いプレイヤーは、基本的には他の業務をお願いすることになります。あー、希望があれば捜索部隊に組みますのでその場合も我々二人へメッセ願います」
まるで仕事だな、とは言わないでおいた。ガルドは無言のまま、こちらをじっと見ているボートウィグとは目が合わないよう若干上を見据える。
「注意事項として探索の道中ですが、先ほどガルドから説明がありましたイレギュラーと遭遇する可能性が非常に高いものと思われます。そのため基本的に我々ロンド・ベルベットの前線メンバーが必ず一人、参加します……そこ、静かに! えー、その場合でも原則撤退戦とし、入念な下準備をした上での再戦を予定しております。よって……ソロプレイヤーの探索とイレギュラーの討伐は全くの別物と把握してください。質問等ございましたら各グループリーダーまで願います。スケジュール通り、初日の午前に出陣式を開催するので全員コチラにお越しください。以上」
マグナが一息ついた無音のタイミングに、ズゴゴと低い空気を吸う音が聞こえる。ガルドはちらりと横側の背後を見た。
ジャスティンは想像通り、机に顔を突っ伏したまま眠っていた。
「じゃ、ジャスぅ〜。起きて〜」
「……フンっ!」
「んげはっ!」
マグナに机を蹴られ、ジャスティンは飛び上がるように起きた。どっと笑いが広まり、マグナが困ったような笑みを浮かべて客席に向き直る。
「らしいと言えばらしいがな。これにて第一回大会合を閉会します! 解散!」
「あーそれウチの台詞ぅー!」
「おっと、すまんメロ。司会から進行を奪ったら何もなくなるな」
「無理矢理司会やらせといて、最後にゃ奪い取るってなんなのもぉ~」
二人が壇上でぐだぐだしたやりとりを続けるうちに、観覧席の鈴音やレイド班たちもバラバラと立ち上がり、ぐだぐだした雑談を始めた。真面目できりっとしていたマグナもスーツ組も、張り付いていたビジネス顔を崩して笑いながら気を緩めている。
メリハリがあるのだろう。確かに、自分達らしいやり方だ。ガルドは小さく笑うと、はしゃいでステージ縁まで寄って来たボートウィグたちに答えるため、ゆっくりと席を立ち歩いていった。
ガルドのファンは少ない。元々鈴音も舎弟ばかりが集まり、居たとしても野球選手やプロレスラーを応援する男児のようなファンばかりという特徴があった。誘拐事件後こちらに来ている鈴音の中に彼らの姿は無く、ガルドはこっそりと、数少ないファンたちがしっかりGM実動部隊から逃げ切れたのだろうと喜んでいた。
しかしそれは、積極的にガルドへ絡んでくるプレイヤーが少ないことも意味している。「閣下ぁ~! かっか、閣下かっけーっす!」
まだ人が多く残りざわざわと騒がしい閉会後の広場で、ボートウィグの声は良く聞こえた。少し小高く設置してある壇上へ駆け寄り、下から見上げてくる。見下ろすガルドからは尻尾が良く見えた。千切れそうなほどぶんぶん振られている。
「ウィグ」
「閣下の指揮ならみーんなついてくに決まってるっす!」
楽しみだと笑うボートウィグは、何故か自慢げだった。周囲へ目線を振りまき、術者装備では珍しく大きく開いた襟ぐりから溢れ出た、赤毛のふかふかした胸毛を揺らしてツンと張る。
「大将ってばあんなことまで考えてたんだねー。すご~い」
「ソロはともかく、まさかの非討伐クエだって!? ワクワクするじゃねぇの!」
「前線メンツ、めっちゃ忙しくなるじゃん。大丈夫なの?」
珍しいことに、周囲で雑談していた鈴音やレイド班が続々と集まってきた。ボートウィグの自慢げな声を受けてなのか、ガルドを話題の種にしてボートウィグと話している。
「他の皆さんはともかく、閣下はこれからめっちゃお忙しいっす」
「うわぁ、凄いなぁ」
「頑張れよな!」
「閣下なら心配いらないっすよ」
激励を貰い、ガルドは緩んだ頬をそのまま笑みにして頷いた。
「それに、もっちろんボクがついてるんで、なんの心配も要らないっすよー。体調管理もスケジュール管理もお任せあれ!」
「ボートウィグが? うわ不安」
「なーっ! 失礼っすね!」
「大将~。辛いときは休んでね?」
ふわふわとしたハイライトホワイトの髪を、床につくほどのロングヘアに設定した妖精種の支援弓プレイヤー、森の館のクローゼットが空気をなごやかにする。周囲の男性陣に「癒し系」と呼ばれるクローゼットの声にガルドも効果を実感した。カウンセラーやぬいぐるみのような安心感がある。
「ん」
気を抜いて思わず素直に頷くと、ボートウィグが案の定目ざとく反応した。
「あ、クロゼット嬢だめっすよーぉ! 閣下の癒し要員は俺ぇ!」
「ええ~? みんなの大将じゃないの~?」
「それはまぁ、そうっすけどぉ」
「お前、ほんとあからさまだよな。相手がガルドさんでココがゲームだから許されるけど、リアルでやると嫌われるぞ」
「雅炎ってば辛らつ〜。ボートウィグ泣いちゃうよぉ」
「二人とも酷いっす!」
クローゼットの隣からレイド班の男が歯に布着せない指摘をすると、クローゼットが冗談に舵を切った。エモーションアイコンを織り交ぜて怒るポーズをしたボートウィグに、二人はきゃらきゃらと笑う。
「ねぇガルド、マジ何でも言って。ガチで頑張るじゃん」
「エリ……ありがとう」
怒ったような表情で近寄ってきたのは、普段碌に会話もしないライトユーザーの女エルフだった。どことなくミーシャに似た顔に派手なメイクのデザインを加え、淡いマカロンピンクの髪を派手なウェーブカールにしている。細かい設定で生み出したらしい「キャバ嬢に今人気のヘアスタイル」だと聞いたことがあるが、コロコロと変えているため逐一変わるブームに乗っているらしい。
腰に下がっている杖は中級モデルで、装備はイブニングドレスをモチーフにした火属性のローブだ。
プレイヤーネームはエリエリが正式だが、気恥ずかしさもありガルドは縮めて呼んでいた。
「やん、真っ正面から礼なんてイイよお! エリもソロにダチ多いし!」
「ああ」
普段会話が無い相手と突然話すのはハードルが高い。それはエリも同じようで、気まずい表情でしばし無言になった。
エリを始め、鈴音の一部にガルドは怖がられ、嫌われているのだ。ガルドは自分でそう理解していて、コチラから話しかけることはしてこなかった。今は状況が違う。嫌でも何でも関わっていかなければならない。なんでもいいから何か話しかけよう、会話の糸口をつかもう、とガルドは口を開きかけた。
その一瞬前にエリがつぶやく。
「……姐御、夜叉彦さんのサポで超ビジーなんだよね。でも下手に手伝うなって怒られちゃったし」
へにょ、と泣きそうな顔になるエリにガルドは内心慌てた。夜叉彦の仕事は各個人のプライバシーに深く関わる心理的なサポートだ。手伝いはミーシャだけで、この二人が女性陣のカウンセラーとして秘密を守っていくことになる。エリはサポートされる側なのだから手伝っては意味がない、とガルドは困りながら思った。
「それはしょうがない……」
「でもさ、ガルド。エリ、外に出ても足手まといにはならないよね? 死んでもリスポーンじゃん」
「ああ」
「それでイレギュラー捕まえて、少しでも外のコト分かればさ……姐御の役に立てるよね?」
「もちろん」
「絶対入れてよねっ!」
大声になったエリに、ガルドは驚きつつ無表情を装った。
「それは……」
渋る声にエリが駄々をこねる。
「ガールードぉー! ねぇー! いーれーてーよぉー!」
「パーティはバランス見て組む」
「ヒーラー少ないじゃんホラ!」
広場に残るプレイヤーたちを指差し、エリは地団太を踏んだ。気持ちは分かる。ガルドは目を伏せた。
攻撃を捨てたヒーラー専門職は、コンボ延命の助力もできない地雷扱いだ。フロキリは支援が薄くてもなんとかなるアクションゲームタイトルで、バランスを見て組んだ場合、回復専門のポジションは入れないことの方が多い。回復弓や回復銃、ボートウィグのような回復スキルを一つ入れた程度の単詠唱魔法使いの方が便利だ。それを知らないエリではない。
「慎重に行くんでしょ? ねーぇー」
ねだられているらしい。ガルドは戸惑いつつ、周りに視線をめぐらせた。外見だけで言えば自分とエリは、キャバ嬢にブランドバッグをおねだりされる筋肉中年オヤジに見えかねない。
「エリ……」
「お~ね~が~い~!」
ガルドは知っている。エリという名前は本名ではなく源氏名らしい。顔も話術もアフターも完璧、お店のナンバーワンなの! と良く分からない単語でリアルの自分をアピールしていた。
そのエリへ、周囲の男性陣が「熟女キャバクラだろ」と一斉にツッコミを入れていたのだ。
「一応、考えとく」
「チッ、ガルドってばガード固ぁ。エリのアバター若すぎた? ホントは同い年くらいだよ?」
それはつまり、自分よりよっぽど年上なのではないだろうか。ガルドは心の底で思うが、おくびにも出さずポーカーフェイスを維持した。
「あ、ずるいぞエリエリ!」
「大将、オレも! オレもー!」
「ガルド、やっぱここは腕前大事だろ」
「ちょっとー! エリが最初におねがいしてたの!」
「抜け駆けすんなよエリエリ」
「鈴音には荷が重いって」
「うわっ、てめーら閣下に近すぎっス! 整列しないとダメっス!」
「っせぇボートウィグ」
「殺しきらないんならパリィ率高くねぇとな! な?」
詰め寄ってくるレイド班の顔が怖い。
「ガルド!」
「大将~」
「ガルドさん」
「ぬんう……」
続々と集まる対イレギュラー対策チーム入り希望者に、ガルドは目を丸くして後ずさりした。これほどの人数が希望するなど思ってもみなかったのに加え、これほど大勢の人に囲まれ話しかけられるのは生まれて初めてだ。
普段はあんなに怖がって近寄らないくせに……とガルドは本気で遠巻きの理由を嫌悪だと信じている。
「いやー、ガルドと肩並べて超難関クエなんて激レア、絶対楽しいだろ」
「まずガルドさんと一緒のパーティってのがおこがましいというか、恐縮というか~」
「対戦はあるけど一緒ってのは確かに。すげぇ足ひっぱっちまいそうでな」
「でも今は俺ら、頼られてるよな! チャーンス!」
騒がしく話しまくる周囲の中にそんな声があったが、騒がしい周囲に紛れ、ガルドには上手く聞き取れなかった。
特にレイド班の面々は、敵を生かすという史上初のバトルに参加することを栄誉と思っているらしく、いつものふざけた表情とはうって変わって大真面目だった。
「ガルド。なぁ、メッセ送るって言ってただろ? もう送ったのかよ」
「補欠でいいからさぁ! ね、ダメ? ねーってばー」
「閣下! 俺のことはいいから逃げてくださいっス!」
「ガルドさん、早く決めてくださいよ。じゃないと粘りますよ」
「待てお前ら。俺が先だ。俺が最初に直談判したんだ。ソロ探索、もっとさせろよ。なぁ、ソロ探索一回ぽっちたぁ少なすぎるだろ。俺なら何度だって行けるぜ」
「なにっ!? じゃあオレもー!」
「オヌシらズルイでござるよ! ワシにメッセ来なかったですぞ!?」
「オキナは来んな、ややこしくなる」
「ひっ、ひどすー!」
「ガルドぉ、夜叉彦君は免除してあげてくんなーい? その分アタシ頑張るからさ」
「免除なんて無理だろ、あたみ。あんま無茶言うな」
「ぶー、じゃあ夜叉彦君のとこに入れてよー。しょっぱなとか……てヴァーツはいいよねぇ。大人数で遊べればそれで満足なんだからさぁ」
「おうよ、その通りだ! だからガルド頼むぜ!? 俺らにも楽しみ分け与えてくれよぉ!」
ガルドは一歩一歩後ずさりし、とうとう先ほどまで立っていたステージのへりにまで下がってきた。背中からは逃げられない。前方はじりじり近づいてきた沢山のプレイヤーたちが層になって、ガルドの脱出を阻んでいる。
「ぐ」
FTも出来ない今、逃げる方法は一つしかない。膝を覚えたとおりの角度に浅く曲げ、右足を後ろに下げ、階段を上がるような踏切でジャンプ。
ガルドは練習どおり、高く高く飛んだ。
「あぁっ!」
「っえー!?」
背の高いヒューマン種の男たちをやすやすと飛び越え、落下する前に丁度良い位置でコチラを見上げていたコボルト種の頭を、右足でぎゅっと踏み込む。
「おっふぉ! 俺を踏み台に!? 閣下あざーっす!」
そのまま二段ジャンプ。
「それって新しく混ざったっていう『ミスタースケアクロウ』のエアリエルアクション!?」
「いつのまに!」
「あ、逃げた」
「追うぞ!」
背後から大勢の駆け足音が聞こえ、ガルドは不本意だが面白くなってきた。全くゲーマーという生き物は狂っていて、楽しいことのためなら死にかけながら勝利に執着する。人生を犠牲にし、たまにこうしてくだらないことを全力で楽しむのだ。全くクズの集まりである。
自分もそうだが、とガルドは自分を笑う。背後からそこそこの人数が追いかけてくる声がする。
「ガルドー!」
「まてー!」
「そっち行ったぞ、捕まえろ!」
おいかけっこをするのは何年ぶりだろうか。ガルドは声に出さず笑いながら、全速力で広場を飛び出した。




