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★番外編★ 三橋探偵事務所、営業中!

【番外編】大会合前、やることが減って強い不安に陥った三橋の話。本編とは直接関係ありません

 男はスーツ姿だった。仕事をしている身であるはずだった。

 しかし飛行機の中で誘拐され、仕事で探していた人々と同じ立場になり、三橋は一転被害者となってしまった。

 上司もなく、部下もなく。居るのは少し毛色の違う同業者(公務員)と、本来救うべきだった被害者たち。

 連絡がつかず頼る者もなく、同じ被害者たちには頼られることもなく。

 男は早くも、生活の目標を見失いかけていた。

「うっ、うっ……存在価値……俺の存在価値……」

 濡らす枕も空虚な仮想現実空間で、男はただなんとなく流れのまま働き、ただなんとなく上司っぽい人間に従う毎日だった。

「いいや、俺、大丈夫っす! 俺、俺……佐野さんのために頑張るんで!」

 ガリガリの骨ばった身体も再現された男は、やがて拳を強く握って奮起した。

 日電警備社の平社員・三橋は、尊敬する上司・佐野のために被害者の一人、佐野みずきを探して城下町をウロウロするのが日課だった。



   三橋探偵事務所、営業中!



「あのー……」

「ん? うわスーツジャン!」

「っつーことはアレだ。新規拉致られ民」

「なんだそれ」

 ギャハハ、と若干下品な笑い方で男たちが盛り上がる。三橋はどうしたらいいか分からず、笑みのまま固まって様子を傍観した。

 城下町、と呼ばれているらしい町に来て数日。三橋は社長の元同僚である布袋女史の元で働きつつ、大事な目標である「上司佐野の一人娘」を探して歩き回っていた。

 被害者になっていることは分かっている。この城にはその全員が集まっていないことも分かっている。だが佐野はきっと一日でも早く無事を知りたがっているだろう。三橋は焦っていた。

「バーに来てなんも飲まねーのー? 店員さーん! 生ビール!」

「生ビール。カシコまり、ましタ」

 バーカウンターで笑う三人の男被害者たちに声をかけた三橋は、あれよあれよとビールを握らされていた。

「あっ、なんかスンマセン! しかも俺お金ないし……」

「カネぇ!? そんなの外でて狩れば困らねぇって!」

「狩り……あー、ゲームですもんね」

「おいおい兄ちゃん、ごくっと行っちゃいなよ!」

「美味いぞ~。前に比べれば」

「そうそう。前に比べれば」

「ど、どんだけ不味かったんすか」

 ヘラヘラ笑いながら、三橋は自分を恥じた。なんて社交的なゲーマー達だろう。よっぽど三橋の方が卑屈で内向的だ。そもそもこんなにパリピな人間がなぜゲームなどに熱中し、なぜ空港に見送りに来るまで嵌っているのだろうか。

「お新規さん、どこ住み~?」

「こめかみの形状からしてアレだね? かなり初期の人だ!」

「え、あぁ、まぁ」

「じゃあゲーム超上手いんじゃね?」

「そんなことはないっす……ら、ライブ目的なんで……」

 三橋がそう言うと、ジョッキを振り回しながら男三人は揃って「ウェエエ~!?」と驚いた。

「は、初めて見た!」

「海外には多いらしいけどな」

「すげぇ~」

「故人のアーティストファンなんで、生ライブはもう望めないんです」

 脳波コンを入れた理由を説明しつつ、その悲しみを思いビールを一気に喉へ流し込んだ。

「なるほど……」

「愛だねぇ、愛」

 三人のうちの一人に肩を組まれ、トントンと慰められ、恐るべき距離感の詰め寄り方に三橋は目を白黒させた。職場には居ないタイプだ。

 しかしこのペースなら協力を頼めるかもしれない。優しい三人に絆され、三橋は決意を固める。

「あの……」

「俺さぁ、死んだみーちゃんに会いたかったってのがきっかけなんだよねー」

 被った。三橋はきゅっと口を閉じる。

「猫の?」

「そうそう。ペルシャね」

「アメリカだと超人気なサービスだよな、それ。撮影してさ、行動パターンAI化してさ」

「フルダイブなら完全再現だもんな。匂いも含めて、声から癖まで何もかも」

 流石に男たちは詳しかった。三橋が以前行っていた業務、海外でのフルダイブ機に関する流行の検閲作業で表では流れない情報だ。しかしブルーホールを始めとした脳波コン所持者限定のエリアは対象外だった。

 こういう話を、職場の外でガッツリ聞くのは初めてだ。三橋はボーッと聞き役に徹した。あんな仕事をさせる政府でなければ、今頃日本のあちこちでこういった話題がのぼっていたことだろう。

 仕事に疑問はない。以前から脳波コンは「銃刀法に近い扱いをすべき凶器」と言われていた。三橋はその違反を取り締まることこそ出来ないが、危険なものを危険だと言い回る仕事をしている。

 しかしここに来て決意が揺らいだ。

「あの! 脳波コンって、選ばれた一部しか扱えないの、良くないっすよね?」

「ん? 兄ちゃんはそう思うんか?」

「あれっ? 違うんすか?」

 三人の飲兵衛の内、一番年長らしき男が笑って続ける。

「オレらがここに閉じ込められてもパニックにならねぇの、なんでだと思う?」

「え、民度高いからじゃね?」

「テメーにゃ聞いてねぇ」

「えーっと、その民度が高い理由、ですよね? うーん、人格?」

「その人格は? どっから来る」

「え? 親、ですかね。三つ子の魂百までと言いますし、親の教えは大きいっす」

 三橋がそう言うと、三人はうんうんと頷いた。

「だよな。そこだ。オレこう見えて世田谷区生まれ」

「えっ」

「オレね、田舎だけど大地主の次男だよ」

「えーっ!」

「ん? オレの番? 生まれは普通だけど、親が駐在員でさ。転々したよね、海外」

「え、見えない!」

 駐在員の息子は笑って「そりゃそーだ」と酒をおかわりした。レモンがぎゅうぎゅうに詰まったグラスをマドラーで何度も刺す。

「多いんだとさ。生まれ持って恵まれてて、満たされなくて、酒浸りのグレた生活してた奴。フロキリには」

「グレてたんすか」

「おうよ。全部ベルベットのお陰だよな」

「ベル、ベット?」

 なめらかスムースなロシアンブルーを思い出す。

「リアル側でね、東京とか大阪とか色々回って、不良どもとか支援待ちの女とか、LGBTとかに声かけまくってたんだよ。オレもそれで脳波コン入れたクチ」

「金はあるけど、そのせいで友達にも家族にも恵まれなかった奴らな。ここはほら、一度大金払えばあとは『完全平等』だからさ」

 なるほど、と三橋は口を開けて感心した。

 オンラインは課金がモノを言う。

 オフラインは金がモノを言う。

 フルダイブだけが、入り口で金を求められ、その後は時間と言葉で生き抜く世界だ。三橋も大量のライブアーカイブを見る時間、そして世界中に散っているフォークソングマニアとの会話だけで満足している。

「フラットなギルド、それがロンド・ベルベット。ベルベットが集めたギルドなんだよ」

 もう居ないけど、と男は続けた。酒を飲めと新しいグラスを押しつけられる。レモンがクタクタに崩れていて、鼻を寄せると酸味が吹いてきた。

「お兄さん、ギークルートでしょ?」

「ぎ、ギーク……」

 猫好きの男がヘラヘラ笑った。言われた通り、三橋は技術から入った。やっていた日電警備の仕事もそうだが、再現性というキーワードでVRの先進系を見つけてきたからこそ、こうして脳波コンを入れている。

 そのせいでこんなところに閉じ込められるハメになっているが、それはそれだ。

「世の中に絶望してるから、オレ達閉じ込められても平気なんだよ」

「外よりここの方が居心地いいよな。差別もない、色眼鏡もない」

「うるさいアニキもいないし」

「みーちゃんのお家にログイン出来ないのだけは辛いけど~!」

 あはは、と三橋も三人と一緒に笑った。彼らの強さと弱さが分かり、三橋はうれしくなる。同時に心配事も増えた。

 この世界で優劣や差別が発生した時、彼らはかなりのストレスを溜め込むことにならないだろうか。

「みなさん、俺がギークルートだからって嫌ったりとか……ない、ですよね?」

「ないない」

「ほら、車作ってるだろ? アッチはほとんどお兄さんみたいな人たちがやってるんだよ」

「オレらする事なさ過ぎて酒飲んでるんだけどな」

「マジリスペクト!」

 この相互リスペクトがいつまで続くだろう。ため息が出かかり、慌てて口をキッと閉めた。

「お、スーツ着てるとやっぱり違うねぇ」

「仕事人、て感じ」

「サラリーマンとかすげぇよな」

「榎本とかそうだろーが」

「アイツサボりまくってるっつってたぞ?」

「うわ給料泥棒っ」

 また野太い声でどっと笑いが起きた。榎本という男は知っている。六人いる「敵の最大目標」の一人だ。

「あぁ、あの六人の?」

 そう言うと酔った男たちは「詳しいなー」と感心した。まったくパリピは褒めるのが上手い。三橋は照れながら続ける。

「轢かれたところを助けてもらったんで」

「お~優しいな〜榎本のやつ」

「知ってるか? 相当年下好きって噂」

「えっ」

「えっ」

 あの大らかでアニキ的な人が、と三橋はショックを受けた。

「ここ来る前、空港でよ。見たらしいぜ? モデルさんみたいなかんわいーい女の子と歩いてたって」

 三橋は目を見開いた。

「それ、その子!」

「えー? 知ってるんか?」

「く、黒髪のボブショート、高身長、モデル体系! 違うっすか!?」

「髪は知らねーよ。でも合ってるかもな」

「その子、ここに来てるハズなんすよ! 知りません!?」

 三橋の言葉に、三人はぴたりと口をつぐんで絶句した。

「……あ、あの……探してるんです、けど……」

 駐在員の息子がグラスを落とす。

「わっ! 大丈夫ですか!?」

「お……」

 割れたグラスは中身ごと氷の粒のようになって弾け飛び、空気中に掻き消えていった。三橋は慌てていたが、ここがゲーム内の飲み屋だと思い直し、顔を上げる。

 見ると、三人とも顔をトマトのように真っ赤にしていた。

「え?」

「お、おま……マジ?」

「おおお女の子? かわいい女の子が、こん中に?」

「待て待て、この中だぞ? ぷっとんか吟醸ちゃんか、あと熱海湖とかか?」

「バッカお前熱海はジイさんだって言ってんだろ!」

「えっ、どうしよう。えーっと、えっと、そうだ。今日から優しくしよ」

「アイツらにか!? ねーわ、マジねーわ!」

「ぷっとん男だろ」

 目に見えて狼狽出した三人に、三橋は思わず口を滑らせた。

「ぷっとんさん女性ですよ。仕事で何度か……ぐはっ!」

 突然ラリアットを食らった。そのまま首を絞められる。

「ぐほ、ちょ、痛、あっ痛くない」

「そそそのかわいい女の子って姫ボマーのぷっとんなのか!?」

「んな訳、ないじゃねーか、顔も分からないプレイヤー探してんだコッチは。ぷっとんさんなら苦労しないって」

「あ、そっか」

 やっと腕から解放されて、三橋はカウンターに背中をべたりとくっつけてのけぞった。悲鳴のように叫ぶ。

「女の子なんて選り取り見取りだっただろうがー! パリピの癖に!」

 知り合って間もない三橋に暴言を吐かれても、三人は全く気にする様子もなく切り返してきた。

「榎本が狙う女の子、てのがミソなんだよ!」

「しかもプレイヤーってことだろ? ひゃー燃えるぅー! ダレダレー?」

「榎本オッサンだし、オレらの方が若いし……」

 汚い男たちだ。三橋は急に冷めた。

「俺の目の黒いうちは許さないっす。上司の娘さんなんで」

「っえー!?」

「そりゃ手ぇ出せないにゃー」

「あれ? それ、榎本ぶん殴る案件じゃね?」

「……そっか!」

 そういえばそうだ。三橋は点と点が線になった感覚に声を上げて喜ぶ。空港で佐野みずきと一緒に居たのは榎本だ。彼なら彼女のアバターがなんなのか分かるだろう。

「調査へのご協力、ありあとっしたーっ!」

 腰まで折る一礼で感謝を表し、三橋は酒場を飛び出した。後ろで「分かったら教えろよー」と声がする。

 友達のような言い方だが、不快ではなかった。窓越しに大きく手を振ってから道の角を曲がる。

 三橋は走った。全速力で走るイメージを続けた。確か青椿亭という別の酒屋に居るはずだ。榎本に聞き、すぐ田岡に話してもらうのがいい。

「佐野さんっ……佐野さん! はっ……はっ……聞きましたか!?」

 空を見上げる。再現だろうが仮想現実だろうが、この空はあの男のところまで繋がっている気がした。

「見つけましたよ! 手がかりっ!」

 青い椿の生垣が見えてきた。

 重い木の扉を開け、中の奥、円卓席で何人かが飲んでいる席を見つけた。その中に探していた榎本がいる。普段より胸元が開いている海っぽい洋服を着ていて、警告色の紫で怪しく装飾されたハンマーを背中に背負ったまま椅子へ座っている。

 楽しそうな様子に怒りが湧きつつ、三橋はズカズカ近付いていった。

「エノさん!」

「お? どーした三橋ぃ」

 ヘラヘラと笑いながらワイングラスを傾ける榎本に、三橋は口を尖らせて詰め寄る。

「どーしたじゃないっすよ! なんで言わないんだアンタ!」

「へ?」

「女の子! 噂、聞きましたんで!」

「おっ、女の子ぉ?」

「ごほっ!」

 榎本の隣でシャンパンのようなものを飲んでいた黒銀大剣使いのガルドがむせた。ちらりと見てから、榎本に向き直る。

「空港で女の子と歩いてたって噂ですよ! その子っ! 俺、ここ来た日からずっと探してるんですけどー! 言ったじゃないっすか、上司の娘さんが拉致被害者に入ってるから保護したいんだ、って!」

「き、聞いたことねぇぞ?」

「あれ、ガルドさんには言ったんでしたっけ?」

「んん゛っ! む、ああ」

 ガルドはクールに咳払いし、視線を横に滑らせ、手の中のシャンパンをくるりと回した。普段よりシワが寄っていて、会合を邪魔されたロシアンマフィアに見えなくもない。

 彼には聞かないでおこう。むしろ謝ろう。三橋は素直に頭を下げた。

「くつろいでるとこすんません……あの件、エノさんが重要参考人なんで! ちょっとお借りしますね! 失礼しまーすっ! ほらっ、エノさん!」

「あーっ俺のワインー! おいっ! 俺ぁ何も知らねぇぞ!? うわ引きずるなって! おい三橋ぃ!」

「田岡さんにすぐ喋ってもらいたいんで、サンバガラスのホーム行くっすよ?」

「待てって。俺だけじゃなくてだな……ガルド~!」

「……す、すまん」

「見捨てるなよ相棒! なぁ、相棒だろ!?」

「店員、お勘定」

「ガルドーっ!」

「往生際悪いなぁ。ほらチャキチャキ歩けー」

「三橋てめー! 俺のことアニキって呼ぶんじゃなかったのかよ!?」

「尊敬できない相手は呼べないっす。話なら署で……いえ、事務所で聞くっすよ」

「事務所!? 怖い怖い! 何されるんだ俺!」

「ふふーん、サンバガラスホームの一室を事務所にしたんすよ。日電警備のフロキリ支社……じゃつまらないんで。新しく立ち上げます! ほら、ドラマみたいで良くないっすか?」

 俺にしか出来ないことだ。三橋はその場のノリと閃きで、安直だがストレートな事務所名を思いついた。


「三橋探偵事務所、営業中っす!」


 依頼主は佐野仁。「この世界のどこかにいる娘みずきを見つけて欲しい」という依頼だ。待っててくださいね、佐野さん。必ず見つけて、必ず連れ帰るんで!

 三橋は満面の笑みで、事務所まで榎本を引きずっていった。 



「あ、カツ丼用意します?」

「いらねぇよ……」

 その後。

 噂の女の子は「えっと……な、ナンパしただけの一般人だ!」と判明した。


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