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338 打ち明ける声は関西弁

 拡声器などといった、日常使いに便利なものはこの世界には存在しない。ゲームをプレイしている間に使わないものは徹底的にこの世界から排除されている。いや逆か、とガルドはポップアップのディスプレイを感受コントロールしながら思う。まず真っ白な世界があり、必要なものだけを入れ込んだのだ。

 周囲のプレイヤー全員に話しかける「大声機能(シャウト)」はあるが、発言者が本当に大声を張るイメージを続けなければならない。遠くなればボリュームも落ち、こうした大会合で使われることは無かった。

 そもそも大会合は元々、フロキリの外で普通に使われている公開チャットアプリを活用していた。外部のサーバーにログがしっかり残り、フルダイブ機を使わず閲覧でき、かつ、フレンドの縛り無く全体に公開できる音声・文字混合のチャット画面をスクリーンで公開して使っていたのだ。

 誰もがウェブブラウザでチャットへアクセスして参加できる。生放送の収録を生で見ながら、その放送をイヤホンで聴くような感覚だった。それが今、放送機材も通信手段も無い。

「それではー! 全員ー! グループ『拉致被害者友の会主催第一回大会合討論会』にー! 入ってくださぁーい!」

 メロが叫ぶ。

 ざわめいていた会場が一斉にしんと静まりかえり、横型の長椅子に座ったプレイヤーたちが目を閉じた。ガルドも目を閉じる。

 触れそうなほどくっきり見えるようになったフロキリ仕様のメッセージ・チャット画面が、グンと目前の鼻先まで迫ってくる。いくつも格納されているグループ欄の一つ、大会合Gの枠に埋め込まれた参加者一覧のアイコンと名前の右脇、赤射線のマークが一斉にぽぽぽと音を立てながらグリーンの丸へと変わった。

 ただのオンラインゲームではありえない手法だ。

「ついてない人いない? みんな入った?」

 メロの声で目を開ける。

「フレンドなってない人いないよね? ぼっち(ひとりぼっち)って人、手ぇあげてー?」

 笑いが一瞬おきる。壇上から広場を見ると、全員が少し上を見上げてこちら側を注目しているのが分かる。

 ガルドは心臓が一つ高く鳴るのを感じた。緊張する。それも好きではない方の、アガリの緊張だ。戦闘前に感じる緊張とは正反対の感覚に、アゴ周辺から違和感を感じた。

<大丈夫かね?>

<分かるのか>

<心拍の急上昇。あと嘔吐はしてないがね、食道と胃の活動が活発化しているようだ>

 Aが事務的に「みずき」のコンディションを報告してくる。先ほどのアゴのもぞもぞは吐き気だったのかとガルドは血の気が引いた。吐くほど緊張しているなど、身体が無いと分からない。

<……フム、脱水以外の嘔吐時は生塩(生理食塩水)は控えるべきかね? 刺激でもっと吐くと? なるほど>

 ド素人丸出しなことを言い始めたAに、ガルドは無表情のままうろたえた。目線が泳ぎ、大勢いる鈴音とレイド班の目線を感じなおし、なおさらグルグルと緊張感が湧き上がった。

<了解、医療系マニュアル通りにサポートする。みずき、心配しないで頑張りたまえね>

<ん>

「ではでは。拉致被害者友の会主催、第一回大会合討論会を開催いたしまーす!」

 メロが口頭発言からチャットへの入力を始め、自動文章化された文字ログと共に開会を宣言する。わきおこった拍手に、実感こそ無いもののガルドは本当に吐きそうだった。

 緊張するといっても、それほど参加人数は多くない。被害者プレイヤーは鈴音とレイド班合わせて十八人。舞台袖、椅子に座らず立ち見で待機しているぷっとんと部下四人、田岡、金井、三橋を合わせて総勢二十六人。そこにガルドたち前線六人を合わせても三十二人。高校のクラス一つ分よりよっぽど少ない。

 だがこんな風に見られるのは初めてだ。ガルドは壇から下を眺め、見るたびにあちらこちらで目が合う鈴音やレイド班の顔ぶれに生唾をごくりと飲み下した。のどが渇く感覚は再現されないが、もぞもぞとは少し違うひりついた感触に、感じないはずの乾きを覚える。

「おい」

 小声で隣の席から声がした。ガルドが座っているものと同じ、真っ白の箱型デスクと箱椅子がずらりと並んでいる。脇の席は榎本だ。

 ガルドと数センチしか変わらないほど高身長の榎本が、箱にすっぽりと長い足を納めて座っている。緊張感の無い笑みとタレ目でガルドに「おい」ともう一度声を掛けてきた。

 狭そうに膝を揃えて突っ込む、普段ならありえないほどお行儀の良い姿勢の榎本が面白く、ガルドは目立たないように両手を小さく胸の前に縮こめた。カメラを持ってシャッターを切るジェスチャーポーズ。スクリーンショットが一枚作られ保存される。

「なんで撮った今」

「なんでも。で?」

 小声で聞く。

「打ち上げ、どこでやるよ。やっぱ青椿亭か?」

 重要でシリアスな話をする直前という時に確認するようなことではない。あきれた表情を隠さず、ガルドは目を細めた。緊張をほぐそうとしているのだろうか。

「ん……」

「だって憂鬱だろうが。終わった後のお楽しみがないとやってらんねぇよ」

 そういえば榎本も大会合は苦手だと言っていた。ガルドより人と関わるのが得意な榎本は、緊張感ゼロで平気そうな顔をしていながら、ただ「口立つ奴が無双して他のユーザーこけおろすだろ、あれ。見てて吐き気するぜ」と嫌がっていた。きりっと、まるで人権意識の高い男だろとでも言いたげに。

「はぁ」

「ため息ついてんなよ。ほら、見える人間の顔をかぼちゃだと思え」

「そういう緊張じゃない」

 やはりそうだ。ガルドは恥ずかしくなる。保護者モードの榎本は変に察しが良く、ガルドが緊張しているのをほぐそうとしてくれているらしい。

「面接もあんだろ? いい練習だと思えよ。就活練習、それこそ社会に出れば社長相手にプレゼンなんてこともあるんだぜ?」

「回避する」

「目の前見てみろ。義務ってやつが降りかかることもあるだろ」

「う……」

 榎本の言葉にノドがひっかかる。

「ま、がんばるこったな。今までみたいなのとは毛色も違うし、荒れないだろ」

 そう締めて榎本が前に向き直る。ガルドはなるべく視界いっぱいにオーディエンスが入らないよう、あごを上げて目線だけ下げた。

「はう一閣下まるで魔王みたいっすー」

 下の最前列からボートウィグの声が届き、ガルドはさらに眉をしかめた。

 メロが司会を行い、担当者がどんどん議案を出す。内容こそ身近な「船」の現状やルールについてだが、その語り口は遠い世界での出来事に見えた。

「続きまして大題四番、フロキリ以外のフルダイブゲームタイトルを元にした小規模バージョンアップに関する報告へと参ります。進行は叶野(かの)

「はい、叶野と申します。どうぞよろしくおねがいします」

 壇上の舞台袖で立っていたスーツの女性がメロの言葉に合わせ、新たな発言者としてチャット上に現れた。その場で深々と礼をし、資料の乗ったポップアップディスプレイを複数枚広げてから説明を始める。

「現状ですが、この仮想空間は既存のアクションゲームをメインの引用元とし、その他の様々なゲームタイトルを統合して作られた新しい空間です。理由としましては、転送処理直後の、何も無いホワイトの状態から背景グラフィックが生成された瞬間の目撃証言があります。つまりこの仮想空間は容量に一定の限度があり、そこへ限度より少なかったフロキリのデータを切り貼りし、空いた容量に他タイトルの一部が付け加えられている……と、推測されます」

 この堅苦しい言い方はどうにかならないのだろうか。ガルドは横へ視線を移す。案の定、ジャスティンがこっくりと船を漕ぎ居眠りしていた。

「他タイトルの内訳一覧はお手元の資料をご覧ください」

 前もってメッセージ形式で送付されているものの、大タイトルが四になっているものを開く。一覧には様々なタイトル名があるが、うるおぼえなのか、ところどころクエスチョンマークで場を逃がしているものもあった。

「エリア名『ディスティラリ』と『クラムベリ』の間にある攻城戦用フィールドエリアですが、こちらはアジア圏の宗教法人が法人内でのみ頒布しているインディーズのゲームタイトルだと推測されます。特に狼煙(のろし)と表記した、立方体の針葉樹葉を積んだヤグラですが……こちらは恐らく『外護摩』のような仏教系のアイコンであり、調査中につき未確定ですが、周囲には神道系のアイコンである鏡やしめ縄の目撃情報もあります」

 内容は知っていることばかりだ。ガルドは話を適当に聞き流しながら、自分の番ではどう話し始めればいいかシュミレーションをしていた。

 そうでもしないと無言のまま棒立ちで終わりかねない。しかし、今まで壇上で説明をした四人のスーツ組は誰もが真面目すぎ、現役高校生で練習も経験も不足しているガルドには真似できないクオリティだった。

 今話している叶野は何歳だろう。斜め後ろの席に座るガルドからは、横顔がちらりと見える程度だ。少なくとも母・弓子よりは若い。いとこのすずに近い年齢だろう。

 社会に出れば、自然とああしてハキハキものが言えるようになるのだろうか。にわかには信じがたい。

「クラムベリで確認されたBGMの改竄も、この手の宗教系ゲームによるアップデートによるものと推測されます。お経の種類までは特定できませんでしたが、恐らく海岸沿いのエリア一帯は宗教によるメンタルケアを目的とした実地試験が行われているものとみてよいでしょう」

 スーツ組の一人は淡々と説明を続けている。ガルドはその様子を見て、緊張している自分が不出来で能力不足な人材なのではないかとしょんぼりした。

 勉強は出来る方で、点数を取るのに苦労したことは無い。だが社会は違う。榎本も言っていたが、こうした「壇上で何十人かが見守る中で説明をする」ような機会はよくあるのだろう。

 暗唱は出来る。だがスムーズに話せるかといえば、今日、この六つ後に回ってくる自分の番になってみないと分からなかった。

 外部で調査に深く関わっていたぷっとんと三橋、全体を俯瞰する立場のマグナの三人は免除されているが、「各議題のリーダー」を決めており、不服ながらガルドも選ばれている。

 スーツ組は全員で重複しながら、この世界に関する様々な謎を紐解いていくのが仕事だ。他ゲームの混ざり方、サルガスに予告された大型バージョンアップの調査、FTなどの無くなった技術など。古いフロキリ時代を知らない彼らならば、逆に新鮮な目線で見ることが出来るのではないか。そうして決まった割り振りだった。

 他のメンバーは今後の「生きやすさ」がテーマだ。

 金井はサンバガラスのキッチンに付与された料理の再現技術について。

 田岡は装備分解による編み物を中心にした被服の発展について。

 ジャスティンは装備の分解で部品を生み出すために、装備品の生産を目的にしたクエストリレーのリーダーを。

 メロはエンターテイメント全般の不平不満をまとめ、新たなアイディアをサルガスに受注する仲介ポジション。

 夜叉彦は、鈴音を中心に女性陣のQOL向上を目指すリーダーに。

 そして榎本は、無くなってしまったFT(ファストトラベル)に代わり施設間を繋ぐ交通手段になったソリや列車、クルマといった「乗り物」の開発を担当することになった。

「では、大題十番……」

 メロは疲れてきていた。

 休憩も無く、全体の司会に加え発表を一つこなしている。声に覇気が無く酔いも醒めたのか、残業帰りの中年らしく見えた。

 ガルドはゆっくりと席を立ち、壇上前方へ歩き進む。続けてメッセージ画面を操作し、チャット発言を全体に向けオンにした。音声も自動入力文章も入る。

「拠点各地で見つかった『イレギュラー』な敵と、会話の可能性。そして……『外界へ連絡を取る方法の模索』について」

 ガルドは自分の声で、大題に書いた担当のタイトルを読み上げた。


 吐きそうなほど緊張している。Aの言葉が本当で、必要以上に「本来得られないはずの情報」を目の前の仲間たちに話してしまった時、果たしてどうなるのか。想像すると身の毛がよだつ。かゆみを訴え、首や腹をかきむしり、マグナたちが見たという「見たことも無い消え方」でログアウトするのだろう。そのリスクと天秤にかけ、ガルドは実験の早期決着をとった。

「信徒の塔、時計型モンスター。ル・ラルブ近郊、門型モンスター亜種。そして、人魚島。展望台にいた別ゲーム由来の【ヤマタノオロチ】。特にオロチは、エンゲージする前、YESかNOでコミュニケーションがとれた」

 前もって送信していた資料に軽く書いてあることだが、清聴していた鈴音やレイド班の面々は互いに顔を見合わせ困惑していた。信じられないのも無理は無いが、映像が有る。

 ガルドはイベントステージの管理コマンド・ポップアップ画面を引き寄せ、備え付けの機能でムービーのスクリーンショットを流した。

 真っ赤に染まった展望台の床、とぐろを巻く蛇が画面いっぱいに映っている。榎本が撮影したもので、たまにちらりとガルドの背中が入り込んだ。

<ぐおん>

<ぐおんぐおおん>

 聞こえた蛇の声に、ざわっと壇の下で仲間達がざわめいた。音声を流すのは初めてだったが、資料に書いてある通り鳴き声の回数で意思疎通しようとしているのが明確だからだろう。ステージから遠い位置に座るDBB(ディビビ)が「ッヒェアー」と叫んでいるのが聞こえ、ガルドは少し緊張が落ち着いてきた。ざわめきが落ち着いたのを確認し、続ける。

「一回はYES、二回はNOで会話が出来た。対話が出来ないことに、蛇本人も困っている様子だった」

 こんな情報を得て、一体なんになるのだろう。ガルドは自分が口にしていることをふと疑問に思った。話を聞いた彼らは何を考え、この船にとってどんな効果をもたらすか。果たして自分のしていることは間違いでないと言えるのか。まだ何も分からないが、不安がよぎる。

 だが、ガルドは信じてこの壇上に上がったのだ。怖がらず動き続け、考え続け、せめてサルガス側のGMが「これ以上は時間の無駄だ」と気付くまで、我々プレイヤーが生存をあきらめなければ勝ちだ。そのためにも、外へと繋がる何かがあることは知っていて良い。

「このような、他ゲームから引用された特殊な敵を『イレギュラー』と呼ぶことにする。異論があれば挙手を」

 ガルドを見つめる視聴者の中から数人が、首を横に振って異論無しをアピールしてくれた。ガルドはまた一段と解けた緊張にゆるく微笑む。

「イレギュラーの中にヒトが入っていたのは一件だけだ。これから増えるかもしれない。いや、今までも、気付かなかっただけかもしれない」

 Aから聞いた話では、Aと似たような任務を持ったコンタクターが少なくともあと五体は存在し、榎本たち一人ひとりにコンタクトを図ってくるらしい。だがそのことは言わず、とにかく対話できるなにかがイレギュラーをアバターにして入ってくるのではないかと説明した。

 もう過ぎたことだから聞かなかったが、Aに今度「蛇はどの陣営に捕まっていたのか」質問するのも良いだろう。ガルドはそれをさておき、今話すべきことをメモから取り出した。

「次に、外界へ連絡を取る方法の模索、について」

 書かれているままに話す。

「イレギュラーを通じた連絡が可能ではないか、という予測が立っている。全体のAIが絡む機械的な犯行に比べると、イレギュラーが入り込む時期は意図が理解できない。恐らく人の手、実在の犯人が関わっている」

 おおっ、と感嘆の声が上がった。

「展望台の蛇は、こちらと友好的に対話しようとしていた。最後のシーンを……」

 ガルドは三倍速でキャプチャー動画を進め、蛇が反転して襲い掛かる直前を出した。

<ギ、ギ、ギ>

<な、おい、どうした>

 マイクを床に落としたような音。

<様子がおかしい>

<最初からおかしな奴だったけどな。ロクに会話出来てねぇし……>

<ザ/ザ/ザ>

<しっ>

<お、おう>

<ザ/ザザ……やめぃ! やめろて!>

<お、おい!>

 けたたましい騒音とノイズ。

<なんや、アンタら! 離さんかワレェ! オドレ、覚えとけよ!?>

<おい、待て! あんたら何者だ! 犯人でも被害者でもなくて、リアルにいて、何してたんだよ!>

 その辺りで止める。

 壇の下から視聴者たちの息を呑む声が上がり、ガルドは目を伏せた。この後、彼らと似たように榎本が蛇の中にいた被害者らしき人物を救えなかったことを嘆くのだが、その前に動画はぷつんと切れている。

「詳しいことは分からない。ただ、蛇の中からコチラへ顔を出していた人物が、犯人らしき誰かに引きずられるように連れて行かれたのは確かだ」

 ガルドは事実だけを意識した。

 蛇の中に閉じ込められていたのではなく、何か別の理由であの場に居た可能性を。もしかしたら犯人で、Aとは別陣営の、例えば日本人がいるというサルガス側の人間である可能性を。そもそも蛇がAと同じ陣営かどうかは分からないことも。

「外部との連絡手段は、恐らく、イレギュラーが握っている」

 ガルドはわざと、脳裏から捨てた。



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