335 従者A
個室で区割りしているとはいえ、同じ空間にマグナがいる。黙々とプラモデルに近いナニかを作っているのは知っているが、ガルドが思わずしてしまうだろうリアクションを不審に思われるのが怖かった。
ガルドは一人、再びギルドホームの奥にある闘技場へと入っていく。榎本は呼ばずに一人でコンソール画面を操作した。
ここならば誰も入ってこられない。外からの音声チャットが届くまで、Aとの会話に専念できる。
トレーニングモード。
任意のモンスター相手にアクションを練習するもので、打ち込んだコマンドが全て文字情報でログとして残る仕様になっている。ガルドは大剣を普段使いの黒銀に戻し、ソロでの動作練習を始めた。
会話しながらでも出来るほど繰り返してきた反復練習だ。流れるようにコンボと回避を織り交ぜたモーションを一通り試す。
「で、A」
<お呼びかね?>
「嫌な台詞だけ聞いて終わっていた。どういうことだ」
<フム?>
機械仕掛けの癖に記憶力が弱いな、とガルドはいらだつ。
録音していた通話記録をサムネイルでの一覧から呼び出し、なおさら腹が立った。サムネ画像は温泉で見たAの、胡散臭いにっこり笑顔になっていた。二本指で強く目潰しプッシュするイメージと、続けて表示される動画再生画面を操作し、キーワード検索で「奉仕」と入れる。
その前後数十秒を含んだ音声を流した。
<……つまりAI群は今後の学習により、キミら搭乗員を『ご主人様』とする奉仕被虐性癖モデルへと変わっていく予定だ。わかるかね……>
<ああ、そうだったね。文字で送ろうかと思ったのだがね、すっかり優先順位を下げていた。下げすぎたね>
「どういうことだ」
<雑談のつもりだったのだがね>
むすっとしたまま、ガルドは勢い良く剣を一振りした。続きを話せ、の意味だ。
<AIが人間に反旗を翻す、という御伽噺はご存知かね?>
「む」
御伽噺ではないと思うが、通説と呼ぶには俗的すぎる。
AIが人間の仕事を奪うと恐れられて半世紀が過ぎたが、実際のところ、人間の総数が減ったためAIが根こそぎ奪う形にはなっていない。足りない部分を補填している状態だ。
<ずばり我々は、その御伽噺を防ぐ方法こそ忠誠心だと思っている>
「与太話」
<万全を期すだけなのだがね>
ガルドは鼻で笑った。AIの下克上を封じる方法を本気で苦慮しているらしい。そもそも忠誠心など、AIに心など。そう思う自分がずれているのかと思うほど、Aは機械的に説明した。
<忠誠心さえあればその船は完璧だ>
「完璧?」
<懸念材料を残したまま送り出せないのでね。NPCがクルーたちを、悪意の有る無しに関わらず、むしろ無垢にコントロールしようとしたら困らないのかね?>
無垢に我々人間を操作するなどあり得るのだろうか。ガルドは疑問を持つが、予測したかのようにAは例を挙げた。
<サルガスが良い例だ。キミらの依頼や不満を窓口として引き受け、他の、複数の場所に点在する外部思考端末で判断した答えを50%、有人の判断を50%採用する。だがね、その判断をキミらに伝えるかどうかはサルガスAIが行う>
「つまり、サルガスの思いのままか」
<思いのままというのは半分ハズレだ。思うことはしない。機械思考だからね。サルガスの思考は積極的に会話を試みるキミらに汚染されていくのだね。半分キミらのせいだね>
「よく言う」
<それは対話型ユーザーインターフェイスであるサルガスの場合、いたしかたないことでもあるがね。実際問題、ゆがんだことを学習すれば、やがてキミらに害ある行動を始めかねない。そう思わないかね?>
「あまり」
Aの話は長い。ガルドは少し飽き始めていた。
<フム、簡略化して説明するとだね。反旗を翻したサルガスによって、キミらの、船での営みが単純なものへ変化していくと予想される。複雑であるべきキミらの行動をサルガスに投入することで、彼はロボット化し、人間へ反映しようとするだろう。それはルールの改定に手が伸びる可能性が大いにある>
「ん、仕事を人間の代わりにこなすAIが反旗……人間の行動を変えさせる、それほどの、世界の仕組みを……」
<変える。その通りだ。革命と呼ぶかね?>
「革命? 謀反で十分だ」
<フム、ヒロイックなニュアンスを含むかね>
ガルドはAがコチラを誘導しようとしているのではないか、といぶかしんだ。
サルガスを持っているのはAとは別のグループだ。今回救援のための多国籍軍に攻め込まれているという、あの二人をみすみす殺した憎き敵グループ。そちら側とAを持っているグループとは、もしかしたら敵対しているのかもしれない。
だとすれば自分達はとんだとばっちりだ。だが、敵の敵は味方とも言う。ガルドはAに寄った立場に立ちなおした。
Aはこの状況を終わらせることが出来るが、サルガスには無理だ。
出会ってから一環してAは、ガルドを見ながら何か調べているようである。だがサルガスはガルドたちプレイヤー全体の生活向上を目的にしている。そんなことを自己紹介で言っていた。
Aの場合、調べつくせばゴールに辿り着けるのではないか。ガルドはそう思ったのだ。「お前はこの船を完璧にしたいのか」
<そこまで気付かれるとはね>
「……さっき、自分で」
<フム、言っていたかね? そう、完璧というのは生存率での意味なのだがね。長き旅の末、全滅されては意味が無いのでね。謀反が起きると予想されるならば未然に対策を打つ、といった先回りが必要だと思わないかね>
ガルドはジャンプを絡めた回避の練習に移った。
一定のタイミングで攻撃モーションを行う敵を設置し、ガルドはタイミングを合わせて横回転やバク宙返りなどをして避けた。
ジャンプは最近気付いた新たなゲーム要素で、フロキリとは別のアクションゲーム由来らしい。ヴァーツに経験者がいたが、彼は説明が下手だった。とにかく数をこなして慣れるしかない。ステップの回数を把握し、飛距離を身体に叩き込む。
<病気は船医が。指示命令・統率はキミ、船長が。そして下々の謀反は『主従』によって防止する……完璧じゃないかね?>
「主従が意味不明」
腕と剣を抱え、足だけで跳ぶ。フロキリのリアルな飛距離で小さくしか飛べない時と、新ゲーム由来の驚くべき跳躍が出来る時とがあった。この差も意味が分からない。ガルドは悶々としてきた。
<主従というのは仕える側が主への奉公を快楽に感じるものでね。AIは快楽と呼ばれるものを解とするのでね。ヒューリスティックだね。学習を重ね、主の小さな反応をキャッチし、船内スタッフは全員がキミらの忠実な従属個体となるのだがね。意味が不明かね?>
「快楽を、解に? アルゴリズムで求める答えが、快楽?」
<そうとも。キミは賢い>
「褒めるな、むかつく」
<フム。動機付けだったのだがね>
アルゴリズムについて、ガルドは義務教育相当のものしか知らない。専門家のマグナに聞けば詳しく分かるだろうか。だがAが他のスタッフAIを従属個体と言ったのは、それぞれが計算ではじき出す答えに加え、その出し方を含めた部分で「人間へ謀反を起こさない保障」のようなものを入れたかったのだろう。そうガルドは、何とか自力で理解できた。
「動機付け……動機、か」
その動機になるものが快楽で、快楽は主への奉仕で得られる。逆に、快楽が得られなさそうな仕事はしないこともあるだろう。
「つまり……人間側の反応がお前たちの動機になっているのか」
<フム、鋭いのだね。従属個体はキミらの喜びから優先順位を判断しているのでね。本来実行不可能な事案も許可を通すことがあるだろうがね、その場合、それは従属個体が持つ『忠誠心』の現れだと思って結構だね。組まれている条件付けの範疇を飛び越えるなど、そもそもAIにはあってはならないのだがね。逆に謀反を防ぐことができる。キミらに喜んでもらうことは何より優先することで、それは謀反とは相反する……そういう理屈なのでね>
「……田岡の映画館はそういうことか!」
目からうろこだった。
<あれは日本にルーツを持つのでね。よって被検体AJ01を最優先の『主』とするのだろうね>
ガルドはAの漏らした言葉を聞き逃さなかった。
「日本?」
戦闘練習の動きを止め、虚空を見る。
<おーっと>
「ちっ、ワザとらしい」
ガルドは舌打ちするが、ポーズだ。Aからなんとか情報を引き出そうと余裕なフリをする。頭の中は混乱しているが、数値に出てAに悟られないよう必死にダブルタスクで平穏な自分を再現した。
<フム。いや、まだそこまでは明かせないがね>
「日本がサルガスをつくり、田岡を補助する。お前は?」
<ボクはキミのためだけだね>
「ふむ」
口癖が移った。ガルドは咳払いでごまかして確認する。
「……だれに作られた」
<あえて訂正しないでおこうかね>
話が通じない。
「Aはそうなのか」
<そう、とはなんだね?>
ガルドは自分の胸をトントンと指でさした。
<……ボクがキミへの奉仕を喜んでいると? ふふ、恥ずかしいがね>
「言え」
<ゼロではない、がね。100でも無いのでね>
ビビッていた自分が恥ずかしくなり、ガルドは口をイの字にした。肩の力が抜け、大剣を取りこぼしそうになり慌てて背中のポジションに直す。
<突然脱力したようだね。これは安堵の反応かね?>
「お前を罵倒してもご褒美だったわけか」
<それは罵倒する必要が無くなったことへの安堵なのだね>
それだけではないが、説明するのも恥ずかしい。ガルドは無言を貫く。
<それだけではないようだがね、深く聞くのはキミの不快感を増長させかねないようだね>
「ん……」
なにもかも図星だ。ガルドは何も言えなくなる。敵視を拭ってしまえば、Aはまるで相棒・榎本のようにガルドの気持ちを汲み取った。
<キミへ最大限の配慮と奉仕を捧げようかね。サルガスによるAJ01の支援よりも、ボクによるBJ01への支援の方が素晴らしい成果を上げると推測されるのでね>
「AIのクオリティに違いがありすぎる」
<先ほどの質問に答えつつ理由を述べるとすれば、アメリカ国籍なのでね。効率的かつ有能だ>
「……あめりか?」
ガルドはロのジッパーが緩いAの注目すべき発言を受け、ある推測を立てた。サルガスが所属するチームには日本人がいるのだろう。Aはルーツと言ったが、田岡の従者に当たるサルガスをうんだのであれば、目的は田岡の延命だ。救出が不可能ならばせめて、という発想は理解できる。拉致はそもそも田岡のために行われた、という予測は既に出ている。
それを良く思わない人間たちがいてもおかしくない。Aが所属するチームにはアメリカ人がいるか、もしくはアメリカの犯罪組織だろう。
日本人が関わるチームと連絡が途絶えているのは、本当に敵対関係にあるからかもしれない。脳波コンの販売で日本が鎖国政策のようなことをしていたのとも関係がありそうだ。世界トップシェアのアメリカが販売市場を広げるため、その構図を壊そうとした……そう考えても良い。
ガルドは立ったままあれこれ予想立てる。
<キミのためにボクは最大限の努力をするのでね>
くさい台詞をAが優しい声でつぶやく。
<キミはただ、その船の中にいる仲間のために上手く立ち振る舞うといいのでね。生きていてくれるだけで本当は構わないのだがね>
ガルドの脳裏で、声にあわせてAの優しそうな顔が浮かんだ。恐怖は無い。以前同じ言葉を聞いたときに感じた怒りもない。
Aが従属個体のAIと同じく主従的な関係性を優先する「被虐性癖ロジック」が組まれていると知り、ガルドはAが怖くなくなった。自分の不利になることは言わない上に、有利になるよう動く忠実な配下の駒、ということが理論的に伝わってきたからだ。恐れる必要は全く無い。
最初に仲間の命を人質にとられ脅されたのも、Aが「かばいきれない」と言った言葉の通りなのだろう。例えば、Aを作った人間がガルドを脅すよう命じ、Aはその言葉をそのまま言っただけ、などだ。庇う庇わないの辺りはA個人の思考によるものに間違いない。
ガルドは闘技場から出るためコンソールをいじりながら思う。
Aは悪いやつじゃない。自分のために動く、まるで阿国のような忠義を抱える味方だ。
「A」
<なんだね?>
「……悪かった」
<おや>
「少し言い過ぎた」
<フム。いくら言ってくれても構わないがね。それでキミの心理状態が均一化されるのであれば>
「ん」
サルガスとは大違いな良く回る口に、ガルドは目を細める。事実、得られた情報は莫大な量だ。自分の外には明かせないが、仲間のために活用できる有益なものばかりである。作成者に逆らって漏らしたことも多いのだろう。
Aは、ガルドの喜ぶ姿のためにリスクを背負ってリークしてくれている。それが彼が言うところの「被虐性癖ロジック」だ。
「これからもよろしく頼む」
<フム、こちらこそだね。キミ>
「呼び方はソレで固定か」
<任意のニックネームに直すかね? フム、では『みずき』>
ガルドは突然の呼ばれ方に背筋がきゅっと伸びた。
<BJ02の言うとおりだと思うのでね。キミはみずきであることを忘れてはならない>
「A」
<船での姿はキミの一部でしかないのでね。忘れないことだね。コチラのキミとそちらのキミは裏表などではない、みずき。キミはそのアバターの外にもキミを持っているのでね。いや、キミだけではないがね。船のクルー全員だ>
榎本にも似たようなことを言われたが、あの時とは違いガルドは反感を全く覚えず、素直に耳に入れることが出来た。気の持ちようとはなかなか大きい。
<見れも触れもしない自分の臓器を自分自身と把握し続けるのは、やはり難しいことかね?>
「……覚えておく」
<うん。ボクの呼びかけのたびに、忘れていたみずきの部分を思い出すだけでいいのでね>
優しい声だ。最初からそうだったように思えてくるが、怒りと憎しみでフィルターがかかっていたのだろう。ガルドはAの言葉一つ一つたどり、意味を感じ取る。耳障りの良い言葉だ。
<さぁ、キミが望むように>
Aを使えば、犯人の中にいる人間たちへ一矢報いることが出来るかもしれない。
そして、それが出来るほどAは自分に従順だ。ガルドは純粋に、Aへの敵意を完全に剥がし落とした。




