333 優しさと無意味さ
「あ、ガルド!」
「どうだった?」
「ガルド……」
城下町に残っているプレイヤーたちには立ち入り禁止を命じたサンバガラス・ギルドホームのロビーで、金井とメロ、夜叉彦の三人がカーペットに直で座り込んでいた。暖炉の方を向いていたが、ガルドの帰還にすぐ気付き、さっと三人同時に立ち上がる。
ガルドは首を横に振った。色々と情報は得たが、仲間に伝えられない「A経由」のものがほとんどだ。うっかり口からこぼさないよう、わざとガルドは無知のふりをすることにした。
「そ、そう……やっぱりサルガスには荷が重かったよね!」
「ん、いつも通りだった」
つとめて言葉通りに、普段の口調で言う。メロはくしゃりと顔をゆがませて無理に笑った。ガルドは前もってA経由での表情操作のMODを使い、ポーカーフェイスを強化している。あとは嘘を悟られないよう振舞うだけだ。
<さて、ここからが本領発揮かね。キミがどう彼らと関わっていくのか、その結果何が起こるのか。ボクはそこに興味があるのでね>
まるで実験用モルモットに対する感想のような言い方に、ガルドは強い不快感を覚えた。我慢することなく知っている語彙を使って罵ってみる。
<黙れ外道クソ死ね悪趣味>
<フム、確かにキミからすればボクは犯人と同一に見えるだろうが、しかしこうして協力しているじゃないかね。味方のつもりなのだがね>
<今度会ったら縛って叩き切って露天風呂の岸壁から外に吊るす>
<そういうプレイかね?>
<やめろ>
<この計画に関わるにあたり、一通りBDSMに関しては学んではいるのだがね>
<ほんとやめろ>
ガルドはAの雑談に集中力をかき消されないよう、聞こえる音量ボリュームを調整した。遠くで小さく聞こえる程度の大きさで、Aは独り言のように話を続ける。
<リアルのキミは随分細身だが筋肉質だね。ボンテージは似合うだろう。フム、黒のニーハイブーツにピンヒールなどどうだろう>
<死ね>
「ガルド、あのさ……」
夜叉彦が口火を切る。
被るように聞こえるAの雑談と違い、真剣でかなりネガティブだ。言いにくそうにしているのを見つけ、ガルドは配慮し先に切り込んだ。
「……二人は」
「あー、うん。通信じゃ、ちょっと言いにくくてさ。何が起きたのかは順を追って説明するけど、その、結論を言うとさ……」
<何も無関係な話ではないのでね。その船に乗せたAIたちのことだ>
Aは脱線した雑談から真面目な話へと戻ってきたらしい。
<キミを含めた搭乗員と周辺環境AIとの関係を考えた中で、ボクたちはある結論に達したのでね。意図して知識を与え、その方向へと学習を寄せていく予定だ>
<A、文字チャットで寄越せ>
同時進行する会話に混乱しないよう、Aの内容は文章化するよう促す。
「ガルド、落ち着いて聞いて。二人は……消えた。ログアウトともちょっと違うエフェクトで、上に上がってった……」
<AIが搭乗員の道具になるのではなく、奉仕行為への喜びを持つ自律AIが主人に仕える構図を目指している。よって、支配に快楽を得られない人間は不要なのでね。それがグループ分けにも繋がっている>
<は?>
「すーっと消えるように、ああ、アレはなんというか……」
「昇天?」
「うん」
「だからね、ガルド。事実じゃないことを祈るけどさ、ウチら全員一致で思ったんだ……」
<つまりAI群は今後の学習により、キミら搭乗員を『ご主人様』とする奉仕被虐性癖モデルへと変わっていく予定だ。わかるかね?>
「死んだ……殺されたんだ。GM」
「……信じたくない、な」
ガルドは夜叉彦の言葉だけでなく、Aにもそう首を振って答えた。
「ショックだよね、ごめんね、黙ってようかとも思ってたんだけど」
「気を遣わなくてもいい、金井。子どもじゃない」
「そうだよね。ああ、目にした僕でも信じられないよ」
「着いたときにはもう?」
金井からちらりと目線を夜叉彦に向ける。言いづらそうに顔をしかめているが、真っ直ぐにガルドを見て夜叉彦は口を開いた。
「いや、間に合ったんだ。ぐったりしてたけどね……」
「かゆみで?」
「そう。かゆくてかゆくて、かきむしっても収まらないからね。なんとかしようとしたけど、彼らが来た後はあっという間だった。でもね、元気だったんだよ? 疲れていたけど、ハキハキ喋るし食事も出来た」
仮想の食事は胃が受け付けなくても出来る。そうガルドは思ったが、声には出さなかった。夜叉彦が息を一つ深く吐いてからガルドに向き合う。
「奥でマグナがジャスティンと、通信で聞いて怒ってる榎本のこと宥めてるんだ」
「榎本?」
ガルドは意外に感じた。こういうとき、相棒は自分を殺して周囲に合わせる傾向がある。マグナの手を煩わせるほど騒ぐイメージはなかった。
「あー、うん。ウチもちょっと今驚いてるけど。ガルドが想像以上に冷静だからさ」
もっと泣き喚けばよかっただろうか、とメロを見る。苦笑いしているがホッとした安堵の表情で、今の自分が正解なのだと解釈した。
「……かゆいと田岡から最初に聞いてから、覚悟はしてた」
「さ、流石だねぇガルド」
「いや、ネガティブなだけだ。一番悪い結果になった」
「榎本も同じ感じだったけど、ガルドに包み隠さず言うって決めたら超怒った」
夜叉彦が引き気味だ。なるほど、とガルドは頷いた。相棒は二人の死を仕方がないとして受け入れつつ、仲間達の決定に怒っているのだ。
「わかった」
虚空へ視線を移し、ガルドは姿勢を崩した。チャットに集中すると自然となる姿勢だ。夜叉彦が慌ててガルドの正面に回ってきた。
「ガルド!? いま榎本に話しかけるの、火に油注ぐようなもんだよ!?」
「大丈夫」
そういえばボイスチャットモードで榎本の声が常時入ってきているはずだったが、とガルドはチャットウインドウを大きくする。
その時、ミュートしたはずのAが通常音量で割り込んできた。
<あ、うるさかったから音量をしぼめておいたがね。不服かね?>
いつの間にか榎本の欄にあるスピーカーマークに射線が入っている。
<A! こら!>
慌てて戻す。油断も隙もない。
<え、榎本……>
<……で本当に良いと思、あ? ガルド!? てめぇっ!>
<悪かった>
<どんだけ話しかけても返事一つしなかった癖に! てめぇ、この! お前、おま……だ、大丈夫か?>
<低姿勢か>
<はぁー!? 心配して言ってんだぞ!>
<大丈夫だ>
<じゃあなんでミュートしてた! 突然びっくりするだろ!?>
ガルドは状況が読めてきた。
返事が無いのに加え、同時に「死」と「被害者から死人が出たとガルドが知る」ことを知り、榎本は心配性が膨れ上がったらしい。自分の非がなくはない。慌てて取り繕う。
<ム、ん、手が滑った>
<滑るかぁっ! 脳波コンでイメージ操作だろうが!>
<……無意識で>
<無意識で俺のことうるさいとか思ってたのか>
<いや、その……ちょっと静かになりたかった>
<それが心配だって言ってんだよバーカ! 一人に出来るかボケぇっ!>
<さっきから聞いてれば……>
バカだのボケだの言われ、ガルドも腹の虫がぐるぐる怒りへと向かう。
<大体てめぇらもてめぇらだぞ、特にマグナ! 見ててやんなきゃダメだろうが!>
<ぐ、いや緊急でな>
マグナが戸惑いの声で反論するが、ガルドは被せて歯をむき出す。
<子どもじゃない、一人で動ける>
<金井はともかく俺らは知ってんだからな>
暗に「お前高校生だろ」と言われ、ガルドは眉間にしわを深く寄せた。ギルドチャットで内容を聞けていない金井が、突然怖い顔になったガルドに驚き「ひぃっ」と引きつった悲鳴をあげる。
<だから、子どもじゃない>
<未成年のことを子どもって言うんだよ、ティーンエイジャー>
<気を遣うな>
<こんなの気遣いに入るかよ。俺ぁな、これ以上お前に傷がつくのを止め……>
<こっちの台詞だ榎本。無駄な配慮で騒ぐな>
<な……無駄ぁ!?>
<それで喧嘩されても困る>
<だっ、いや、喧嘩じゃ……あのな。いくらロンベルのルールだからって、明かしていいことと隠すべきこととあるだろ>
<要らない>
<お前が男前過ぎんだよ! 吟醸の様子見ただろ? 普通同じ被害者から二人も死人出たらあんなもんじゃないぞ! もっとぐらつくだろうが!>
<そんなに弱く見えるか>
<殺されるかもしれないんだぞ!>
激しい剣幕にガルドはたじろぐ。
<二人! 死んだんだぞ……二人だ。一気に>
ガルドは反論のカードを持っていた。
二人は拉致の犯人にではなく、救出するため押し入った多国籍軍との戦闘に巻き込まれたこと。犯人達はガルドら被害者達全員を生かそうとしていること——これは精神安定剤の類が消えた二人に投与されていたことからも事実だと分かる。
冗談を言える程度の能力を持つAはともかく、サルガスにそこまで考えて嘘をつけるだけの脳はない。
榎本の言うとおり犯人による殺害ならば、被検体の差異を比較してデータを取るという目的から外れれば、ありえるかもしれない。処分。ガルドが一番恐れていたものだ。
だがAは「攻撃を受けていて余裕が無い」と言っていた。
そんななか、他の被検体にこんなに大きな影響がでる「人間の処分」を行うだろうか。
<榎本>
<理由も条件もわからねぇんだぞ……>
ガルドは何も言えなかった。どれもAから得た情報ばかりで、口にすると榎本が真っ先に切り落とされる。
榎本本人が言うとおり、犯人の意思で不要だからと殺される。
<大丈夫だ>
<お前がそれで良くても、俺が嫌だ>
<だから、それはコッチの台詞だ>
相棒が自分のミスで死ぬのだけは死んでも嫌だ。だが言葉にならない。声にも文字にもならない。
<ガルド……お前の気付かないところで、お前の中のどこかが傷つくだろうが……>
通信越しに聞こえた相棒の声は、今まで聞いたことないような慈しみで溢れていた。
無駄な心配だ、とガルドは叫びたかった。二人の死因は犯人の意図じゃないんだ、と。犯人の訳の分からなさにビクビクしなくてもいいんだ、と。
だがガルドは、頑なに口をつぐんだ。榎本を守るために。
<とにかく平気だ>
<折れないぞ、今回は。風呂んときといいなんだかんだうやむやにしてたがな、五人も大の大人が! 男が揃って放任たぁ許せねぇな!>
「榎本……別にウチらそんなつもりじゃ……」
<だったら他のヤツらにも言うのかよ>
横でメロがぐっと詰まった。
<……それはダメだ。言っちゃいかん>
低い声でジャスティンが絞り出す。
<ガルド、強いな。お前さんは強い>
<その強さに甘えてんじゃねぇって言ってんだよ>
<ハァ……別に平気。榎本、しつこい>
<あぁん!? てめ、ガルドぉっ!>
鼻で笑って余裕を伝えると、榎本は捲し立てた。
<お前は! いいから! 守られてろ!>
<榎本>
<隠してもお前なら気付くだろうな、二人が死んじまったって! だがな、お前をこの問題の中に引きずり込まなくて済むんだよ。生き死にのことをガキが話し合うなんて狂ってる。俺ら大人が隠そうとして、お前、わざわざ頭突っ込んできたりしないだろ? 一線引いて欲しかったんだよ>
「そうならそうと言え」
<ここまで話して首突っ込まないわけがないよな!>
「よくわかってるな相棒」
<だーから嫌だって言ったんだよ馬鹿ー>
グルグルと唸る榎本の声が続く。
「ん……とにかく、このことは外には秘密に……ん、田岡は?」
最初に彼らのかゆみを教えてくれた老人、田岡の姿がない。
「あー、実は外でね。事情は伝えてないよ」
「ん、それがいい」
夜叉彦がアイコンタクト混じりに言った。田岡のメンタルを考え、ガルドはこっくりと頷く。
そして榎本が怒っていた理由もやっと飲み込めた。
「……口裏あわせが要るのか」
「そうだね。ガルド、上手く合わせてね」
「田岡がなんか察しても『引きこもってる』とか『別の街に移動した』とか、なんとかソレっぽい感じにさぁ。その場でアドリブお願いね」
<ログアウトした、と言うのは少し時間が経ってからだな>
「最終手段だ」
<だからガルドに言うの反対だったんだよ。結構きついぞ、これ……>
「榎本、しつこい」
<にゃろーっ! 人の親切を無下に! 流しやがって!>
「いらん」
「もう、二人ともやめなってー」
<ジャスも落ち着いてきた。打ち合わせに入るぞ。全員こっちにこい>
死んだ人間の生存を偽装する。
ガルドたち六人と金井が負う罪は、終わりが見えない嘘という罰で長く続きそうだった。




