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330 二人ダブルで盛り上がり

 宮野の頭は混乱を極めていた。

 ちらりと見ただけだ。印象に強く残る顔ではない。ただ本人が「親戚だ」と言っていた男で、記憶には残っていた。

 ヒゲのおっさん、佐野家の関連人物。確かパープルのダウンジャケットを着ていた。

「えーっと、まって。被害者の一人がみずの親戚? でも名前は『えのもと』? つか良く見ればアバターに若干似てるし、えー? え? どうなってるの?」

「とりあえずほら」

「わぁ、ありがとー」

 ほかほかのホットココアが目の前にとんと置かれ、宮野は少しだけ現実に戻ってきた。

「で? どうしたの突然」

「ハヤッシー、凄いよコレ! 誰が作ったの?」

「だからぁ、有志で集まってるボランティアだってば」

「有志の人は顔を知ってるってこと? この、この人」

 宮野が強めに指でフィルム式のスマホモニタを二回叩く。押されたフィルム表面が波打った。

「全部そうだよ。家族が脳波コン使える人に写真渡したり、そもそもSNSで顔出してたり。あとオフ会とかいうやつに参加して会ってたり、いろいろ理由はあるみたいだけど」

 ストローを咥えながらそっぽを向き、まるで興味のなさそうな顔をした林本が続ける。

「この人は似顔絵だから、家族は参加してないか、もしくは捜索チームのこと知らないんだろうね」

「家族、いないとどうなるの?」

「独身なら似顔絵だと思うよ。だって自分で上げたからって、SNSから顔写真を他人が使うの法律違反じゃん」

 宮野も知っている「公共電波上における肖像権保護法」の一コマだ。写真や個人情報の流出について細かく決められたもので、どんな情報でも基本的に二親等までなら無断でも罪にはならない。

「でも、だってさ、この榎本って名前マジ? 他人の空似かなぁー」

「そこはマジ。だってほら」

 林本がこめかみにケーブルをつけると、勝手に画面が細かく切り替わる。カタカナや変な意味合いを持つネット上での名前、ユーザーネームの一覧表だ。漢字を使った苗字らしい苗字は榎本なる名前のみで、逆に目立つ。

「だ、だってウチ、みずのママさんにだって確認したんだよ?」

 ポテトフライにたっぷりケチャップを付けながら、林本が目だけを宮野へ向けて続きを促した。箸で口へ真っ赤になった芋を運んでいるのを見て、口にはさんだ瞬間を狙って一言付け加える。

「……みずの彼氏の名前」

「うぶっ! ごほっ! え、えーっ!?」

 林本がポテトを咀嚼前の状態で吐き出した。

「やっだ、ケチャップ飛んでるー!」

「あ、あは、ごめん……ってちょっと! それホント!? みずの彼氏、こんな顔してんの!?」

 佐野みずきとは違う意味でクールな林本が荒ぶりながら叫ぶのが面白く、宮野は笑った。

「ちょっと! ねぇ!」

 二回叩かれ声を何度も掛けられ、笑いがようやく収まったところで、宮野は本題へ戻った。

「ウケるー。えっとね? メガネが見つけたの。みずが言ってた『ゲームの世界大会を見に行く』って言葉から」

「あ、彼氏を応援しに行くってことか」

「そうそう。んで、その選手の中で白っぽい鎧の赤マントがENOMOTOだったの」

「言ってた特徴バッチリじゃん……えのもと? え、コイツじゃん」

 林本がスマホへ指をさした。宮野は頷く。

「そう、コイツだよ。その後ママさんから連絡あって、いろいろ聞いたんだよ。ママさんのところに、みずのオンラインのトモダチが来たんだって。ハワイに行くとき一緒に行ってくれる付き添いの人。その人がみずの彼氏のこと榎本って呼んだらしいよ。だから確定」

「二十六歳?」

「でもさ、この顔、ウチ一回見たことあるかもしれない」

 宮野は不思議そうに首をかしげた林本へ、春先に佐野宅へと入って行った男の話をした。

「……え、おっさんだった?」

「みずは『親戚だ』って」

「それ、マークワンのスタバで話してたやつだよね」

「ハヤッシーもいたっけ。それそれ」

「でもその人が榎本なら、なんでアメリカにいないのさ。会いに行ったんでしょ?」

「え、あ……」

 辻褄があわない。

 宮野は必死に考える。どこかに勘違いがあるのだ。そもそもの、佐野みずきの恋人が選手だというところが間違っているのだろうか。それとも似顔絵が間違っているのか。別人の顔を榎本として似顔絵製作者が認識しているのだろうか。

 どちらにしろ、宮野には込み入った理由など分からない。

「ぐぐぐ、わかんなーい」

「諦め早」

 ぐったりとテーブルに突っ伏した宮野に、林本が端に追いやっていた単語本を見せた。

「少し聞いてくるから、ちょっと時間潰してて」

「聞いてくるって?」

「ねぇねと先生」

 そういって林本は、腕を組んで目を瞑りボックス席に深く腰掛けた。



 海のようなニオイがする。林本チヨ子が初めて来たときの感想だ。聞いた姉サチ子は笑って「んなバカな」と一蹴した。ニオイの再現は大型機械でなければ不可能だ、そんなちゃちなスマホじゃ精々自動ムービー化で精一杯、サーバー側に処理を任せても再現なんて夢のまた夢どうのこうの。

 姉は説明ぶった口調でベラベラとワケの分からないことを話した。そういうところが嫌われるんだよ、とは言わずに飲み込む。林本チヨ子は空気を読む良い妹を目指している。

<どうしたのチヨ。そんな怖い顔して、こんな深いとこまで>

 姉サチ子がからかい混じりに言ってくる言葉を無視し、林本は本題に入った。脳波コン持ちだけが入れるコミュニティサイト・ブルーホール。その、フルダイブ機なしで入れる簡易感覚的なロビーに姉が漂っている。

 あるポイントに丸く平たいアイコンの形で浮いている姉は、どこかに接続して別のコンテンツを視聴中らしい。内容は外から分からないようマスクしてあるが、外と繋がり絵を広げ、時折メモアプリが立ち上がるのが素人の林本にも分かる。

<ねぇ、先生は? あと新聞屋さん>

<二人ともフロキリ専用のダイブエリアよ。私はここでサボりという名のお留守番>

<とか言いつつ仕事してんじゃん>

<ばれたか>

 姉はオンライン上でサボっているように見せかけつつ、本当は仕事をしていた。なんとなく分かり指摘すると白状したが、一体何をしているのかまでは分からない。来るたびやっていることは違う。もりもり何かを打っていると思えば、何かの電子データを分解していると()()できることもある。

 詳しくない林本でも分かる程度に姉サチ子は仕事熱心で、妹は改めて彼女へ反感を覚えた。

<そんなに仕事が大事?>

<はいはい、今度顔だすから>

 事件より仕事が大事なのかと聞いたのだが、サチ子は家族との比較だと思ったらしい。横浜の実家に顔を出すと言われ、現在進行形で住んでいる林本は嫌そうな声で文句を言った。

<えーいいよ別に>

<はいはい。で? なぁに?>

 慣れた様子で姉のアイコンがすすーっと移動してくる。

<トモダチとケイサツ行ってきた>

<唐突にどうしたの>

<すず先生たちが教えてくれたこと、とりあえずトモダチに話してみたの。そしたら、みずのトモダチがみずからメッセージ受け取ってて、でもそれ犯人からなんじゃないかって>

<ええっ!? なに、それ警察に届けちゃったってこと!?>

 姉が予想に反して非難のニュアンスをエモーション(感情)アイコンで送ってくる。林本は驚き、良く分からないまま続けた。

<え? そうだけど、ダメだったの?>

<とりあえずその後は?>

<その子と今ロイホ(ロイヤルホスト)来ててさ。会の人が作った被害者モンタージュ見てたんだけど、この『榎本』って人のこと詳しく知りたくて>

<正直そういう情報なら深層にゴロゴロ転がってるから。そっち読んで自分で探って頂戴>

<えー?>

<そうやって面倒くさがって何でもかんでも人に任せるの、アンタの悪い癖だよ?>

 姉が正論で挑んでくるのを、リアル側の眉間に力を入れて不満を示した。林本はどう頑張っても口では姉に勝てない。

<そんなことより、警察に流しちゃったの? もう、一言相談してからにしてよぉ>

<大事でしょ? ケイサツに言わないと捜索始まんないじゃん>

<そんなことないの! まぁ、説明はしょった(省いた)私が悪いんかな~>

 そう言うと、姉はいつもどおりの長ったらしい説明をしはじめた。林本は相槌もうたず、ただ静かに聞くことに専念する。

<普通の警察と違うの。警視庁よ。警視庁が今回の脳波コンのハッキング事件の詳細を追ってるの。その警視庁は他の省庁と連携を組んで動いてる。海上保安庁とか情報復興(じょうほうふっこう)庁とかね。貴方達が行ったのは神奈川県警でしょ? そこまで話が流れてるならいいんだけど、多分制限掛かってると思う。無駄よ。無駄無駄! 警察なんて持ってっても税金使って仕事させてるのに無駄骨なるにきまってる。警視庁のサイバーテロ対策は弱すぎて話になんないし。情興庁の方がまだマシだけど、逮捕まで出来る権限は無い。どこもダメ。日本政府にはね、この成田での事件を解決する能力なんてハナから無いの。つくば研究都市にも無いけど……ここは作ることに特化しすぎた。運用もヘタクソ。だから私達はバックアップに徹してるってわけ。実際、日本人のまとめの窓口はボランティアの『被害者家族の会』がやってるでしょ? ネットへの窓口は『きゅうきゅうきゅうか』とかいうチームがしてるし。じゃあアンタはその犯人から届いたっていうメッセージ、誰に託すべきだったと思う?>

 唐突に質問形式で投げてきた姉へ、いつもどおり林本は<知らなぁい>とだけ答えた。

<警察じゃなくって『被害者の会』と『きゅうきゅうきゅうか』に送るべきだったのよ>

<ふぅん>

<あー、ったくもう。まぁ心配しなくても、県警から時間かけてゆっくり警視庁の担当者まで行くと思うけどね。それじゃ時間かかりまくるし。とりあえずそのメッセージのデータ頂戴?>

<アタシ持ってない>

<友達が持ってるの? じゃあアンタのスマホに移して、そこから頂戴>

<えー? 直接送ってもらうよ>

<バカ、チヨ、アンタのスマホのデータセキュリティ誰が組んだと思ってるの。そんじょそこらのとは格が違うんだから。漏れて困るものは安易にネット通さないで頂戴。基本有線よ?>

 よく理由も理解できないまま怒られ、林本はあっという間に機嫌が悪くなった。無言のまま一度リアル側へ浮上し、宮野にデータをコードを通してコピーしてもらい、戻ってきても無言のまま姉に向けて送信する。

<これはこっちで調べるから、アンタたちはおとなしく勉強頑張りなさいな>

 姉から送られてくる年長者ぶった台詞も半ば無視し、林本は協力者で似顔絵を作った「きゅうきゅうきゅうか」の人々に向けて、ブルーホールを介さないメール型のメッセージを書き始める。

<あの、質問あるんですけどー>

 短文のメッセンジャーに慣れきっている林本は、ここでメールを一度送信にかけた。


「で、収穫は? なんか分かった?」

「榎本って人の似顔絵、間違いなく『フロキリ世界大会出場チームの榎本』だってさ」

「じゃあみずの彼氏だ」

「それが、四十代だって」

「……え?」

「とし。四十歳ぐらい」

「……えっ?」

「会ったことがある人もいたし、所属してるチームが中年オヤジの集まりらしくって。全員四十から五十くらいらしいよ」

「え? え?」

「……なんか、余計に分けわかんなくなってきた」

「みずの彼氏じゃないよそれ、ありえないじゃん」

「だよねー。と思ってさ、ちょっと考えたんだけど。名前。嘘付いてたんじゃない? 榎本ってネームバリューをみずの彼氏が使ってたとか。セミプロっての? 結構有名人なんだってさー」

「ちょっとまって、図書くから。榎本を名乗る似顔絵の選手のオッサン、と、みずの彼氏、っと。別人ね」

「うんうん」

「こっちの榎本は行方不明、誘拐された被害者一覧に入ってる」

「うんうん」

「みずの彼氏は名前わかんないけど二十六で、アメリカにいた。ハワイに、わざわざ大会のためにみずを呼び寄せ……あ、そういえば! 榎本だって思ってたのは『白と金の赤マント』って特徴と合ってたからなんだけどさ、これ、パクってたのかも!」

「あー、雑誌でモデルが着てるの見て買っちゃうみたいな?」

「それそれー」

「なるほどね。それなら」

「そこまで好きなら、彼氏がかなりのお金かけてでも日本に住んでるみずを呼んで、世界大会の応援にかけつけたいって気持ち、分からなくないかな。|TGC《東京ガールズコレクション》みたいなもんでしょ?」

「あっそれ分かりやすい」

「じゃあ狙われた感じじゃないね。巻き込まれたとか?」

「ねぇ、もしかしてみずの彼氏、誘拐されてないんじゃない? 一覧にそれっぽいの居なかったじゃん。まだハワイにいるとか」

「ありえるありえる! 探そうよ! ネット使えばすぐだよきっと!」

「向こうもきっと、みずのこと探してるよね。だったらボランティアに参加してるんじゃないの? その、えーっとなんだっけ」

「ブルーホールを使ったバグ取りゲーム」

「そうそれ。それに参加してる人にさぁ、みずと、みずの彼氏っぽい榎本ファンのプレイヤー! いるでしょ。紹介してもらおうよ! せっかく接点できたんだからさぁ」

「宮野、さては頭いい?」

「ふふん、予備校通い始めてから進化してんの一」

「そんな天才宮野、英語の進捗どうなの?」

「え、ヤバイよ。明日の単語テストは落としたも同然」

「頑張れ。見守ってるから」

「ハヤッシー、人ゴトじゃないよね?」

「あはは、とりあえずゼロ点じゃなければいいよ」

「ダメだからそれーもー」

 林本と宮野がワッと笑うテーブルに、店員がデザートを持ってやってきた。

「お待たせしました、トリュフオイルが香るチョコギモーヴパルフェのお客様」

「あ、きたきた」

「とりゅふー? 高級キノコだよね、それ」

「気になっちゃって」

「……なんかデザート頼もうかなー」

「これとかどう? トリュフの散ったミルクレープ。トリュフ祭りだから、今」

「え、ヤバ」

 二人はそうして、少しずつ佐野みずきに関わる話題からズレていった。

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