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328 クラスみんなの話の花は

 話が途中だった。どうしても気になって集中出来ない。宮野は顔をあげた。

「ねぇ。さっき言いかけてた話、蒸し返していい?」

「え? こ、今度でよくない?」

 スマホを握りながら林本がきゅっと体を縮こめた。

「え、なになにー?」

「さっきトイレで言いかけたじゃん。気になる。今日も塾で放課後時間無いし、せっかくの休み時間なんだからさぁ」

「う、そうだけど、でも……」

「なになに、なんのこと?」

「みずのこと」

 宮野が口にした単語に佐久間が驚いた。

「えーっ? ちょっと! 置いてきぼりヤダよぉ」

「ゴメン、あんまり大声じゃ言えないっていうかさ……ネットで成田の噂聞いただけなんだもん……宮野なら知ってるかと思ったけど」

「成田? 噂? なにそれ知らない。つか受験生にネットする余裕あると思う?」

「もうみやのん、息抜きぐらいいいじゃない」

「夏も終わったんだから、勝負はこっからだって。気緩めちゃダメなの」

 教室内の空気は夏休み前に比べてグッと固くなった。そうしているのは自分たち一般組で、選考が早い林本には他人事なのだろう。宮野はちらりと首をもたげたマウントへの欲求をグッと抑える。林本は合格したが、早く決まった分レポートがどっさりあるのだ。どっこいどっこい。一般が偉いとかでは無い。そう気持ちを落ち着かせる。

 横浜。坂の上の、とある進学校。高校三年生のクラスのど真ん中に陣取る女子高生の一団は、昼食後の自由な時間を満喫中だった。佐久間も林本もネットサーフィンに興じている。

 宮野はその中で一人、数学のテキストを開いていた。

「あー、メガネには言ったんだけど……そん時二人呼べばよかったなー」

「メガネ? なんでよ」

「そもそも成田ってどういうこと? みずは結婚準備で留学は方便なんじゃないの?」

「それもそれでいいけど、その上にってこと」

「上に?」

「留学もアメリカ入りも予定ではそうだったかもしんないけど、辿りつけてるのかなーって。成田でさ、ロシアみたいな『飛行機まるごとの誘拐事件』があったんだってさ。しかも夏前、たぶんGWに」

 林本が告げた内容に、宮野は思わず身を乗り出した。

「えっ!?」

「う、噂だけどさ……」

「えーっ! なにそれなにそれ、初耳!」

 慌ててシャーペンを転がし、宮野もスマホを取り出した。収納型のスクリーン画面を親指で擦るように解除して広げ、指でスルスル操っていく。

「えー出ないよー!?」

 成田や飛行機、誘拐や拉致で検索しても的外れな記事ばかりが並ぶ。

「そりゃそうっしょ」

 林本は足を組み直し、スカートの裾を手で伸ばしながら顔を傾けた。流れる髪の間からこめかみがのぞく。ホワイトにピンクの編みこみイラストが描かれた女子向けの細いケーブルも共に見えた。磁石でひっついて垂れ下がり、握るスマホの側面に刺さっている。音楽用イヤホンケーブルに見えなくもない。

「そっち?」

「うん」

 脳波コンを埋め込んでからしばらく経つが、林本はフルダイブ用ハードウェアを持っていない。使えるのは安価なケーブル伝いのブルーホールのみだ。フルダイブゲームタイトル専用のコミュニティエリアは入れない。

 伝え聞く噂は、脳波コン持ちならば誰でも入れる自由(フリー)ロビーでの噂話だ。

「みずのやってたフロキリって、Frozen-killing-Onlineの略でしょ?」

「え、知らないけど、多分そう。英語で長いの」

「じゃあそれだ。そこのコミュ、他のに比べて人数制限入るくらい超人気でさぁ。ソフトも欠品で入荷待ちだし。なんでもね? フロキリプレイヤーになれば『懸賞金の掛かったバグ取りゲーム』に参加できるって」

「なにそれうける」

「バグ? 成田とか関係ないじゃん」

「うんうん。つーかみず(佐野みずき)に関係あるかと思ったのに、そもそも成田って関係ないじゃん」

「これが関係あるんだよねぇー。バグ取りゲームってのが、どうもバグじゃなくってウイルスらしくって」

 林本が小声になった。顔を近づける。

「……ちょっと前にドイツで見つかったじゃん? ()。あれもそのバグ取りゲームのお陰だってさ」

「ドイツでって……ロシアの飛行機拉致事件? え、まじで?」

「でもさ、でもさー、じゃあ解決じゃん」

 佐久間が顔を上げる。そこに林本が首根っこへ腕を回し、顔をもう一度伏せさせた。「でも続いてんの! バグ取りゲーム! 変でしょ? しかもね…….期限の欄、『成田の被害者が見つかるまで』ってなってんだってさぁ」

「成田の……ひがいしゃ?」

「成田でなんかあったの?」

「誰もツッコまないけど、変だよね。知らないよね。探す場所は日本じゃなくてロシアとかアメリカとかヨーロッパとか、基本外国なの。だから日本人の参加率低いけどぉ、翻訳されて出てくる参加者のやり取りとか見てると、NARITAって。エヌエーアール……ねぇ、これで成田であってるよね?」

「スペル? いやただのローマ字だろ」

「あはは」

 林本は誤魔化すように笑った。

「もう、なんでそんな大事なこと教えてくれなったの!?」

「だってみやのん、すっかり受験生だし」

「そうそう。すっかり興味ないみたいだったし、私も忘れてたわ」

 林本と佐久間がそう笑いあう。宮野は反省も含めつつ、のんびりした顔で話す二人へちょっとの怒りを持った。

「みずって成田から行ったんでしょ? そのゲームってのも脳波コンに関わりあるんでしょ? フロキリってみずがやってたやつの名前だし、みずんとこのママにみずの彼氏のこと根掘り葉掘り聞かれたのも怪しいと思ってたの! ねぇ!?」

 宮野は思わず語尾を強め、たじたじの林本の両肩を拘束するように手で捕まえる。教室中の視線が集まるが、気にも留めず続けた。

「でなに? バグ取り? ロシア機拉致解決したったドイツの事件にも関わってる? フロキリが? 成田でもあったってこと? じゃあなに、みずって……むぐっ」

「しーっ!」

「少し押さえてよぉ」

 宮野を二人が押さえ込んだ。クラスはしかし、宮野たちへ注目が集まっている。しん、と昼食をとる手もスマホをいじる手も止めて全員が見ている。

「あ、あはは……」

「うふふ、ねぇ、ちょっと歩こっか」

 佐久間が優雅な仕草で立ち上がる。

「そうだね! 連れションね!」

「バカ下品やめて」

 宮野と佐久間はそそくさと連れ立って席を外そうとするが、背後から女子のクラスメイトが近づいてきて、二人の肩をがっちりと組んだ。

「げっ」

「盗み聞きやめてよもう……」

「わ、わたし関係ないしー」

 話題の提供主である林本は心底嫌そうな表情で椅子から跳ね上がった。そそくさと教室を出ようとし、道中のクラスメイトに手首を掴まれる。

「ひゃっ」

「はやっしー、ちょっと」

 ドスの利いた声だ。

「あ、あう……もう! 宮野声でけーんだよ!」

「だって驚くじゃん!?」

「小声で話したんだから大声でリアクションとるのNGだって空気読めよ!」

「だ、だってさ~」

「あーどうでもいいから順を追って説明し直して。そっち立って」

 丸い眼鏡をかけた強気な女子が、三人に向かって叫びながら黒板前を指差す。

「そうだぞ、なにお前らだけ話進めてんだ」

「知らなかったよ。佐野さんってなんかあったの?」

「高三で留学なんて変だと思ったんだよなー」

「てめぇ宮野! 洗いざらい話せオラ!」

「ウルセー指図すんなデブ」

「は? は? 調子のんなブス!」

「はぁ?」

 髪を刈り上げた柔道部の男子と宮野が言い争い、クラス一真面目な学級委員長が背筋をぴんと伸ばしたまま立ち上がる。バラバラに思い思いの場所でくつろいでいたクラスメイトがぞろぞろと集まりだし、思い思いの格好で席を陣取った。最前列は床に座り込み、後列は机の上に腰掛けている。

「な、なんでみんな集まるの?」

「なんでって宮野、お前らバカだろ。佐野は俺らのクラスメイトだぞ」

「彼氏となんかあったの? 事件に巻き込まれちゃったとか?」

「心配だよ。ねぇ?」

「そうそう。良く聞こえなかったけど、この前のカザフスタンの事件がどうのって」

「カザフ? ロシアじゃなくて?」

「カザフ・ロシア間よ。ニュースだとロシアにひっくるめてたけど、カザフスタンの人の方が多かったから。飛行機もそっちのだったし」

「詳しいね」

「現社選択なら新聞読みなさいよ、時事問題で出るかもよ?」

「で? 佐野さんがなんだって?」

 クラスメイトたちは興味津々だった。宮野も佐久間も予想外で、ソース元の林本に至ってはめんどくさそうな表情を隠さない。

「一から説明してくれよ、ハヤシ(林本)

 クラスで一番顔の良い男子にそう切り込まれ、林本は一転して真面目な表情を必死で作りながら黒板に立った。チョークを手にし、図を描いていく。丸を三つ。

「えっとね、まず起こった事件を挙げてくよ。ド、イ、ツ……ロシ、ア……あと、なーりーた……っと」

 読み上げながら丸の上に地名を書く。

「まず成田のから言うとね、夏前に『ロシアでの飛行機拉致と同じようなことが起こった』んだって。でも人数が少なくて、非公表で、ロシア便のときみたいな国際ニュースにはならなかったみたい」

 どよめきがクラスに広まる。

「成田? 初耳」

「行方不明になった人がいるの? 日本から?」

「そんな前時代的な」

「ニュースにならないってマジかよ」

「やば」

「ネオナチ? でもドイツと日本って昔同盟だったでしょ。世界史のテキストに載ってたよ」

「注目されれば誰でもよかったんじゃない?」

 憶測が飛び交う中、宮野が立ち上がる。

「みずはね、知らない人なんていないだろうけど、脳波コン埋めてゲームの中でアメリカに居る彼氏と会ってたの。前からね。で、GWにハワイ旅行に行ったの。彼氏がゲームの世界大会に出るから応援するんだって」

「それ、夏前にあったっていう成田の飛行機誘拐事件に絡む?」

「……だって現にみず、ハワイに行ったっきり帰ってきてないし」

 シン、とクラスが静まり返った。

 林本が語る内容に耳をそばだてていた時点で、クラスには「佐野が危険な目にあっているかも」という空気が流れていた。だが実際に誘拐されたのだと突きつけられ、全員が青い顔になる。

「留学って……嘘?」

 誰かがつぶやく。

 その声にクラス全体が、特に宮野はぐっと顔をゆがめた。親友だと思っていたのだが、宮野は自分を優先させてしまった。後悔がうずまく。メッセージのやり取りは途中で止めてしまった。英語を読むのがつらくなったからだ。すると次第にみずきからも連絡が滞り始め、受験勉強も絡み、宮野はみずきとの繋がりが薄れ始めていた。

「アタシあの時、もっと突っ込んで聞けばよかったんだ……」

「みやのん、みやのんは悪くないよ。大丈夫よ」

 佐久間が宮野の手を握る。

「メッセージ、あれ、みずじゃない……別人だ。騙された! 多分、違う誰かがみずのフリしてたんだと思う……」

「まっ、まさか犯人っ!?」

「へ?」

 宮野が取り出したスマホに周囲のクラスメイトが群がった。

「やっべー宮野すげーじゃん!」

「犯人とメッセージやりとりしてたってことだろ?」

「な、え? そうなのかな?」

「警察に届けたほうがいいんじゃない?」

「証拠だよな、コレ」

「あ……そっか、そうだ」

 まだ集団誘拐事件を首謀したネオナチテロリスト集団は捕まっていない。潜伏中、ということらしい。

「警察、行こう。知ってること全部話す」

「ネットにあげんのはどうよ。知られて無さすぎだろぉが。林本、てめぇどっから聞いたんだ?」

 素行の悪いクラスの問題児に話を振られ、林本は縮こまりながらケーブルを持ち上げた。まだこめかみから垂れている。

「コレ持ってるヤツだけ入れる掲示板で聞いたの」

「なるほど、広まらないわけだ」

「スクショ撮れないか? 画像ないとバズんないぞ」

「無理無理。撮ったスクショも脳波コンじゃないと見られないもん」

「そうなのか」

「そもそも自力でバズらせんのとか無理だし怖いし」

「じゃあやっぱり大人の手借りないと」

「あ、ねぇねぇ!」

 佐久間が顔を上げる。笑顔でスマホを取り出した。

「みずのママさんに連絡とろ! この前会った時のあの感じ、多分知ってるんだよ!」

 宮野は苦笑いした。

「え、娘が誘拐されたの知ってるの!?」と女子の一人が驚く。

「だってママさん、脳波コンの手術受けたんでしょ? フロキリっていう、みずが彼氏とやってたゲームも知ってるもん」

「えーっと、つかアタシが教えたんだけど」

 みずきの彼氏に関する情報を根掘り葉掘り聞かれた際のことを思い出しながら、宮野は苦笑いを続ける。

「知らないわけないな、それ」

「じゃあ放っておいてよくね? 俺らがやることじゃないだろ」

「でもドイツの事件は『誘拐があったってことが世界に広まって、ドイツの市民からの、怪しいロシア人の目撃情報提供で発覚』したんでしょ?」

「やっぱりネットで広めたほうが良いよぉ」

「いやいや、保護者が知ってて上げないならそれでいいだろ」

「このままじゃ、佐野と、卒業式……」

 影の薄い陰気な男子がぼそりとつぶやいた声に、全員が口をつぐんだ。また一段と教室内が暗く静まり返る。

「一人欠けるのか」

「俺らだって国公立で受験日と被ったら、卒業式欠席するけど」

「でもよぉ、出たくて出られないのと選んで出ないのだと大違いだろぉ?」

 小声でどこからともなくそんな意見が出てくる。宮野は冷えた右の指をぎゅっと握りこめ、祈るように額に当てた。

「そうだよね、そう、アタシ、みずとは三年ずっと一緒だったのに……卒業式、一緒じゃないんだ……」

「悲しいけど、でも、勝手に広めちゃマズイよ」

 佐久間がブレーキになるようなことを言うが、宮野の思いつめた表情は変わらない。「とにかく警察にみずからの英語のメッセージは渡すよ。脳波コン持ちしか入れないSNSの噂なんて信じてもらえないだろうけど、分かってること全部話す。ハヤッシー(林本)、アタシ入れないから話聞かせてね」

「あー、だったら詳しい人紹介するよ。ねぇね……姉さんの、仲良しの友達。私もこの人に説明してもらってやっと分かったからさ」

「助っ人? たすかるー。あとさ、ネットとかに流すの、一気にやっちゃおう。早いほうが良いっしょ」

「いいの? ママさんに聞かないの?」

「いいよいいよ。多分忙しいんだと思う。すっごいバタバタしてたし、家に明かりついてる日、ほとんど無いし。みずだってバレなきゃいいんでしょ?」

「そっか、特定されなければ良いのか~」

「それに、みんなでサブアカとか使って回せば100くらいなら余裕でしょ。写真も無いし嘘っぽく見えるけど、なにもしないよりはマシ」

 宮野は暖まった指で髪の先をいじる。くるんと巻いた茶髪が指に掛かり、引き伸ばせば跳ねた。佐野みずきが留学しているのは嘘だった。みんな気付いてないな、と宮野は目を細める。嘘つきはみずきの母だ。隠そうとしている。留学で休学という話は母親から学校に伝わった。

 悪者はみずきの母だ。宮野は断定した。

 元々宮野はみずきの母が好きではなかった。母親と仲があまり良くないらしいみずきは、そのことを友人の前では隠していたようだが、三年も一緒にいればなんとなく分かる。加えてみずきは高校入学前、大変なおばあちゃんっ子だったらしい。それは学区がみずきと被る友人に聞いた。祖母がもう亡くなった事は、高一のころに本人から聞いた。

 虐げられているんじゃないか、と不安に思ったこともある。

 宮野は、みずきが誘拐されたことを佐野の保護者たちが隠蔽しているのだと推理した。



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