33 母の心
食事をとりながら何かをプレイヤーで見ているみずきの様子を、母親はこっそりと横目で伺っていた。
普段同じ空間にいることがほとんどない、血を分けた子供。だが、彼女が今誰とやりとりをし、どんな話をしていて、自室にこもっている時は何をしているのか。昔からさっぱり母にはわからなかった。
むしろ会社で一日十二時間も顔を突き合わせている部下たちの方が詳しい。五つ下の部下はロードバイクにはまっていて、今度の大型連休で郊外に遠征するらしい。新しく入ったばかりの新人は、田舎から出てきたばかりで友達が欲しいと泣きついてきた。その子には年代の近い他部署の派遣社員を紹介し、そこからネットワークを築くようアドバイスした。アフターファイブに女子会へ誘われたと喜んでいたのを思い出す。
みずきは、うちの子はどうだろうか。連休はどこか出かける予定なのだろうか。友達はどんな子だろう。放課後に寄り道などはしているのだろうか。以前は変な友達に引きずられてしまわないよう門限を設けていた。
そのため金髪にすることも、アイドルにハマることも、漫画のキャラクターに恋をすることもなかった。部活が遅くまである高校では解除したが、そういえばみずきが門限を守っていたのかどうかも知らない。そして興味はなかった。姑の方針を放置していただけで、みずきの母に守らせようという意欲はほぼ無い。
夕食に用意した野菜の炒め物を食べている娘の、どこか遠くをぼんやりと見ているような横顔が視界に入る。焦りにも似た寂しさを感じながら、母親はある目標を立てた。
今週の土日の休日出勤はしないで、娘とどこかに出かけよう。すでに予定があるのなら、大型連休の予定を聞いてみよう。もし可能なら、家族旅行に行って、いっぱい話をしよう。そう、ふと思い立った。早速予定を聞いて、その話をしようと声をかける。
「みずきさん、あなた……」
「ごめん母さん、後でいい?」
タイミングが悪いのか、はたまたわざとすれ違おうと考えたのか。みずきは席を立ち食器を片付け始めた。母のいるリビングと流しのあるキッチンまでは距離があり、声がよく聞こえない。
ここで立ち上がるべきだろうが、母親はその一歩が踏み出せなかった。
怖かったわけでも、めんどくさいわけでもない。ただちょっと距離を感じただけだった。母と娘とは思えないほど、二人には物理的にも心理的にも遠い距離があった。
距離感の原因が自分だということも、母親は気付いていた。親として何か特別なことをしてこなかった。それでも外泊してくるほど反抗するというのは、きっと親離れの時期なのだろう。そんな時期なのだな、と納得し始める。
ごく自然に、ごく冷静に、母親は時間の流れから生まれたみずきの変化の一つだと受け取った。
短めですが、流れ的にここで切らざるを得ませんでした。すみません。
次話は長めです。




