327 Aとガルドとサルガスと
胸糞の悪い言い方をする。Aからの連絡を感じながら、ガルドは城下町エリアの石畳を走った。
長距離の移動を終え、メインストリートに点在する階段でひっかかったクルマを捨て、ガルドたち五人は全速力で走る。ゲーム内での走りは疲れなど無く、それなりに長い坂になっている道でも顔色一つ変えずに駆けられた。
聞きなれた城下町のヨーロッパ的なクラシック音楽BGMを懐かしむ余裕も、道中すれ違う居残り鈴音組の声に返事をする暇すらない。ガルドの頭は、Aが「キミの不安を取り除きたいのでね」などと言って逆に謎を湧かせるだけの大量の情報を処理しきれず、かゆみがあるという二人と同様にリアルサイドでも熱を持っているように思えた。知恵熱だ。頭がぼんやりとする。息を意識して吸って吐いた。
仲間には共有していないが、かゆみを訴える二人について幾つか分かったことがある。
まず、彼ら二人はガルドたち六人をさらった犯人たちとは別の組織が管理している。
実行犯と管理者が違うらしいが、詳細をAは出し渋った。成田から誘拐した時点では実行犯で、そこから分配され管理を担当するチームの元へと移されたのだろう。それが自分達六人はAのいる場所で、一般人二人は別の場所だということらしい。
そのチーム分けというのがガルドには理解できない。なんと、チームが違う相手とは全く意思の疎通が出来ないというのだ。同じ犯罪集団が分裂したのだろうか。連絡もとれず、居場所の詳細も知れず、共通点はただ「同じ牢獄世界に被害者を放り込んで観察している」ことだけだ。
とにかく、Aがアクセスできる情報には今回のかゆみに悩んでいる二人だけでなく、金井やぷっとんの部下たちのような「非ゲーマー」は影も形も無いらしい。Aにとって彼らは幽霊か亡霊か、街角の背景のようなものなのだ。
彼らが体調を崩しているのかどうかさえ、Aや自分達には分からない。
だがそれは、フルダイブで意識だけの生き物になった人間たちの弱点になるだろう。無菌でも心理状態次第で具合は悪くなる。外にいるAたちから丁寧に囲われ管理されているガルドらロンベル六人はともかく、管理が雑になってしまっているだろう非ゲーマーたちは体調を崩すリスクがあるとわかった。
そして、自分では治しようが無い。
「ねぇ」
「ああ。さっきから田岡の音声が入ってこない」
「どうしたんだろ」
「急いだほうがいいかもな。俺達が怖がりすぎなのかもしれんが」
「む、初めて死んだときのことを棚にあげるようで悪いが、少しぐらい怖がるのがちょうどいいと思うぞ?」
ジャスが小さな身長を跳ね上げるように先頭を走りつつ、ガルドたちへ振り返って言った。普段より顔をしかめている。
「それにだなぁ……なんだか嫌な予感がするぞ」
「ちょ……」
「縁起でもない」
「ジャスの勘って当たるんだよな~」
そう言いながら走る五人の表情はひどく曇っている。そして、全員が言いにくいと思っていたことをマグナが代表して言った。
「……鈴音とロンベルレイド班を、サンバガラスのギルドホームから一旦追い出す」
「う、うん」
「当該の二人と、加えて田岡と金井には詳細について絨口令を敷く。逆に、かゆみに関する噂を未経験者たちに広めないよう……ギルドからの連絡事項に載せるぞ。『素人には不安しか与えないから』とか言えば理由になる」
「かきむしったら? 見たら一発だよ」
「メロ、田岡の身体は東京だ。金井と情興のヤツらさえ見張っておけばいい」
「しまった、焦りすぎた。ぷっとん、連れて来た方が良かったね」
夜叉彦が走りながらため息を一つつく。
「前にも焦りすぎて判断を誤ったことがある」
「そうだったな。あの時はガルドに助けられたが、今回は五人全員で気をつけていこう」
「ん」
マグナと頷きあい、ガルドは手を握りなおす。Aから得た情報を伝えることは出来ないが、上手く活用して自分自身で行動するのは「歓迎だね。キミの変化を測定するチャンスだ」とA本人から保障されている。積極的に何か行動するだけでも変わるだろう。
<俺を忘れんなよ>
「忘れてない。ル・ラルブの方を頼む」
<それも完璧にこなした上で、やれるだけやるさ。スーツ組の方は任せとけ。あと三橋な>
「ああ、任せた」
ガルドは相棒へ普段と変わらない声色で信頼を託すと、一緒に走る仲間へ向けて手をひょいと上げるジェスチャーをした。
「頼むよガルド」
夜叉彦が背中を押す。二又に分かれた石畳の道を、階段が続く方角へと曲がる。仲間達は直進し、町外れにあるギルドホームゲートへ向かっていった。
城へ帰ってくる度に、この男へ会いに来ている気がする。
ガルドは目の前のまつげふさふさな美青年を睨みつけながら未送信メッセージ画面を開いた。メモに利用しているページを開く。
来る最中の車内で書き記したもので、二人のかゆみを止める打開策案の一覧だ。五人はクルマに乗りながら、着いた後の役割分担を割り振っていた。サンバガラス・ギルドホームからプレイヤーメンバーを追い出す係、田岡と金井とかゆみをもつ二人を一室に集めて張り付き対応する係、そしてサルガスから解決方法を引き出す係。ガルドは元々サルガスから情報を引き出すのが上手かったため、こうして一人で氷結晶城玉座の間まで来ることになった。
「サルガス」
「はい」
Aに比べればずっと機械的な声色だ。合成の自動生成音声に、表情もAよりずっとロボットに近い。プログラムが透けて見えるようで、風呂場でAに対して湧き上がった怒りや恐怖は微塵も感じなかった。
<コイツには、情報の流出でリスクは?>
<呼ぶときはきちんと宛名を入力していただきたいものだがね>
小言を言いつつもAが返事を飛ばしてきた。続けて質問へ、直接表現を避けて誤魔化すような言い方で答える。
<前にも言ったが、ボクの一連の行動は他の管理者からはいい顔をされないのでね。一部独断で開示した情報もあるのでね。あまりボクが介入していると気付かれたくないものだがね>
<敵か味方かハッキリしろ、ポンコツ>
普段言わない暴言にもガルドは慣れてきた。Aは全く気にしていない様子で淡々と続ける。
<さておきサルガスだが、キミたちを管理する我々とは別のグループが送り込んだ使者だ。聞くなら聞いた方がいいのではないかね?>
「サルガス! この街にいる被害者のバイタル情報開示を請求する! すぐに寄越せ!」
叫ぶ。Aが持っていない情報はサルガスに求めればよいのだと、比較的柔軟性があるらしいA本人が言っている。賭けるしかなかった。
「開示の内容に制限あり。要求内容の詳細を必須です」
「くそ……現在から過去二十四時間の体温の変化グラフ!」
<過去一週間ぐらいで測ったほうがいいかもしれないがね>
「ちっ! 一週間だ!」
詰め寄ると、地面に引きずるほど長い黒マントをすっぽりと羽織った男が演技じみた動きで腕を組み、首をかしげて「思案中」のポーズをとる。フリーズしたかのように動きが止まり、ガルドは待ちぼうけを食うしかなかった。
その間にAが勝手に話しかけてくる。
<ボクたちはキミたちのバイタル情報要求に答える義務があるのだがね、それ……サルガスには無いのでね。だからどうなるか分からないのだが、それでも彼へ要求を続けるかね?>
<少し黙れ、A。義務? お前の?>
<船長はキミでね。特にボクはキミのためのものでね>
<……前も聞いた。なんのつもりだ>
<しかしだね、いわゆる『船医』がいないのでね。だからボクたちと言ったのでね。一人ひとりについているボクたちが、キミたちの求めに応じて身体に関する全てを開示するという役目を持つのでね。他の個体には興味ないがね>
相変わらず、Aの語る内容はとっちらかっている。
「快諾です。感謝します。快諾です。感謝します。考慮します」
サルガスが不気味なことを口走り始めた。驚きガルドは肩をびくつかせる。
ガルドはポジティブに事が運ぶよう願いつつ、Aに質問を続ける。
<こちらの開示要求に答えるのが義務なのは、こちら側に居ない船医の役目をしているから……ということか?>
<その通りだね>
<前から出てくる『船長』は>
<キミだね>
<仕事は>
<生きてるだけでいいんだがね>
ガルドの脳裏に、うっすら笑ったままのAの姿が浮かんだ。瞬時に怒りが沸騰しブン殴りたくなる。お前たちのせいで生きていることしか出来ないのだ。ガルドは言葉にしたかったが「おまえのせいだ」以外に上手く思いつかず、咄嗟に相棒・榎本へ自分を重ねた。
<ち、生殺しの監禁野郎が>
<罵倒の語彙が増えたね>
<うるさい、くたばれ人工物>
AI相手だと思えば遠慮はいらない。ガルドは普段使ったこともないような汚い言葉を相棒語録から引き出してそのまま口にする。ほんの少しだが気分が晴れた。
「回答があります」
サルガスがやっと動き始めた。姿勢を戻し、貼り付けたような笑顔のまま口にする。
「請求の全てが開きます」
「全て? 自分のもか」
「対象を指定が困難です」
「ガルド、だ」
「過去二十四時間の体温、ゼロ」
呆れを通り越してガルドは感心してしまった。測れない数値をゼロにするなど、単純すぎて斜め上である。
「ハァ。一番、高熱のものは」
「全域から体温高温のソートがある、結果、上位五位で存在します。表示その一、37.0。表示その二、36.9……」
微熱だ。そんなに低い体温でかゆみが起こる訳がない。ガルドは目の奥が詰められるようなめまいを感じ、歯を食いしばった。
何か別の起因があるはずだ。
<ああ、良くない。落ち着くべきだね>
<うるさい>
熱でなければ、とガルドは死因の表を思い出す。授業で習ったことだ。先天性の病気、交通事故、自殺。どれも違うと弾きながら一つ思い出す。「ヒートショック」と呼ばれる血圧の急上昇急降下などが載っていた。最後に思いついた単語をすぐサルガスへ向かって叫ぶ。
「血圧は!」
<フム、キミの血圧も上がっているのだがね>
<当たり前だ!>
<ボクとしては平常値へ戻したいのだがね、あまり投与したくないのでね。恐怖を和らげる処方をしようかね。フム、血圧が高い対象を抽出するならば、手っ取り早いのは『血圧用の薬を投与される対象者の有無』だろうがね>
律儀にアドバイスをしてくるAは、本当にガルドの体調を心配しているらしい。血圧を下げる薬など高校生のガルドにはまるで接点のないアイテムで、しかしAの口ぶりから、既に自分にも投与されていてもおかしくない。それを嫌がったのは何故か分からなかったが、少なくとも体調管理は万全だということが分かった。
ガルドはサルガスへ向き直り、詰問を再開させる。
「いや、ひっくるめてだ。『薬、投与』、でワード含み検索! 該当者はっ」
「該当七名。投与は薬が一、トリアゾラム。長期使用不可が注意です。二、アルプラゾラム。長期使用不可が注意です」
「該当人物の名称は」
「名称GJ0、FJ0、HJ0以下ナンバー全てになります」
サルガスが当たり前のように、Aから聞いていたグループ名と似たものを口にした。ガルドは目を見張る。
「グループナンバー……こんな簡単に言うのか!」
<GからHか。おそらくGというのが、キミが気にかけている一般人のグループ全体ということだろう。人数を聞くとさらに狭められるのではないかね>
「人数の内訳は」
「GJ0三名、FJ0二名、HJ0二名」
Gが、田岡を除いたサンバガラスホーム保護下の人数に合う。他のグループ二名ずつがよくわからない。
<A、ぷっとんの部下はどこのグループだ。お前か>
<いや違う。しかしGではないようだね。詳細は不明だが、FかHだろう。ボクのログによれば、五月時点でHまでしかないのでね>
アルファベットの順が関係するらしい。ガルドはふむ、と納得した。とにかくかゆみに関わるGグループの三人の、金井を除いた二名について調べなければならない。
<投与されたものが分かるか>
<解説を入れようかね>
淡々とした口調でAは言うが、あまりAIらしくない切り返しだ。解説は欲しいが、検索を入力されたAIは通常「検索結果」と呼ぶことが多い。
<一番は睡眠薬、二番は抗不安薬でね。継続して使うと副作用が出るのでね、注意がいるのでね。これは予測だが、ボクらがキミらにしているように、Gグループの担当者もメンタルのふり幅をモニタしているのだろうね。今のキミにボクがヒヤヒヤしているのと同様に、サルガスやその担当者はヒヤヒヤするたびに薬を流し込んでいるんじゃないかね>
<ゲスが>
<だからボクはこうしてコミュニケートを選択したのだがね>
イントネーションから爽やかな青年然として微笑むAが思い出される。ガルドは自分が女だとバレているからAが男になったのだと想像した。ドラマ俳優のように思える。
<フン>
<実際、キミの心拍・血圧どちらも落ち着いてきたのでね>
「サルガス」
「はい」
探るような一問一答では埒が明かない。ガルドは覚悟を決めた。
「……Gグループのうちの二名が『かゆみ』の症状を訴えている。把握しているか」
<そう来るかね>
Aの言葉節は、どこか楽しそうに聞こえた。




