324 それはもう既に戦争状態
ホテルから一歩も出ず、ひたすら訓練を繰り返す。その間に続々と、手配した人員や物資が様々な国から到着していた。中には全世界を渡り歩く傭兵軍団と、それに類する武器商人キャラバンの姿もあった。
空が高くツンと寒いグリーンランドの大地は、まさに紛争地帯にあるキャンプのような姿へ変わっていた。くすんだ緑と黒のテントが並び、迷彩色でラッピングされたクルマが整列している。
日本人が見ればギョッとする光景だろう。武器が公然と広げられ、武器商人が商売し、さながら映画のような光景の中で、どこにでもいそうな日電サイバー対策チームの男たちがケーブルを巻き重ねている。
久仁子はその様子を、タイトなレモンイエローのボディスーツと防寒コート姿で眺めていた。
「寒……」
かじかむ手をさする。だが、大自然の厳しさを遺憾なく発揮する極寒の国まで来た甲斐はあった。久仁子ら合同調査チームは、ドイツのものとは比べ物にならないほどの電力と通信を使用した地下施設を発見していた。
九郎の動きは早かった。
自治政治で独立目前とまで言われるグリーンランドだが、自前の警察も軍備もサイバーには一歩弱い。日本から「プロフェッショナルがお助けする」と持ちかけることで、かなり自由な活動が出来るようになった。
無論手柄は|国《グリーンランド自治政府》にある。世界を揺るがした航空機集団誘拐拉致事件の犯人を捕まえれば名声と感謝が贈られるだろう。九郎たちはそこまで考えていなかったらしいが、久仁子は上手く収まったパズルのピースを眺めて満足していた。
あと一歩信用が足りなかったところを、財力に物を言わせて後押ししたのは久仁子である。
当局の許可を得て島を九郎たちの衛星画像追跡が取り囲み、定期的な船での警戒を行い、物理的に脱出できないようにしている。おかげで犯人グループは袋小路のネズミだ。久仁子は横目でミリタリーな装備に身を包んだ外国の軍人たちを眺める。どれもこれも、小規模なグループになっているが国旗が様々だ。これだけいればネズミを逃すことは無いだろう。
多国籍な、言い逃れの出来ない軍隊が揃っている。日本は持たないと宣言している攻撃・侵略可能な武装集団だ。ここに自衛隊は一人もいない。日本からは憲法を理由に時間が先延ばしされており、建前上は「間に合わなかった」として参加を拒否した。
「さて、人質がいたらどうするんですの……おバカな国」
そのことを知っているはずだ。久仁子はため息をつく。多国籍軍は「おそらくいるだろう何人だか分からない被害者」を助けにいくつもりだ。自国の人間ではないかもしれない。優先すべきはテロ組織の捕縛で、救出は二の次だ。
日本人が捕まっていることを事実として知っている久仁子は、この期に及んで認めていない日本側に怒りすら覚えていた。
「お嬢様、まだ遅くありません。辞退は致しませんので?」
「婆や、今更よ」
「左様で」
隣にいつの間にか立っていた婆やが、スマホで何かを書いている。
「それは?」
「遺書でございます」
久仁子は言葉を失った。
「遺書でございます」
「に、二度も言わなくても聞こえてますの」
「お嬢様、この様子をご覧になってもなお、辞退しないのでしたら……覚悟をお決めくださいまし」
「わかってますの。でも死にませんの。婆やも着てるじゃない」
婆やは久仁子と揃いのイエローレモンで染まったボディスーツを着込んでいる。
「それでもです。ドローンの巣窟です。保証はございません」
「……こんなところまで付き合わなくてもよくってよ、婆や」
「なりませんお嬢様。老体の身、元々そう長く持ちませぬ」
「もう婆やってば」
「ばぁはポックリいきたいのです。それに、趣味が講じてお役に立てるのでしたら光栄でございます」
そう言って笑う婆やに、久仁子は一言小さく「ごめんなさい……」と謝った。
「ご、ごめ゛んなざあぁいっ!!」
久仁子は謝りながら、直立を前傾に傾けて加速した。前方を高速で走っているバイクを追い抜き、超高速で一人駆け抜けていく。横から見れば滑稽だろう。こんな場所で使う乗り物ではない。
電動立ち乗り自転車、商品名セグウェイ。
日電スタッフにより規格外の改造がされていて、久仁子が知るセグウェイとは全く別物となっていた。ハンドルを片手で強く強く握る。脳波コンで感じ取っている速度メーターが高速道路で良く見る数値——時速100km超えだと気付き、足が震えた。
<三秒後 目視 できます>
「わ、わかって、まずの゛ぉっ!」
加速に舌が回らないが、そんな無様な自分を恥じる暇もないほど久仁子は必死だった。
理屈は分かる。作戦は今でも賛成だ。
打診を受けた際、止める婆やを無視して久仁子は二つ返事で快諾した。着ているのは世界で一番頑丈だろう対ショック性能抜群のフルアーマーボディスーツだ。頭部のヘルメットと襟首が繋がり、簡易的な気密服にもなっている。衝撃だけでなくガスや低気圧まで防ぐほどの高性能ぶりがリスキーな活動にぴったりで、この速度から地面へ転げ落ちたとしても傷一つ負わない。
だが怖いものは怖い。久仁子はそう内心で泣きつつ、ガルドの雄姿を思い出して涙をこらえた。あの人ならケロッとした顔で、むしろ笑いながら乗りこなすだろう。そう思うと勇気がわいた。
天井は大型ダンプカーが入ってスレスレといった高さで、思いの外低い。地下だからだろう。コンクリートと鉄筋で組まれ、一見すると地下駐車場のように思える。敵地にしてはがらんどうで、もっとドローンや警備システムか何かがあると思っていた久仁子は拍子抜けしていた。
進むと見えてきた道の角に、ICチップで認証するタイプのドア開閉コンソールが光っている。そのすぐ脇にそびえる壁は、横方向へ全て開くタイプの巨大な車両用ドアだ。
コンソールを守るように、天井にはAIによるフルオートの銃座が設置されている。威嚇射撃が一度、その後ハッキングの意図が明確な場合、直後にサブマシンガンによるマガジン一つ分の掃射が来る。
「きゃぁっ!」
チュン、と久仁子の背後に一発打ち込まれた。
<このドア は 二秒 です>
返事をする余裕はない。脳波コンの操作で荒っぽくコンソール側にセグウェイを寄せ、久仁子はヘルメットから垂れた何本もあるケーブルの一本をジャック穴に差し込む。
一秒。金属が擦れる甲高い音と共に、脇にそびえるドアがアコーディオン状に開いていく。すぐさま久仁子は、足を全速力で走らせた。すると先ほどまでいたコンソール前からドラムロールのような音が響く。
あっという間に遠くなったが、久仁子は握りこぶしで力を込めた。手が震えそうで恥ずかしい。機械的に殺す兵器の音だ。怖くない方が狂っている。
どうせマシンガンを全弾打ち込まれても、このフルアーマーは傷一つつかない。移動エネルギーに変わり、押されるように後ろへ吹っ飛ぶだけだ。
それでも久仁子は、怖いものは怖い。
「道!」
<ルート2。表示 します>
脳波コンを通じて聞こえてくる、ヘルメットに埋め込まれたナビゲーションの自動音声が痛いほど現実を久仁子へ突きつける。有線以外の通信が断絶している今、一人孤軍奮闘している久仁子をサポートするのは、スタンドアロンでのオフライン環境を想定して作られたナビシステムだけだ。これも日電オリジナルで、日本に残っているスタッフが夜なべして組んだものらしい。
ナビは、組まれている条件の枝分かれと戦闘状況を瞬時に照らし合わせる。
久仁子はそれに従いドアを開いていくだけだ。次のドア用コンソールに張り付く久仁子の背後から、屈強な身体つきの軍人がモーターバイクに乗って追走している。肩下げのホルダーには正規軍だからこそ装備できている火薬使用のリアル・アサルトライフルが光り、出番を待っていた。
だが今現在の、目的フロアまで行く道中で使われることは無いだろう。
久仁子の努力は、彼らの装備温存を兼ねている。恐らく下は猛攻を準備していて、そこでは彼らが決死に武器で応戦する予定なのだ。
「ほんとは、ほっといても、かまわなくってよ……阿国。ぐすっ」
久仁子はまた威嚇射撃を受けながら、ひとりごとで泣き言を言った。危険を冒して民間人がでしゃばらなくても、戦いを専門にする男達が代わりに頑張るだけだ。恐らく爆薬を使ってドアを破壊し、威嚇用オートマ銃座を破壊しつくしつつ進むことになる。
非常に無駄だ。久仁子や九郎は、二人が共通でプレイしているゲームタイトル上ならば常識である「位置取りスピード大事、移動経路確保ごときにMP使うなアイテム使え、必要なければ全滅させる意味などなし」というセオリーを反映させたに過ぎない。現地当局の担当には非常に喜ばれたが、チーム戦であれば当たり前のことだと思っていた。
義務ではない。これは「阿国」としての自分が思う常識を、「久仁子」としても遵守するだけのことだ。自分の中で二人が分裂していく。
<あと 2 箇所です>
「もうぢょっとっ! でずの!」
アナウンス通り、必ずゴールはある。フロキリならばそこからが本当の勝負だ。ヘルメットの中で鼻をすする。涙と鼻水をそのままにするなど普段ならありえないが、そんなことが全く気にならないほど必死にセグウェイのハンドルを強く握りながら、久仁子は全速力で敵地の入り口を駆け抜けた。
道はなだらかな下りの坂道になっている。
コンクリートと鉄筋鉄骨が強固に囲った地下空間で、久仁子が東京から連れて来たバイトの三人は車の窓から身を乗り出していた。久仁子が着ているものより薄いが、銃弾程度なら弾く高級ボディスーツを着ている。
日本ではあまり見かけない、車幅が大きくタイヤが巨大なアメリカ仕様の一般家庭用自動車だ。三人横に並んでも余裕がある。二列二列並んだシートの背中側にはトラックの荷台がつけられ、しかしデザインがスポーティだ。ピックアップトラック、SUTと呼ぶらしいが、車幅を考えると日本で流通しそうにないほど大型だった。
運転席でハンドルを握るのは婆やだ。イエローのボディスーツを着ている。
「エンゲージ!」
三人組の一人が叫ぶ。
<イン ロックオン>
オフラインでサポートに徹するナビの声を受け、三人組は自分の数字を「一」「二」「三」と並んで叫ぶ。敵ドローンにも全て通し番号が自動でふられ、その数字に合わせて自分がどれを破壊するか宣言するためのものだ。
「四!」
あぶれた四番目の敵ドローンを、同じSUTに乗り込んでいる九郎の部下が一名、名乗りを上げつつ任意で狙う。三人組とは違い、部下のメンバーが繋いでいる半自律ドローンはオートで敵を狙わない。狙いを定めるのは人間だ。
それぞれのナビシステムが、音声入力された数字の敵ドローン以外をターゲットから外す。攻撃の重複が無線通信以外の方法で防がれ、漏れも無い。短時間で作り上げた安全重視の作戦だ。
あとは自動で照準を合わせ、操作者がトリガーをイメージし弾丸を発射する。火薬パウダー入りのものは予備として持っているが、口径が小さめで簡易的な電磁力を活用した「レールガンもどき」をメイン武装にしていた。一応民間人で、成人しているとはいえ学生だという社会的なことへの配慮だ。
一般的な銃火器を火力で相殺するには十分なパワーがあり、非殺傷武器として学生たちは気楽に操作していた。九郎たち日本人が破壊したドローンは「撃たれているが大きな破損が無く、全て小さな穴と共に壁へ吹っ飛ぶような形で破壊されている」特有の形状になっていった。
ドイツでの経験がなければ、ここまで用意周到に準備は出来なかっただろう。九郎たち日電のスキルは現場を知って大幅に向上していた。レールガンの自作も、ほとんどが風圧銃のパクリだった。
九郎の部下達や大学生バイト三人組は、窓から出した頭に装着したヘルメットと、そこから数本延びたケーブル、そのうち一本が繋ぐ一体の武装ドローンによる攻撃の最前線に立っていた。
数十台で縦に列を作っている。九郎以下、日本からの民間軍事企業を名乗った日電チームは一番後ろを走っていた。有線のドローンは隊列中央まで飛ばしている。
一番前を走る無人六輪自動車には、相手を破壊していいかどうか判断するソフトウェアがない。人質をとられている関係上、ただ無線妨害だけを仕事にしていた。攻撃を受けた際の防御は専属の傭兵がバイクから追撃する。彼らは積極的な攻撃を控え、ただジャマーを守るためだけに前方を陣取っている。
その背後を走る車は全て軍用の大型車両で、中にはギッチリ屈強な武装軍人が詰め込まれている。その車列を守る役目のほとんどを各国のPMCが行っているが、一番縦横無尽に、一番攻撃的に敵性ドローンを撃ち落としているのは日電の学生たちだった。
ドローンを撃ち落とすジャマーガンで、下から他国のPMCが支援をくれている。だが空中戦で戦っている日電の攻撃力は圧倒的だった。
「婆やさん、もーちょい前に!」
「かしこまりました」
アメリカンな大きさのSUTを防弾使用にした車が、多数の軍用装甲車より前に出て積極的に敵性ドローンを打ち落としていく。
背後から追走しているメンバーにはそれなりの仕事と後追いの理由があったが、学生たちは、自分がまるでレイド戦での英雄になったようなヒーロー感を味わっていた。怖い。だが不思議な高揚感と非現実感覚が酔いのように全身を回っている。
強がりの武者震いかもしれないが、ヘルメットの下で彼らは全員引きつり気味の笑みを浮かべていた。
<クリア。次の標的は高度 四>
「距離は」
<千 八百。数は 不明です>
前方のバイク傭兵がアサルトライフルをけたたましく撃ちこんでいる。続けてガゴン、ガツンという金属の衝突音。そこへブレーキ音が被る。銃撃音がつんざき、ドローンのモーター音が高く唸った。
ジャマー車が攻撃を受けているらしい。
「|マガジン《非殺傷用電磁砲撃カードリッジ》ある?」
<残数 1>
「戻って交換」
ナビに口頭で指示すると、学生三人組のドローンは操作者の元まで戻ってくる。距離1800mなど高速で走る突入部隊からすれば短い距離で、息をつく暇もなくドローンを送り出し戦いに備えた。
「前の車が襲われております。外国人の皆様だけでは足りないご様子……お三方、準備はよろしいでしょうか」
「ばっちり」
「婆やさん、車間距離はタップリね!」
「行くぞお前ら! エンゲージっ!」
<高度合わせ ヨシ>
久仁子が雇ったバイトは、ドローンを駆使し戦う民間傭兵戦士へなりつつあった。




