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322 テラスで二人、話を。

 世界中のニュースで、ドイツ・ハンブルグの一件がこれでもかというほど取り上げられている。

 死者ゼロのまま救助された奇跡、テログループが安易に手放した人質の謎——そもそも彼らは一体何をしたかったのか。そうした謎を推測と事実を混ぜ込んだユーザーの声が広め、世論となっていく。

 事件は、世間的には「政治テロ」に近いとされた。

 国同士の戦いを産み、権力を握り、自国を強める熱狂的な愛国者達が起こした稚拙なテロだ。そしてそれが()()()()()によって明るみになった。

そう報道するニュースをネットの海から掬い取った久仁子は、長い黒髪のワンレングスを額からかきあげる。

「随分都合のいい結果になりましたのね」

「なぜいる」

 九郎の険しい顔も見慣れたもので、久仁子は鼻で笑った。

「ハッ! ガルド様がおわすところに参るのが! ワタクシの!」

「役目、だな。聞き飽きたぞ」

「んまっ、何度でも申し上げますの。ワタクシの役目は! ガルド様の! お側に!」

「ちょうどいい。進捗を聞こう」

 時間の無駄だといわんばかりにぶった切られた久仁子は、足を組み替えて九郎の膝を蹴った。

 北ヨーロッパに位置し、バルト海と北海に挟まれたユトランド半島、北欧デンマーク。コペンハーゲン空港近くの喫茶店。

 九郎が社長を勤める日本電子警備株式会社の社員二名と、ドイツでの対ヨーロッパ情報戦略が終了し合流した滝と大柳を合わせた計五名は、次の目的地グリーンランドへ向かうべく経由地のデンマークへ降り立っていた。

 飛行機の乗り継ぎ時間を半休にしてつぶし、到着後はドイツとは違い、きちんと事務所を用意する手はずになっている。

 九郎の部下たちは休息と観光で散っており、九郎は一人仕事をこなすために喫茶店へつめていた。暑すぎず寒すぎず、日本に比べて湿度もないテラス席が心地よい。画面の無いPCに繋がり黙々と仕事を続けている。

 久仁子は相変わらずのつまらない男につま先で蹴りを入れ続けた。

「阿国」

「おやめ。海外とはいえリアルですのよ」

「久仁子」

「ワタクシ、必ずや『あの方』の元に馳せ参じますの。ココに来た理由もそのための足がかり……どこにいようとワタクシの勝手ですのよ? 縛れるのはあの方のみ! ぎゅーっと!」

 九郎が苦い顔をする。久仁子は気にも留めず、新しく備品として購入したシリコン製のキャリーバッグを引き寄せる。キャスターが付いているため勢い良く滑り込んできたそれの側面を数回いじると、格納されていたアダプターが自動で現れた。

 挿せ、と九郎へ向ける。しかし彼のこめかみに空いているジャック穴に合うケーブルなど久仁子は持ち合わせていない。

「貴方の部下による捨て身の位置割り出し、ナイスでしたの。ここから慌てて犠牲になった部下……」

「三橋という」

「三橋を移送したヤツらの動き、これをたっぷりの民間プレイヤーが見てますの。大量の目撃情報がブルーホールに集まってますのよ」

「それは半分意図的なものだ。部下に指示して、な」

「……ふうん、あの噂、貴方でしたの」

 阿国は目を細める。

 ケーブルを身体に挿している九郎が、無表情のまま「ああ」と答えた。

 以前からフロキリユーザーの間で「ディンクロンとガルドは似てる」と言われているが、全く違うと阿国は眉をしかめる。今の「ああ」の言い方など全然違う。ガルドならば、このシチュエーションでは頷きながら、少し微笑んで——そこまで思い、阿国は懐かしさで胸がはりさけそうだった。

「誘導だけだ。後の行動を煽動しているのは有志ユーザー達の意思でしかない。強制も依頼もしていない」

「最初に流れた時だけ、ってことですの? だとしても、あれで火ついたようなもんですの」

「最初だけではないな。その後の成功事例に関する時、その次の警察の動きに対する批判、あとは……」

「ほ、ほっとんど貴方のせいじゃないですの! なんなんですのもう!」

「今だからこうして共有しているが、私の下の者でも知っているのは四名だけだ。他には漏らすなよ」

「くーっ、もー!」

 久仁子はイライラを隠さず、歯をむき出しにして憤慨した。九郎は意にも介していない。似た者同士だ、と久仁子はキツく九郎の目を睨んだ。目的のために手段を選ばない上に自己中心的な感性がをいらだたせる。

 自分にとってのガルド様が、この男にとってはあのおじじ(田岡)なのだろう。ガルドと九郎は似ていない。似ているのは自分だ。久仁子は生まれて初めて同属嫌悪を自覚し、そして同属に出会ったことに喜びも覚えた。

「知らないからこそ、調べが上がっただろう?」

「くっ、その通りですの。煽動で引っ張ってるアイアメインはマリオネット。背後に十五人、特に口のデカいファンユーザーが。そのうちの一人が妙に詳しいデータを持ってきて、アイアメインを意図的に動かしてますの。ワタクシ、ワタクシそいつがこの噂の出ところだとばかり……!」

「つまり怪しい、ということか」

「ええ。アイアメインは煽動しつつ、新規ユーザーを増やすようにも呼びかけましたの。理由を聞いても他の十四人は分かっていないようでしたの。ソイツが勧めた、とだけ」

「名前は」

「『サブの庭師』。本名は青木敬次(けいじ)、五十七才。埼玉在住。で、情報要りますの?」

「……私にだけでいい」

「かしこまりましたの。格納フォルダの鍵外しますの、勝手にとってってくださいまし」

 久仁子は有線で繋がったシリコンキャリーバッグ型PCを操作し、日本人で犯人に一番近いだろう男の情報を開放した。九郎が吸い取るのを脳波コン経由で感じながら、久仁子は報告を続ける。

「この男には前科がありますの。恐喝、名誉毀損。ネット上で暴れるメイワクな男ですの。ただ頭は良いみたいで、十年以上前に就労ビザで英語圏を転々とした形跡ありますの」

「手足として使われている理由があるか、もしくは()()()か」

 九郎が顔をゆがめる。

「同盟者、ねえ。ふうん」

「全体共有で知らせたとおり、ヤツらは組織ではない。何かしらを頂点にした、同時多発的な個人(ソロプレイヤー)だ。リーダーはいるがピラミッドではない。リーダー以外はただの点だ。互いに、存在は認識しあうがな」

「協調性なんて皆無ですの。好き勝手やって、リーダーが辻褄を合わせてる感じですの。まったく、多重人格者みたいでやりにくいったらないですの。飛行機での一件、成田空港での一件、三橋が引き続き囚われている件、そしてサブ庭師の件。それぞれやってることめちゃくちゃ! それを技術面で大幅にバックアップして、まるで巨大組織がとんでもなく大きなことしてるかのように見せてますの」

「サブ庭師か。そいつの目的が分からん。日本の新規プレイヤーはヤツらが何かしなくても増えると予想できていただろう。今やフロキリをプレイしない脳波コン所有者の方が少ないくらいだ。事件を受けて注目度が上がっている」

「よく読みこんでいただきたいですの」

 そう促すと、九郎が虚空を見つめてぼうっとしはじめた。久仁子は隣のテーブルでお茶をしているお付の婆やへ「彼らは?」とたずねる。

「三人揃って観光だそうで」

「元気ね」

「お若い方々でございます」

 婆やと二人で微笑みあう。ヨーロッパ間での短い移動だった九郎たちに比べ、日本から長時間のフライトだった久仁子たちはぐったりしていた。

 お付のアルバイトとして雇った三人の大学生は元気がよく、あまり長くはない滞在時間を無駄にしたくないとばかりに駆け足でコペンハーゲンの町へと繰り出していった。

 と、ドンと大きな音がした。

「……脳波コンの施術率が跳ね上がってるだと!?」

 読み込み終わった九郎がそう叫び、カフェのテーブルに拳を打ち付けている。久仁子はやれやれと大きなため息をついた。

「貴方がたの後任組織、ご存知?」

 日電警備のネガティブキャンペーン「有害情報妨害工作業務」は別会社へと引き継がれている。元々同じように業務へ携わっていた会社なのだが、主導になって国に代わり積極的な働きかけをする部門として完全に九郎たち日電から移っていた。

「引き継いだのは『アーキテクトデジコン』だったな」

「そこもちょっと怪しいですの。貴方がたとやり方が違うから当たり前ですけど、にしてもヘタクソすぎですの。わざととしか思えませんの」

「あそことはそれなりに付き合いがあるが……」

「ワタクシが脈絡無く話題にするとお思いですの? そこの常務理事、つい先日代わりましたのよ?」

「な、初耳だぞ」

「青木なお」

 苗字に反応し、九郎がフンと笑った。

「さっきの青木敬次の身内か? 黒だな」

「妻ですの。もう墨もびっくりなほど真っ黒」

「その()は?」

 そうくるか、と久仁子は驚いた。話が早い。もっと青木なおを深く掘り下げるのだとばかり思っていた久仁子は、開いていたそちらの情報を端にどけた。

「……いえ、まだ分かりませんのよ? まだ未確定な上に、もしそうだとしても、とっても言いにくいですの」

 テラス席は華やかだが、こうした小声の話がしにくい。通行人の話し声、クラクション、エンジン音が重なり合って人の気配になる。

「分かった。ヤツか」

 それとなくヒントをだそうとした久仁子より先に、九郎は苦々しい顔で答えを導き出した。久仁子は素直に関心し、表情にだけ出す。

「生まれたころからずっと、あの男の気配とは縁が切れないんでな。どう繋がる。直属か?」

「青木敬次は元々ニートで、就く先はランダム。SE、飲食、工場、事務、あと船にも乗ってますの。イカかマグロか」

「船か。輸送の手段にアテがあるわけだな」

「問題は最後ですの。選挙事務所の雑用係! ここで与党の、政治畑のどこかと繋がりますのよ」

「そしてあの男がでしゃばってくる、ということか」

 久仁子個人としては、九郎が目のカタキにしている「上」が「晃元総理」だとは思っていない。それは晃九郎としての個人的な感情が歪めた憶測で、真実はもっとシンプルかつグローバルだろうと思っていた。上手く言葉にできないが、総理を含むにしても日本国の利益だとは思えない。諸外国が絡んでくるはずだ。

「誰であれなんであれ、現場に出ることもなく机上だけでコマを操ってるチェスプレイヤー気分のくそったれがいるのは間違いありませんの」

「お嬢様」

「はうっ」

 隣のテーブルから婆やが一押し、汚い言葉遣いを注意した。

「阿国さーん!」

「戻りましたー!」

 わらわらと三人分の気配が近づいてくる。婆やは口が固く問題などなかったが、他の日本人に聞かれていい話題ではない。九郎と久仁子は話をここでストップさせた。

「あら貴方たち。観光、どうでしたの?」

「いやぁー、ニューハウン? 超カラフルでファンタジーって感じっした!」

「ビールうまかったな」

「中世北欧の歴史と文化をたっぷり味わえました」

 黒い服を着込んだ若者たちから三種三様の答えが返ってきた。

 ガルドがどこにも居ない絶望的な寂しさを紛らわせるため、思い出話をするためだけのお付バイトたちだ。大学の夏季休暇は長く、旅費を持つ上に給料が出ると言えば二つ返事でついてきたお気楽男子大学生三人組は、予想通り間抜けな感想を述べた。

「む、お前達も来たのか」

「あ、ディンクロンさん。ちーっす」

 九郎は困った顔をする。

「ワタクシが雇いましたの。何か不都合でも?」

「まさかここまでくるとは思ってなかったんでな」

「危険でも汚くてもがんばるっすよー」

「ガルドさん救出に一歩一歩近づいてる感あるし」

「……お前達」

「はいっ!」

 空港のロビーで整列する黒い私服の青年達に、壮年のスーツ男性が詰め寄る。久仁子はじれったくなった。

「もうっ、なんなんですの!? 帰れと言うなら帰しますの!」

「えーっ!? なんだよそれぇー」

「ココまで来んの大変だったんだけど!」

 九郎は額からオールバックの黒髪を撫でつけながら、一歩前に進んで青年達を見た。迫力のある眼光にもめげず、青年達三人は「ブー」「ブゥー」とブーイングする。

「……お前達、FPSのプレイ経験はあるか?」

「え?」

 九郎は大真面目にゲーム経歴をきいた。



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