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316 みんな揃って初見でやろうよ

 石版型のチップは、割るアクションで起動できるバフアイテムだ。属性などの付与(エンチャントスキル)と違い、一定期間だけ有利になるよう数字パロメータを増加させるニトロターボのようなものだ。

 使った石版は速度アップのハイランク品で、それなりに高価だがガルドたちは余るほど持っている。蛇との戦いで痛い目をみたガルドは、榎本と念入りに作戦を話し合い、初見の敵には「加速の乱用で避けつつ行動パターン把握」と作戦立てていた。戦闘開始直後に加速バフの石版を割り、様子を見てから作戦を立てる。今までにない方針に、ガルドは緊迫感を持って敵を睨んだ。

「ガルド、メロたちに連絡は?」

「いれた。スクショ拡散も頼んだ」

「ナイス! とりあえず三橋持って下がるぞ」

「ん」

 榎本が三橋を俵のように脇で抱えて下がってきた。バフ効果で二倍速、さらに走り出しを繰り返す古典連打走法で速度を上げている。

 そして案の定、地獄の門がガタガタと震えだした。足の無い固定型モンスターが多いのは、フルダイブ専用ソフトで初期に発売されたタイトルにはありがちな特徴だ。技術面の妥協だと言われている。視覚再現と位置変更を同時に行いつつ、脳波感受型機器でプレイヤーへ体感データを送信する同時処理はとにかく重くなる。

 今でこそラグは無いが、発売当初は不具合を防ぐため、敵を動かさないことで処理落ちを防ぐ方法がよく取られていた。

 信徒の塔向こうに設置された月型モンスターと同じようなものだと、ガルドと榎本はおおよその予想を立てている。

「カバーは……」

 ロックオンアラートは三橋に固定されているが、流れるBGMがアップテンポに変わる。しかし攻撃的なモーションを起こす様子は無い。

「必要なさそうだ」

「やっぱりな」

 ガルドも榎本と同様にスタートダッシュを繰り返し、大剣へ手をかけ、榎本の背中側へ滑り込んだ。そのまま榎本の速度にあわせ、門へ身体を向けたままバックで走る。

「こちらから叩かない限り、向こうは入ってこない」

「ルナと同じか。範囲内に入ればアラートと動作で反応するってのは新しいな」

「あのー、エノ(榎本)さん?」

「んぁ?」

 三橋が脇の下から榎本へ声をかけた。また一つニックネームが増えている。

「走れるんで、降ろしてくださいよぉ……」

「んだよ、照れなくていいって」

「めっちゃハズいんで! ねぇ!」

 手のひらで顔を覆って隠れているが、耳が赤い。三橋のウブな反応に榎本は楽しそうな声で「ははは」と笑った。

「なんでこんながっちり抱えられてんすか! 腕に乗せてるにしては揺れないし、暴れても落ちないし! どんな仕組み!? 何点ポインタ保持してるの!」

「おお、非ゲーマーの理系だとそういう反応か」

 車の側まで走ってきた橋本たちは、車体をかばう位置に陣取って門の方角へ振り向いた。

「物を持つアシストと同じだ。ひっつき、と呼んでる」

「抱える動作でプレイヤーがオブジェクトを持つと、持たれた側は地面と水平垂直で固定されるっつ一補助機能だ。上下の動作がなくなるが、位置情報は抱える側の中心点から腕側にズレた数センチ先を追尾する、らしいぜ」

「ふぇー、最近のゲームってすごいなぁー」

 腕の力を抜いてだらんとした三橋が、心底感心した声でうつむいた。恥は諦めたらしい。

 脱出の方法を三橋は知らないだけだ。腕から逃げる方法は、フロキリプレイヤーの間では常識に近い単純なものだ。ポーズ画面呼び出しに使う、こめかみを手のひらで二回叩くモーション。しかしガルドはそのことを内緒にしたまま、慰めるように、とりあえずの行動を提案する。

「三橋もいる。無茶せず下がった方がいい、榎本。あとついでに実験がしたい」

「あ?」

「今までは『逃げたら消えるかもしれない』前提で、出会ったらすぐ撃破してた」

「へえ、その前提が間違ってるかもってか? そうだな、今回は三回目だ。人数にも余裕ある。離脱してみるか! メロたちすぐ来るんだろ? あ、本当に消えたら困るな。遠くから見張りとかどうよ」

「賛成」

「とりあえず三橋はル・ラルブまで連行だ」

「連行ってなんです!?」

「護送。あとぷっとんに」

「引き渡して尋問だな。カツ丼あれば完璧だ」

「なんすかその不穏な単語~」

 三人で話している間も、不気味な門はこちらへ間口を開いたままブルブルと動いている。さらに背後からは、カキ氷を噛むような雪道を踏む荒い足音が数人分聞こえた。

「えのもとぉ~ガァルド~」

 メロの平和そうな声が続く。ガルドは視線を向けず、正面を見たまま手だけで「これ以上先には進むな」と制した。

「こっから先でエンゲージ?」

「ああ」

「おっけ~おっけ~! あ、三橋くんってキミ? よろしくねー」

「あ、どうも。こんな格好でスンマセン」

 三橋は榎本の小脇に抱えられたまま、律儀に頭だけで一礼した。生真面目な性格が良く現れていて、メロは嬉しそうに笑う。

「好青年じゃーん」

「いや俺なんてそんなそんな」

「腰低いねー、いいねーポイント高いよー?」

「何のポイントだよ。呼んだ所わりぃが、一旦ずらかるぞ」

「えっ」

 悲しそうな声に、ガルドはメロの方へ振り返る。温かそうな防寒グローブで覆われた手には、持ちうる最上級の詠唱短縮杖、普段よりも防御が強い持久戦志向のローブ、普段着けない消耗品の移動速度アップ用羽飾りなど、可能な限りの最強フル装備を着込んでいた。

 やる気に溢れている。

「お待たせ。ね、ドコから斬ろうか。ワクワクするよね。人魚島じゃ出遅れたし」

「全て防ぎきってくれる! ダァハハ!」

 ぞろぞろと続く夜叉彦やジャスティンも、同じく持久戦を想定に入れた装備で身を包んでいる。火力は落ちるが、死ににくい防御と加速を積んでいる。重そうな装備でガチガチに固めたジャスティンからは、ガチャガチャと金属が擦れ合う重苦しい音がひっきりなしに響いた。

「き、気合十分なところ、わりぃんだけどよ……」

「や……」

 察したらしいメロが、口をイの字にして震えた。

「やだやだー! やるー! 初見撃破やるのー!」

「だっ、いいオッサンが駄々こねんじゃねぇよ!」

 メロは思い切り地団駄を踏んだ。



 小さな蝿の形をした白い粒が、群をなしてガルドに向かって飛んでくる。ぶーん、と鬱陶しい(SE)もセットで付いてくる。

 走りながら弧を描くようにしても、方向転換しても追尾が途切れず追いかけてくる。

「入るよ」

「ん」

 夜叉彦の声が右から聞こえ、ガルドはそのまま走り続けた。しかし大剣かつ重体躯の重装備で、遅い足に追いついた白ハエは、別の方角から飛んできた刀の斬撃に掻き消えた。

 いないマグナに代わって指示役を買って出た榎本が、走るスピードを緩めながら叫ぶ。

「周期変わったぞ! ジャス、半歩下がれよ? 範囲攻撃の端、夜叉彦を選んでるっぽいぜ。右へ動けるように準備!」

「おうっ! おうっと、来そうなとき言ってくれんか!?」

「わかった。夜叉彦、次ジャスのカバー頼むぜ」

「了解ー」

「メロ、次の終わったらアース(地属性)試してくれ」

「ほいよー。あ、戻し(魔力自動回復)早めるの欲しいなー」

「リキャスト待ちだ。あ、いいポジ。ガルド、いいぞ攻めろ!」

「分かった」

 榎本が名前を呼ぶのに答え、ガルドは雪の上を走る足に力を込めた。スパイクのようにとげとげしい脚部装甲の靴底から、圧雪のカケラが舞う。弧を描くように曲がり、榎本がいるより先の、モンスターの近くへと走った。

 途中でまた雪の小蝿が飛んでくるが、身体を回転させるように大剣を抜いて、下から跳ね上げ斬った。パリィは出来ない。あの蝿一体一体がモンスター扱いで、一撃の下で殺しきるしかなかった。

 門のように生えていた二本の木は、以前はただのオブジェクトだったが、そのころから虫がおびただしく取り囲んでいた。雪の世界で虫が生きている、という仮想空間ならではの非現実的な風景が見所だったらしい。だがグロテスクな虫はガルドの苦手分野だ。まじまじと観察したことは無い。

 変容した世界で謎の鳥居、門型のモンスターになった後もそれは律儀に続いているらしい。カブトムシや芋虫といった昆虫たちがガルドたちに襲い掛かってくる。

 小さな虫の全てが一体一体HPゲージを持つ雑魚モンスター扱いで、撃破しないかぎりずっと存在し続けた。放っておくと増えすぎたモンスターを捌き切れず行動範囲が広がり、車の中から戦闘を観賞している三橋に危険が及ぶかもしれない。

 いままでにないタイプの敵だ。やりにくさと同時に興奮が五人を奮い立たせた。

「どう思う」

 門へ再接近し通常攻撃でHPを削る中、近くでハンマーを振るっている榎本が話しかけてきた。

 ただでさえ全体を見なければならない統括役の榎本は忙しいはずで、その上真剣な戦闘中に雑談とは珍しい。ガルドは一時考え込み、求めているだろう答えの言葉を整理した。

 敵についてだろう。ガルドも気になっていた。

「鍵の錠前(じょうまえ)を壊すとパターンが変わる。このまま壊せば更に強くなる」

「だよなー。虫の大量召還回数って無限かね」

「試すか」

「悪くないが、二時間超えたらメロにキレられそうだからやめとくっと、っと、っと!」

 話し合い中でも敵は待ってくれない。木の腕が榎本を切り裂こうと伸びてくる。かろうじて二回バックステップで避けつつ、榎本はジャキンと勢いよくハンマーを構えた。

「くそ、さっきと正反対か。覚えきるのが大変だな」

「ドジるなよ?」

「そっちこそ!」

 門の上腕というべき木の枝が左から右へ薙ぐのを、足をとられそうになりながら避けた。無防備になった榎本の背中にガルドは自分の背中をくっつけ、飛んでくる大型の蜂を上から下へ叩き割る。

 すると、がら空きになったガルドの頭上めがけて降ってくる木の実を、榎本が達磨落としの要領で横から弾いた。その間にガルドは、夜叉彦が中距離斬撃で繋いでくれていたコンボをアイコンタクトで「引き継ぐ」と伝える。

 夜叉彦は遠くからでも分かるほどきらきらした瞳を片方、バチーンと閉じた。ウインク。了承の意味だ。スキル・ワンエイティで回転を掛ける。そのまま上から下へスキル・兜割り。

 反動で動けない間に榎本がスキル・プルートウ。ガルドが通常攻撃を三回、夜叉彦がスキル・居合いでコンボを繋ぐ。榎本が二回通常攻撃、その間にメロから「いくよー」と合図の声がする。

「てんぷーてーしょーん!」

 メロが持つ召喚系長詠唱(ロングチャージ)スキル・テンプテーションが空から落ちてくる。派手だから、と好き好んでいるらしい魔法女神シリーズの一つだ。誘惑的な身体つきの超巨大女体がバックにシルエットで浮かび上がり、蛍光ピンクのハート型ビームが砲撃のように何発も直下へ落ちた。

 一旦ここでコンボが切れる。スキル・テンプテーションにひるみの追加は無い。属性が地で、追加状態異常が魅了。それだけだ。人型でなければ効かない精神系の状態異常に期待はしておらず、即座に枝の腕を広げた門型モンスターには誰も驚かない。

「範囲か」

「ジャースっ!」

「おうとも、今行くぞ!」

 後方からドタドタとやかましい足音が聞こえ、近づいてくるとナットを積めた箱を振るようなやかましい金属音が音量を増した。

 すれ違いざま、タワーシールドへスキルを込めるサウンドエフェクトが聞こえる。ジャスティンが一人いるだけで、仲間達は体力ゲージの減りを心配しなくてよい。

 門が渾身の強力な範囲攻撃を振るう。両腕を羽ばたきのように外から内へ薙ぐとどこからか真っ黒なコールタールが吐き出され、びちゃびちゃと汚い音を立てながら迫ってくる。そして最前方に飛び出たジャスティンにぶつかり、止まった。

「うおおおっ!」

 雄雄しく叫ぶジャスティンと、盾から巻き起こる嵐が音をたてる。よく見ればシールドが巨大化しており、広範囲に広がりかけたコールタールを食い止めていた。正しくはスキル・暴虐な風の王だ。小さなラウンドシールドでも大きなタワーシールドでも、風属性が一定のサイズにまで広げてシールドパリィガードの成功率を跳ね上げる効果がある。

 広範囲な攻撃を防ぐのに便利だが、範囲・連続攻撃にはめっぽう弱い。一度パリィでガードしてしまうと、連続でやってくる二度目以降の攻撃には無防備になる。

「あっ」

 一度目の黒い液は盾で止まり、溶けるように消えた。だが門の腕はもう一度振りあがり、次の瞬間には強く振り下ろされる。

 連続攻撃だ。間に合わない。近くで見ていたガルドはここでダメージを諦めるが、ジャスティンは諦めていなかった。

「パターン変わっとるじゃないかあっ!」

 ジャスティンが叫びながら見切り回避スキルを使った。毛むくじゃらのヒゲの向こうでニッカリと笑っている。ガルドは頼もしく思った。

 防御を担当するジャスティンは攻撃力こそ無いが、ロンド・ベルベッド所属の歴代プレイヤーで過去()()()に上手い。現役のなかでは一番だ。

「どおれっ!」

 見切りで避けたジャスティンが青白く光りながら、元の位置へ戻った。

 そのまま通常防御。盾をかざして身体を気持ち前へ進めれば、システムが防御行動だと判断してダメージが防御分減らされる。敵の範囲攻撃は扇状に広がるため、ジャスティンの両脇から攻撃のコールタールがすり抜け飛び出た。背後にいるガルドと榎本めがけて飛んでくる。

「ほっ!」

 気楽な声と同時に、ジャスティンがブルリと震えた。そしてしゃきりと身体を伸ばすと、腕に持っていた盾が一瞬光る。即座に風のスキルで盾を大きくし、間に合わないかギリギリのタイミングでパリィガードに入った。液体が止まり染みるようなにじみ方で消える。

「よし!」

「行くぞ! 夜叉彦も来い!」

「はーい!」

 ガルドと榎本はジャスティンの背中から飛び出し、愛用の武器を渾身のスタイルで振るう。夜叉彦が走ってきて近距離大ダメージ技を披露した。

「ねぇ榎本! 次の属性、なに行く?」

 手持ち無沙汰なメロが杖を振りながら、忙しそうにハンマーを振るう榎本へ聞いた。

「そうだな、回復か?」

「かいふくぅ~!? レトロゲーのアンデットじゃあるまいし、スカでしょそんなの」

「希望的観測ってやつだよ。ダメージでも回復でも嬉しいしなぁ、っと!」

「まさか、もう死ぬとかか? いや……だってまだそんな経ってないよ!?」

「減り具合、なかなか良いぞ。フロキリでの最大HPを誇る巨人と同じだとしても、このフィードバック、感覚から言ってそろそろ死ぬ」

「うそ、うっそー! 待って、トドメくらいウチがさしたいんだけどっ! 属性もまだ全部じゃないよね、ねえ!」

「メロ、残念だったな」

「この脳筋アタッカーコンビ! バカスカ打ちすぎなんだよー! ウチニ回しか打ってない! 二回だよ!?」

「後でクエストついてってやるから」

「初見の謎なモンスターを、みんなでこう、ハラハラしながら倒すのが楽しいんでしょ! ウチがもうMPカツカツでアイテムも空っぽで、みんなが落ちて(撃破されて)にっちもさっちも行かなくなった……ってくらいで撃破ってのが楽しいんじゃんかぁ」

「また次があるだろ。楽しみはとっておけよ」

「でもさ、次もこうだったらー?」

「クエストにでも行こう。ね?」

 寄ってきていた夜叉彦がメロを慰める。ふてくされたメロはきびすを返してル・ラルブ方面を向いた。

 瞬間、モンスターを撃破した際に流れる爆発音が響いた。

「ふーんだ」

 いつもニコニコと温和なメロが、珍しくあからさまな悪態をつく。演技じみて見えるほどに誇張されたムの字の口とハの字の眉が、機嫌の悪さをアピールしていた。


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