314 喰らいつくぜェ
<開きました!>
八木はそれを言葉として理解するより前に、圧倒的な情報の雪崩として受け取っていた。三橋の生体ビーコンに載せていた機能の一つ「得られうる全ての情報を圧縮して吐き出しまくる」効果を発揮し、位置情報だけでなく三橋の脈拍、血圧といった生体データそのもの、オンラインでIPから導き出したおおよその位置情報、(恐らく犯人によって)全く別のものに書き換えられている偽GPS情報、緯度、経度、気圧、気温、接続されているデバイス各種の内訳や最終バックアップ日時まで。
他にも雑多なデータの波が、同僚達の手によって即座に解凍されて嵐のように飛んでくる。
<本命は!>
<D班が! これ、ぁあ! ドイツです! ドイツですよ!?>
<聞いたかよボス! ラッキーマン!>
<聞いたとも。すぐ現地から攻める。細かいポイント割り出せるか>
<すぐ出ます>
<よし速攻頼む。八木!>
<なんだァ、今忙しいんだ>
<後は好きにやれ>
<き、聞いてたんですかい? ボス>
声として聞こえる九郎の後押しは、どことなく怒って聞こえた。八木自身に対してでは無いだろう。敵意だ。リーダーだからこそ同じ思いでいてくれている。いや、もしかしたら逆なのかもしれない。
田岡から始まった犯人への憎悪が隠しきれなくなっている九郎に、八木ら日電警備一同は揃って全員あてられてしまっているのかもしれない。
八木は、それでもよかった。
三橋をさらった犯人への復讐心は、この場に居る全員が共有し膨らませている。その起爆剤と指揮者のようなボスに、八木は絶対の信頼を抱いた。
<テメェら、ボスのお許し出たぞ! 全員退避出来たか!?>
<とっくに出来てます!>
流れてくるデータは、受信用に専用の受け皿となる隔離エリアを区切って受信している。犯人側の罠を警戒してのことだが、加えて三橋ビーコンに搭載しているもう一つの機能「自壊(周囲をなるべく巻き込む)」の被害に対する防波堤のような役目も担っていた。
その内側にダイレクトで繋がっていると、社員一人ひとりのPCデータまでデリートされてしまう。八木は退避したかどうか同僚達に確認したが、我先にと全員既に回線切断済みだった。八木も慌てて接続を切る。
三橋の位置情報は最初のコンマ数秒で抜き終わっており、後はもう用済みだ。
<犯人のダイレクトエリア、おおよそ絞れました!>
<覗き見無し>
<こちらの名無し処理完>
<三橋側のFWバージョン確認っ、問題ありません。ワクチン正常!>
<オンライン継続を確認。いけます>
<ヨォシ、いいぜ! アタック!>
そう号令を叫んだ直後、同僚の男達が電子会議場で雄叫びをあげた。そして、触るとどうなるか分からない即効性の電子ウイルスを無慈悲に送り続ける。
八木の視界へ、赤く古臭いウィンドウがチラチラと鬱陶しく開いては閉じる。Caution。本当に送って良いのかシステムが聞いてくるが、社員の誰かが自動化を組んで仕込んだのか、八木が何かせずとも勝手に閉じていく。そのたびに一瞬赤色が咲き、空間を染めては元へ戻った。
まるで銃撃戦を後ろで見ているかのようだ。八木はリアルの身体の、こめかみに生えたデバイスを触る。熱い。ベッド脇のテーブルに転がっているジェルへ手を伸ばす。
<次! 次!>
<あいよーっ!>
部下がおのずと指揮を始め、自分達の意思で戦い始めた。一度火がつけば、後は燃え広がって鎮火するまで勝手に突き進むだけだ。八木も微力ながら送信作業に入る。
一通りミサイルのような即効性爆撃ウイルスを送り終えた後は、遅効性化学兵器の出番だ。じわじわと周囲へ感染を広げ、その上極秘裏に第三者へデータの横流しをする遅効性ウイルス。気付くのが遅ければ遅いほど、犯人達の細かな行動ログが得られる優れものばかりのセットタイプだ。何種類か送りこむが、反発しあうことなく効果を発揮するよう、八木が追加でいくつか書き込んでいる。
圧倒的な物量、データの波に目がくらみそうだ。目を開けていれば血走っていたことだろう。気分の高揚、自然と呼吸も荒くなっていたらしく、医療用ベッドにくくられているパルスオキシメーター、そこに表示されているサチュレーションが下がっている。
そうカーテンの音で気付く。データは全て、倉庫の一角に置かれた医療ステーションに繋がっているのだ。時間外に来たということは、つまり。リアルサイドの自分につけられた計器を感覚した八木は、ハッとして息を整えた。
「八木さんー? そろそろお仕事止めて、安静にしてくださいね~?」
女性の甘い声が、無慈悲にドクターストップを言い渡してきた。
「ちょ、看護師さん、今ちょっとイイトコだからさぁ……」
「痛みますか? お薬出しましょうか?」
「え、ガン無視?」
「テレビでもつけましょうか。ね? あ、これもいいですよね」
ビニール隔離エリアの片隅に置かれたリラクゼーションマシンをペタと触る女性看護師に、八木は小さく横へ首を振った。
「プラネタリウムとかオルゴールとか、ちっともいらねぇよォ。落ち着いたから、ほら、な?」
「八木さん、何回目だと思ってるんです? もう、リアルタイムで医療機器の数字誤魔化すハッカーなんて耳ですよ」
「嘘じゃねぇよぉ、ほらほら」
人差し指をぴんと上げ、看護師が持っている機器で再計測するよう促す。
「はいはい、一通り計らせていただくので安静にしてくださいね。線、外しますよー」
そういって有線していたツノの先から、ケーブルをスポッと勢いよく抜く。
「アッ」
「変な声出さないでくださいねー」
慣れた様子の看護師にバレないよう、八木は無線通信接続へと切り替えた。
日電のサイバーアタックは、少数精鋭と圧倒的物量の人工知能支援による機敏な動きが特徴だ。敵の動きに応じてサッと向きを変えるさまを見て、ボス九郎は「一般的なものが航空機からの焼夷弾だとして、お前達はHALO降下からのC4設置後ステルスヘリで離脱」と分かりにくい例えをした。
ピンポイントで攻撃し、敵の追尾をかわし、何事もなかったかのように帰る。それは今回でも変わらない。
<き、来たぁ! アクセス来た!>
同僚の一人が泣きそうな声で宣言した。その瞬間、一斉に全員がすっぱり攻撃の手を止め、敵の視界に入っているエリアを隔離プログラムで瞬時に覆う。悲鳴をあげた同僚の端末は即座に、全ての回線を遮断・物理的に隔離され、なんらかの悪意ある操作に汚染されていないか細かいチェックに入った。
<さぁ、引き上げだ!>
即座に逃げる。
犯人だけでなく、外部と繋がる全ての入り口をカットしていく。進入されたかもしれない障壁付近は念入りに、わざと逃げ道のような痕跡を残し、中東の、サイバー犯罪に使われる温床ともいえる無法ネットエリアへと誘導した。
<どうだ、効果は>
<モニタリングの限り、こちらへの追尾は無しですね>
<何種類か、即効性のものが即座に無効化されてます。ん? コレ、どれも見覚えある……俺が見覚えあるってことは、うーん……なんか類似点でもあるのかな>
<ん、どれ見してみぃ>
|外からの攻撃に対応する《検疫》班所属だった若手社員が悩んでいる。八木がモニタを感覚すると、リアルタイム更新の、無効化されたウイルス名のみを表示した一覧が見えた。そう多くはない。両手で収まる程度だ。
共通点を思い浮かべれば、幾つか思い至る。
<あー、こりゃ『日本で使われたことがある』上に『政府主導で日本サイドが積極的にワクチン作った』やつだな。だが、だとすっと……ちょっと足りねェ。ん、ああ! さらに『直近の会議で報告上げたやつ』か! Yaharaの最新型とAnnoyingの亜種、あとFakerあたりどうだ? 載ってないだろ>
<あ……どれもまだ動いてます!>
<当たりだな>
<さすがギャンさん! 変態!>
<てめぇらも出ただろぉが、OMAANの審議会!>
<誰もが全員そこまで覚えてると思ったら大同違いだぞ?>
<ほら、八木さんの規格外!>
<褒め言葉だねィ>
ピークだった緊張感がゆるゆると緩み、電子会議場は笑いのアイコンや音声がちらほらと飛び交うようになった。
<あれ、でもOMAANの内容、結構秘匿性高めでしたよね。民間には伏字とか乱用した報告文のみ公開で>
<一企業レベルじゃ無理だな>
<国? 国絡み?>
<確定だなァ? OMAANの審議会は技術屋の手の範囲外……軍とか特殊警察とか、そおいうトコロ向けの説明会だったろがァ。つか一年ぐれぇズレるだろぉが>
審議会での発表は、最先端の現場で情報操作していた八木らにしてみれば「昨年シーズン流行ったウイルスの論文発表会」のようなものだ。
<あ。じゃあ>
<専門家じゃないってことでしょうね>
<そんなやつがサイバーテロなんてするのかね>
<でもでも、じゃなかったら餌の方のビーコンで長期間つまづく理由が分からないですよ>
<二、三日ならまだしも二週間だ。ありえないな>
<そんなにかよっ>
<ギャンさんが寝てたころからなんで>
仲間がそう推理するのを、八木はボスへ文章化して送信しつつ、次の行動案も合わせて送った。
<後は現場かぁ>
<ボスの言うとおり、三橋と他の被害者が同じ場所にいるとは限らないだろ>
<やること山のように残ってるよ。三橋のお陰で田岡さんからの情報も増えたしね>
<そういや佐野さんは? 田岡さんの会話ログ解読、佐野さんがリーダーだよね>
その一言に八木は通信機の接続を覗く。佐野は脳波感受型機器を使用できないため、日電が正式採用している強度の高いセキュリティ対応端末を使っている。その機器が使われれば、雑多なクズデータすら隠してぽっかりと黒く塗りつぶされるほどだ。
その、佐野らしき影は見当たらない。
<会社側にはいねぇな>
<休み? ならヨシ>
<あの人、少し休んだほうがいいよな>
<ギャンさんもたいがいだけど、今回ので強制的に休んだし。あとはボスか>
<俺ァ適宜休み入れてるぜぃ?>
<嘘だ>
<無意識下で五感系の電子化機構起動して、さらにバックアップまでしたんだろ。ヒトを超えてるぞ。ギャンの場合、そのツノか。ツノが本体か>
<ンなワケねぇだろーがー>
<なるほど! ギャンさんのツノは起きてたんですね!>
<あながち間違いじゃねいよ、それ。ウェアデバの学習機能使っただけだしなァン>
<え、うわー>
<自分の身体にAI付きの、ネット接続まで自在なデバイス刺して、意識の無い中で勝手にソイツが目やら耳やらからの情報拾って保存して……ギャンさん、怖くないんですか?>
<直前まで俺がやってたことを反芻してるだけだぁ。コイツに意思なんてあるわけねぃだろー?>
<変わってるなぁ>
<言ってやがれ>
八木はリアルの身体に生えている自分の部位を触った。常温の黒っぽいツノだ。意識の無い間に、気を利かせた同年代の同僚が、懇意にしている医師兼技術者のメンテ専門医へ連絡をしてくれたらしい。あの時の熱によるダメージどころか、酷使していたここ数ヶ月の蓄積分も綺麗さっぱり治っていた。
「そうか、そうか。すぐ行ってしまうのだな」
隣で寝ている田岡は、今も何事か話している。
「寂しくなる。一番頑張っているのは君らだ。見ているとも。ああ。ありがとう。ありがとう」
「……へへ、アンタに言われると、なんだか俺まで嬉しくなるねェ……よいしょっと」
まるで自分達をねぎらうかのような物言いに、八木は寝返りをうって田岡のベッドへ向いた。そのとき腕から繋がる点滴が大きく揺れ、ドキリとして医療数字を感覚し、異常がないことにほっと息をついた。ナースが来る気配は無い。
「新しく来た彼も、一緒に行くのかい? そうか、それはそれは」
くひひ、と笑う田岡が三橋のことを話題に上げている。八木は痛む身体をかばいながら横向きに起き上がった。
いや今なんて言った? と八木は怪訝に思う。行く、という単語に引っかかる。
「ナ、三橋が? ドコに行くって?」
「大丈夫か? その、武器で戦うのだ。うん。ああ、経験者かぁ」
「別の場所にか? せっかく辿り着いた田岡の側、あっけなく離れるってのかよォ! 三橋ィ~じっとしてやがれぇ~」
「ミツバ君、気をつけてな。モチ君の背中に隠れるといい。大きいぞ、ふふ」
「止めてくれやァ田岡さ~ん! つっか、三橋のバカ! また難解な『田岡語』の解読作業に逆戻りじゃねぇかよぉー!」
八木は顔を両手でかきむしりながら叫んだ。




