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31 偽装の顛末、東京駅

 立ちっぱなしでこの話をするのは辛くなってきたこともあり、二人は喫茶店に移動することにした。東京駅の中に数多に存在する小さなチェーン店の、狭すぎて隣と距離が近い禁煙エリアを選ぶ。辛うじて空いていた二人がけテーブルにグリーンスムージーとホットコーヒーを運びこんで陣取った。

 健康志向な方を中年の男が、コーヒーは女子高生が持つ。すぐ隣のサラリーマンが不思議そうに二人をチラ見するが、ガルドは気にせずブラックのまま一口飲んだ。

「で、なんでそうなった」

 榎本が狭そうに肩を縮こめつつ切り出す。

「ちょっと前の、新エリア解放の時にスマホを見られた」

「ああ、信徒の塔ん時か? あん時の怒涛の質問攻撃、スマホからだったのか」

 最新のバージョンアップで攻略可能な範囲が広がった頃、ちょうど「みずき」は高校の定期考査真っ只中だった。

 流石のガルドでも背に腹は変えられなかった。仲間には一言「諸事情でログインできない」といい、その代わり昼休みに食事もとらずに情報収集することにしたのだ。昼休みの間だけ送られてくる膨大な質問メッセージを、仲間たちは同情とともに受け取り、細かく返事を返していた。

 しかしリアルでのみずきとしては異様な様子だったのだろう。

 いつもぼんやりと昼食を取っているみずきが、野菜ジュース片手に猛烈な勢いでスマホをいじっている。勉強なら納得するだろうクラスメイトが不審がり、()()()()みずきのスマホを覗きこんできたのだ。

 <その犬、何><そこどこ><後ろの海の名前、何。どこと繋がってる>など、どこかの場所の特徴を細かく探るような内容のメッセージが、みずきから誰かへ向けて大量に送られている。そして最後の、つい先ほど送ったばかりのメッセージ。

<その女、誰>

 友人はこの瞬間「ピンときた」らしい。

 SNSで南国と犬と美女の写った彼氏の写真を見つけたのだろう、と。嫉妬に狂ったみずきが鬼のようにメッセージを送り、浮気した彼氏を追い詰めているのだろう、と。

 もちろん全て推測にすぎない。

 現に実態は全く違う。犬とはエリアのボスモンスターのことを指している。海の名前はワールド全体のどこにあるエリアなのか知るための判断材料だ。女というのも、モンスターとは別に運営が置いたNPCのことだった。

人柱(ひとばしら)について聞いた時のメッセージを、どうも『浮気相手を探ってる』と思ったらしい」

「だはは! なんだそれ! 俺の返信見せれば誤解なんてされないだろ?」

 榎本は笑いながら例を挙げた。<回復してくれるNPCだ>と、もしくは<キーキャラクターだ>の一言でも誤解は解ける。

「ん」

 スマホの画像フォルダを漁っていたガルドが、ずいと画面を見せてくる。メッセをやりとりしている画面のスクリーンショットだ。ガルドからの<その女、誰>の後の一文が中央に収まっている。

<部屋に閉じ込められてた、可哀想な美女>

 発言者は榎本だ。ゲーム上でのNPCの設定で、現実の監禁事件ではない。信仰を重んじる親によって軟禁されている美女がキーキャラクターで、塔を踏破するプレイヤーの回復をしてくれる。

 だが、リアルでこんなセリフを言われるシチュエーションなど限られてくる。女子高生が彼氏とのやりとりをする中であれば、第三者の女がいて、その女を彼氏が庇っているとしか思えなかった。

 さらに最後の()女というのも大きい。彼女の前で別の女を褒めている。恋愛下手がする愚の骨頂か、はたまた浮気に罪悪感を覚えない勇者のセリフだ。お前より美人と一緒にいたんだ、という意図を匂わせている。

 全くの偶然だが、メッセージでの痴話喧嘩が完成していた。

「あー、そういやそんなの送ったなぁ。誰って聞かれたからキャラ設定答えたんだよ。ふざけて」

「分かってる。別にいい、うまくことが進んだ」

 この発言の後、ガルドは敢えて何も打ち込まなかった。友人の視線に気付いたのだ。ここで「そうじゃない、何をするキャラなんだ」と打ち込もうものなら、ゲーマーだとバレる。もっとも恐れている事態を避けた結果、友人たちはみずきが「怒って無言になった」と勘違いした。

 結果、意図せず「彼氏の浮気と逆ギレに怒っている彼女」になったのだった。



 二人が喫茶店を出たのは、帰宅ラッシュの兆しが駅に溢れる前であった。今なら座って帰れるだろうと席を立ったが、JRの改札前は人で溢れている。ガルドは一時間立ったままの帰宅を覚悟した。

「夜に、ホームで」

「おう。計画の件もメッセくれよ?」

「ああ」

 ほぼ毎日会っている相手と初めて会った日の別れ方は、向こう側と変わらなかった。手を振るわけでもなく、名残惜しむ様子もない。そのまま振り返らずに改札を通過した。

 別れ際榎本が言った計画を思い出す。「リア友を巻き込み海外遠征を親に内緒で成功させよう」計画だ。榎本は最初こそ文句を言っていたのだが、その後は特に何も言わなかった。イベント好きな榎本は、面白がってアイディアを出し、たまに「やっぱりこの設定無理ないか?」と小言を繰り返していた。

 しかしガルドには秘策があった。

 もう一つ、「実は彼氏の年齢をサバ読んでた作戦」を使えば解決するだろう。四十一歳の恋人と紹介するのが恥ずかしくて、二十七歳だとつい嘘をついた。不審がられるよりも白状した方が安全だろう。ガルドは良い案だと自画自賛した。

 もともとサバを読んで紹介したのは事実で、こちらの作戦には全く違和感がない。もっとも、榎本が彼氏ではないという事実の方は打ち明けるつもりなど毛頭なかった。

 エスカレーターの左側に立ち、下を見据える。吸い込まれるような落差の向こうで、恋人同士が手をつないで歩いているのが見えた。

 それを見たところで、ガルドは羨ましいとも妬ましいとも思わない。心に鋭く触れるのは、その奥にいる一団だった。

「ママ、晩御飯なあに?」

「そうねぇ、さっちゃんは何がいいの?」

「えっとね、オムライス!」

 無邪気な声と他愛もない会話に、ガルドは目を伏せてそっぽを向いた。横浜方面に向かうと電光掲示板と音声案内がしきりに伝えてくる。下を向き、地方組に貰ったお土産の袋を眺めた。

 駅へ滑り込んでくる電車の窓に、みずきが映っている。

 途端に自宅の玄関、そして出てくるときに突っぱねてしまった母の顔がよぎった。

 無断外泊をするのは、生まれて初めてだった。

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