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307 古い友の耳、新たな笑い声

 この世界最大の都市、城下町。町と名がつくが、その規模は中世の都市そのものだ。戦闘にならないこと前提の街づくりをしている設定のため、城壁のような境目は存在しない。街外れには牧場や池、馬場やレンタル荷馬車施設のような遊び心溢れるエッセンスばかりが並び、それがプツリと途絶えたら戦闘エリアになる。

 その途切れの間の、ガルドたちが入ろうとした東側に設置されている物見やぐらの麓。

「おかえりー!」

 田岡や金井ら一般人四人が、満面の笑みで手を振っている。やぐらより向こうはモンスターがアクティブになるぞ、と脅したのを信じているのだろう。じっとその場でガルドたちが辿り着くのを待っているようだった。

 だが、車に乗っている榎本たちは手を振り返す余裕など無かった。

「ああああ!」

「ぶつかるぶつかるー!」

「まぁまぁみなさん。閣下っすよ? 心配する意味が無いっす」

「その全幅の信頼どっから来るの!? ねぇ! ぶつかるぶつかる! ぶつかるってー!」

「なんか……思ったより楽しくやれてんなぁ。愉快すぎっしょ。被害感覚ゼロ?」

「あああああ!」

 手を振る田岡たちまで300m手前になり、ガルドは足をひねった。スキーで止まる際に使う動きを真似、そろえた足裏を鋭角にぶつけて地面に身体を食い止める。荷押しの柄をてこの原理で左へ流し、そのままタイヤを横へ滑らせた。

 ドリフト走行だ。ガルドはそのまま車ごと田岡の前まで滑り込む。降り積もった新雪が大量に舞う。白い粉塵をあたりに一瞬吹き散らしながら、ガルド一行の愛車は城下町手前にぴたりと横付けされた。

「おお! エンターテイナー!」

 田岡は肝が据わっている。金井たちのように逃げもせず、すぐ目の前まで迫った車をニコニコしながら見つめて小さく拍手した。柄を離して跨ぎ、ガルドは田岡の側へ歩み寄る。

「……ただいま」

「おお、おかえり!」

 車内からも四人が飛び出してきた。

「はうー。ガルドちん度胸ずば抜けてるー。ついさっきミツハッシー(三橋)轢いたばっかりなのにさぁ」

「あはははは! はーやべー楽しい。ゲームってなんでもアリだな!」

「……最悪だ。フィールド出てからずっとこんなんだ。なんなんだよ、意味ある? なぁ?」

 榎本が歯をぎりぎりいわせながら聞いてきた。ガルドは新たな仲間の三橋を指差す。

「楽しんでもらおうと」

「いらんホスピタリティ発揮すんな」

「いやいや超大満足! おにーさん、無口だけど面白いっすね」

 三橋のほめ言葉に、ガルドではなく駆け寄ってきた犬が鼻息荒く反応した。

「でしょう! 無口で面白くてダンディでかっこいいでしょう! やっぱり三橋さんて話合いそうっす!」

「いやそこまで褒めてねぇし。あ、そっちのおにーさん絶叫系苦手なんですか? 意外。イケイケな感じだし、こういうの好きそうなのに」

「アバターのナリ見て判断すんなって。善良なゲーマー日本人だからな」

「うえー? 榎本さん言うほど変化ないっすよ、リアルと。あ、この人こんな感じのゴツいヒゲ男なんすよ! 意外っすよね。高いところとか苦手なの。ふふふー」

「高低差だけだって言ってるだろぉが。最近調子乗ってんなぁボートウィグ。ちょっと闘技場来いや」

「ひーこわー! 閣下ぁ、榎本さんがイジめるー」

「榎本。落ちる瞬間ジャンプすれば気にならない」

「だそうですよ榎本さん!」

「おまえら楽しんでんだろ!」

 笑いながらガルドは城に向かって歩き出す。田岡たちはヒトではない姿(猫型)の吟醸を取り囲んではしゃぎ、その場から動く気配が無い。

「ギルドホーム行こうぜ。田岡の方の」

「噂のキッチン御殿! 楽しみっす!」

「ああ、二人ともおかえり! 遠かっただろう」

 金井が輪を抜け駆け寄り、ガルドの肩に手を乗せてねぎらった。続けてスーツ姿の三橋と、犬の顔をしたボートウィグへ目線を移す。

「そしてはじめましてだね……って、犬だ!?」

「はいっす。コボルト種のボートウィグ、単詠唱魔法職(シングル)っす」

独身(シングル)? あっ、そうなんだ……」

「おお、ワンコ! もふもふだなぁ」

 吟醸の揺れる尻尾を目で追っていた田岡が、金井の声に気付いて寄ってきた。新たな顔の三橋には目もくれず、赤毛の犬顔を見つめている。

「おお、毛並みがすごい。あ、触っても?」

「いいっすよー」

 金井と田岡が一斉にボートウィグの顔を触り始める。もみくちゃにされてあっぷあっぷと困っているコボルトの男を指差し、榎本は腹から爆笑した。

「ああーっ!」

 唐突に大声を上げた三橋が、ズカズカと田岡に詰め寄る。ボートウィグをもふる手を掴み、無理やり顔を向けさせジロジロと観察した。

「どうした」

「あ、アンタ! 名前、田岡だろ!」

「ん? おや、キミ痩せてるね。もっと食べよう。かくいうワタシも骨と皮でね」

 最初の狂気は鳴りを潜めたが、田岡は相変わらず自分の世界を持っている。

「田岡さん! アンタに頼みがあるんです! コレほんと大事、ほんとに! 俺らが知れる唯一のダイレクトな情報源がアンタなんだ!」

「ゆ?」

 呆ける田岡の顔を両手で挟み、三橋は真面目な顔で続ける。

「とりあえず俺の言うとおりに喋ってくれ! 『三橋ログインしました、被害者八名と接触、って!」

「……み、つはし? ろぐいん?」

「あー、いやそれだけでもヨシ! コレで社長に伝わる!」

 三橋は一人納得し、首を傾げる周囲を他所に大きなガッツポーズをして喜んでいた。



「詳しい話を聞かせてくれ、三橋。田岡が外との接点になるってどういうことだ」

 榎本がいつになく真面目な顔で詰める。あぐらをかく尻の下はふかふかだ。毛足の長いカーペットは白く、奥には黒いバージョンの同型が置かれ、どちらも熊の頭がついていた。

 ギルド・サンバガラスのホーム、入り口から正反対の場所に位置するメインホール。

 贅をつくした貴族の館を思わせるが、ところどころ雪深い地方特有のアイテムがまざっている。煉瓦作りとオークルの木材の重厚感がアクセントだ。

 シャンデリアとは別に付いているガスランプは利便性重視のデザインで落ち着きはらっており、クラッシックのBGMと焚き火のはじける音が心を穏やかにした。が、ポリポリという菓子を砕く咀嚼音が世俗的だ。

 カーペットの上に置かれた平皿や籠には、これでもかとスナック菓子が盛られている。それを、ガルドと榎本、そして話題の中心である田岡、事情を知るらしい三橋の四人でむさぼるように食べていた。

「もぐ、うん、えーっと」

 口いっぱいにココアクッキーのホワイトクリームサンドを頬張っているため、三橋は流暢に話し出せない。練習すれば「口にモノが入っている感覚フィードバック」を無視して会話出来るが、三橋はそこまでのゲーマーではないようだった。

「これにこれを掛けると絶品だ。泣きたくなるほど美味い」

「ん、いただきます」

 田岡は厚切りポテトチップスにスパイスの小瓶をふりかけ、ガルドに籠ごと勧めた。鼻に意識を集める。ガツンと香ったのはガーリックとバジルで、後から若干パセリのようなものを感じる。ガルドも好みなイタリアンフレーバーで、数枚をまとめて一気に食べた。

「うま」

 最初に広がったのはオリーブ油だ。揚げる際に選択肢から選んだのだろう。塩みも辛すぎず、不思議な旨みがある。

「この塩はアレか。岩塩か。岩塩とは、ずいぶん高級品を使う。今や天然岩塩なんてg(グラム)あたり金並みの金額だ。まぁワタシも、天然のものなんて、うん。食べたことないのだが」

「え?」

 ガルドは心底驚き、思わず反応してしまった。田岡はまた一枚ポテチを頬張る。

「もぐ、そう、昔はそんなに高くなかったんだ。たかが岩塩。天然の欠片は百均にもあった。合成の技術が必要ないほどに」

「ああ、うん」

 ガルドは天然岩塩と合成岩塩の違いも分からなかったが、自宅で調理していた際はひたすら面倒くさかったソルトミルを思い出す。自宅の塩の塊が金と並ぶほど高く希少なものだとは思わなかったのだ。基本料理にはズボラさを発揮するガルドは、塩といえばクレイジーソルトかダイショー社の味塩胡椒。しみじみ思い出しながら田岡を目で追う。

「ほら、みつば君もお食べ」

「三つ葉? って違う違う、三橋っす!」

「キミは食べたほうがいい。がりがりじゃないか」

「うわーデジャヴ(既視感)。佐野さん……直属の上司にも言われるんすよ、それ。ヒトの話闘かないところとか、勝手に食いモン押し付けてくるのも似てる」

「もごぅっ!」

 むせる。ガルドはまた一つ、心臓が引きつるような感覚に襲われた。

「うまいだろう? うんうん、菓子は良い。中毒になる。お菓子お菓子」

 そう言ってモリモリ食べ始めた田岡に、三橋は優しく微笑みかける。

「田岡さん、アンタひたすら飯と編み物の話しかしてないでしょうが。頼むからもっと内情が外に伝わるようなこと言ってくださいって」

「編み物、そう、編んだんだ。ニットのセーター。寒くないぞ、でも心が寒い。だからニットを着ると暖かいんだ。暖か、ぽかぽか、うん。スープを食べてもいい、鍋でもいい。同じようにニットのセーターだ」

 そう言いながら胸を張る。真っ赤な中に、編んだ目で見事な赤い模様を作り出している。ヘタのグリーンがアクセントだ。

「トマト柄のセーターとかウケるんすけど」

「三橋、三橋、田岡の相手はキリねぇからな。まずは俺らに事情を説明しろ」

 榎本が勢い良くプレッツェルを食べきってから忠告する。田岡は幾分か話が通じるようになったが、とにかく他人と喋りたがる。ひたすらくだらない会話が続くため、榎本ら六人は意図して話を流して対応していた。

「あー、そうっすね。つかその田岡さんの声が重要なんで。知ってますよ、どうでもいい話が永遠続くんでしょ。俺らもやきもきしてるっす。名称ぼんやりしすぎ。こっちが把握してるのが『耳長』と『鳥』、あと『ハンマー』に『おさむらい』、『もじゃ』と『モチ』、あとなんだっけか。『コックさん』と『お嬢さん』もいたな」

 三橋がするする挙げた名前に、ガルドと榎本は目を丸くして顔を見合わせた。どれもまだ三橋が知らないはずの、田岡が好んで使うニックネームだ。

「どういうことだ。なんで知ってんだよ」

「田岡さんの喋る言葉だけが、俺ら日電が得られる被害者サイドの情報ツールなんすよ。貴重すぎて本人ごと盗まれそうだったんで、今は俺らんところのボスと久仁子さんつー超圧力かけつつ隠してます。近々さらに国が手ぇ出せない場所に……」

「ワタシの喋る言葉? ワタシの声が、聞こえるのか? 誰が?」

 田岡が食いつく。いぶかしげに、信じられない様子で。三橋は静かに正面を向いた。目線の先には田岡の目がある。

「田岡さん。アンタの声、ずっと届いてたんですよ」

「何? 分からない、なにがだ?」

 首を振って否定する田岡に、三橋が尻を擦ったまま近づく。

「俺のボスはずっと病院に通ってたらしいっす。田岡さんの声を聞くために。そんで、アンタの言葉の内容がガラッと変わったのが、空港での事件の後、少し経った頃。そこからは怒涛でしたよ? 病院変えて、言葉を全てDB(データベース)化して時系列で皆さんの動きを把握して……専属の精神分析医まで配置して……田岡さん?」

 続く三橋の声に、田岡はしきりに、激しく頷き続けた。トレース型もアバターメイク型も等しくボディから涙は流れない。

「き、きこ、え……」

「実は、はい」

「聞こえて?」

「はい。アンタの身体、大事に大事に保護されてます。口だけが動く。身体は脊髄反射以外全無視されて、それでも。ボスがね、衰えないようにってEMSでトレーニングしたりしてます」

「声が、届いて?」

「だから、そうだって言ってるじゃないっすか。俺が聞いたのは、ひたすら『コーラがうまい』だの『風呂サイコー』だの好きなことばっかり話しまくってる頃っす。ボスはそれよりずっと前から。五年も前から、アンタの独り言を聞いてたんだ」

「ごねん」

「そう」

「五年……あ、ああ、ひっく、あの場所での、そうか、聞こえていた! ひっく、ひとりじゃ、ひとりじゃなかった、そうなのか? ああ、ワタシは誰かと、誰かと繋がってたのか! ひっく!」

 声を震わせ身体を丸めた田岡が、止まらないひゃっくりをこらえながら「ありがとう」と搾り出した。隣に寄った榎本が背中をさすり、ガルドも寄って肩に手を回す。

 小さな背中がひゃっくひゃっくと痙攣した。

「ボスがアンタを待ってる。声、かけてやってください」

「キミのボス?」

「あ、言ってませんでしたっけ。九朗……(あきら)九郎社長です」

「く、くっ、くく九郎!?」

 上半身を勢い良く跳ね起こした田岡に、ガルドと榎本は掛けていた手を弾き飛ばされ、ドスンとしりもちをついた。ひゃっくりと一緒に入り混じっていた感情すら吹っ飛んだらしい田岡は、豆鉄砲を食らったハトのように驚き、三橋に再度たずねる。

「九郎!?」

「っす。晃の、五郎じゃない方」

「それ言うと九郎怒るぞ!?」

「ははは、知ってます。このネタ分かるってことは、うん、間違いなくボスの身内だ」

「そうなのか?」と榎本。

「ボスって苗字で呼ばれると機嫌悪くなるんす。『五郎じゃない方』で怒り出します。でも身内以外には怒らないんですよ、あの人」

「ああ九郎、九郎。うう、そばにいたんだな。君に会いたいな、九郎。うん。九郎の言いたいことは分かる。日本一有名な兄をもつと苦労するな、九郎だけに。くひひ」

「有名?」

「ニュース見ないゲーマーのみなさんでも流石にご存知でしょう、総理大臣ぐらい」

「あーっ! 晃総理!?」

 榎本が叫ぶ。ガルドの脳裏にも、日本人なら知っていて当然の男が浮かんだ。新聞で一日の動きを読んだこともある。

「元っすよ?」

 三橋が言いなれた様子で付け加えた。


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