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306 帰還、急ぎめで

「次期エース……」

「すんません、ちょっと盛ったかも」

「いや、うん、ディンクロンとはえらい違いだわ」

 榎本が走りながら後ろを振り返る。車内に座る三橋は、同じく車内にいる三人を振り返った。

「ディンクロンっていうんすね、ボスのネーム」

「知られてないのぉ? 私たちの間じゃゆーめーじん(有名人)だよー」

「ゲームなんかしなさそうな人なんですけどね」

「えー? それこそ意外っすよ。だってあのチーマイのギルマスで、まあPvPは弱いっす。でもちょっとMOD(チート)使ってひとたびレイドに出ればもう、無双っすよ!」

「あのボスが違法な手段でレイド、ねぇ。あの正義漢丸出しな人がチートマイスターなんてギルド、にわかに信じらんねぇけど。いや、俺らの仕事は確かにレイドみたいなもんか。悪い奴らをチマチマ撃退してくんで。その頭がボスで、その下に何人か班があって、俺は佐野斑っていう解析分析未来予測がメイン。今は分裂して別の班組んで、みなさんの救援にあたってたんすよ。新生、八木・三橋班! 佐野班は卒業っす……ちょっとさびしいかも」

「んごほっ!!」

 ガルドは思わず咳払いしてごまかしたが、思わず声が出そうになった。

 佐野班とはつまり父・佐野(ひとし)が班長だったということだ。空港であれだけ父にからかわれていたのに、それでもかなり懐いているらしい。娘からすると不思議でたまらないが、さらに業務内容までもが信じられなかった。

 警備員のようなものだとつい最近まで信じていたガルドは、まさか研究者に近い仕事をしていたとは思いもしなかったのだ。

「へぇ、救援にチームであたってるってことか。俺らの居場所を探してるって?

<んで、オヤジさんの部下ときたか。ボロ出すなよ、ガルド>

<分かってる>

 榎本がダブルで喋る。

「俺が身体に埋め込んだ生体ビーコン、布袋さんも持ってたんですけど……ダミーかまされちゃって。その反省を生かし! 俺のは指定の物理的な特殊鍵でしか受信できないようになってます! 基本ダミーもつくれないんでもう安心。そしてキーはギャンさんとボスだけが持ってる! だから勝つる!」

「おお~、良くわかんないけどぉ、外で頑張ってくれれば私たち脱出できるんだね!」

「そーいうこと」

 三橋はにっかりと笑い、矢継ぎ早にボートウィグや吟醸へ質問を投げかけ続けた。把握している限りの人数、全員日本人かどうか、精神的に危ない状況の被害者がいないか、どこまで犯人たちのことを把握しているか。

 ガルドは口下手を前面に押し出し、居づらそうな表情を演じてそっと車のドアを開け、前方へ乗り移った。

 車はボンネットより前に荷引き台車の取っ手のようなものを備えているが、モンスターをくくって牽引させるだけでなく、人間が人力車のように運ぶことも出来る仕組みになっている。設置面がタイヤになるだけで、プレイヤーが引いて走ると十分な速度を出せた。

 現在は榎本の番で、次はガルドの番だ。かろうじて引っかかる程度の小さなボンネットに腰掛け、ガルドは「ん」とだけ声をかけた。

 文章チャットで会話を続ける。

<手遅れかもしれない>

<気をつけるのが、か?>

 ガルドは空港でのことを、ロンベル六人用の専用チャットにのみ伝えた。



<『会ったことある』だって!? ヤバいだろそれ!>

<うむ、親父殿の紹介で『みずき』としてだと、顔でも名前でも一発だなあ! ガハハ!>

<笑い事じゃねえよジャス! なんか見た目より頭の回転速そうだし、注意じゃねえか>

<ふむ、上手くディンクロンたちが情報をごまかしているらしいな>

<え? ガルドのリアルを?>

<そうだ。リアル個人情報とプレイヤーネームの突合は難しい作業じゃない。特に俺たちロンベル前線六人など>

<うん、確かに。あれかな、その三橋君は捜索隊で、ウチらの家族に対応してくれてるような、ウチらの個人情報得てる人達は別の部隊なのかな>

<託してきたからな。そこはしてくれていると信じよう。後で三橋とかいう奴には聞くが>

<俺らだけ外の情報貰うってのは不公平だよ。まずは鈴音とか、あ、ぷっとんが優先だね>

<あら嬉しい>

 ガルドは榎本が荷引きの柄を握って走る様子を眺めつつ、チャットのゲストを意識した。ロンベル六人に加えて「ぷっとん★ちーまいさぶ」と書かれたネーム、そしてピンクのツインテールでウインクをする妖精種(フェアリエン)の幼女アイコンがオンラインのグリーンに光っている。

<でも私こそ田岡くんが優先~>

<分かってるって>

<やだなぁーもぉー>

 ぷっとんが全く困っていない声で嘆く。

<九郎のとこからも来ちゃったなんてさ。九郎ってば、もう。なに頑張っちゃんてんの、なに部下攫われちゃってんの。やだ、泣いちゃうかも>

<出迎え、田岡さんだけ雪原手前まで来るよう伝えとこうか>

<ううん、いいよいいよ。田岡くんが作ったっていうサンバガラスのギルドホームまで行く。その三橋くんって子、悪いんだけど連れてきてもらえる?>

 ガルドは胸いっぱいに優しさを込めて<もちろん>と答えた。


 田岡とぷっとんは、昔からの旧友だったらしい。

 二手に分かれたロンベルのメロたち三人が辿り着いた山あいの街ル・ラルブで、ぷっとんや彼女の部下数名と合流できた。状況を共有しあう中で、信徒の塔で出くわしたイレギュラーの存在を紹介した途端、ぷっとんはわっと泣き崩れたというのだ。

 悲しみではなく、長年かけたジグソーパズルが完成した瞬間のような。極まり堪えきれなくなった複雑な感情の塊が、ダムのように決壊したかのようだった。そうメロが詩的に教えてくれた。

 ガルドはその報告を聞き、ディンクロンとぷっとんがフロキリをプレイしていた理由を悟った。

 ぷっとんとディンクロンは、囚われた田岡をずっと探していたのだ。

 フロキリではない別の場所で捕まっていた田岡がフロキリベースの「牢獄世界」に移された理由を、二人はきっと知っているのだろう。でなければ、フロキリのような小さなタイトル一つを熱心にプレイしていた理由が分からない。

 ガルドは会話を聞きながら、チャットの向こうにいる幼女風のマダム・布袋へ少しの嫌疑を抱く。そしてそれ以上の同情を寄せた。

 可哀想だ。ぷっとんもディンクロンも、心からゲームを楽しめなかった。

 仕事。もしくは復讐に関わる活動。一般的には真っ当で人間らしい動機だが、ガルドにとっては「ゲームするには不純」な理由に思う。

<で、外の状況は?>

<今きいてる>

<そのネタ安心材料として使うからな。あぁ、その場に居る吟醸たちにも伝えておけ。基本、口外禁止だ。一般プレイヤーの士気が上がるような内容のみ広める。いいか>

<情報統制下の二十世紀って感じじゃない?>

 メロがそう指摘しつつ<賛成だけどさぁ>と補足した。

<特にほら、俺らの推測では、さ>

 夜叉彦が言いにくそうにしつつ、食事や排泄といった身の回りがどうなっているか、という話題をあげる。

<メンタルケアの専門家でもいればなぁ。なにをどこまで流して、どの情報を制限すべきか判断しづらい>

<とにかく得られる情報は文書で書き出し、会議にかけてからお披露目だ。三橋とも直接会ってからだな>

 マグナの意見はいつも真っ当だ。ガルドは安心して榎本の肩を叩く。

「交代か?」

「ん」

 スピードを緩め、ガルドが牽引用の柄を掴んだのを確認し、榎本はスキルの見切り回避を使った。青く光りながら後方に下がり、車の中へと入っていく。

 その隙にガルドは地面へ足を降ろした。着地した瞬間、普段どおりの走りをイメージする。加速しすぎると車のほうがガルドより早く走り出すため、タイヤ側の速度が落ちない程度のペースを維持する。

「な、なんだってー!?」

 走り始めたさなか、背後の車内からボートウィグのけたたましいリアクションが聞こえた。続いてボソボソと何事かが話し込んだ後、またポートウィグの「っえー!?」という大きな声が響く。

 気になる。ガルドはちらりと背後を見た。三橋の顔をうかがい覗き込むように、他の三人が真面目な顔で話を聞いている。

「おお!」

「うわぁ」

「んへぇ~」

 三人が同時に感嘆するのを聞き、ますますガルドは気になった。だが今更榎本と再交代するのは恥ずかしい。何を話しているのか通信で聞くのも恥ずかしい。

 ただひたすら走るしかないガルドは、急いで城まで到着してしまえば良いと開き直った。

 雪に覆われた平野が続くが、前方には深い新雪が積もる歩きにくいエリアが広がっている。このペースで走ればどうしても足をとられるだろう。ガルドはちょうど良いとばかりに、助走感覚でスピードを上げた。

 あっという間に、ガルドの歩行スピードを超える。

 車は現実世界ほど摩擦力や重力を受けず、速度を落とすことなく車体を滑らかに移動させていく。たまにガルドが足で加速をかければ、さらにグンと速くなった。もうガルドでは車体スピードに追いつかないため、ずっと足を上げて浮かせたまま、腕だけで柄の上に身体を支え、背後の話に耳を澄ませる。

「うわ、ディンクロンやべえ」

「さすがチーマイ、えげつなーい」

 話の中心は三橋のボスで、何らかの悪巧みを暴露し合っているところらしい。ガルドは時折露出する岩を避ける最短ルートを選びながら、雪の原を勢い良く駆け抜けた。



 氷結晶城、城下町エリア。

 雪原より小高く、城自体が台地の頂点にあるような構造をしている。取り囲む城下町は全体的になだらかな坂で、外部から入ろうとすると総じて登り道になった。ガルドは月の上を飛んで走るような大またで、車の後押しを受けながら加速していく。

「なぁ、ガルドさんや」

「む……なんだい、榎本さんや」

 普段はあまり乗らないようなノリの返しを、ガルドは努力して口にした。

「ははは、おま、分かってんのかぁオイ。なあ、少し下げようぜ。分かってんだろ? その言い方」

 状況のごまかしとしてノリ良く答えたことを指摘され、カルドは照れつつ「さげない」と断言する。

「ひゃーこれ新幹線並みじゃない?」

「生身だったら確実に事故る速度」

 車の中では、そう言いながらも怖がる様子が欠片も無い吟醸が三橋に声をかける。

「生じゃないからだいじょーぶだよー。一度経験済みでしょ? 轢かれたけど痛くなかったでしょ?」

「轢いた犯人に言われるの複雑なんですけど」

「はうっ」

「頭では理解出来てるんで大丈夫ですって。ここはサイバー空間。事故っても死なない痛くない」

「さぁすが閣下! 加速も天下一品っす!」

「なぁガルド、分かっててやってんだろおい! ガルドぉっ!」

 四人が喧々囂々各々の反応を示すが、ガルドはスピードを緩めず突き進んだ。城下町が見えてくる。目の前には、前回のような人の姿は無い。

 ボートウィグのように走ってくることもないだろう。そもそも出迎えはありえない。居残り組は非ゲーマーで街の外には出ないと明言している。ル・ラルブ組はまだ出発すらしていないし、クラムベリ組はあと一日掛かるだろうと連絡があった。

「あ、ジャンプ台」

 吟醸が突起を指さした。

 平原に一箇所ぽつんと、ライトユーザー向けのソリ遊び専用フィールドが設置されている。 正しくはジャンプ台ではなくソリ用の滑り台で、町の方角が高くなっていた。確かにこちらから進めばジャンプ台に違いない。ガルドは思わず笑ってしまった。

「くくっ」

「ばかばか! 止まれ! いや引くの代わる、どけ!」

 榎本が過剰に否定し、ガルドの肩を強く何度も叩いた。

「おい!」

 榎本の静止を、ガルドは聞こえないフリで流す。

 無駄な自信があった。フロキリが様々なゲームのエッセンスを加えられていると分かってから一ヶ月。調べて分かった「遠心力・加速感」には、とある仮説がたてられている。

「スクスピなら上手い」

「あれは無重力だからなっ!?」

 宇宙空間を超高速で駆け抜けるレースゲームが元なのだろう、とカルドたちは仮定していた。重力感がフロキリ本来の「物質は床に置かれた状態がデフォルト、戻ろうとする(落下する)時間は物質量から計算」という算出方法だというのは確定だ。それ以外の、加速した際の人間へフィードバックする加速感覚再現や、移動した際に身体が後ろへ引かれるような遠心力再現は、有名なレースゲームに似通っている。

「もう着く」

「あああーっ!!」

 榎本が文句を口にした瞬間、ガルドの足が地面ではない場所に進んだ。空中を駆ける。ジャンプ用にこしらえたような台から離れると、ゆがみのない放物線を描きながら車が宙を滑る。

 榎本は絶叫した。


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