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302 手を取り合えない大人(子ども)の事情

 男であればヒゲがもさもさとした赤ら顔で表現されるドワーフ種も、女では特徴が薄くなる。だがどう弄くり回しても美しい風貌にはならない。骨格の骨太感や各種パーツの毛深さは、一番低い値でも野暮ったくなる。

 アイアメインも例外ではなく、すぐに「女ドワーフ種のアバターだ」と分かる顔だ。だが、ドワーフやアバターといった用語は一種の村ルールに当てはめるからこそ出る言葉だった。

「耳がとがってるのね」

「エルフと言いますの。こっちのはドワーフですのよ」

「ドワーフ? あら、どちらも映画のようね」

「あらおばさま、ファンタジー映画ご覧になるんですか?」

「それなりにね。それでなくても、指輪物語は有名でしょう?」

「そうですけど、ちょっと意外です。おばさまが恋愛映画以外もご存知とは」

「そう? ゾンビと幽霊が出ない映画なら大丈夫よ。あぁ、ゴーストは別よ。ニューヨークの幻」

「恋愛映画ですよね」

「ええ。名作だわ」

 フロキリのアバターではないアイコンの二人は、一般人らしい話題で切り込んできた。阿国とアイアメインは揃って口を閉ざし、借りてきた猫のように大人しくなる。

「私はユミ、こっちはスズと申します。フルダイブに関わる事件の調査を行っているの」

「よろしくおねがいします。アイアメインさんなら『顔が広い』って伺ったから……」

「どんな紹介ですの、それ」

 阿国が隣のアイアメインに振る。一度二人と接触しているアイアメインは、非ゲーマーのユミとスズに気遣いとても小声だった。

「け、掲示板のスクショ、DM(ダイレクトメッセージ)でけだ人おっでなぁ〜」

「……ああ、なるほど」

 阿国は一拍かけて事態を飲み込んだ。掲示板に現れた二人が何らかの助言を求め、その流れでアイアメインの名前と顔の広さが伝わり、その旨を心優しい誰か(日和見プレイヤー)がアイアメイン本人に送りつけたのだろう。

「それで、ワタクシのヘルプがいるとはどういうことですの?」

「オンラインではみんな友達だけんども、オフラインでのこと、わからねんだぁ」

「あの、阿国さんなら『調べられる』と伺ったんですけど」

 スズと名乗った一般人が恐る恐る口にした。

 阿国は、バックグラウンドで自分の個人用データクラウドへと繋ぐ。必要になりそうなツールを立ち上げ、すぐに調べてさっさと切り上げるつもりでいた。多忙極まりない阿国にとって、時は金以上の価値がある。

「具体的にどんな分野の情報か、によりますの。こっちも事件のことは全容解明とはいってませんのよ?」

「分かる範囲で大丈夫ですので!」

 確かに、阿国が情報収集に長けているというのは噂として有名だ。古いチャットのログやまとめサイトにデカデカと載っている。載っている批判を思い出し、阿国は皮肉を放った。

「ふん、このワタクシに依頼してくるなんて随分肝座ってますのね。リスクはご承知でしょう? それなりにリスキーですのよ」

「ああっ、すみません! 悪いことなんですよね、やっぱり」

「わかってませんでしたの?」

「あら、手段があるなら行使すべきよ。でしょう、阿国さん」

「それには同意見ですの。ユミとワタクシ、似てますのね。じゃあお分かりでしょうけど、危険を犯すからには、お渡しするかどうかはワタクシ次第ですの」

「そうね。見合うだけの報酬、お支払いしましょう」

「お金は別に要りませんの」

 スズが小さく「え?」と疑問を口にする。アイアメインは「さすがお嬢様だぁ」と納得していた。そして、ユミと名乗った女は無言のままじっとしている。

 阿国は普段どおり、自分の考える理論を武器にした。

「情報。貴女がお持ちの……なに調べてるか知りませんけど、その全て。それから、今後調べる情報の全て。頂けないようでしたら奪いますの。奪ったことに対して反撃に出られた時、この会話そのものがワタクシを守る。それが報酬」

「なっ! じょ、情報保護法とか政府のガイドラインとか、色々無視してませんか!?」

 スズの非難が強い声に、阿国はフンと鼻息で答えた。そんなもの存在しないのだと言ったところで、一般人の彼女には伝わらないだろう。諭すような気持ちで出方を待つ。阿国は、最初から対等な交渉などしていなかった。

「スズさん、かまいません。お渡ししましょう」

「でもおばさま! この人がどこに流すか……」

「みくびってもらっちゃ困りますの」

 阿国は続ける。人となりを誤解されたままでも全くかまわないのだが、阿国はただ一人、名誉や評判を含めた全てを守り抜きたい人物がいた。

「ガルド様の不利益になりますの。情報は全て、あの方の救出のためだけに使いますの」

「あはは、こういう人だからぁ。任せてけらっしゃい。悪いようにはしねぇべ、な?」

 アイアメインが口を挟むと空気が和やかになった。一般人二人も声色がやわらかくなる。

「は、はぁ」

「うぅん、色々疑問はありますけど。おばさまが良いならお任せします」

「ありがとう、スズさん。だってほら、私たちだって綺麗なままでなんて無理よ。被害者のみなさんのプレイヤーネーム調べるのだって、本当は別の人の仕事なんですから。奪ってるじゃない」

 被害者とプレイヤーネーム。

 その単語に阿国がリアルサイドで表情を変える。

「まっ!」

「ま?」

「まぁまぁまぁ! 貴女たち、そんなことを!?」

 阿国は激怒一歩手前の声で叫びつつ、冷静にクラウドの顔認証ソフトを立ち上げる。

「え? だ、駄目なんですか? だってプレイヤーのリアル個人情報に詳しいって」

「詳しいですの。だからこそですの!」

 ガルドがどこか別の空間に囚われる直前、すんでの所で直接約束したこと。それは離れ離れとなった今の阿国にとって、救出に等しい重要な目標となっている。

「その他大勢はかまわないですの。ですが、たった一人、たった一人! あの方は! あの方はガルド様という存在でなくちゃ駄目ですの! ああ、消去法で探られても困りますの。他の大勢もやっぱり教えられませんの!」

「そ、そんな理由?」

 アイアメインが呆れた声を出すが、それも阿国にとってはその他大勢の独り言に過ぎない。阿国は眼前二人の一般人を暫定的な敵とし、凄んだ声で問い詰める。

「……どこまで、ご存知ですの」

「何も分からないわ!」

 高い声でユミが叫んだ。

「おばさま」

「娘はまだ十七なのよ!? せめてあの子だけでも返して欲しいだけなのに、一体貴方なんなんですか! 娘だけでも優先して助けられればそれでいいのよ! 他の人なんて知ったこっちゃないわ!」

「それこそ知ったこっちゃないですの」

「一人ぐらいいいじゃない!」

「他のデータなら渡しますの。ですが、突合データだけは渡しませんの!」

「なんで!」

「約束しましたの!」

 阿国はガルドの声を思い出す。勝手にリアルの体がボロボロ泣きだす。

「あの方は知ってますの。助けがくることを。ワタクシたちがこうして行方を通っていることを。あぁ、おいたわしや……じっと、ずっと待ってますの! だからワタクシ、あの方が望むことを全力で行いますの! そもそも、貴女の娘、本当に他の(やから)を出し抜いて一人脱出するなんて望んでまして!?」

 ユミが怯んで言葉が止まった。

 阿国はその間に、写真が使われているアイコンをスクショし顔認証に掛ける。個人クラウドに保存している事件参考人検索用の顔データは、被害者の親族や友人までをも含んだ拡張版だ。時間がかかる。

「そんな、でも、それでも娘だけは……一刻も早く、娘だけでも……」

「じゃあワタクシからはアドバイスしか出来ませんの。未プレイ勢なのにご自分で事件の存在まで調べ上げられたんですもの、それはすばらしいことですの。続きもご自分でどうぞ」

「なんでそんな頑ななんですか!」

「あー、ユミさぁん。阿国さメンヘラなんだず。理由聞いてもムダだべしたっす」

「めんへら?」

 アイアメインが話の流れを強引に変えた。ユミとスズの気が緩む。阿国はこの、気遣いとマイペースをミックスさせた戦略的な会話術を危険視していた。嫌いではないが、他の人間たちより注意すべきだと警戒する。

「そこ、聞こえてますのよ」

「理屈んねぐで、本能だず」

「でも『だからしょうがない』とはなりませんよ」

 ユミが立ちなおった。阿国は歯を剥いて続ける。

「つうかこっち側(プレイヤーネーム)は被害者一覧出てますのよ。ご存知でないですの? そこから自分の娘ぐらい探し当てられなくて、何が親ですの」

 わざと冷たい言葉を刺す。案の定ユミはボイスでのチャットの向こう側で息を呑み、姪っ子らしいスズは慌ててフォローに入った。

 そのころようやく結果が表示され、スズの情報が脳に飛び込んできた。

 名前を見る。

 瞬間、阿国は挨拶もせずに逃げた(ログアウト)

 体の感覚が一気にリアル側の、囲われたブース特有のプライベートな感覚に安堵する。そしてむしゃくしゃした気分そのままに叫んだ。

「あー、あー! これはピンチですの! 嫌われたに違いありませんの〜! いやそんなことより、義母様(おかあさま)ったらそこまでご存知だなんて! いいえ、ゆ、優先すべきはガルド様の方ですの。でも、でも……」

 事前に顔写真まで調べなかったことを、阿国は強く後悔した。知っていたらもっとうまくやれただろう。気に入られるような態度を取るぐらいできる。

 だがふんばった。崇拝に近いガルドへの想いが、その親族周辺まで伝播しているだけだと自覚している。

「ああ、逃げ出すようにログアウトしてしまいましたの。遺憾ですの。ユミは既にフロキリだとご存知ってこと? もう、そこまで知っててなぜ『みずき様がガルド様だ』と気づかないんですの? 素のみずき様をご存知ならすぐ分かりますのに。とにかくピンチですの。いつかバレちゃいますのよ、これ」

<そうだな。早急に対策を練る>

 返事は腹に響いた。

 阿国は返事がわりに舌打ちをする。スズと接触する段階から会話の内容は共有しており、話は早かった。リアルタイムで通信していた男は、説明もバッサリ省いて続けず。

<佐野の動きは予想通りだが、奥方の動きは想定外だ。確か横浜ジャーナルの記者だったな>

「ジャーナリスト? あれで?」

<肝が座っている。向いているだろう>

「どうせゴシップ記者ですの。それより対策!」

<お前の最初のアイディアは成功した。あれを使おう。バレたらこちらがゴシップになるがな>

「……影武者? 今の向こう側にふさわしい男なんておりませんの」

<男である必要は無い。佐野みずきの影武者だからな、女だ>

「んま! 女でもおりませんのよ、あの天使みたいな子!」

<外見はアバターだろう、無視だ。女アバターで無口なら誰でもいい>

「おりますの?」

<いるだろう、鈴音に>

「こちらから影武者として振る舞え、なんて指示飛ばせませんのよ? それに、その子の本当のご家族どうしますの」

<厄介なのは、佐野がそうした被害者の個人情報を取りやすいポジションにいることだ。佐野の部下たちに知られても筒抜け。となると、他の手で対応するしかない。上手くやる>

「その口ぶり、もう動いてますのね」

 阿国は呆れつつ、ブルーホールの別エリアへ再ログインした。

 仕事ではなく民間協力者として参加している阿国は、通信している相手・ディンクロンの指示通りには動いていない。ある程度情報を共有し、こうして共同で作戦を立てる。だが自分で判断して独自に動いていた。部外に阿国だけに協力する者専用のコミュニティエリアを作り、そこへ毎日訪れている。

<動いているとも。息は吹きかけてある>

「それで、ワタクシに教えてくださらないんですの?」

<必要ない>

「部下多すぎ。何人おりますの? その上まだ手がありますのね」

 ディンクロンは「息」と言った。阿国はそれが「スパイ」を意味するのだと分かっていた。部下ではない。阿国も何人か息を掛けている。面白くないが、同じようにしている以上文句は言えない。

<問題は人数ではない。必要かどうかだ>

「合理主義が過ぎますのよ、ワンマン」

<フン。バーサーカーのお前に言われたくない>

「ガルド様のためにすべきことをしているだけですの。結果庶民にどう見えているかなんて、これっぽっちも考えたことありませんの」

<生粋だな>

「いいえ、あの雪原で、あの方に救われてから。まだ五年も経ってませんの」

<だが命をかけているんだろう。度を越した一目惚れというのも考えものだ>

「君がため、惜しからざりし命さへ。長くもがなと思()けるかな」

<唐突にどうした>

「情緒の無いこと」

 ブツリと通信を乱暴に切り、阿国は顔を上げた。既に重ねて行い始めていた進捗会議に意識を向け、情報を得ていく。

 ブルーホール特有の波打つ透き通った青と、大量の英語が見えた。


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