301 動く者たち
「やっぱりドイツ人だった!?」
「しっ! 大声で言うなって!」
青年が隣の青年の口を押さえる。
「むぐ、だって文法崩壊してたんだろ? ドイツ人じゃなくて英語圏の人間って」
「違うんだよ、そう見せかけて違うんだよ」
青空がまさに夏と訴えかけるような青色をしている。青年たちは倉庫街の日陰を選んで歩いているが、時折差し込む太陽光に目を細めた。
「見せかけって、偽造ってか?」
「そゆこと。というより救援依頼のメッセージなんだ、ストレートに書くわけないだろ。つーかさぁ……」
「アポ取れたの? まじで?」
「へっ、もっと褒めてくれてもいいのよ?」
「気色悪ー」
「あーすごいすごい」
「お前ら~、ノリ悪いぞ~」
「ベタつくからヤメろ!」
有り余る体力でたまにハシャギつつ、四谷の大学生三人組は阿国直下の作戦支部へと歩いていた。
「日本語にもあるだろ、独特な言い回し。英語には無いっつーか……とにかく、身分を隠そうとしてるドイツ人だ。多分英語も喋れて、母国語がドイツってとこだな」
「そこまで解読したのかよ」
「まあな。なんてったってガルドさんのためだぜ?」
青年たちは、憧れているゲームプレイヤー・ガルドのために少しずつ情報を集めていた。救援文書の内容はドイツ語専攻の青年が、出所や仲介したプレイヤーの詳細は慎重で器用な青年が。そしてもう一人、行動力のある向こう見ずな性格の青年は、そのフットワークの軽さを生かして成果を着々とあげていた。
「俺のツテ、役立ったか?」
「もう最高だよ! よく物怖じしないで話しかけられるな、お前」
「なにも怖いことないだろ? なあ」
「いや俺なんて絶対無理」
慎重な青年が首をぶんぶんと横に振る。
「だってよ、普通に翻訳機能で文章会話だし」
「だとしてもだよ。なにいつの間に海外鯖で大型ギルド作っちゃってんの」
「運営主とかすげぇよ。才能あるって。起業とか」
「ガルドさんのためにちょっと本気出しただけだって」
アグレッシブな青年は、歯並びの良い口をニッと向けて笑った。太陽の日差しもあいまって眩しく、他の二人は目を細める。
「かっこいいなぁ、お前」
「ほんとほんと」
「いやぁ、つっても調査に直接繋がってないし」
「情報提供は多いほうがいいだろ」
「うんうん」
そこまで話し込むと、三人一斉にペットボトルをぐっと煽る。気温は近年の気象コントロール人工衛星が効果を発揮し、凶悪な暑さで多数の死者を出した一昔前ほど暑くはなくなった。それでも今日のように夏日が続くと、コンクリートが鉄板のように熱風を生む。
「っはー、あっつい」
「ガルドさん、大丈夫かな。劣悪な環境に閉じ込められてたら......」
「おい、不吉なこと言うなよ」
「だってさぁ」
「阿国が言ってただろ。命だけは絶対大丈夫だって」
「信用できねぇ」
「信じるしかないだろ。ほら、こっからは阿国のディスり禁止な。あそこのスタッフ『久仁子様信者』ばっかりだし」
「それな」
「世の中不公平だよなぁ。いくら勉強しても一族経営の大資産家には勝てないって。あんな財力、逆立ちしても無理」
「起業すればワンチャンある」
「しねぇよ。ハイリスクハイリターンって言うんだぞ、それ」
「失敗したら借金? やだー無理ー」
青年たちは会話を全くやめることなく、巨大な壁のような倉庫に開いた小さなドアへ進んでいった。
内部は天井が下手なビルよりも高く、奥行きは影に紛れて見えなくなるほど遠い。そして点々と機械資材やダンボールが少なめに置かれ、空間を無駄遣いしていた。
青年三人組は奥へ進む。目隠しのようにスチール棚の置かれた向こう側へ回り込むと、 そこだけひときわ明るくライトがついていた。そして大きな円卓が置かれ、電子スクリーンや紙が散乱し、スタッフが数人黙々と何かを書き込んでいる。
「こんちわーっす」
「よっ」
ディンクロンの詰め所で清掃のアルバイトをしていた時とは間逆に、まるで友人と接するかのようなフランクさで青年たちが挨拶をする。忙しく仕事をしているらしいスタッフは、まるで部下のような仕草で一礼での返事をした。
「おく……久仁子さんは?」
「お嬢様は潜っておられます」
代表して進み出たのは、空港でも阿国へ側仕えしていた白髪の老婆だった。服装は上品な紺のワンピースで、背筋がしゃきりと伸びている。青年たちにとってはまさに祖母と同年代だが、風貌がまるで違うため親近感は湧かない。
ばあやよりもさらに奥を覗く。リクライニングの良く効く座席に座った人間がすっぽり納まる程度の箱がびっしりと置かれ、その幾つかがイエローのランプで使用中になっていた。青年の一人がこめかみにケーブルを貼り付け、スマホで何事かを調べる。
「阿国、今ブルーホールだな。ディンクロンもだ」
「どーする?」
「俺らまで行ってもすること無いし、海外行って情報集めてみるか」
「ばあやさん、一時間ぐらいしたら戻るって久仁子さんに言っといてください」
「海外ってどこよ。お前のギルド?」
「いや、もちろん……」
そこまでに口にして、ドイツ語専攻の青年が止まる。そのままニヤリと笑い、壁際に並ぶブースの一つに入っていった。
「あーはいはい。分かったよ」
「あっちの言葉、リアタイ翻訳クドいから好きじゃないんだよなぁ」
「英語からの方がまだマシだけど」
「国際系のお前らと一緒にするなよなー! 俺はビジネス専攻だって言ってるだろー!?」
一人が怒り、もう一人は笑ってブースへと入っていく。
「ドイツサーバーに行って、で? 何を探すんだ」
「あの文書が本当なら、ドイツサイドは味方じゃんか。日本で動いてるのに向こうでも動いてちゃあダブるばっかりで良くないって。情報共有と協力と連携。大事だろー?」
「……そんなの、向こうのフレンドと話せば済む話だろ」
ブース内で音声通話をしながらセーブデータを呼び出す。と言っても、サーバーが違う場合プレイヤーデータは移せない。ドイツに適したアバターを既に作っていた三人は、その弱々しい即席のデータを選んで広げる。
「協力と連携って言っただろ。情報得る段階は通り過ぎたんだ、今度は攻勢に出る番だよな」
「まさか、計画始めようってのか」
「そうそう。悪どいようだけど、日本サーバーじゃやりたくないから」
「それは賛成」
ブースは音漏れしにくい構造だが、念を入れて三人は小声になって話し込んだ。
ブルーホール。
海にぽっかりとあいた大穴の名前がついたコミュニティウェブサイトに、 阿国は文字情報の名前とアイコンだけの存在になって漂っていた。
「その話、嘘だったら許しませんの」
「ホントだずう」
「半分信用しますの。貴女は殿方どもの中心人物ではあるけれど、御自覚なさってるようにリーダーではありませんの。マリオネットの貴女が掴まされた情報が正しいなんて保障、ありませんの」
冷たい声が辛らつなことをずけずけと言うが、もう一人の声は気にせずケロリとしている。女の、東北訛りが強いが甘い声だ。
「んだな」
「ふん、今はどんな手がかりでも欲しいとこですの。いつもなら貴女の誘いなんて乗りませんのよ?」
阿国がそう言うと、相手の女は微笑みのアイコンを表示してくる。アイコンには、フロキリの日本エリアでずば抜けて著名なドワーフの少女が描かれている。名前欄は「アイアメイン@救急九課」だ。
「直接ワタクシ乗り込んでもよろしいけれど、既に接点を持った貴女の方が上手くいくかもしれませんの。案内していただけます?」
「上手くいくか分かんねぇずー」
「急に弱気にならないでくださる!?」
アイアメインは照れたようなアイコンを送り、阿国をさらに苛立たせた。




