300 病的な速さを抑える役割
蛇を撃破しきったが、展望台の様子に大きな変化はなかった。
アクティブで動いていた蛇頭はなくなったものの、床の上を這っている大量の胴体部分はそのままだ。つついても切っても砕いても、新しい頭が出てくる気配は無い。
最初に人語を理解していた頃の仕組みも、襲ってきた動機もわからないまま、ガルドたちは何もすることがなくなった。機械で出来た蛇の胴体部分はオブジェクトとして床の一部になっている。下に運ぶことすら出来ない。諦め、三人はエレベーターから下層へ降りた。
「島を徹底的に調べ尽くすぞ。まだなんかあるかもしれない」
「一緒に回る方がいいっすよ。島で戦闘なんて、ちょっと常識はずれっすけど」
「もう常識なんて通用しないんだよ、ここじゃ」
「おお、なんかシリアス~」
「お前には緊張感が足りない。もっと目ぇキリッとさせてみろ。ほら」
「あだ、あだだ!」
ボートウィグの、犬らしい赤毛がふさふさとしている目尻を榎本がひっつめた。ガルドは小さく笑いながら、島の未調査エリアを文章としてメモしていく。
「アバター作るときにパッチリなの選んだんで、閣下みたいなキリッとした目にしたくたって出来ないんすよ。無理に引っ張んなー!」
「あ、今ので思い出した。アバターの変更。ミン神殿とか忘れてたな。今回みたいな新しいモンスター出そうだろ?」
「ん、後回し」
ガルドはバッサリ吐き捨てる。榎本は残念そうに眉を下げるが、ボートウィグは普段通り頷いて同調してみせた。
「ああ、位置的にこっちでもあっちでもないし、一旦城下町まで帰ってからっすね」
「戦闘NGエリアにこうして蛇出たんだ、絶対来るぞ。予言する」
「夜叉彦の言う通りなら、きっと他のタイトルからの引用だと思う」
「え、なんすかそれ」
夜叉彦たち六人の会話を見ていないボートウィグに、ガルドと榎本はかいつまんで説明しながら歩いた。ガルドがピックアップした島の未調査エリアはそう多くなく、飛ばしつつだったショッピングモールの店舗ごとに覗き込む。
「へぇ。ま、ホラゲとかやんないんでちっとも興味ないっす」
「もしかしたらサルガスも同じく他ゲームからの引用だったりしてな。だろガルド。あんなデザイン、素人には無理だ」
「ありえなくはない。確かめるなら、あいつら全員に合わせてみればいい」
「レイド班と鈴音か。知識の幅で言ったら、多種多様でムラなくカバーできるな」
途中グレイマンから回復アイテムをごっそり買い込み、ついでに食べ歩ける串に刺さった肉のグリルを三本手に入れる。スパイシーな香辛料の再現はもうひと押し欲しかったが、肉の旨味は上質だ。以前と変わらないフロキリの味。城下町にあるような高度な味覚再現の効果は届いていない。
「でもレトロものには弱いっすよ。みんなどっちかって言うと最新もの好きって感じで……まぁジャンルによるか。狩りゲーなら古いのも詳しい人多いかも」
ボートウィグがそう推理する。しばらく三人で歩きながら、拙い推理のような探偵の真似事を話題にした。
「あの蛇は……中にいた『喋れない奴』含めて、 一体なんだったんだろうな」
榎本が自問自答のように聞くが、二人は首を傾げて肉へかじりついた。
「もうログインしてないってことだろ? あの去り際、連れてかれた感じだったし」
「何者であろうと、僕らの状況を大きく変える存在じゃないのだけは確かっす。害にも利益にもならないっていうか……うーん、僕らは今こうして見回ってるけど、外では……あ、あっちっすよ。リアルって意味で。ちゃんと警察、動いてくれてるんすよね?」
「ディンクロンと阿国がな。警察かどうかは知らねぇけど。ぷっとんにでも聞け」
「組織の詳細とかどうでもいいっす。とにかく誰かしらが助けてくれてるんすよね。じゃあ蛇の旦那はその人たちがなんとかするっすよ」
「旦那?」
「関西人だったんすよね? じゃあ旦那って感じっす」
「なんだよそれ」
「えー? イメージではぁ、ゴールドのチェーン首に巻いて、前の開いた柄のシャツ着てるっす」
一番救えなかったことを悔やみ引きずっているらしい榎本を気遣ってか、ボートウィグは努めて明るく振る舞った。犬のフサフサとしたマズルの下でニッコリと笑いかけるのは、珍しくガルドにではなく、ガルドの相棒へ向けてだった。
「偏見が過ぎるだろ……まぁ、動画見せた通り、アイツ怒号飛ばしてたしな」
「迫力あった」
ガルドは頷いて感想を口にしたが、榎本とボートウィグは「イヤイヤイヤ」と笑って首を横に振る。
「あんなの可愛いもんだろ、お前に比べたら」
「閣下の方が数倍迫力あるっす」
「……む」
「んーその顔その顔! ド迫力っす~! あ、そういうの昔『メンチきる』って言ってたらしいっすよ?」
「死語だな」
「メンチカツ」
「言うと思った。日本食の話すんの禁止って言っただろ」
「ソース味、食べたいっすね。バーベキューも悪く無いんすけど、なんかちょっと違う……」
ボートウィグが空になった串をひらひら振り、ピンと指で弾いて捨てた。反射のエフェクトが強いショッピングモールの床に触れた瞬間、氷の粒になって砕け散る。
「あーはいはい。マグナ班とは別ルートで帰ろうぜ。そんなら吟醸も大人しくついてくるだろ」
「全部調査して、準備して、ソリ作って……」
「ソリな。忘れてた。また一週間ぐらいかかるぞ」
「ソリ? え、アイテムっすか?」
「そこからか。あのな、俺らの装備は分解出来るんだよ。動力はモンスター使うんだが、乗り込んで走れるようにな……」
歩きながら解説する榎本と、ふんふん頷きながら聞くボートウィグ、そして一歩後ろから静かにガルドが歩いてついてゆく。
「あ、夕日」
「テメェ、真面目に聞きやがれ」
「だってほら綺麗っすよー」
モールを出て商店通りまで戻ってくると、真正面に海岸沿いが見えてきた。真っ赤に染まる美しい背景に、ボートウィグが感嘆の声を漏らす。
初めて見る光景ではない。むしろ見慣れたもので、面白みも感動も無いただの夕焼けだ。ただ、三人で並んで眺めて歩くのは気分が良い。ガルドは目を細め、高い空を見上げた。
「無人島に遭難した感じっすね」
「イカダみたいなもんか」
「漕ぎ出しても、着くのは同じ無人島みたいなもんじゃねえか」
「ははは、笑える……」
乾いた笑い声でボートウィグがリアクションし、無反応の二人に揃うようにスンと静かになった。
榎本の予想通り、ボートの再製造には一週間程掛かった。
アイテムボックスから必要なものを取り出し、破壊し、組み直す。それだけのことだが、それなりにプレイ時間の多い四人の持つアイテムでも圧倒的に足りないものがあった。
盾だ。
一度目はロンド・ベルベットのガード役ジャスティンが大量に余らせていたが、今回の吟醸を含めた四人が持つ盾装備は数枚程度だった。そして、ソリの床面に貼る代替素材が他に見つからない。
「骨折り損かと思ったが、役に立つ時が来たな!」
榎本はそう言って、セントリーガンの脚部から必死に剥がしていたタイヤを回して見せた。
機構が変わるため、前回と同じ程度の試行錯誤が必要になる。ガルドと榎本だけでは数週間かかっただろうが、今回は技術面では本職のボートウィグと、どうやら洋裁業をしているらしい吟醸が腕前を発揮した。タイヤにディスクブレーキをつけ、各パーツを器用に縫い合わせ、動力源を後輪駆動にして前輪は方向転換に努めるようハンドルを取り付け、後方に布地でパラシュート型の風受けを作る。
そして完成したものは、もはやソリではなくなっていた。
「……マジモンの車を超えた、爆走する高機動の何か……だなコイツ」
「コンセプトはその通りっす。ドラッグカーって知ってるっすか?」
「ああ、むちゃくちゃ早くて曲がれないやつだろ」
「初試運転した時、まさにそれだと思ったんすよ。止まる方法に全力傾けるなら良い参考になったっす。パラシュート型のブレーキ、ホントはドラッグシュートって言うんすけど。こいつ付けたらハンドル効いたんで」
「や~流石にこんなの縫ったことないよぉ。面白かったー」
「直進の時はたたんじゃえば良いっす」
「坂になってりゃブッ飛んでくだろ」
「試験走行前でなんとも言えないっすけど、あれなら弾丸のように飛ぶっすね」
「やだー超楽しいー」
上機嫌で四人は笑ったが、ガルドと榎本はどこか遠慮がちだった。
そもそも車の完成はボートウィグと吟醸の手柄だ。二人は補助程度の助力しか出来ていない。その代わりに、と島を探索したが、隅々まで調べ尽くすのに一日もあれば十分だった。榎本と二人で海岸を歩き、人魚に会い、再度展望台へ登り、ミニゲームを楽しむ。
「楽しいのは最初だけだな、これ」
「デバッカーの気持ちが分かる」
「暇過ぎて星でも数えたくなるっつーの。もう一回蛇のヤツ、起きあがったりしねぇの?」
榎本の無い物ねだりはいつものことだが、ガルドは表情を変えるほど同意した。
展望台を降りてからというもの、島でいくら大剣を振っても「戦闘エリア外」とポップアップが出るばかりで、ダメージにも障害物にもならない。それは二人にとって大きなフラストレーションで、我慢出来ず四日目、二人は脱出することにした。
島を抜け出し、ディスティラリに向かったのだ。
名目上は「吟醸を苦しめていたBGMの調査」だが、二人の主目的はPvPだった。吟醸たちも気付いていたらしく、車の完成までは、と快く送り出してくれた。
たっぷり戦い、数時間調査を行い、ディスティラリの酒場で安いチーズマカロニを食べ、眠り、また戦う。三日が瞬く間に過ぎ、完成したという連絡を聞いたガルドたちは冷や汗をかいた。
「……一回も聞けなかったな、お経」
ガルドも無言で頷く。調査が碌に出来なかったことを正直に話すが、車を作り上げた大役の二人はちっとも怒らなかった。
「そんなことより、本格的な試乗がまだなんすよ。閣下、とりあえず海岸走ってみましょうよ~。僕は助手席乗るんで!」
「モンスターは」
「前と同じくで」
吟醸とボートウィグが榎本を注視する。
「俺か!」
「あ、嫌ならいいっすよ」
「や、やるよ。任せろ……」
「サボってた自覚あるん?」
吟醸がポツリと言う。
同じ条件だがボートウィグの忠誠心で免除されたガルドは、目をそっと伏せた。




